弱点を見つけるAI、作戦を探すAI ── 中国が狙うもう一つのAI軍事利用の可能性

人民解放軍が進める「作戦探索AI」
AIの軍事利用というと、多くの人は無人機や自律兵器を思い浮かべる。サイバー分野では、AIによる脆弱性発見やエクスプロイト生成の高速化が注目されている。しかし、中国人民解放軍の採用計画を見ると、AIに対するもう一つの見方が浮かび上がる。
中国人民解放軍は、AI関連人材の採用を急速に拡大している。興味深いのは、その募集内容が単なるアルゴリズム開発者や画像認識技術者に留まらないことだ。2026年の採用計画を見ると、人工知能、智能科学与技术(知能科学・知能システム技術)、ビッグデータ、データ分析、サイバーセキュリティ、宇宙関連AI、ロボット制御、無人機関連技術などが、複数の部隊・研究機関・教育機関にまたがって確認できる。
2025年の計画と比較すると、ネットワークセキュリティ、暗号・情報保全、無人システム、AI✕セキュリティなど、専門性と攻防スキルに寄った職務が増加している。一見、減っている業務もあるが、全体の募集規模が大きく縮小していることを考えると、AIとサイバーの相対的な優先度はむしろ上昇している。
この採用計画の変化から見えてくるのは、AIを単なる「兵器」としてではなく、情報処理、作戦支援、装備運用、ネットワーク防護、意思決定支援を支える基盤技術として、軍全体に組み込もうとする方向性である。

この採用計画の変化から見えてくるのは、AIを単なる「兵器」としてではなく、情報処理、作戦支援、装備運用、ネットワーク防護、意思決定支援を支える基盤技術として、軍全体に組み込もうとする方向性である。
背景には、戦場そのものの変化がある。現代の軍事作戦では、ミサイル、艦艇、航空機だけでなく、サイバー攻撃、衛星情報、SNS、民間通信網、物流、金融、世論が同時に動く。戦争はもはや物理空間だけで行われるものではなく、情報空間や認知空間を含む多層的な競争になっている。
台湾有事を想定すれば、攻撃は軍事施設だけに向かうとは限らない。空港、港湾、通信、電力、行政システム、報道機関、SNS空間も重要な対象になり得る。ここで重要なのは、物理的な破壊だけではない。一時的な障害や情報漏えいが起きたとき、それが人々にどのように受け止められるかである。
例えば、空港や港湾のシステムに障害が発生した場合、それ自体は技術的なトラブルかもしれない。しかし同時に、「政府は状況を把握できていない」「物流は止まった」「米国の支援は間に合わない」といった情報がSNS上で拡散されれば、人々の判断や行動に影響を与える可能性がある。つまり、サイバー攻撃の影響は、システムの停止時間だけでは測れない。その障害がどのような不安や不信に結びつけられるかも、作戦上の意味を持つ。
従来のサイバー攻撃は、システムへの侵入、情報窃取、破壊、妨害として理解されてきた。しかし、情報戦や認知戦が一般化した現在、サイバー攻撃はそれ自体で完結しない。侵入や障害は、不安、不信、混乱を生むための材料にもなり得る。この変化により、攻撃側に必要な能力も変わる。単に侵入できる技術者だけでは不十分である。どの情報を集めるか、どの障害を起こすか、どのタイミングで情報を流すか、どの不安を増幅するかを判断する能力が重要になる。
AI、サイバー攻撃、情報戦
2023年以降、ChatGPTなどの生成AIの普及を受け、脅威インテリジェンス企業や大手IT企業は、国家支援アクターによる生成AI利用について相次いで報告している。Microsoftは、国家支援アクターが調査、翻訳、スクリプト作成、フィッシング文面作成などに生成AIを利用している事例を報告している1。また、Google Threat Intelligence Groupも、中国、ロシア、イラン、北朝鮮などに関連する国家支援アクターが、AI技術を偵察、脆弱性調査、フィッシング、マルウェア開発支援などに利用していると指摘している2。
