科学技術イノベーションと安全保障 どのように新興技術の経済安全保障上のインパクトを評価すべきか

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 日本・米国・中国・欧州連合(EU)をはじめ世界各国は国家安全保障・経済安全保障の観点から重要な技術領域を特定し、これら技術の保護や開発・実装支援のための政策を展開している。例えば、量子、AI、バイオ等の新興技術(emerging technologies)は既に多くの国で保護・開発支援対象となっている。

 他方、ある技術が将来もたらす安全保障インパクトを評価すること、特に研究開発の初期段階や技術シーズ段階で見定めることは難しい。本稿は日本で安全保障、特に経済安全保障の観点から重視される技術領域を俯瞰しつつ、新興技術を評価する枠組み・観点を紹介する。

目次

1.科学技術イノベーションと安全保障

 科学技術イノベーションは、経済成長・産業競争力の強化、社会課題の解決に加えて、国家安全保障を左右する重要なドライバーである。こうした認識に基づき、特定の新興技術・基盤技術へのアクセスと保護は経済安全保障の観点から重要政策として認識されている。一般化すれば、安全保障上、重要な新興技術政策は「3つのP」が重要視されている。つまり、技術の「保護(protection)」、技術の「育成(promotion)」、さらには、官民や同盟国・同志国での「連携(partnership)」である。これらを実現する政策手段として、「保護」は輸出管理、研究インテグリティ・セキュリティ、対内投資スクリーニングの強化、機微な発明の特許出願の非公開化等であり、「育成」は官民投資の促進、人材や産業基盤の整備、研究開発税制等が含まれ、「連携」は官民対話、国際共同研究、さらには同盟国・同志国やその企業が全体として必要な技術を保護・育成することである。

 日本や欧州連合(EU)は「3つのP」(場合によっては、保護と育成の「2つのP」)を掲げるが、米国では4つ目の「P」とも呼べる政策、つまり特定国の新興技術開発・能力獲得を妨害・遅延させるような「阻害(Prevention)」「圧力(Pressure)」政策も検討・展開している。具体的には、中国のAI・量子・先端半導体産業に対するアウトバウンド投資の制限、国家全体の演算能力の米中バランスを考慮した半導体輸出規制案などだ。

2.日本における重要技術領域

 では現在、日本ではどのような技術領域が安全保障上、重要だと評価されているのか。少なくとも①防衛体制の強化、②経済安全保障、③科学技術イノベーション全般、④成長戦略という4つの観点から、いくつかの技術領域が特定・重要視されている。

 第一に狭義の安全保障、つまり防衛体制の強化に焦点を当てた重要技術領域である。近年、民生技術と安全保障技術の境界はますます曖昧化しており、民生目的技術のうち「総合的な防衛体制の強化」に資する技術の研究開発が重要視されている。防衛力の抜本的強化を目的として2023年8月に設置された「総合的な防衛体制の強化に資する研究開発及び公共インフラ整備に関する関係閣僚会議」では、防衛面での研究開発ニーズと技術シーズを踏まえて、10の「重要技術課題」を特定(当初は9つであったが、2025年8月に1つ追加)され、これまで5,000億円超の支援が行われた。

 第二に経済安全保障政策の文脈であり、経済活動・社会機能に不可欠な「戦略的自律性」と競争力の源泉である「戦略的不可欠性・優位性」の観点から指定される技術領域である。経済安全保障推進法(2022年5月成立)が掲げた4本柱の一つは「先端的な重要技術の開発支援」であり、同法は外部に悪用されることで国家・国民の安全に影響を与える先端技術を「特定重要技術」として定義している。同法に基づく「特定重要技術研究開発基本指針」(2022年9月)は、「特定重要技術」が含まれうる領域として20領域を明示し、総額5,000億円の「経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)」で51の研究開発を支援対象とした。さらに「経済安全保障法制に関する有識者会議」は今後の支援を見据え、2026年1月付の「経済安全保障の更なる推進に向けた提言」で12の重要技術領域を提案した。

 第三に、総合的な科学技術イノベーション政策の観点である。日本の科技イノベ政策の最上位政策文書である、内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の「第7期科学技術・イノベーション基本計画」(2026年度~2030年度、2026年3月27日閣議決定)の焦点の一つは、科学技術と国家安全保障の有機的連携である。第7期計画は「国家安全保障に資する研究開発の推進」「経済安全保障の観点を重視した技術力の強化」に言及し、前期(第6期)計画と単純比較すれば、「安全保障」という用語が19回から99回に、このうち「経済安全保障」の用語は1回から33回に増加している。また第7期計画案は重要技術のうち、日本の科学技術をけん引する潜在力を持つものを「新興・基盤技術領域」とし、16領域を特定している。さらに、これらのうち、経済成長・社会課題解決への貢献、技術の革新性等の観点から6つの「国家戦略技術領域」を指定する。新興・基盤技術16領域には戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、ムーンショット型研究開発制度、さらには前述のK Programといった措置によって、資源配分と支援を行い、国家戦略技術6領域にはより広範かつ重点的な一気通貫での支援を講じるという。

