【緊急報告】イラン戦争に伴うホルムズ海峡封鎖下で展開された対日デジタル影響工作の分析

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背景:軍事衝突と情報空間の連動

 2026年2月28日、米国・イスラエルによる軍事作戦「オペレーション・エピック・フューリー」が開始された。これに対し、3月2日にはイラン政府がホルムズ海峡の事実上の閉鎖を宣言し、エネルギー輸送の要衝を巡る緊張が一気に高まった。

 このように現実の世界で軍事的な衝突が発生する一方で、インターネットやSNSといった情報空間でも並行して別の「戦い」が展開される。その具体的な実行形態の一つがデジタル影響工作である。

 デジタル影響工作とは、たとえば、外国の政府や関連主体が、ニュースメディアやSNS等の情報基盤を通じて、ナラティブの形成・拡散・定着を図り、他国の世論や社会認識、さらには政策判断に影響を及ぼそうとする活動を指す。その際には、偽情報に限らず、事実の選択的提示や文脈操作などを含む多様な情報操作手法が用いられる点に特徴がある。

 デジタル影響工作は単なる情報発信ではなく、人々の認識や判断そのものに働きかける点で、いわゆる認知戦や情報戦の一形態と位置付けられる。すなわち、武力による直接的な衝突とは別に、人々の「何を信じ、どう判断するか」を操作することで、間接的に国家の行動や社会の安定性に影響を及ぼすことを狙うものである。

発端:偽情報の投入

 今回のデジタル影響工作の起点は、図1の3月8日に確認されたXへの英文での投稿である。ロシアへの帰属が推察されるアカウントが、「日本の大手石油会社がロシアからの石油輸入を再開した」(抄訳)とする情報を発信した。

図1:起点となった投稿

 この投稿の特徴は、単なる虚偽ではなく、その時期の状況に強く結び付いた「もっともらしさ」を持っていた点にある。ホルムズ海峡封鎖によりエネルギー供給への不安が高まる中で、「日本企業が代替調達に動いた」という内容は、たとえ、調達先が(日本が制裁対象とする)ロシアであっても受け手にとって現実的なシナリオとして受け取られやすい。

 すなわち、不安が高まる状況に適合する形でナラティブを設計し、受け手の違和感を最小化することで、短時間での拡散を狙ったものと考えられる。こうした手法は、事実と虚偽の境界を曖昧にしながら認識を誘導するデジタル影響工作において典型的に見られる特徴である。

拡散過程:ナラティブの増幅とボット活動

 我々の分析チームでは、日本語および英語の投稿を対象に投稿の収集・分析を実施した。その結果、以下の特徴的な拡散パターンが確認された。

●起点投稿の直後から2日以内に、親露インフルエンサーアカウント4つが翻訳・引用して拡散
●日本語圏で急速に拡散し、閲覧数は直後に合計200万件以上に到達
●英語投稿は拡散が限定的であり、日本語圏にターゲットが絞られていた可能性

 さらに、我々独自のAIによるボット判定手法[1]を適用した結果、図2に示すように、3月9日のポスト数のスパイク(図2の①:青線)前後において拡散を試みるボット活動(図2の②:緑線)が観測された。当該時期、最大60%以上の投稿がボットと推察されるアカウントによって行われていた。さらに、独自AI位置情報推定手法[2]を適用したところ、ロシアおよび中国に帰属が推察されるアカウント群が、数十から数千規模で関与していた。

図2:投稿数とボット率の推移(筆者作成)

 特定のタイミングで投稿数の急増とボット率の上昇が連動しており、自然発生的拡散ではなく、誘導的な拡散の可能性が示唆される。

ネットワーク構造:拡散の「ハブ」とボットの役割

 投稿・リポスト関係を、図3のようにネットワークとして可視化すると、特徴的な構造が確認された。

 図3では、インフルエンサー等の特定アカウントを中心としたハブ・アンド・スポーク型の拡散構造が複数確認される。これは、ボットアカウント(赤色ほどボット尤度が高い)が拡散を誘発するため、影響力の大きいアカウントに対してメンションやリプライを送信し、可視性と注意喚起を意図的に高める行為として解釈できる。