国家支援アクターによるサイバー攻撃は、継続的な情報収集やシステム妨害を目的とすることが多い。特に情報収集の場合、攻撃者は標的組織の人間関係、業務、意思決定、システム構成、関心領域に対して時間をかけて把握する。AIがここに加わると、収集した情報を整理し、意味づけし、次の行動に結びつける能力が強化される可能性がある。
例えば、AIは次のような作業を支援し得る。
- 標的組織の重要人物や影響力のある人物を見つける
- 盗んだ文書やメールから、世論操作に使えそうな材料を抽出する
- SNS上で反応が大きくなりそうなテーマを探す
- システム障害と組み合わせると効果が大きいナラティブを選ぶ
- 相手の混乱や反応を観測し、次の行動を調整する
ここで重要なのは、AIがサイバー攻撃のテンポや実行を速くするだけではないという点である。AIは、サイバー攻撃で得た情報や効果を分析し、それを情報戦や認知戦で使いやすい形に変換する役割を持ち得るためだ。つまり、AI時代のサイバー攻撃では、侵入そのものだけでなく、標的国や周辺国に対して侵入の結果をどう見せるか、どのような不安を生むか、どのような判断を誘導するかが重要になると予想される。
解放軍のAI人材採用とつながる論点
この観点から見ると、解放軍のAI人材採用は、単なる研究開発人材の確保ではない。公式の軍隊文職採用計画では、AI・データ関連職種が情報支援部隊、サイバー空間部隊、軍事航天部隊、陸海空の各軍種、軍事科学院、国防科技大学系の教育研究機関などに広がっている。
職務内容も、人工知能、インテリジェント情報処理、データ分析、ネットワーク管理、データセンター維持、宇宙関連AI、装備試験、無人機・ロボット関連技術などに及ぶ。これは、AIを一部の研究所だけで使うのではなく、部隊運用、装備運用、作戦支援、ネットワーク防護に組み込もうとしていることを示している。
ここで注意すべきは、解放軍のAI採用を直ちに「認知戦AI」と読むのは早計だという点である。公式資料から見える中心は、まず情報処理、データ処理、ネットワーク、装備、宇宙、研究開発である。ただし、これらは認知戦と無関係ではない。むしろ、認知戦を成立させるための情報収集、状況把握、データ分析、意思決定支援の基盤になる。
つまり、解放軍が求めているのは、単なるAIエンジニアやプログラマーではない。情報、データ、ネットワーク、装備、世論、作戦環境を結びつけ、複雑な状況の中で次の一手を考える人材である。
中国全体で進むAI安全保障化
この動きは、軍に限らない。中国では国家レベルでも、AIをサイバー安全保障に組み込む動きが進んでいる。
2026年5月、国家インターネット緊急対応センター(CNCERT)は「人工知能(AI)技術を活用したサイバーセキュリティアプリケーションのテスト」を公告した。目的は、AI技術のサイバーセキュリティ分野への応用を促進し、重要業界の防護水準を高め、AIによるネットワーク安全ガバナンスを深めることにある。
同テストでは、次の8つのシナリオが示されている。
- AI駆動攻撃に対するAI防御
- ネットワークシステムおよびソースコードの脆弱性検出
- ネットワークトラフィックの脅威検知
- セキュリティアラート・ログのノイズ除去
- 大規模モデルの安全ガードレール能力検査
- AIGC生成画像検出
- AIエージェントの悪意ある操作行動検知
- IPTVアカウント異常行動検知
特に注目されるのは、「AIエージェントの悪意ある操作行動検知」が評価対象に含まれている点である。これは、中国側も、AIエージェントが自律的に操作を行うことのリスクを明示的に意識し始めていることを示す。
また、協力・関係機関には、司法、人的資源、長江三峡通航管理局、金融、工商銀行、国家統計局データ管理センター、大唐集団、国家電力投資集団、中国国際航空、天津浜海国際空港などが含まれている。つまり、AIサイバー安全保障の対象は、金融、電力、航空、統計、交通、放送、司法データなど、国家の重要機能に広がっている。このことは、同テストが単なる企業向けセキュリティ施策ではないことを示唆する。国家の重要機能をAIで防御し、監視し、評価する体制づくりとして読むべきである。
