米政府が陥る「個人データ依存症」

  • URLをコピーしました!

The Interceptの記者でサイバーセキュリティなどを専門としているサム・ビドル(Sam Biddle)が、アメリカ政府が準備を進めている、膨大な個人データを簡単に購入できる中央集権型のプラットフォームについて2025年5月にレポートした。
U.S. SPY AGENCIES ARE GETTING A ONE-STOP SHOP TO BUY YOUR MOST SENSITIVE PERSONAL DATA
https://theintercept.com/2025/05/22/intel-agencies-buying-data-portal-privacy/

ビドルの報告をなぞりつつ、アメリカ政府を侵食している「個人データのエコシステム」について改めて考えてみたい。

目次

「個人データの購入は罪ではなく、不経済な買い物が罪」という感覚

The Interceptが確認した契約書によると、アメリカ国家情報長官室(ODNI)は、インテリジェンス・コミュニティ・データ・コンソーシアム(Intelligence Community Data Consortium:ICDC)を設立して、スマートフォンアプリの位置情報などから得られる、商用利用可能な個人データ(Commercially Available Information:CAI)のポータルを作ろうとしているという。政府の情報機関が民間の業者から膨大な個人データを購入するシステムを一元化して、「ワンストップショップ」を目指すものだ。

ODNI広報担当者のオリビア・コールマン(Olivia Coleman)はこれによって「データ購入に関わる非効率なプロセスを合理化します」とメリットを語る。すでに今日、あまりに多くの企業やブローカーから個人データが売りに出されており、異なる政府機関で同一のデータを購入するといった無駄も発生している。それに対し、新しく用意されるデータポータルを活用することで、国家安全保障局(NSA)、CIA、FBI、国土安全保障省情報分析局といったインテリジェンス・コミュニティを構成する18の機関や部局は、「最良のデータを最良の価格で」買い物できるようになるという。

コールマンはまた、「ODNIは、米国民の公民権と憲法修正第4条の権利が確実に守られるよう取り組んでいます」とPRに努めている。
アメリカ合衆国憲法修正第4条は、正当な司法の手続きなしに捜査や逮捕はできないというものである。ただ、現在アメリカ政府が行っているのは、憲法修正第4条の遵守というより、むしろ回避といえる。裁判官の承認を得て令状を用意し、正式な捜査を行うには手間がかかるが、データブローカーから位置情報を入手すれば、憲法修正第4条の抜け道を金で買えることになる。怠惰な警官や政府の職員にとっては魅力的な手段だ。

政府機関は、費用対効果への危機感はあっても、米国民の膨大な個人データを購入することへの罪悪感や反省を表明しているわけではないようだ。
電子プライバシー情報センターの上級顧問・カリ・シュローダー(Calli Schroeder)は、現状を端的に「インテリジェンス・コミュニティはとにかくあらゆるデータをかき集めればいいと思っているのです」と形容している。

スマートフォンを起点とする、個人データ売買の巨大なエコシステム

サム・ビドルはThe Interceptの別の記事で、現代において膨大な個人データがいかに安直に流通するかという問題を、スマートフォンの位置情報を悪用するスタートアップAnomaly Six(A6)の手口を暴きながら説明している。
Surveillance Dragnet: How Shadowy Companies Can Track Your Every Move
https://theintercept.com/2022/05/04/surveillance-anomaly-six-phone-tracking/

ビドルはまず、Anomaly Sixの創業者たちが米軍の退役軍人であることに注意をうながす。
「彼らは防諜活動のプロであり、同時に位置追跡ビジネスのエキスパートです。政府の情報収集と監視の世界に足を踏み入れていた人物たちが、世界中の数十億台のデバイスをリアルタイムで追跡できることを標榜する企業を立ち上げているのです」
そしてビドルは、スマートフォンのアプリに仕込まれた位置情報取得機能は広告配信ビジネスの心臓部であり、自分のデータが最終的にどこの誰にまで流れ着き、どう利用されるのかについて、あまりに人びとは無頓着であると警鐘を鳴らす。
「この広告事業者、データブローカー、ソフトウェア開発会社らが織りなす個人データのエコシステムは、あまりに広大で複雑であり、誰も全貌を把握できません」

