「予測市場」の問題点を映し出す、Polymarketの「事件簿」

2024年の米大統領選で俄然認知度を高めた「予測市場(Prediction market)」が、存在感を増し続けている。
ブロックチェーンの最新技術に支えられ、「集合知」を体現する新しいタイプの情報インフラとしても注目される一方で、その建て付け自体がはらむ危険性や信頼性の懸念が払拭されているとは言い難く、各国の法制度との整合がついていない部分も多い。
本記事では、予測市場の代名詞的存在である「Polymarket(ポリマーケット)」に関連する最新のニュースを中心に確認していく。その「事件簿」には、予測市場が現在抱える問題点が、そのまま反映されている。
(1)社会のさまざまな出来事を対象とする「予測市場」
予測市場は、将来起きる社会の出来事に関する市場参加者の見通しを「予測値」として数値化し、その結果に応じて価値が決まる契約を取引する、先物市場と同様のメカニズムを持つプラットフォームである。その予測対象は、スポーツ(各試合や大会の結果など)、政治(選挙結果、外交や戦争など)、経済(株価の推移や企業活動など)、芸能(曲ランキングや賞の結果など)ほか、きわめて多岐にわたる。取引は基本的にオンラインで完結するため、参加者はグローバルな広がりを持つ。
PolymarketやKalshi(カルシ)など、予測市場の主要なプラットフォームの月間利用者数は数百万人規模に達すると推測され、The Blockの集計によると、主要プラットフォームの月間の取引規模は2026年4月時点で240億ドル(約3兆8,500億円)に達している(*1)。
予測市場の概念自体は昔から存在していたが、存在感を飛躍的に高めるきっかけになったのが、2024年の米大統領選挙だった。
当時、主要メディアが「接戦」という論調で報じていたのに対し、予測市場は共和党のドナルド・トランプ(Donald John Trump)の再選の確率が高いと見積もっていた。市場参加者たちが持つ数多くのデータが予測市場に集約される構造により、主要メディアの旧式の世論調査よりも、予測の精度が上がったのである。
20世紀の経済学者ハイエク(Friedrich August von Hayek)は、価格を「社会に点在する情報を集約したもの」と先駆的に定義した。価格は、どんな個人よりも多くの情報を持つ「集合知」を反映する。市場参加者の予測を価格として可視化する予測市場はまさに、高性能なシグナル機能を持つ新しい情報インフラとして、俄然注目を集めるようになった。
実際、予測市場のデータは取引参加者以外のメディアに幅広く活用されており、Polymarketは、「ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)などを発行するダウ・ジョーンズ(Dow Jones)と、KalshiはCNNやCNBCとそれぞれ連携している。
また、予測市場の急拡大の背景には、新たな投資分野としての魅力や、上述した情報的な価値に加えて、次世代デジタルインフラが活用されている事情もある。
Polymarketなどのプラットフォームでは、ブロックチェーン技術を活用して取引履歴や結果判定の透明性確保に努めている。また、決済手段にステーブルコインなどの暗号資産(仮想通貨)を採用して、グローバルな資金移動のハードルを下げたり、決済効率の向上も図られたりしている。
[参照元]
*1:Trading volume on prediction markets has soared in recent months
急増する予測市場における取引量
https://www.pewresearch.org/short-reads/2026/05/27/trading-volume-on-prediction-markets-has-soared-in-recent-months/
(2)予測市場の抱える課題やリスク
もっとも、良いことばかりではない。予測市場という仕組みは、法制度上の問題や、その設計思想に関わるリスクや課題がある。予測市場の急成長にともない、それらの問題が野放しになっていることが白日の下にさらされるようになっている。
(i)公正性の問題
非公開情報を悪用したインサイダー取引のリスクは、容易に思いつくところだ。しかも、株式市場における個別株の内部情報は、企業の経営幹部に集中するのに対し、きわめて多彩な領域をカバーする予測市場においては、政治家、芸能関係者、スポーツチーム関係者、公務員など、非常に多数の人間が、取引に影響する情報の持ち主になり得る。
それどころか、特定イベントにおける発言内容が予測対象となる場合などは、発言者当人は直接イベント結果を操作することができるわけだ。
(ii)倫理性の問題
