アメリカの信頼を揺るがす劇薬:『スケジュールF』

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アメリカの「今」を映す鏡――BLSを潰す大統領

2025年8月、トランプ大統領がBLS長官の解任を命令した。
BLS(労働統計局)は、アメリカの経済・労働市場に関する幅広い統計データを収集・分析・公表している連邦政府の最も重要な統計機関の一つだ。
アメリカ国内の経済・労働市場をフラットな視点で把握するため、BLSは政治から距離を取り独立的に運営されてきた。
政治的意図が介入すれば、データとしての価値を失うことになりかねないからだ。

そのBLSに対し、トランプ大統領はBLSの雇用統計報告が「信頼できない」と発表
「共和党と自分を悪く見せるために操作された」と主張し、BLS長官を解任したのだ。
トランプ大統領の言う操作された内容とは、解任前月の7月に増加が見込まれていた7月の雇用者数について、
BLSが増加はなくほぼ横ばいであると発表したことだった。
それは政権運営による雇用者数の改善が見られないことも意味していた。

この解任劇に対し、EPI(経済政策研究所)会長ハイディ・シャイアホルツ氏は、「雇用統計を個人が“作り出す”ものだというトランプ大統領の考え自体が途方もない誤解である」と厳しく批判した。また、この解任は統計機関の政治的独立性に対する脅威になるとの懸念も訴えている。

これらの状況を鑑みると、BLS長官が解任された理由は統計が操作されたかどうかではなく、雇用者数が増加していないという発表そのものが、トランプ大統領にとって許されない発表だった可能性がある。

https://www.wsj.com/politics/policy/trump-orders-firing-of-bureau-of-labor-statistics-chief-d8eaa272
https://www.epi.org/policywatch/firing-bls-commissioner-erika-mcentarfer/

発明的手法による解任劇

これまでアメリカは統計の独立性を重視してきた。
BLSは労働省の一部門だが、独立的な統計職としての地位を保つための仕組みを持っている
その仕組みの一つとして、他の組織とは違い、大統領の交代と同時にBLS長官は交代しない。
大統領の意向をダイレクトに反映しないように設計されているのだ。
伝統的にも、政治的な理由で交代はできない職として理解され、運用されてきた。

にも関わらず、トランプ大統領がBLSを解任できた理由は、『スケジュールF』と呼ばれる公務員制度改革の施策にある。
スケジュールFは、トランプ大統領が一期目の末期に導入したもので、次のバイデン大統領によって破棄されていた。
しかし、トランプ大統領の再就任によって復活した。

本来、連邦政府の多くのキャリア職員(行政職、公務員)はスケジュール『A』 『B』 『C』 『D』 『E』に分類され、政治的理由での解任はできない仕組みになっている。
BLS長官も、長官ではあったがこの扱いに近く、独立性を守られていた。
だが、トランプ大統領はこれまで存在しなかったスケジュール『F』という新しいカテゴリーを作り出した
『スケジュールF』は政治任用職扱いとなる。つまり、政治的な事情によって自由に解任ができるカテゴリーだ。
トランプ大統領はBLS長官をこの『スケジュールF』へ押し込み、自由に解任ができるように改革した。
その結果が解任だった。

https://trumpwhitehouse.archives.gov/presidential-actions/executive-order-creating-schedule-f-excepted-service/
https://www.reuters.com/world/us/trump-says-government-change-service-regulations-career-government-employees-2025-04-18/

劇薬による政権の延命とアメリカの衰退

似たようなことはこれまでもなかったわけではない。
1970年初頭のニクソン政権下では、高いインフレに悩まされ、消費者物価指数(CPI)の上昇が政治的に問題視されていた。
その際、ニクソン政権は「BLSに圧力をかけ、CPIの計算式を変更させた」と言われている。
結果としてインフレ率がわずかに抑えられた。
だが、捏造とまではいかず、許容内の計算方法変更だったとされている。

また、1980年代のレーガン政権では、失業率が高止まりする中、レーガン政権の一部高官が「失業率の定義を変えろ」とBLSに要請した記録がある。
しかしBLSはこれを拒否している。

アメリカ以外で言えば、ギリシャ危機が記憶に新しい。
EU加盟にあたり、ギリシャは財政赤字や政府債務の統計を規定内に満たす必要があった。
そのためギリシャ政府は統計を過少報告し、EU統計局に虚偽の数字を提出。
その後、事実が明るみ出てギリシャの信用は失墜し、自力で資金調達ができなくなり、EU全体を揺るがせることになった。

統計は劇薬だ
短期的に見れば、統計を自由にすることで政権を延命させる魔法の力がある。
だが、長期的にみればアメリカそのものの信頼性を失墜させ、没落を招く可能性がある。
それでもやってしまうのは、他国の信頼など必要ないくらいの覇権国家を作り上げる未来を、トランプ大統領は夢見ているのかもしれない

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この記事を書いた人

脳と心のメカニズムに惹かれ、神経科学や認知の分野を中心に執筆。
複雑な現象に潜む共通性や、本質的な問いを掘り下げることを大切にしています。
情報が溢れるこの時代にこそ、選ぶべきものより「捨てるべきもの」を見極める思考が必要だと感じています。
記事を通じ、新しい認知や価値観に目を向けるきっかけを届けられたら嬉しいです。

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