C・カークの死の物語が加速させる米国の分断

保守派団体「ターニングポイントUSA(Turning Point USA:TPUSA)」を組織し、Z世代など若年層へのドナルド・トランプ(Donald John Trump)支持の浸透に影響力を発揮してきた政治活動家チャーリー・カーク(Charlie Kirk)が、2025年9月10日にユタ州で銃撃され、死亡した。容疑者は逮捕されたが、この暗殺事件は米国社会のさまざまな方面に衝撃を与え、いまだに事態は沈静化していない。
カークの死がもたらした政治的暴力の2つの特徴
進歩主義系メディアのマザー・ジョーンズ(Mother Jones)は事件の翌週、ダートマス大学政治学准教授ショーン・ウェストウッド(Sean J Westwood)のインタビューを掲載した。ウェストウッドは政治の二極化や分断の問題の研究を続けており、分極化研究ラボ(Polarization Research Lab:PRL)の所長を務めている。インタビューは「政治的暴力(Political Violence)」をめぐって行われた。
■左派も右派も標的となる「政治的暴力」をふるうのは誰か
(マザー・ジョーンズ、2025年9月16日)
Both the Left and the Right are Targeted by Political Violence. Who Perpetrates It?
“What really connects these folks is not a coherent ideology.”
https://www.motherjones.com/politics/2025/09/both-the-left-and-the-right-are-targeted-by-political-violence-who-perpetrates-it/
ウェストウッドはまず、「政治的暴力とは何かという定義に、統一的見解は出ていません」と留保しつつ、人種的暴力や宗教的暴力との線引きとして、「政治的・党派的な所属を理由に他者を攻撃する個人」に着目するのが、現実的な定義であろうと見解を述べる。
そして、チャーリー・カーク暗殺については、以下のように注意を喚起する。
「カークが右派の有名人であることは周知の事実ですが、米国ではしばしば一貫したイデオロギー的背景を持たない者によって政治的暴力がふるわれています。こうした種類の人びとを動かすのは疎外感や国に対する失望感で、そこにあるのは特定の思想や信条ではなく、個人の病んだ精神です。政治的暴力を起こす人びとの多くは社会や組織から乖離しており、誰がいつ政治的暴力を起こすかを体系的に予測し、予防することは不可能です」
また、近年の米国内に政治的暴力が増加しているという印象については、ウェストウッドはデータに基づき慎重に答える。
「世間の注目を集める事件が増加していても、それを有権者が望んでいると結論づけることはできません。明確な党派的殺人行為を支持する国民は2%にも及びません。これは非常に低い数値であり、私がデータ収集を続けているこの3年間は、同じ水準で推移しています」
しかし一方で、チャーリー・カークの死はすでに「政治的暴力」の犠牲として位置づけられ、さまざまな思惑のもとに利用されている。そしてカークの死をめぐって進行中の事態には、従来と異なる風景が広がっている。ウェストウッドは大きく2つの特徴を挙げる。
1.「感情」が「理性」を圧倒する傾向
「トランプの暗殺未遂事件(2024年)の際は、共和党・民主党双方の指導者が暴力を非難し、アメリカの民主主義とは相容れないものだと主張しました」と、ウェストウッドは振り返る。
「しかし今回は違います。社会的に影響力の大きい人物たちが民主党を殺人者呼ばわりし、調査と報復を求めました。多くの政治家たちは緊張を緩和させるのではなく、高めることに力を尽くしています。もちろん、一部の政治家からは慎重で思慮深いメッセージも発信されてきました。しかしそうした理性的な声は、煽動的な発言の数々にかき消されてしまっているのです」
2.ソーシャルメディアが変えた世界
「かつてはウェザーマンやブラックパンサー党その他の組織による爆破や暗殺が行われました。現代は、それらの行為が即時にソーシャルメディアで閲覧され、拡散されます。悲しみに暮れ、内省する時間があった世界は、いまや怒り・混乱・悲しみがすべて瞬時に共有される世界へと根本的に変化しました」
それだけに、ソーシャルメディア上で政治的暴力を煽動する言葉や誤情報を目にした時、人びとは冷静に対処することが求められると、ウェストウッドは忠告する。
「ソーシャルネットで飛び交うのは少数の個人の発言であり、アメリカ国民の議論の縮図ではないという点を忘れないことです。また、オンライン上の意見がすべてアメリカ国民から発信されていると考えるべきではありません。外国のボットや荒らしがソーシャルメディアを操作し、本来は理性的な存在であるアメリカ国民の態度を歪め、偏執的で分極化した方向に追い込んでいます。現実的なアドバイスは、不快なコンテンツを見させられていると感じたら、ただそこから距離を置くことです。それが最善です」