直近のイラン情勢においては、イランの政権崩壊や米国の軍事侵攻の可能性なども予測対象となった。戦争という殺傷と破壊を伴う悲劇的な事象を予測取引の材料とすることへの批判が当然生まれている。
また、上述の公正性の問題にも絡むが、2025年1月にカリフォルニア州南部で大規模な山火事が発生した時、鎮火時期や延焼面積が予測対象となった。自然災害を対象にすることの是非を問う声のほか、利益を得るために放火する不心得者を誘発するのではないかと懸念する指摘もあった。
(iii)法規制の問題
日本を含む多くの国における予測市場の最大のリスクは、法的位置付けが明確に整理されておらず、「金銭を伴うかたちで将来の出来事に対して取引を行う」ことが、賭博とみなされる可能性をはらむ点である。
米商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission:CFTC)は、予測市場の取引を、金融派生商品(デリバティブ)の一種である「イベント契約(Event Contracts)」と定義している。
しかしこれは少数派で、多くの国は予測市場を「ギャンブル」と捉えている。ドイツやシンガポールは、国内のギャンブル規制に基づき現行の予測市場を違法と見なしているし、そこまでいかなくても、運営会社は許認可の管理下に置かれるべきとする国も多い。
日本ではオンライン上の賭博行為は厳格に規制されている。海外で合法として運営されているオンラインカジノでも、日本国内からアクセスして賭博を行えば犯罪となる。2026年4月21日の参議院財政金融委員会で、金融庁は「賭博に該当する可能性が高く、慎重な対応が必要」との見解を示した。
そのため現時点では、予測市場について言及する記事は、下記のような注釈をつけて予防線を張っておくことになる(本記事も末尾に掲載する)。
↓
「※ 本記事は情報提供を目的とするものであり、予測市場の利用を奨めるものではありません。日本国内から予測市場に参加して金銭を伴う取引を行うことは、賭博罪に抵触するおそれがあります。」
(3)トランプ政権が予測市場に手を伸ばす
予測市場を「金融商品」と見なして、CFTCの監督下におさめている米国でも、キナ臭い動きには事欠かない。震源地は例のごとくトランプ政権である。
予測市場のうち、金利政策や原油価格を対象とするものは、確かに既存の先物市場と重なるが、スポーツ関連の取引は、「賭け」と同等の印象を抱かせる面がある。それにも関わらず、予測市場は各州のギャンブル規制から外れているため、業界団体や州政府との軋轢が生じている。
カジノ関連団体のアメリカ・ゲーミング協会(American Gaming Association)は、予測市場の登場によって10億ドル以上の税収が失われたと主張し、予測市場プラットフォーマーへの規制強化を求めている。また、スポーツ賭博が法的に認められていないミネソタ州では、2026年5月に予測市場の利用を全面的に禁止する法律が成立した。ギャンブル規制を敷く他の複数の州でも、予測市場の運営会社に対して州法の適用を迫ろうとしている。
こうした州政府の動きに対して、トランプ政権は強く圧力をかけている。暗号資産(仮想通貨)の普及に執念を燃やすトランプ政権は、同様に予測市場も後押ししている。トランプファミリーは独自のデジタル通貨(World Liberty Financialなど)の販売で莫大な利益を上げているほか、トランプの息子トランプ・ジュニアは(Donald John Trump Jr.)は、予測市場の2巨頭のPolymarketとKalshiの両方の顧問を務めている(*2)。
さらにトランプ政権は、過去に疾病予防管理センター(CDC)などの政府機関を骨抜きにしたのと同様の手口で、CFTCそのものを機能不全に陥れている。
ニューヨーク・タイムズの調査で、トランプ政権がCFTC職員数を大幅に削減して、暗号資産(仮想通貨)に対する法的執行を劇的に縮小させ、予測市場の運営企業を全面的に優遇してきた実態が明らかになった(*3)。
CFTCの内部では、業界の不透明な取引慣行や一般投資家の不利益に対して声を上げた、有能な専門家たちが追放されている。大手暗号資産交換所Crypto.comが展開する予測市場の不十分な情報開示や、予測市場大手Polymarketの、詐欺に対する防御策の不備を指摘したキャリア職員や弁護士たちは、突如として休職処分を下され、オフィスへの立ち入りを禁止された。他の暗号資産担当弁護士も降格処分となり、一部は辞職を余儀なくされた。彼らに対して、そのような処遇に関する明確な説明は一切行われなかったという。こうした報復措置による内部警告者の排除は、組織を委縮させ、業界への厳格な監視を行う使命感を完全に麻痺させるに至った。
[参照元]
*2:Leading Prediction Firms Share a Commonality: Donald Trump Jr.
