AI生成架空バンドが短期間でヒットチャートを登りつめた話

今年6月に突如として登場し、瞬く間に世界中で爆発的なヒットを記録したインディーロックバンドが、作曲も演奏もメンバー写真もAIで生成されている架空のバンドだったことが判明した。
このバンド「The Velvet Sundown」に関する話題は、エンタメ系/IT系のニュースで広く伝えられたので、すでにご存じの方も多いだろう。しかし途中から話がややこしくなってきたため、面倒になって関心を失ってしまった向きもあるのではないだろうか。
The Velvet Sundownの騒動には、AI技術の進歩により音楽業界が抱えることになった多くの問題点が示されている。そのうちの一つが、まさしく「事実確認のややこしさ」だ。そのため今回は、あえて面倒くさい部分を時系列で確認しながら、我々の置かれているエンターテインメント環境の危うさについて考えていきたい。
The Velvet Sundownとは?
「The Velvet Sundown」というバンドが何の前触れもなく登場し、「Floating On Echoes」「Dust And Silence」という二枚のアルバムをほぼ同時期に発表したのは2025年6月のことだった。大手の音楽ストリーミングサービスで配信された彼らの楽曲は、プロモーション活動も行われないまま大きな話題を呼び、あっという間にSpotifyだけでも100万人以上の月間リスナー数を記録するという異様な急成長を遂げた。
このバンドは1970年代のサイケデリック・ロックやオルタナティブ・ロックを彷彿とさせつつ、現代風のロックを取り入れたような楽曲を提供した。ギターのメロディラインの懐かしさなどに喜びを見出す中高年もいた一方で、どちらかといえば「70年代っぽさを感じさせる無難な/無個性なBGM」として楽しむ視聴者が多かったのではないかと分析されている(詳しくは後述)。
ともあれ、この謎のバンドにはSpotifyの「認証済アーティスト」のチェックマークがついており、公式バイオグラフィには四人のメンバー──Gabe Farrow(ボーカル&メロトロン)、Lennie West(ギター)、Milo Rains(ベース&シンセ)、Orion “Rio” Del Mar(ドラム/パーカッション)──の名前や彼らの写真が掲載されていた。さらに「カリフォルニアの狭く暑苦しいバンガローで、本物の楽器、本物の魂と頭脳で、汗まみれで作られた」音楽であるとまで説明されていた。つまり当初のThe Velvet Sundownは、はっきりと「四人の実在の人間によるバンド」を自称していた。
デビュー当初から持ち上がっていた「AI疑惑」
The Velvet Sundownが大量の楽曲をリリースした直後、多くの視聴者が実在のバンドだと騙された一方で、かなり早い段階から「音作りのAIっぽさ」を指摘する声もあったため、このバンドが実在するのかどうかは当初から大いに議論されていた。そして楽曲そのもの以外にも、The Velvet Sundownには数々の「怪しさ」があった。
まずプロモーション活動も行われていない無名のバンドが、短期間でこれほど注目を浴びたこと自体が不可解だった。そしてバンドのメンバーに関する情報(たとえば過去の活動経歴など)がオンラインでまったく見つからないという点も大いに不可解だった。
そしてInstagramに公開されているメンバーの写真にも不自然な点が多かった。「不自然な点」というよりは、ある程度AI生成画像の見分けに関心を持っている人であれば(おそらくINODSをわざわざ読んでいる方であれば)、一目でほぼ間違いなくAIだろうと思えるレベルのフェイク写真も数点あった、と言って差し支えないだろう。さらには「写真の中のマイクのコードが途中から消えている」「機材のデザインが間違っている」などの致命的なミスもあった。
こうした様々な指摘が重ねられるにつれ、「このバンドは実在しないのでは?」という疑惑は日に日に濃厚となっていく。しかしThe Velvet Sundownは、Xの公式アカウントで「我々は実在の四人組だ」と念押しして、その疑惑を否定していた。
お騒がせカナダ人のメディア撹乱
そんな中、「The Velvet Sundownの広報担当者」を自称する人物が現れた。このAndrew Frelonを名乗る人物は、バンドの広報担当者として勝手にXのアカウントを作り、Rolling Stone誌やWashington Postなどの取材も応じ、「The Velvet Sundownの楽曲はSUNO(歌詞や曲のイメージをテキスト入力するだけで楽曲を生成できるAIプラットフォーム)を利用して自動生成されたものだ。メンバー写真もAI生成である」と語った。
この報道により「やはり実在しないバンドだった」という話題が拡散された。しかしVelvet Sundownの公式アカウントは、これに反論して「Andrew Frelonなる人物は、当バンドと全くの無関係である」と主張した。
