コメと地震とパニック買い(上)「巨大地震注意」がコメ価格急騰の引き金に

本稿では政府発の情報とメディア報道が社会的混乱を引き起こす事例として、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)と「令和の米騒動」の関連性を見ていく。
(上)では、コメの価格と需給等に関するデータをもとに、昨年から続く「コメ騒動」の経緯をたどる。コメ価格を短期間に大きく上昇させたカタリスト(きっかけ)を南海トラフ臨時情報(以下、臨時情報)であると見て、その影響を考察する。
「令和のコメ騒動」以前を振り返る
昨年から続くコメの品薄と価格高騰をめぐって、“犯人探し”が盛んにおこなわれてきた。「令和の米騒動」を招いた原因やその背景についてはさまざまな説が唱えられているが決定打はなく、謎はいまだ解けていない。政府も農水省もコメの品薄と価格高騰について十分な検証と説明を果たさないままだ。マスメディアの報道はもっぱら大臣の交代や備蓄米の放出などに向けられている。
「令和のコメ騒動」と呼ばれる事態はどこから始まったのだろうか。
下のグラフは2022年から2025年までの3年間のコメ価格の推移(日次)を示したものである。コメ価格は長らく低位安定していたが、2024年5月頃からじわじわ上がり始め、8月半ば以降は明らかな上昇トレンドに乗った。同年10月頃までは右肩上がりに推移している。

直近3年の米5kgの店頭売価平均/平均売価(株式会社マーチャンダイジング・オンによるRDS-POSスーパー全国速報版より)
コロナ禍以降はインフレ傾向が顕著になり、食料品の価格は軒並み上昇していたが、その間もコメの価格は据え置かれていた。次のグラフはコメとその他の穀物、小麦製品の価格推移を示している。

総務省統計局「消費者物価(全国)の推移」2025年6月20日公表のデータをもとに農林水産省が作成したもの(農林水産省 “米の流通状況等について” より)
ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに小麦価格が上昇して以降、パンなどの小麦製品に比べて割安感のあるコメの需要が増えたが、コメ価格に大きな変動はない。
以下はコメの需給を示したグラフである。需要量と生産量の差が10万トン程度しかないが、近年ではこの水準が続いていた。

米の全体需給の状況 (農林水産省農産局 「米をめぐる状況について」2025年5月, p. 5)
着目すべきは、生産量が需要量を大きく下回った1993年と2003年を除いて、この30年間、大規模な「コメ騒動」は起きていないということである。
コメの需給と価格について、価格急騰前の状態をまとめると下記になる。
・インフレ上昇分がコメ価格に反映されていなかった。
生産コストの負担増が価格に織り込まれておらず、価格に歪みがあった。コメ価格は底値圏で横ばいの動きが長く続いていた。カタリストがあれば短期間で急騰するパターンである。
・需給バランスにもともと余裕がなかったのに需要は増えていた
需要が急拡大した場合、すぐに供給が追い付かなくなり均衡が破れる状態にあった。
つまり、いつ品不足と価格急騰が起こっても不思議はない状態にあったが、それが長期にわたって続いていた。均衡を破ったきっかけは何だったのだろうか。
南海トラフ地震臨時情報が引き金に?
冒頭に挙げたコメ価格の推移を直近1年のグラフにして、もう少し詳しく見てみよう。

直近1年の米5kgの店頭売価平均/平均売価 (株式会社マーチャンダイジング・オンによるRDS-POSスーパー全国速報版より)
昨年5月頃からコメ価格はじわじわと値上がりが始まっていたが、明らかな上昇基調に入ったのは7月以降である。8月からは勢いが加速し、10月半ばまでは右肩上がりに推移している。特に上昇が顕著だった期間に起こった、カタリストとなり得るような突発的で大きな出来事といえば、8月8日の宮崎県沖地震とそれを受けての南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)であり、気象庁は地震への備えを呼びかけた。「備え」には食料品などの家庭備蓄も含まれる。
2024年5月頃からコメは品薄傾向にあったのに加えて、8月は在庫が1年で最も少なくなる端境期にあたる。臨時情報はコメの需給の観点からすれば最悪のタイミングで発表された。これを機に各地で買いだめの動きが加速し、店頭在庫が不足してコメが入手困難になる地域も出てきた。
メディア報道では空になったスーパーの棚がたびたび映されたが、スーパーの販売数量を週ごとにまとめた下のグラフを見ると、8月5日~8月11日の週で販売数量が急激に増加し、いったん落ち着いてから8月19日~8月25日に再び増加している。前年、前前年と比べても2024年8月中の動きは大きく上振れていた。