ウェストウッドの分類を道案内として、カークの死を契機に引き起こされた、さまざまなニュースを確認していこう。それを通して、深刻な分断に蝕まれた現在のアメリカの病相が浮かび上がってくる。
1-1 「感情」が「理性」を圧倒する傾向:トランプ政権の左派弾圧
■ホワイトハウスは左翼団体を標的にした行動を準備している
(NBCニュース、2025年9月18日)
White House plans to take action targeting left-wing groups as early as this month
https://www.nbcnews.com/politics/white-house/white-house-plans-take-action-targeting-left-wing-groups-early-month-rcna231998
トランプ政権はカークの死の直後から、保守派の恐怖心を利用してこの事件を左派弾圧の口実に利用しようとする姿勢を打ち出した。
カークと生前親しくしていた副大統領J・D・ヴァンス(James David Vance)は、「チャーリー・カーク・ショー」のゲスト司会者として出演し、富豪のジョージ・ソロス(George Soros)が設立したオープン・ソサエティ財団や、フォード財団をトランプ政権は調査すると述べた。同じくショーに出演した首席補佐官スティーブン・ミラー(Stephen Miller)の言葉にトランプ政権の姿勢がにじみ出ている。ミラーは、カークの死は「リベラルな慈善家によって資金提供された巨大な国内テロネットワーク」によって引き起こされたと主張し、「我々は司法省と国土安全保障省の持つあらゆるリソースを活用するつもりだ」と述べた。
NBCニュースの記事は、カークの死に動揺する保守派の人びとが抱く、悲しみ・恐怖・怒りが入り混じった感情の受け皿として、「左派政治を解体せよ」というトランプのMAGA運動が機能していることを伝えている。
保守パートナーシップ研究所(Conservative Partnership Institute)のプログラム担当副所長で、トランプ政権の信奉者であるレイチェル・ボバード(Rachel Bovard)
によれば、保守派の心を占めているのは政治的な利害のレベルではなく「実存の問題」であり、自分たち全員が標的にされているような恐怖を感じているのだという。
右派はこのムードに乗じて、リベラル勢力の資金や活動を制限するために、より苛烈な措置をとるよう求めている。初期トランプ政権でホワイトハウス首席戦略官を務め、ポッドキャスト「ウォー・ルーム」を主宰するスティーブ・バノン(Stephen Kevin Bannon)は、政権はアンティファ(ANTIFA)などの「テロ組織」を機能停止に追い込むべきだと述べた。
トランプは9月18日、トゥルース・ソーシャルで、アンティファを「主要テロ組織」に指定すると宣言し、「アンティファに資金を提供している奴らを最高水準の法的措置と慣行に従って徹底的に調査するよう、強く勧告する」と付け加えた。
[記事の補足情報]
9月22日、トランプはアンティファを「国内テロ組織」に指定し、捜査や解体を進めるよう関係機関に命じる大統領令を出した。
1-2 「感情」が「理性」を圧倒する傾向:ジミー・キンメルをめぐる騒動
■ジミー・キンメルに何が起こったのか明らかにしよう
(Vox、2025年9月18日)
Let’s be clear about what happened to Jimmy Kimmel
https://www.vox.com/politics/461887/jimmy-kimmel-suspension-air-abc-charlie-kirk-nexstar
トランプ政権による露骨な言論への圧力が表面化したのが、人気司会者のジミー・キンメル(Jimmy Kimmel)をめぐる一件だ。
9月15日の番組「ジミー・キンメル・ライブ」の中でキンメルがトランプやMAGA勢力を揶揄すると、9月17日、連邦通信委員会(FCC)委員長のブレンダン・カー(Brendan Carr)は、キンメルの番組を放送し続ける放送局のライセンスを剥奪すると警告した。
法律は、FCCが「検閲」したり、言論の自由を妨げたりすることを禁じている。カーの脅迫は本来効力を持たないはずのものだったが、カーは以前からABCとCBSに対して、「反保守的な偏向がある」と、例外規定の適用をちらつかせて圧力をかけていた。
そしてカーの警告の数時間後、アメリカ最大の地方局保有企業であるネクスター・メディア・グループ(Nexstar Media Group, Inc.)は唐突に「キンメルの発言は看過できない」という判断をくだした。ネクスターは大きな買収案件を進めており、承認のためにFCCの顔色をうかがう必要があったのである。
ネクスタ―が所有する約200局(全米市場の約39%)を失うと、番組は視聴率に甚大な打撃を受ける。ほどなくABCと親会社のディズニーは、無期限の放送休止を発表することに追い込まれた。