明らかになった、政府による個人データ購入

民主党の上院議員ロン・ワイデン(Ron Wyden)は、プライバシーの権利保護のテーマに長年取り組んできた。そのワイデンの要請に応じ、2023年にODNIは、前年に作成された報告書の機密解除を行った。
US intelligence confirms it buys Americans’ personal data
https://techcrunch.com/2023/06/13/us-intelligence-report-purchase-americans-personal-data/

公然の秘密と化してはいたものの、情報機関をはじめとする政府の各機関が米国民の個人データをブローカーから大量に購入していることが、この報告書の機密解除によって初めて確認されることになった。たとえば内閣歳入庁(IRS)は脱税者の摘発用に、国土安全保障省は移民対策用に、それぞれ位置情報データを購入していた。
ODNIの報告書では、かつて権力による監視や捜査のかたちで取得されていたのと同じ水準の個人データが、いまやスマートフォンなどのデバイス経由で収集され、データブローカーによって市販される事態になっていることが語られる。その深刻さを理解しつつも、「この情報の価値から目を背けるわけにもいかない」と二律背反的な記述もみられる。
今回のビドルの報告でも、ODNIの報告書に見られたようなアメリカの情報機関内の矛盾する思考が解消されないまま、ICDCのプロジェクトに受け継がれていることが語られている。

2024年、ODNIは市販の個人データを扱うガイドラインとして、CAI利用規則を策定した。
INTELLIGENCE COMMUNITY POLICY FRAMEWORK FOR COMMERCIALLY AVAILABLE INFORMATION
https://www.dni.gov/files/ODNI/documents/CAI/Commercially-Available-Information-Framework-May2024.pdf

しかしビドルのレポートによれば、その内実は政府の情報機関の恣意的な裁量に大きく依存するもので、「形式的な自主規制にすぎない」と批判の声があがっているという。シュローダーは「ODNIは、内部の人間のプライバシーを守ることに血道を上げつつ、アメリカ中から膨大な個人データを吸い上げている」と、皮肉を込めて指摘する。また、ブレナン・センター上級顧問のエミール・アユブ(Emile Ayoub)は「今回のICDCのプロジェクトは、自身は責任を負わずに巨大なデータを買い続ける構図だ」と批判する。
そしてビドルは、ワイデンの次のようなコメントを紹介して報告を締めくくっている。
「これまでの報道や、トランプ政権の関係者の発言を見るかぎり、アメリカ国民は現政権が市販の個人データをどのように利用しているか、もっと真剣に懸念すべきだろう」

トランプ政権下でさらに加速する「データ依存症」

アメリカ政府は、後戻りのできない「個人データ依存症」に陥っているといえるかもしれない。副作用のある劇薬のようなもので、市販の個人データが氾濫することの危険性を認識しつつも、その便利さを捨ててデータの利用をやめるという選択肢はないのだ。

2024年12月、アメリカ合衆国消費者金融保護局(CFPB)の発表した計画が注目を集めた。これは個人データを販売するデータブローカーを、従来の公正信用報告法の対象となる企業と同等に厳しく扱うようにして、抜け穴としての利用を阻止しようとするものだった。
しかし2025年5月、CFPBがその計画を撤回したことが発表された。第二次トランプ政権の発足当時、政府効率化省(DOGE)を預かるイーロン・マスク(Elon Reeve Musk)に声高に不要論を唱えられるなどして消滅の危機までささやかれたCFPBは、現在まだ組織を維持しているものの、バイデン政権下で計画された規制や監督について、取り消しを続ける不本意な状況に置かれている。
White House scraps plan to block data brokers from selling Americans’ sensitive data
https://techcrunch.com/2025/05/14/white-house-scraps-plan-to-block-data-brokers-from-selling-americans-sensitive-data/

アメリカ政府の「個人データ依存症」は、まだ出口を見つけていないように思われる。

よかったらシェアお願いします
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ビジネス系週刊誌ライターや不動産情報サイトのコンテンツ制作など、編集・執筆業務に25年以上従事。サイバーセキュリティ領域の動向を、旧来の「知」がテクノロジーの進化で変容・解体されていく最前線として注視しています。

メールマガジン「週刊UNVEIL」(無料)をご購読ください。毎週、新着情報をお届けします。

目次