予測市場の大手企業には共通点がある
https://www.scu.edu/ethics/media-mentions/stories/leading-prediction-firms-share-a-commonality-donald-trump-jr.html
*3:How Prediction Markets and Crypto Firms Steamrolled a Watchdog Agency
予測市場と暗号資産企業はいかにして規制当局を征服したか
https://www.nytimes.com/2026/05/24/us/how-prediction-markets-and-crypto-firms-steamrolled-a-watchdog-agency.html
(4)予測市場の代表的プラットフォームPolymarketをめぐる問題
Polymarketは、ブロックチェーンベースの(Polygonチェーン上で稼働するのが名の由来)、世界最大級の予測市場プラットフォームだ。しかしまた、予測市場にまつわる不透明さやリスクの数々を、身をもって示している存在でもある。
(i)Google社員、検索データをPolymarketで悪用する
米司法省(DOJ)は、Googleのソフトウェアエンジニアを、非公開のインサイダー情報を悪用してPolymarketにおいて巨額の利益を得たとして、商品詐欺、電信詐欺、マネーロンダリングの容疑で起訴した(*4)。
容疑者は、Googleが毎年公開している「検索データ年間トレンド(Year in Search)」の発表数週間前に、社内ツールを使って、2025年の急上昇検索ワードランキングに関する機密情報を不正に閲覧した。そして匿名のユーザーアカウントを作成し、特定の著名人が検索ランキングの上位に入るかどうかに巨額の賭けを仕込み、約120万ドル(約1.8億円)の大穴をものにしたのである。
今回の事件で、インサイダー取引の対象となったのは、「企業の財務情報」や「M&Aのニュース」などではなく、「検索クエリのトレンド」という、巨大IT企業の非公開ビッグデータである。
予測市場の急速な普及で、世の中のさまざまな事象が予測対象に組み込まれるようになった結果、従来は「社内規定違反」「情報漏洩」として処理されていた行為が、現実の金銭的利益と直結し、商品取引法や電信詐欺罪に該当する「連邦犯罪」として検挙されるフェーズに突入した。企業は、自社の保有するあらゆるデータが予測市場のターゲットになり得るという、新しい水準のリスク管理が求められる時代を迎えたと言える。
そしてまた、「集合知」を体現して未来を高い精度で予測するツールとして評価を高めつつあった予測市場が、特定の情報ゲートキーパーにいとも簡単に歪められる脆弱な構造でしかないことを改めて思い起こさせた。
(ii)戦争がインサイダー取引の対象となる
データ分析企業Bubblemaps(バブルマップス)の調査によると、Polymarket上で相互に関連しているとみられる9つの匿名アカウントが、イラン戦争における米国の軍事行動(攻撃開始日、最高指導者の失脚、停戦発表など)の時期に対して80回以上の取引を行い、勝率98%という驚異的な戦績で240万ドル(約3.6億円)以上の利益を上げていた(*5)。米軍や政府内部のインサイダー情報が流出していることは、ほぼ確実である(98%以上の確率かもしれない)。
一つの作戦が実行されるまでに無数の人間が機密情報に触れる軍事作戦は、その性質上、極めてインサイダー取引が発生しやすい。2026年4月には米陸軍曹長が、ベネズエラの大統領だったニコラス・マドゥロ(Nicolas Maduro)を拘束する特殊作戦の機密情報を、Polymarketで悪用した容疑で連邦当局に起訴されている。
深刻なのは、これらが単なる「経済犯罪」にとどまらず、「国家安全保障の脅威」に直結している点である。予測市場における異常な取引パターン(特定の時期への巨額の賭けなど)を監視すれば、米国の敵対国やテロ組織が「米軍の次なる作戦行動」を事前に察知することが可能になるだろう。
前述の通り、トランプ政権に骨抜きにされたCFTCには、毅然たるガバナンス強化について、多くは望みにくい。ホワイトハウスは職員向けに「予測市場での非公開情報の利用は刑事犯罪である」と異例の警告を出したが、どれだけの実効性を持つかは疑問である。
Polymarket側も、「AI監視体制と法執行機関との連携で、インサイダー取引を排除する」と自浄の姿勢を強調するが、予測市場の魅力と表裏一体であるプラットフォームの分散性と匿名性の壁は厚い。
(iii)Polymarket、クリエイターに偽の動画投稿を依頼し巨額の勝利を誇張か
ウォール・ストリート・ジャーナルは、2026年6月20日、ソーシャルメディアのコンテンツ制作者へのインタビューと、10人のクリエイターによる1,100本以上のTikTok動画の分析に基づいた調査結果を発表した。