 ここでのターゲットは、フォロワー数が多く、再拡散能力の高いインフルエンサーである。これらのアカウントに対して、関心を引くよう設計された投稿(いわゆるクリックベイト[3]的要素を含む)を提示することで、リポストや引用といった二次拡散を誘発することが期待される。

 さらに、当該インフルエンサーのフォロワー層にも情報が波及することで、直接的な拡散に加え、間接的なオーガニック拡散が生じる。このように、ボットによる初期的な可視性操作と、インフルエンサーを媒介とした拡散の増幅が組み合わさることで、全体として効率的なナラティブ拡散構造が形成される。

図3:投稿ネットワーク構造(筆者作成)

 これは典型的なデジタル影響工作であり、少数の発信源を効率的に大規模拡散へと変換する手口である。この手口は、2024年の欧州の展開された、ロシアに帰属すると指摘されるドッペルゲンガーやオーバーロードなど国内外の作戦でも類似の現象が観察されている。

継続的な情報操作:既存ナラティブの再利用

 さらに、3月15日には、ロシア系メディアである『Sputnik日本』のアカウントが「2025年6月に日本がロシアからの石油輸入を再開した」とする情報を発信した。

 しかし、この情報は以下の点で不正確である。

●日付が過去(2025年6月)であり、現状とは無関係
●2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、日本はロシア産原油の新規契約を停止している

●石油企業(出光興産・コスモ石油)は事実を否定

 つまり、既存の情報や断片的事実を組み合わせ、メディアという枠組みを活用して「もっともらしい虚偽」を構築する典型的な情報操作が、起点となる投稿に連携するタイミングで行われていたと言える。

デジタル影響工作の基本構造(概念図)

 本稿でいうデジタル影響工作は、認知戦や情報戦の具体的な実行形態の一つとして、SNS等のオンライン基盤を通じてナラティブの形成・拡散・定着を図る活動を指す。

 本件の理解においては、個別の投稿の内容のみならず、それがどのような構造で拡散されるのかを把握することが重要である。そこで、以下では、その典型的な拡散メカニズムを整理する(図4参照)。

図4 デジタル影響工作における拡散構造の模式図(筆者作成)

 まず、戦略やナラティブに整合した投稿が起点として採用される。この段階では、特定主体による直接的な発信に限らず、ニュース記事、政府系アカウント、第三者の投稿や自然発生的に見える形態が用いられる場合もある。

 次に、攻撃側アクターが当該投稿の可視性を高める。具体的には、自らの影響力を有するアカウント(現地インフルエンサー、現地大使館アカウント、政府系メディアなど)に加え、ボットによるリプライやエンゲージメントの増幅を通じて、プラットフォーム上での露出を意図的に引き上げる。この過程は、アルゴリズム上の優先表示を誘発する点で重要である。

 これにより、第三者のインフルエンサーが当該投稿を「拡散価値のある情報」として認識し、引用・再拡散に関与する可能性が高まる。すなわち、直接的な拡散に加え、間接的に影響力のある主体を巻き込む構造が形成される。

 さらに、こうして可視化された投稿は、一般ユーザーにも広く到達する。受け手が自身の関心や既存の認識と整合すると判断した場合、あるいは単に高いインプレッションを期待できる場合に、自発的な拡散が発生する。この段階では、必ずしも悪意を伴わない拡散が大部分を占める。

 結果として、特定のナラティブへの反復的な接触環境が形成され、その一部が受容されることで、認識や世論に影響が及ぶ。このように、少数の起点から多層的な拡散を経て社会全体へと浸透する構造が、デジタル影響工作の基本的特徴である。

影響評価:国内社会への影響は限定的

 以上のように、3月9日の投稿を起点とするデジタル影響工作と推される活動があったものの、3月11日、高市総理はIEA(国際エネルギー機関)に先駆け国内石油備蓄放出を表明し、16日には民間備蓄の放出を開始した。

