米政府「認知戦・デジタル影響工作」対策部門の全貌——米国の情報戦/認知戦②

米国はもともとインテリジェンス大国である。デジタル影響工作を主戦場に世界中で認知戦に邁進しているフロントランナーはロシアだが、米国には従来、そうしたロシアの認知戦を監視し、追跡し、分析し、対策する機関がいくつも編制されている。
もちろん認知戦は米国自身も行なっているが、民主体制では国家が不正な情報工作を行なうことに大きなブレーキがかかる。情報操作は米国のメディア、米国民をも欺くことになるため、仮に露呈した場合、政府は厳しく不正の責任を問われることになるからだ。したがって、少なくとも公式には、米政府・軍は主に“敵”の認知戦への対策に注力していることになっている。
米国で認知戦対策を担う機関は、前述したように複数ある。敵のサイバー攻撃に対処する機関がメインだが、それ以外の情報機関系または捜査機関系の機関・部署もある。
❶CISA(サイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁)
国土安全保障省(DHS)外局。第1次トランプ政権時の2018年、サイバー防衛の重要性が高まったことで、DHSの旧・国家防護計画局(NPPD)のサイバー防衛部門を強化するために改編された機関である。
その任務は、米国全体のサイバーセキュリティの確立で、とくに重要インフラ16分野のセキュリティ強化を主導する。国家のサイバーセキュリティの本部組織として、他の連邦政府機関・州および地方政府・民間セクターのサイバーセキュリティ部門を調整し、外部からのサイバー攻撃の検知支援、脆弱性情報の共有、緊急指令の発出などを行なっている。特に近年はロシアから米国内の選挙へのサイバー攻撃および不正な誘導干渉が行なわれているが、そうした脅威への対策の調整と支援も行なう。
❷R/FIMI(外国情報操作干渉対策部)※2025年4月16日廃止
国務省の内部部局。外国による情報操作工作を監視する部署で、プロパガンダやフェイク情報を追う。もともと国務省でそうした任務を担当していたのは「GEC」(外国プロパガンダ対策センター)だったが、バイデン政権末期の2024年12月に権限失効され閉鎖された後に、後継組織として再編成された部署だった。
❸FITF(外国影響対策タスクフォース)※2025年2月5日廃止
FBIの対認知戦部門。2016年大統領選でのロシアの干渉を受け、第1次トランプ政権発足直後の2017年に設置された。所属はFBI防諜部で、スタッフはFBIのサイバー対策部、対テロ部、犯罪捜査部から集められた。
任務は主にロシア・中国・イランからの不正な影響工作を特定し、対処すること。とくに選挙干渉と世論分断工作の防止に力点が置かれた。
❹CIA特殊活動センター政治活動グループ(SAC/PAG)
CIAで秘密工作を担当する「作戦本部」内の準軍事部門「特殊活動センター」(SAC)は、危険な紛争地域ないし外国に潜入しての秘密特殊工作を実行する実働部隊で、主に準軍事部門のセクションだが、同センター内に政治工作・心理作戦・影響工作を担当する政治活動グループ(SAC/PAG)が配置されている。
SAC/PAGは敵からの認知戦から米国を守るというより、紛争相手の外国政府への影響力行使、プロパガンダ、反政府勢力支援などを行なう。ただし、その作戦の中で敵からの認知戦を探知することも多いと思われ、その無力化も随時行なっていると推測される。
❺CIA分析本部(DA)
CIA分析本部では認知戦対策の専門部局は、ない。しかし、同本部内ではほとんどの部局で、分析作業の中で対象国によるデジタル影響工作を検知し、その分析を対象分析に組み込んでいる。とくにロシア、中国などの地域部、さらに多分野横断分析部門では分析作業中で大きな比率を占めている。
❻CIAオープンソース・エンタープライズ(OSE)
CIAでサイバー情報活動を統括する「デジタル・イノベーション本部」(DDI)内に設置された部局。公開情報・SNSなどを大規模に監視し、外国による影響工作を検知する。米情報コミュニティ全体の中でも、デジタル影響工作の監視体制で大きな役割を担っている組織である。
❼CIAサイバーセキュリティ室(OCS)
CIAデジタル・イノベーション本部に配置されたサイバーセキュリティの専門機関。
❽CIAサイバーインテリジェンス・センター(CCI)
もともとはCIAデジタル・イノベーション本部内の部局だったが、任務の重要性から体制が増強され、2025年10月にCIA内の独立機関に昇格した。サイバー領域での外国の影響工作・デジタル脅威の収集・分析・対処を担当している。
ラングレーの本部の他、ドイツのフランクフルト総領事館内にも拠点を持ち、世界中のさまざまな国に対してサイバー工作を大掛かりに行なっているとみられる。
❾CIA作戦支援部(OCB)
いかにもありきたりな名称だが、CIAの能動的サイバー工作の極秘機関とみられる。CIAサイバーインテリジェンス・センター(CCI)の傘下で、極秘ハッカー部隊として外国へのサイバー諜報活動や情報操作工作を行なっていると推測される。情報は厳重に秘匿されていて実態には不明な点も多いが、本部はバージニア西部郊外の一見、普通のオフィスビル風の秘密拠点にあるとの報道もある。
❿外国悪意影響センター(FMIC)
外国による認知戦・デジタル影響工作への対策を、米情報コミュニティ横断的に統括する機関。国家情報長官室(ODNI)の隷下組織。米国政府機関としては、もっともロシアや中国などによる対米認知戦への対策に特化した機関である。
⓫NSA(国家安全保障局)+米サイバー軍
NSAはシギント(信号情報)活動を専門とする国防総省の情報機関。サイバー諜報の実働部隊でもある。NSA内に認知戦・デジタル影響工作への対策を専門とする部局はないが、サイバー部門については前回記事で紹介したので参照されたい。
また、NSAが統制する米軍のサイバー部門統括司令部が米サイバー軍である。米政府・軍の全体の中で外国とのサイバー戦の中心的存在がこの米サイバー軍だが、こちらも認知戦・デジタル影響工作への対策を専門とする部隊はない。米サイバー軍のサイバー部隊の構成についても前回記事で紹介したので参照されたい。
以上が、敵の認知戦・デジタル影響工作に対策する米政府機関の全貌である。本来、米政府はこの分野では技術的に世界最高峰で、民主制の限界から“攻め”には制限があっても、少なくとも“守り”は突出した実力があった。
しかし、この情報安全保障のシステムが、2005年1月に発足した第2次トランプ政権によって弱体化している。たとえば、各情報機関の人事が恣意的に行なわれ、トップを筆頭に優秀なスタッフたちの大量離職が急速に進んだ。また、前述した国務省「R/FIMI」(外国情報操作干渉対策部)やFBI「FITF」(外国影響対策タスクフォース)も、米保守派監視に利用されたなどの理由で解体されて、もう存在しない。
他にもトランプ政権は「認知戦」対策部門含め、米情報コミュニティ全体で人事や予算を恣意的に変更し、インテリジェンス力を弱体化させている。次回は、その米情報コミュニティ弱体化の実情について解説したい。