それによればPolymarketはダミーサイトを構築し、そこでクリエイターに模擬取引を行わせていた。動画上の架空の取引では、クリエイターが約90万ドルもの利益を得ているように描かれていたが、実際に同じ賭けをしていたとしたら16万6000ドル以上を失っていたはずだという。
6月26日、消費者保護団体Vaca Daffan Lawは、Polymarketを運営するBlockratize社、および創業者兼CEOのシェーン・コプラン(Shayne Coplan)ら相手取り訴訟を起こし、Polymarketは透明性と公正な市場への取り組みなどの声明に追われた(*6)。
[参照元]
*4:Google employee charged with using insider data to rig bets on Polymarket
Polymarketでの賭けを不正操作しようとしたGoogle社員、インサイダー容疑で起訴される
https://www.theguardian.com/technology/2026/may/28/doj-charges-google-employee-insider-trading-polymarket
*5:Suspected insider accounts net $2.4 million on Polymarket Iran war bets with 98% win rate, firm finds
イラン戦争を「賭け」の対象に:予測市場におけるインサイダー取引の懸念
https://www.cbsnews.com/news/betting-on-iran-war-insider-trading-concerns-prediction-markets-60-minutes/
*6:Polymarket launches probe after Wall Street Journal report alleges deceptive marketing
WSJ紙の報道を受け、Polymarketが調査を開始
https://www.cbsnews.com/news/polymarket-wall-street-journal-deceptive-marketing/
(5)予測市場をめぐる新しい動き
MetaのCEOマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)が2025年、KalshiのCEOタレク・マンスール(Tarek Mansour)と買収交渉を行ったものの、決裂していたことが明らかになった(*7)。マンスールが売却を拒否したとも、Meta側が「法規制のリスク」を厄介視したためともいう。
Metaにとって、予測市場への参入は単なる事業領域拡大ではない。FacebookやInstagram、Threadsといった世界で数十億人のユーザーを抱える同社にとって、未来のイベントに対する世論のシグナルを直接集約する極めて強力なツールに他ならない。
しかし交渉は決裂した。そこでザッカーバーグの陣頭指揮のもと、Metaは独自の予測市場プラットフォーム「Arena(アリーナ)」の開発に転換した。ArenaがPolymarketやKalshiと決定的に異なるのは、リアルマネーを一切使用せず、仮想の「プレイマネー」を採用している点だ。ユーザーは現実の金銭的損失のリスクなしに未来の出来事を予測する。さらにプラットフォーム内の、予測対象のテーマ設定はAIが生成するようになっており、Metaは厳格な金融規制や「賭博」の法的責任を巧妙に回避しながら、予測市場のコアである「集合知」と「ユーザーのエンゲージメント強化」という果実を安全に手に入れようとしている。
予測市場が「集合知のイノベーション」として、社会的な価値をより高めていくか、あるいは投資・投機のプロがしのぎを削る「鉄火場」となるか、はたまた国家に害をなす「無法地帯」と化すか、大きな岐路を迎えていると言えるだろう。読者諸賢は、はたしてどの未来を予測されるだろうか。
[参照元]
*7:Meta considered buying Kalshi before developing its own prediction market app
Meta、Kalshiの買収交渉を行うも破談。自社製アプリの開発へ
https://www.npr.org/2026/06/30/nx-s1-5875468/meta-kalshi-prediction-market-acquisition-talks
※ 本記事は情報提供を目的とするものであり、予測市場の利用を奨めるものではありません。日本国内から予測市場に参加して金銭を伴う取引を行うことは、賭博罪に抵触するおそれがあります。