自閉症とアセトアミノフェンから見えてくる、うち捨てられたエビデンス

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トランプ大統領ははっきりとしたエビデンスを提示することなく、妊娠中のタイレノール服用と自閉症を関連付けた発言をした

2025年9月22日。トランプ大統領は、保健福祉省長官(ロバート・F・ケネディ Jr.)と共同で発表するかたちで、ホワイトハウスで衝撃的な会見を行った。
「妊娠中の女性は医療的必要性がない限り、アセトアミノフェンを控えるよう強く勧める」
「アセトアミノフェン(タイレノール、パラセタモール)が自閉症リスクを高める」
そう発言したのだ。
アセトアミノフェンは、ロキソニンやイブプロフェンと違い、妊娠中でも服用できるとされている唯一に近い鎮痛剤だ。
だがトランプ大統領は、妊婦や幼い子供のアセトアミノフェンの服用には自閉症リスクがあると発表した。
https://www.cbc.ca/news/health/autism-acetaminophen-pregnancy-1.7640063

https://www.newsguardrealitycheck.com/p/bogus-vaccine-autism-claims-go-viral

追随する食品医薬品局(FDA)のプレス発表

この会見の同日、アメリカの食品医薬品局(FDA)は以下の発表を行った。
妊娠中にアセトアミノフェンを服用することによって、自閉スペクトラム障害(ASD)や注意欠如・多動性障害(ADHD)のリスクが増大する可能性を示唆する証拠があるとプレス発表をしたのだ。
https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-responds-evidence-possible-association-between-autism-and-acetaminophen-use-during-pregnancy

この発表はFDAの独自判断のプレス発表である。
だが、その内容には疑問符がつく。
プレス発表の根拠とされている研究データは新しい研究データではなく、既存の観察研究や疫学的報告に過ぎなかった。
FDAが自ら新たに収集した、あるいは解析し直したデータでもない。
さらにFDAはプレス発表の中で「因果関係が確立されたわけではない」「研究間で結果が一貫していない」と注意書きを入れている。
新規の知見があったわけでもないにも関わらず、このタイミングで出されたプレス発表。
予想されるのは、FDAに対して政治的引力が強く働いた可能性だ。

FDAは、保健福祉省(HHS)の下部機関である。
下部機関ではあるが、本来FDAは、HHSから科学的な判断において独立性を保っている機関だとされている。
政治的圧力や経済的利益に左右されず、科学的根拠に基づいた判断を行うためだ。
それでも下部機関である以上、HHSからの要請を無視することはできないのは想像に難くない。

そして現在のHHSの長官は、トランプ大統領の指名で就任したロバート・F・ケネディ Jr.だ。
そう、冒頭でトランプ大統領と共同で声明を出したロバート・F・ケネディ Jr.だ。

トランプ大統領の言葉を望む人々と、アメリカが根底に宿す「不信」

今回のトランプ大統領の声明には、はっきりとしたエビデンスが存在しない。
本来、エビデンスがない医学的な発言は強い批判のリスクが伴う。
それでも声明を出したのは、望んでいる人々がいるからにほかならない。
望んでいる人々を満足させることができれば、エビデンスの不在など大した問題ではない。
そう判断した可能性がある。

アメリカという国は、根底に「権威への不信」を抱えている。
もっと言えば、「権威や既得権益に対する不信」と「自分たちの権利・価値観を守りたい」という感情だ。
それはアメリカが保有する歴史そのものと言っていいだろう。
アメリカがアメリカとなったアメリカ独立戦争。
あの戦争も「権威」への抵抗から始まったからだ。
その思いはアメリカのアイデンティティとも言い換えることができる。

アメリカ合衆国建国以前の、イギリスの植民地だった時代。
アメリカ植民地はイギリスから多額の税金を徴収されていた。
にもかかわらずアメリカ植民地は、イギリス議会に議席を持っていなかった。
故にすべてをイギリスに決められ、税金という形で資金を奪われる構造となっていた。
アメリカは長い間、イギリスという権威から搾取され続けた。
現地の声が届かない政治構造の中、課税権を奪われ、経済活動を制限され、軍事的負担を強いられた。
これらの不満が限界値に達した時、独立戦争が起こった。
https://www.loc.gov/classroom-materials/united-states-history-primary-source-timeline/american-revolution-1763-1783/british-reforms-1763-1766/

アメリカ建国後も、自分たちの意見や生活を権威に無視され搾取された経験――
このトラウマともいうべきは出来事は、アメリカ人の心の奥深くに根差した。
それは「権威は自分たちの生活に干渉すべきではない」という意識への基盤となった。

権威は時代によって変わる

植民地時代のイギリス議会に始まり、政治家、大企業、メディア、金融機関。
権威は時代によって変わって行く。
近年のコロナ禍では、外出やワクチン接種を半ば強制しようとした科学者たちへも強い不信感が持たれた。

調査によるとアメリカ国内において、2020年に87%あった科学者への信頼は2024年には76%と落ち込み、10%以上の大きな下落を見せた。
トランプ大統領の支持母体である、共和党支持者の中ではさらに顕著で、同2024年で66%まで低下している。
実に20%もの落ち込みだった。
アメリカ国民の中で、科学者への不信が育っているのだ。
https://www.pewresearch.org/science/2024/11/14/public-trust-in-scientists-and-views-on-their-role-in-policymaking

支持者が求める頼もしきリーダー

アメリカに漂う科学者への不信。
中でも共和党支持者の強い不信をまとめ上げ、具現化したのがトランプ大統領の今回の発言と言えるだろう。
妊娠中のアセトアミノフェン服用と自閉症の間に、実際に関連があるのかどうかは問題ではない。
関連があると発言をすることに意味があるのだ。
権威に口を出すことができるリーダー。
必要なのは、権威の一つとなった科学者たちへ「NO」を面と向かって突きつけられるリーダーであることを示すことだ。

劫火は眼前にある

アメリカが持つ歴史とは性格を異にする日本は、対岸の火事のように見える。
「大岡裁き」に代表されるように日本人は権威に対して公平性を信じている側面があると言われる。

だが今後もそうであり続けるのだろうか。
人口減少による移民問題など、日本が直面する問題は加速度的に緊急性を増してきている。
事実、国民の不安を読み取り、日本にも極端に保守的な発言をする政治家が急増し支持を伸ばしている。

新領域安全保障研究所(INODS)では、社会調査支援機構チキラボに「参政党への投票行動に影響を与えた要因」に関する調査分析を依頼している。
調査では、ファクトチェック情報に触れても投票先はほとんど変わらなかったという事実が示唆されている。
日本でもエビデンスのない発言があり、それが事実とは違うとする情報に触れたとしても支持を続ける傾向が見え始めているのだ。
https://inods.co.jp/articles/experts/6971/#index_id2

すでに対岸の火事ではない。
日本がアメリカと同じ状況に陥ってもなんら不思議はない時代へと、すでに突入しているのかもしれない。

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この記事を書いた人

脳と心のメカニズムに惹かれ、神経科学や認知の分野を中心に執筆。
複雑な現象に潜む共通性や、本質的な問いを掘り下げることを大切にしています。
情報が溢れるこの時代にこそ、選ぶべきものより「捨てるべきもの」を見極める思考が必要だと感じています。
記事を通じ、新しい認知や価値観に目を向けるきっかけを届けられたら嬉しいです。

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