ハッカソンにみるAIエージェントの傾向
こうした流れの中で注目されるのが、中国のハッカソンで発表されたAI型ハッキング支援ツールだ。とりわけ、自律的問題解決型AIによるハッキング支援ツールの人気は高い。
Anthropic社のClaude Mythosなどで話題となった脆弱性の発見を目的としたAI利用は、攻撃の起点となる箇所を探すことを目的とした色が強い。どのソフトウェアに弱点があるか、どのシステムに侵入できるかを見つけることが中心になる。
一方、自律的問題解決型AIのようなエージェントの利用目的は、脆弱性の発見そのものではなく、目標を与えられたAIが、環境を観察し、試行錯誤しながら、目的達成のための手段を探索する点にある。これは、不確実性の高い戦場と相性がよい。
台湾有事のような状況を想定した場合、事前にすべての手順を決めておくことは難しい。相手の防御、民間インフラ、国際世論、米国の対応、SNS上の反応は刻々と変化する。その中で必要になるのは、固定された攻撃手順ではなく、状況に応じて次の一手を探索する能力である。
なお、既に台湾へのサイバー攻撃に自律的問題解決型AIとみられるツールが投入された可能性がある。図2の内容によれば、標的は台湾政府機関もしくは重要インフラ関連のシステムであり、国家アクターもしくは国家支援アクターの関与が疑われる。

また、中国の某大手セキュリティベンダが発表したペンテスト支援ツールは、3つのAIエージェントを分担させ、ペンテスト作業を継続的に進めるアーキテクチャを示した。ここで重視されているのは、AIに攻撃を任せきることではなく、実行環境の隔離、記憶の共有、失敗の検知、行動の制御である。
両ツールを合わせて見ると、中国のAIセキュリティ研究は、単なる自動ハッキングや脆弱性発見ツールではなく、AIエージェントをいかに作戦単位として運用するかという段階に入りつつあるようだ。
複雑な環境での作戦探索AI
中国がAIに期待しているのは、無人機や自律兵器だけではない。むしろ重要なのは、サイバー攻撃、情報戦、認知戦、ネットワーク防護、装備運用、データ分析、意思決定支援が重なる複雑な環境を処理する能力である。
AI時代の安全保障では、どの兵器が自動化されるかだけが問題ではない。どの情報が集められ、どのように意味づけられ、どのタイミングで使われ、人々の判断や国家の意思決定にどのような影響を与えるのかが問題になる。
解放軍のAI人材採用、CNCERTによるAIサイバー安全保障テスト、そして中国のハッカソンで発表されるAIエージェント型ツールの動向は、同じ方向を示している。AIはサイバー攻撃を速くするだけではない。情報を読み、状況を整理し、失敗を修正しながら、次の一手を探す能力を軍事・安全保障の中に組み込もうとしている。
現在、日本では、AIによるサイバー脅威を「脆弱性発見の高速化」や「エクスプロイト生成の自動化」として捉える議論が目立つ。もちろん、それは重要なリスクである。だが、中国側の人材採用、CNCERTのテスト項目、そしてAIエージェントの開発動向を俯瞰すると、脅威はもう少し広いところにある。
AIは、単にソフトウェアの弱点を探すだけではない。情報を集め、状況を読み、行動を選び、失敗を修正し、次の一手を探す。つまり、AIはサイバー攻撃を速くするだけでなく、サイバー攻撃を情報戦や軍事作戦の一部として組み直す可能性がある。
皮肉なことに、私たちがAI脅威を「どれだけ早く脆弱性を見つけるか」という物差しで測っている間に、相手は「どの情報を、どのタイミングで、どの作戦効果に変えるか」という別の物差しでAIを見ているのかもしれない。
中国が欲しているのは、単なるAI兵器ではない。サイバー攻撃、情報漏えい、SNS上の不安、軍事的圧力を一つの作戦効果へと組み直す「作戦探索AI」なのではないだろうか。
注