 この迅速な対応により、

  ●買い占め
  ●パニック的行動
  ●社会不安の顕在化

といった事象は、本稿執筆時(4月3日)時点で確認されていない。

 すなわち、『デジタル影響工作は展開されていたものの、日本政府の迅速な物理的政策対応によってその効果は抑制された』と評価できる。

戦略的意図:日米分断と政権批判の誘導

 本件で観測された投稿内容や拡散構造、既存の対外ナラティブとの連続性を踏まえると、今回のデジタル影響工作は単発的な誤情報の拡散ではなく、一定の方向性を持った認識誘導を意図して設計された可能性がある。

 加えて、ロシアおよび中国によって明示的・暗黙的に示されてきた国家戦略や情報戦ドクトリン、ならびに過去の対外情報活動のパターンから類推すると、本件もそれらと整合的な枠組みの中で理解することができる。

 こうした観点から、本件の背景に想定される戦略的意図は、以下の複合的な枠組みとして整理できる。

  1. 日米分断の促進
     今回の軍事行動は、同盟国間で十分なコンセンサスが形成されていない中で実施され、結果石油不足問題に繋がる側面がある。この点を突き、日本国内における反米的ナラティブを増幅させる意図が推察される。
  2. 政権批判の強化
     (結果として騒動には至らなかったが)政府の危機対応能力に対する不信を喚起することで、政権支持の低下につなげることを狙った動きであると考えられる。過去の反ワクチン運動などと連続するナラティブが再利用されている可能性がある。
  3. 露中連携の可能性
     近年、ロシアと中国は情報戦領域において相互補完的に行動する傾向が指摘されており、本件においても同様の協調的な関与があった可能性は否定できない。
  4. 対露ナラティブの再構成と支持基盤の維持・拡張
     ロシアによるウクライナ侵攻以降、情報空間では侵攻の正当化や責任の相対化、ロシアの行動を合理化するナラティブが継続的に観測されている。本件においても、エネルギー問題や経済合理性の文脈を通じて対露認識の緩和やイメージの再構成を図る意図が内包されている可能性がある。加えて、既存の受容層に対するナラティブの補強と、受容者を拡散主体へと転化させる機能を持つと考えられる。

まとめ:デジタル影響工作は「状況」と結びついて効果を持つ

 今回の事例から明らかなのは、デジタル影響工作は一般に単独で効果を発揮するものではなく、

  ●軍事衝突
  ●エネルギー危機
  ●社会不安

 といった現実の事象と結びつくことで影響力を持つ故に、今回のような社会不安が高まるタイミングで展開されるということである。

 結果として日本国内では大きな混乱は生じなかったものの、情報空間における影響工作と推察される活動自体は観測された。今後も、社会状況の悪化と連動したナラティブの拡散には、継続的な警戒と分析が不可欠である。

謝辞
本稿を作成するにあたり、有益な示唆を与えてくれた鈴木舜剛氏に記して感謝します。

免責事項
本稿の分析および評価は、公開情報および観測データに基づくものであり、特定の主体の関与や意図について最終的に確定的に示すものではない。

  1. 参考文献 多川哲史, 齋藤孝道,Counting Bots Is Not Enough: Analyzing Bot Activity Through Naming Conventions, Content Clustering, and Activity Periods on OSNs,暗号と情報セキュリティシンポジウム(SCIS2026)(ボット判定精度は、Recall 0.929、F1 0.938)
  2. 参考文献 田畑智哉, 南幸佑, 齋藤孝道,メタ情報と独自抽出特徴量を用いたXの投稿位置推定モデルの提案と分類実験,暗号と情報セキュリティシンポジウム(SCIS2026)(位置推定精度は、Recall 0.870、F1 0.870)
  3. クリックベイトとは、閲覧数を稼ぐことや拡散を目的に、誇張や不完全な情報でユーザーのクリックを誘導する見出しや投稿のことである。
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この記事を書いた人

齋藤 孝道のアバター 齋藤 孝道 リサーチフェロー

明治大学理工学部情報科学科・教授、博士(工学)。明治大学サイバーセキュリティ研究所・所長。株式会社新領域安全保障研究所・代表。レンジフォース株式会社・代表取締役。専門は、情報セキュリティ技術全般。特に、デジタル影響工作、Web追跡技術、AI技術応用。著書:マスタリングTCP/IP情報セキュリティ編・第2版(オーム社)、「ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する」(原書房)。

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