そしてRolling Stoneの記事が掲載された直後、Frelonは自分の話した内容が全て作り話だったことを告白する。というよりも、まずAndrew Frelonという人物からして実在していなかった。本人によれば、それは「米国出身/カナダ在住で、ウェブプラットフォームの安全性やAIの問題を扱っている専門家」が使った偽名だという。
Frelonを名乗った人物は自身の行動をイタズラとは考えておらず、「騙しのアート」「ソーシャルエンジニアリングの実験」と位置づけており、「AI時代における現実と虚構/本物と偽物の境界を曖昧にし、人々やメディアがどれだけの検証力を持っているのか試したかった」と語っている。つまり、彼の行動全体が人間の脆弱性を考えさせるコンセプチュアルアートだった、という主張だろう。実際に彼は、世界に知られている大手音楽メディアや音楽ファンたちが、どれほどあっさりと担がれてしまうのかを人々に見せつけることに成功した。
しかし、このお騒がせなカナダ人の行動によって、The Velvet Sundownに関する疑惑は少々複雑になってしまった。彼のおかげで「やはりあのバンドの楽曲はSunoで自動作成されていた」「いや、それをメディアに告白した人物が嘘をついていた」などの情報が入り乱れたせいである。
告白まで一か月
偽物の広報担当者による発言は出まかせだったことが判明した後も、The Velvet Sundownに関する「AI疑惑」は深まっていった。先述したメンバー情報の不自然さ、メンバー写真の奇妙さなどの指摘に加え、「生成AIで作られた楽曲を判定できるツール」などを利用した検証合戦も加速した結果、AI疑惑はほぼ決定的だと判断されつつあった。
またAndrew Frelonの件で撹乱させられたファンやメディア、そして専門家たちが、The Velvet Sundownに対して真剣に誠実さを示す流れが生まれていた。つまり「AIなのかもしれないけれど、その疑惑や話題性も含めて楽しもうじゃないか」という大らかな意見は下火となり、「もうお遊びには付き合っていられない。そろそろはっきりさせろ」という雰囲気が濃厚になっていた。
そして2025年7月5日、Xの公式アカウント、およびSpotifyのバイオグラフィで、とうとうThe Velvet Sundownは自身が人間によるバンドではないことを正式に発表する。ただしそれは「申し訳ありません、実は全部AIでした」といった表現ではなく、「これは音楽、歌、ビジュアルをAIの手で生み出した『合成音楽プロジェクト』である」「The Velvet Sundownは完全な人間でも完全な機械でもなく、その間に存在しているもの」という声明だった。
こうしてThe Velvet Sundownの「AI疑惑」は、衝撃のデビューから一か月ほどで確定ということになった。その後も数々の取材が続けられる中、楽曲の生成にSunoが利用されているのではないかという質問についても、ほぼ肯定と受け取れるような回答が得られている。つまりAndrew Frelonを名乗る人物が語った内容は完全な捏造だったものの、そのバンドの説明については、結果的に「かなり正しかった」と言うことになるだろう。
現在のThe Velvet Sundownのバイオグラフィには、次のようにも記されている。
「すべての登場人物、物語、音楽、声、歌詞は、創作の手段としてAIツールを利用し生成されたオリジナル作品です。実在の場所、出来事、人物(生者・故人を問わず)との類似点はすべて偶然で、意図的なものではありません」
The Velvet Sundownの問題に見る「AI時代の危うさ」
音楽シーンで大ヒットを記録したアーティストが「偽物だった」というスキャンダルは、過去に何度も起きており(筆者と同世代ならミリ・バニリを思い出す方も多いだろう)、そこにはAIが絡んだケースもいくつかある。
たとえば2023年には、ドレイクとザ・ウィークエンドの声をAI生成で模倣した楽曲「Heart on My Sleeve」が爆発的に拡散され、数百万回の再生数を叩き出したことが話題となった(ちなみに、このときはユニバーサル・ミュージックが楽曲の削除要請を行っている)。この曲に関しては「AI生成を採用した楽曲はグラミー賞にノミネートされる資格があるのか?」となどいった議論も生まれた。
しかし今回のThe Velvet Sundownは、それらの過去のケースと比較しても明確に、AI技術の進歩がエンターテインメント界にもたらしている多様な問題を示すものだった。
・配信者とリスナー間の信頼関係
The Velvet Sundownは、AI生成のコンテンツを「本物の人間のバンド作品」だと何度も主張し、その嘘がほとんど暴かれた状態になってから、後付けで「プロジェクト」だったと主張した。The Velvet Sundownを実在の四人組だと信じ、「彼らを応援しよう」と考えたファンに対する謝罪などはない。その活動は「何らかの契約や規約を必要とするまでもなく、もともと配信者とリスナーの間にあった自然な信頼関係」の崩壊を招くものだったかもしれない。
・現実とフェイクの線引き