[記事の補足情報]
さすがにこのような言論統制には、共和党からも批判が噴出した。共和党の有力議員テッド・クルーズ(Ted Cruz)は「まるでマフィアのやり口だ」と、FCCの対応を非難。他の共和党議員からも言論の自由に対する圧力だとの声が上がった。
ハリウッド労働組合や脚本家組合もディズニーを公然と非難。メリル・ストリープ(Meryl Streep)やトム・ハンクス(Tom Hanks)など著名な俳優多数が番組休止に抗議する書簡に署名した。ライバル局の司会者たちもこぞってキンメルを擁護した。
さらにディズニー元CEOのマイケル・アイズナー(Michael Dammann Eisner)もSNSで批判を表明する異例の事態となり、ディズニーも休止を撤回して、9月23日、ジミー・キンメルの番組は再開された。
キンメルは復帰時に、言論の自由を脅かす動きはアメリカの伝統にふさわしくないと気炎を上げ、トランプはSNSで「フェイクニュースのABCがキンメルを復職させた。信じがたいことだ」と不満をあらわにした。
ただしこれはトランプ政権による圧力のごく一端であり、少なからぬ政府職員・ジャーナリスト・大学教授・一般ビジネスパーソンが、カークをめぐる「不適切」な発言や記事、投稿によってペナルティを受けたり、職を失ったりしている。
1-3 「感情」が「理性」を圧倒する傾向:カークを「殉教者」とする心理と、それを利用する政治権力
■殉教者の誕生:チャーリー・カークの暗殺はいかにしてキリスト教ナショナリズムの武力行使への呼びかけとなったか
(GPAHE、2025年9月17日)
The Making of a Martyr: How Charlie Kirk’s Assassination Became a Call to Arms for the Christian Nationalist Movement
https://globalextremism.org/post/the-making-of-a-martyr/
ヘイトと過激主義に対抗するグローバルプロジェクト(GPAHE)は、2020年の発足以来、米国をはじめとする極右過激主義の蔓延や、トランプ政権の権威主義、白人至上主義、キリスト教至上主義、反民主主義を警戒し、監視を続けてきている。
キリスト教右派と関係が深いターニングポイントUSAを率いてきたカークが落命したことで、彼が築いてきたキリスト教ナショナリズムのネットワークによって殉教者へと祭り上げられ、人びとの結集軸となっている様子を、GPAHEは伝えている。
カークの死を追悼するキリスト教ナショナリストたちの言葉は、宗教的な修辞にあふれている。「伝道の書」を引用して「今は戦いの時」と語り、「十字架の敵」に対する「聖戦」を呼びかけて、信者たちを鼓舞している。
キリスト教ナショナリストたちは、カークとマーティン・ルーサー・キング・ジュニアをしきりに結びつけ、現代の英雄にしようとしている。カーク自身は生前、キングを「常習姦通者、人種マルクス主義者」などと口をきわめて罵り、キングが1964年に勝ち取った公民権法を「大きな誤り」としてきたのだが、そうした事実は都合よく忘れ去られているようだ。
[記事の補足情報]
トランプ政権は、カークを殉教者に列することによるMAGA陣営の結束強化と、若者票の動員に大きな力を持っていたカークの後継者探しに躍起となっているとみられる。
9月21日、アリゾナ州で開かれたカークの追悼式典で、カークの妻エリカ(Erika Kirk)は、「自分を愛するように隣人を愛せ」という福音書の教えにのっとって、「犯人を赦す」と述べた。しかし直後に登壇したトランプは、「敵を憎んでいる。赦すことなどできない」と言い放ち、数万人の聴衆を煽り立てた。
その後トランプは、10月14日(カークの誕生日)にホワイトハウスで式典を開いてエリカらを招待し、「カークは全米最大の保守系の若者グループを作りあげた愛国者だ」と称賛し、カークに文民最高の栄誉「大統領自由勲章」を授与している。
2-1 ソーシャルメディアが変えた世界:保守派市民のネット上の暴走
■カークの死をめぐり、右派によって無実の人びとの個人情報が漏洩している
(User Mag、2025年9月16日)
Conservatives Are Doxxing Innocent People Over Charlie Kirk
https://www.usermag.co/p/conservatives-are-doxxing-innocent-people-over-charlie-kirk-ali-nasrati
トランプ政権が分断を煽るなかで、保守派の一般市民によるネット上の暴走も始まっている。ウォルマートでITエンジニアとして働いていたムスリムの男性を見舞った災難のエピソードからは、このような事例が他にも起きていることが推測される。