POSデータに基づき農林水産者が作成。2025年6月23日更新(農林水産省 “米の流通状況等について”より)
販売数の増加と並行して購入数量も増えていた。2024年8月の一世帯1ヶ月当たりコメの購入数量は前年同月比で29.1%増加している。支出金額も72.5%プラスと大幅増である1。いくら売っても追いつかないほどコメが買われる状況になり、需給のバランスは完全に崩れ、価格が急騰した。8月下旬にはX(旧Twitter)上で、コメの品薄や価格高騰に関わる投稿が急増している2。
臨時情報がコメの買いだめや買い占めなどのパニック買いを引き起こし、品不足と価格高騰を招いた可能性は、当初から指摘されていた3。農水省自身も最新版の白書で臨時情報の影響に言及している。
主⾷⽤⽶の需給は、令和5(2023)年産⽶の需要が堅調に推移していました。その中で、新⽶が出回る前の、令和6(2024)年8⽉の端境期において、南海トラフ地震臨時情報が発表され、また、同時期に地震や台⾵等もあり、スーパーでの⽶の購買量が前年の約1.5倍まで増加したことから、⼩売店等において、⽶の品薄状況が発⽣しました。
農林水産省 「令和6年度 食料・農業・農村白書」第1部第2章第4節(p. 145)
ただ、白書の中では詳しい分析と検証はされていない。また、内閣府は昨年12月に臨時情報に関する改善策を公表したが、臨時情報がもたらした社会的影響に関する検証は買いだめ問題を含めておこなっていない。
急激な価格上昇による弊害
コメの需給や価格をめぐっては以前から綱渡り的な状況にあったところに、臨時情報が引き金となって需給が一気に悪化し、価格が急騰したと考えられる。臨時情報以外に急激な値動きを引き起こした原因は見当たらない。
もちろん、価格上昇の背景要因(ファンダメンタルズ)はいくつも存在していた。インフレや円安による生産コストの増大、気候変動による歩留まり低下、需要の増加などである。これらの背景要因は長期的な価格の推移に影響を及ぼすが、短期的に大きく価格を動かすには何らかのきっかけ(カタリスト)が必要である。それが突発的に起こった不測の事態であればインパクトは大きく、価格の変動幅は大きくなる。南海トラフ地震臨時情報がコメ価格を長年の低迷から目覚めさせ、上昇トレンドに乗せたと見ることができる。
コメ価格の急騰は消費者の懐を直撃しただけでなく、外食・中食産業の倒産・休廃業を招いた。あまりに短期間でコメ価格が急上昇したために、原材料費を商品価格に反映させることができなかったのである。コメ農家や米穀店の廃業も増加している。
(下)では「令和の米騒動」において消費者の買いだめを加速させた要因として、マスメディアの報道姿勢と政府の曖昧な情報発信について考察し、事の発端となった南海トラフ地震臨時情報の問題点も考察する。政府の発表が科学的根拠に基づき、国民の安全を確保するために必要な措置であったとすればいたしかたがない面もあるが、科学的根拠に乏しかった場合は、その根拠や提示の仕方に問題があったことになる。
- 全国米穀販売事業共済協同組合 “8月家計調査の精米支出金額、前年比+70%超” ごはん彩々, 2024年10月8日 https://gohansaisai.news/news/article-9000/ ↩︎
- 共同通信 “「米騒動」南海トラフ地震で拍車 X投稿、8月最多日10万件” 2024年10月5日
https://nordot.app/1215080896330351096?c=39550187727945729 ↩︎ - NHK NEWS WEB “コメ不足に地震の影響は?売り上げデータから背景を分析” 2024年9月7日 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240821/k10014554661000.html ↩︎