 第四に、高市早苗政権では「危機管理投資・成長投資」の観点からも新興技術への投資が推進される見込みだ。「危機管理投資・成長投資」の17の戦略分野は必ずしも技術開発のみならず、供給力の強化という観点からサプライチェーン強靭化、産業基盤の強化など幅広い官民投資を促進するものだが、多くの戦略分野では技術開発が重要な役割を果たすだろう。政府は17の戦略分野から、優先対象である61の製品・技術を選定した。

 これら4つの政策が重視する技術領域を便宜的に比較整理した結果が表1である。総合的な防衛体制の強化に関する「重要技術課題」はやや独特の指定も散見されるが、経済安保上の「特定重要技術」、第7期科技イノベ計画の「新興・基盤技術領域」、「危機管理投資・成長投資」の戦略分野はおおよそ整合性があるといえる。政府による支援措置や官民投資の対象を選定する段階では、より具体的な技術領域が明示され、各技術領域の特徴が明らかになるだろう。

3.新興技術評価の枠組み

 しかし、将来的に安全保障インパクトのある技術を研究開発の初期段階、技術シーズ段階で特定することは容易ではない。個別具体的な研究開発計画やプログラムに投資(政府としては財政支援)を行うことは一定の不確実性がある。少なくとも高い確率で、そうした技術を予め評価・特定することは不可能だろう。

 他方、こうした前提があったとしても、国家や社会として、重要な新興技術を見極め、保護・育成することが期待される。既に国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)・研究開発戦略センター(CRDS)は、国家安全保障・経済安全保障の観点での重要な研究・技術動向の調査分析機能が加わった。JST・CRDSはあくまでもインテリジェンスサイドであり、個別の技術の価値判断・政策判断や優先順位付けは内閣官房や防衛省等の政策サイドが担うという1。今後、2026年度中に経済産業研究所(RIETI)に設置予定の経済安全保障に関する政府横断の総合的シンクタンクや内閣府に設置予定の「重要技術戦略研究所(仮称)」(安全・安心に関するシンクタンク)でも、技術評価の機能・リソースが整備されるものと考えられる。

 では、新興技術をどのような観点で評価し、安全保障上、重要な技術を特定するのか。

 内閣府の安全・安心に関するシンクタンク機能育成事業の一環で行われ、筆者自身もメンバーとして参加した慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)の調査は、図1の通り、新興技術評価枠組みとして4つの観点を提示した。具体的には、既存の科学・研究パラダイムからの逸脱度や汎用技術(GPT)としての度合いといった「A.技術そのものの性質」、ジャーナル投稿数・引用数や累積投資高といった「B.技術の成熟度・実装までの時間軸」、安全保障・経済・社会的意味での「C.技術がもたらすインパクト」、経済安全保障政策や科技イノベ政策を担う政治家・政策当局といった「D.ニーズサイドからの優先度」であり、表2の通り、様々な観点が考えられる。

図1 新興技術の評価枠組み(イメージ)
(出典:慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)、「事業項目②:国内外の技術動向調査 報告書 概要」令和5年度 安全・安心に関するシンクタンク機能育成事業、内閣府(2024年3月28日)、6頁より抜粋)

 4つの観点を別の形で整理すると、「現状」分析を基にした「フォアキャスティング」な評価とあるべき「将来」像に基づく「バックキャスティング」な評価に大別される。特に後者については、科学技術全般や個別の技術の知見に加えて、国家安全保障・経済安全保障政策やその前提となる戦略環境分析といった視点も必要だ。

 もちろん技術領域によって、評価観点の重要度・重みづけは異なるし、新たな評価の観点が必要となるかもしれない。同KGRI調査によれば、例えば、サイバーセキュリティ分野でいえば、新興技術そのものよりも、「ゼロデイ(未知の脆弱性)を検出する」(FireEye社)や「攻撃者を特定する」(CrowdStrike社)といった、当時では常識を覆すような革新的アイデアとそれを実現する技術群が重要だ、という指摘もあった。

 ある技術が将来もたらす安全保障インパクトを評価することは難しい。しかし、こうした前提に立ったとしても、技術の影響評価において、4つの観点や技術領域ごとの特徴を踏まえた重みづけ・追加検討は重要な役割を果たすだろう。

表1 日本における安全保障上の重要技術領域(2026年3月末時点)

表2 新興技術の評価枠組みと観点

  1. 「JST、経済安保関連の重要技術調査 AI・量子・通信・ロボ」『日刊工業新聞』(2025年8月4日) ↩︎
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この記事を書いた人

川口 貴久のアバター 川口 貴久 リサーチフェロー

1985年福岡生まれ。東京海上ディーアール株式会社ビジネスリスク本部 兼 経営企画部 主席研究員、マネージャ。専門は国際政治・安全保障、リスクマネジメント。修士(政策・メディア)。主な著作に『ハックされる民主主義:デジタル時代の選挙干渉リスク』(土屋大洋との共編著、千倉書房、2022年)等多数。この他、一橋大学法学研究科非常勤講師(2022年4月~現在、ただし4-9月に限る)、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)特任准教授(2023年10月~2024年2月)、「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議」構成員(2024年5月~11月)等。※2025年3月現在。

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