9月12日以降、ムスリムの男性のもとに、「アメリカから出て行け」など身におぼえのないメッセージやボイスメールが大量に届き始めた。多数の右翼系のXアカウントが、ムスリムの男性の写真・住所・電話番号などの個人情報を晒して、彼がチャーリー・カークの死を祝福するXアカウントの黒幕だと糾弾していたのだ。しかしそれは、男性とは全く無関係なものだった。
背景には、カークの殺害が起きた直後から極右のインターネットユーザーや保守派のインフルエンサーたちが展開する、大量の検閲キャンペーンがある。教師・軍人・ジャーナリスト・学者などが、「自分はカークの死に同情しない」などの投稿を掘り返されて、それを理由に解雇などの憂き目にあっている。
「チャーリーの殺人犯を暴露する」と名乗った匿名運営のサイトは9月15日に「チャーリー・カーク・データ財団」と名前を変え、数万人の氏名や雇用情報、ソーシャルメディアアカウントを収集し、カークの死を祝福、または嘲笑した者たちとして公開した。
しかし、そうした告発の多くは、裏付けが取れていないままに行われている。集団ヒステリーのような狂騒のなかで、何も落ち度がないにも関わらず途方もない打撃を被る市民が次々と現れている。
9月15日、トランプ支持学生連盟(Students for Trump)の全国委員長ライアン・フォーニエ(Ryan Fournier)は、ウィスコンシン州の小学校教師を、事実とは異なり攻撃の標的としたと投稿し、過去の投稿を平然と削除した。教師の勤務する小学校には殺害予告を含む800件もの抗議電話が鳴ったという。
不運なムスリムの男性も、同様の被害に遭った。当人はソーシャルメディアを節度をもって使う人物だったが、名前と写真を盗まれ、匿名アカウントに利用されていたのだ。
彼のもとには生命を脅かすような警告メッセージが送りつけられ、不安とストレスで30分以上眠れなくなったという。
「20万人以上の人が、実像と違う私のイメージを抱いているのです」と彼は嘆く。「公共の場に出るのも不安です。誰がどのように私を監視し、狙っているのかもわからない」
2-2 ソーシャルメディアが変えた世界:外国の工作の激化
■カーク銃撃事件に関する、ロシアによる偽情報の氾濫をセキュリティアナリストが警告
(ABCニュース、2025年9月17日)
Security analysts flag rise in Russian-created misinformation posts on social media following Kirk shooting
https://abcnews.go.com/Politics/security-analysts-flag-rise-russian-created-misinformation-posts/story?id=125640078
■ロシア、中国、イランの国営メディアがカーク暗殺を利用
(NewsGuard、2025年9月18日)
Russian, Chinese, and Iranian State Media Exploit Kirk Assassination
https://www.newsguardrealitycheck.com/p/russian-chinese-and-iranian-state
■カーク殺害に乗じて外国の偽情報ネットワークがもくろむ米国の分断拡大
(AP通信、2025年9月18日)
Foreign disinformation about Charlie Kirk’s killing seeks to widen US divisions
https://apnews.com/article/charlie-kirk-russia-china-disinformation-putin-trump-bce0174644351c70811ae4a847ffa767
ショーン・ウェストウッドが「ソーシャルメディアを利用して、外国の偽情報ネットワークが、米国をより偏執的で分極化した方向に追い込もうとしている」と警告したことを裏付ける情報が、各所から出されている。
インターネットセキュリティセンター(Center for Internet Security:CIS)と、戦略対話研究所(Institute for Strategic Dialogue:ISD)は、左派を攻撃する投稿が大きな反響を呼んでいるが、それらの多くはカークの死に怒りをおぼえる保守派の米国人ではなく、ロシアが支援する偽情報グループによるものだとレポートした。
「彼らの目的は、人びとにコンテンツを消費させるのにとどまらず、それに基づいて行動させるという、危険なものです」と、ABCニュースの寄稿者で、元国土安全保障省(DHS)職員であるジョン・コーエン(John Cohen)は述べている。
またNewsGuardの調査によれば、ロシアだけでなく、中国やイランの国営メディアが、カーク暗殺事件を利用して、西側諸国の混乱と弱体化を狙った投稿をしている。メッセージは、それぞれ読者層にあわせてチューニングされていた。
ロシアのメディアはカークの死を、キエフにおける米国の軍事援助にカークが反対したことと結びつけた。イランのメディアは、米国のイランへの軍事攻撃にからめて、イスラエルによって計画された謀略だとした。そして中国のメディアは、ユタ州出身の22歳の容疑者に関する虚偽の情報を流し、米国が不安定で分裂しているという印象操作に腐心していた。