この楽曲が実際に多くの関心とリスナーを集めたことで、「現実の音楽とは何か?」という境界線はより曖昧になった。さらに「Velvet Sundownの関係者のなりすまし」が現れ、その嘘に多くの人々や大手メディアが騙されたことにより「何が現実なのかを見分けようとしても無駄だ」「リアルとフェイクを区別しようとすること自体が面倒くさい」と考える人も増えただろう。このような傾向は音楽に限らず、さまざまな議論から「事実」「現実」の重さを奪うような流れ、いわゆる「ポスト真実」の加速に繋がりかねない。
・実在のアーティストが被る損害
著名なミュージシャンの声や演奏や音楽のスタイルを模倣し、ただAIで自動生成されただけの楽曲が、すでに大手の音楽ストリーミングサービスには大量に存在している(一部ではアップロードまで自動化されている)。それは以前から指摘されてきたことだ。しかし今回のThe Velvet Sundownのケースは、拡散の速度や月間リスナー数が桁違いだった。このような楽曲が再生されやすくなることで、現実のミュージシャン(楽曲を作り出している本物のクリエイター)の楽曲が埋もれた場合、それは彼らの楽曲がリスナーへ届く機会を奪うだけでなく、彼らの収入の低下にも繋がってしまう。
・音楽業界(あるいはエンターテインメント業界)全体の価値低下
今回の件により、「エンターテインメントの世界において『リアルであること』は本当に重要なのだろうか。実際に多くのリスナーが受け入れたのであれば、どんな経緯でできたものでも構わないのではないか」と考えた人もいるだろう。また音楽や芸術そのものに対して疑心暗鬼になった人、「音楽なんて、その程度のもの(才能豊かなミュージシャンが苦悩しながら作った作品と、AIで自動生成した作品の区別にも難儀するようなもの)なのだ」とシニカルに考えた人、あるいは音楽を聴くことへの情熱を失ってしまった人もいたかもしれない。
これらの問題のいくつかは、配信サービスを提供する側の対応によって、ある程度は食い止めることができるだろう。しかし彼らがどの程度「著作権や倫理の観点から、このような楽曲の拡散を防ぎたい」という意思を持っているのか、たとえ持っていたとしても、彼らがリアルタイムで現実的に対応できるのかは大いに疑問である。
ストリーミングサービスの「そもそもの問題」
そして「音楽業界全体の価値低下」について言うなら、AI生成の技術だけを憎むのは筋違いだろう。そもそも楽曲のストリーミングサービス自体が、AIで自動生成されたような楽曲を有利に拡散する環境となっているからだ。The Velvet Sundownがあっという間に100万人以上の月間リスナーを獲得したのも、Spotifyのアルゴリズムやプレイリストの影響が大きかったと考えられている。
いまやストリーミングサービスのユーザーの多くは「このアーティストの曲を聞きたい」「この曲を聞きたい」と自分の意思で検索する習慣が薄れており、サービス側から勧められた曲をそのまま聞いたり、あるいはプレイリストを通して「こんな感じの曲」を聞いたりするケースが多くなっている。
そしてThe Velvet Sundownの楽曲は「70年代風」「BGM」「落ち着いた雰囲気」などの推奨傾向に合うものだったため、Spotifyのレコメンドのアルゴリズムを通して多くのユーザーに届けられた。さらに「ムード系」「作業用」などの多くのプレイリストに組み込まれたことも拡散の大きな要因だったと考えられている。こうしたプレイリストに組み入れられる曲として、The Velvet Sundownのような「いかにもそれっぽい/違和感なく聞ける/他の楽曲と続けて聞いたときに浮かない(隙間を埋めるのにちょうどいい)/個性の弱い」AI生成の楽曲は最適だったのだろう。
実際のところThe Velvet Sundownは、短期間で爆発的な再生数を獲得した一方、公式フォロワーはわずか2000人未満にとどまっていた。これは再生数からみれば極端に少ない数だ。しかしAIで自動生成した楽曲を配信する人にとって、「作品を愛してくれるファン」は重要ではない。とにかく低コスト/短時間で労せず大量生成したものを登録し、それが大量に再生されれば収益は得られるからだ。音楽のストリーミングサービスの存在と、それを利用するユーザーが、このようなビジネスを可能にしてしまう元凶だったとも言えるだろう。
参考
https://www.cbc.ca/news/entertainment/ai-band-hoax-velvet-sundown-1.7575874
https://www.bbc.com/news/articles/cp8mjnn7eqno
https://futurism.com/indie-rock-band-velvet-sundown-never-use-ai
https://www.jpost.com/business-and-innovation/all-news/article-860322
https://aimagazine.com/news/is-velvet-sundown-ai-hoax-a-canary-in-the-mine-for-music