アトランティック・カウンシル(Atlantic Council)の上席研究員トーマス・ウォリック(Thomas Warrick)は、「外国の敵対勢力は、分断された双方のユーザーの感情を刺激することを狙って、煽動的な投稿を続けるでしょう」と述べ、偽情報との戦いは結局、個々のユーザーに委ねられているとも語った。
「オンラインで目にするものには常に注意を払い、不正と思われる投稿やユーザーには関わらないのが最善です。投稿にコメントするだけで、偽りのコンテンツの拡散に手を貸すことになります」
ISDの上級研究マネージャーであるジョセフ・ボドナー(Joseph Bodnar)の分析によれば、偽情報キャンペーンの多くは、新たな主張を作り出すのではなく、米国のユーザーの投稿を拾い上げ、増幅してコンテンツを生成しているという。偽情報に反応して投稿することが、さらに相手を利することになってしまうわけだ。
ユタ州知事のスペンサー・コックス(Spencer James Cox)は、「ロシア、中国、世界中からボットが侵入し、偽情報を流布し、暴力を煽ろうとしています」と記者会見で述べ、今回のカーク事件に限らず、政治的な思想の過激化や対立を煽るソーシャルメディアが米国社会を蝕んでいると危機感を表明した。
コックスは「皆に呼びかけたい。ログアウトして、草に触れ、家族にハグをし、コミュニティに参加するように」とも語った。これはウェストウッドやウォリックのアドバイスとも共通する。消極的な手段にも映るが、これが現実的な処方箋なのかもしれない。
2-3 ソーシャルメディアが変えた世界:確実に進む監視の強化
■カーク事件によって激化するソーシャルメディアの取り締まり
(ケン・クリッペンシュタイン、2025年9月16日)
Charlie Kirk Assassination Sparks Social Media Crackdown
https://www.kenklippenstein.com/p/charlie-kirk-assassination-sparks
ジャーナリストのケン・クリッペンシュタイン(Ken Klippenstein)は、アトランタ在住の男性が、カーク暗殺事件のわずか5時間後に体験した不気味なエピソードを紹介している。
アトランタの男性はイリノイ州の警察官から電話を受け、彼がチャットサービスのDiscordで親しい友人とシェアした写真について尋ねられた。それは男性が所持するTシャツの写真で、カーク狙撃の容疑者が着ていたTシャツと同じものだった。警官は、男性がオンラインショップでTシャツを購入したことを確認してきたのである。
男性は、事件発生から数時間のうちに、警察がDiscordのプライベート投稿や、購入履歴を把握していたという事実に慄然とした。
ソーシャルメディア企業は一般に、裁判所命令などの法的手続きなしに、ユーザーのプライベートな通信を政府に開示することを法律で禁じられている。ただし例外があり、緊急事態とみなされる場合、緊急情報開示要求(EDR)に応じて、積極的かつ「自発的」に、ユーザーのプライベートメッセージを差し出すことができるようになっている。
Discordは2億人以上のユーザーを抱え、アメリカで高い人気を誇るアプリだ。しかし多くのユーザーは、政府の諜報機関が、法律を犯していない人びとのプライベートメッセージを監視していることは想像していないだろう。
[記事の補足情報]
10月14日に、国務省は「カークの死は当然だ」などとソーシャルメディアに投稿したとする6人(アルゼンチンやドイツ、南アフリカなどの出身)の滞在ビザを取り消したと発表した。国務省は「アメリカの寛容さを享受しながらアメリカ市民の死を祝う外国人は国外追放の報いを受ける」と、今後もソーシャルメディア上での監視を続けることを宣言した。
■有権者の大半は「米国の分断は克服できない」と考えている
(ニューヨーク・タイムズ、2025年10月2日)
Most Voters Think America’s Divisions Cannot Be Overcome, Poll Says
https://www.nytimes.com/2025/10/02/us/politics/times-siena-poll-political-polarization.html
ニューヨーク・タイムズとシエナ大学は、9月22日から27日にかけて有権者1,313人を対象に世論調査を実施した。
その結果は、米国民は5年前と比べて、国の政治制度の問題解決能力に対する信頼を著しく失っており、64%が「米国内の分断は克服できない」と考えているというものだった。
調査時期が、カーク事件から2週間ほどしか経っていないという点は割り引いて考える必要があるだろう。しかし深刻な問題は、米国の内側と外側の両方で、分断を望む者たちがうごめいているという構造だ。カークの死は、そのような米国の病状をさまざまな側面で可視化するものだった。