「ICEのバービーと平和的な抗議活動」をめぐる報道

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すでに日本のメディアでも報じられているとおり、米オレゴン州のポートランドでは現在「ユニークな抗議活動を行う市民」と「州兵を派遣したいトランプ政権」との間に独特の緊張状態が続いている。そんな中、国土安全保障長官のクリスティ・ノームが自らを「ポートランドのANTIFAたちと対立するヒロイン」に仕立てるパフォーマンスのような写真撮影を行ったことが話題となっている。

このノームの行動について、Fox Newsは「暴徒に立ち向かうノームの勇気」を称賛するようなニュースを報じたものの、多くの大手メディアはそれを「かなり恥ずかしい誇張的な演出」として揶揄するように伝えた。そしてThe New York Timesは「誇張的にノームを英雄視したがるMAGA系のインフルエンサーの影響」についても詳しく語っている。一方で、米国の歴史ある論評誌「The New Republic」は、それらの大手メディアの報道姿勢に対して懸念を示した。

今回はポートランドで発生している抗議活動と州兵派遣の問題(およびノームの誇張的な写真撮影)に対する大手メディアの反応を紹介しながら、「果たしてThe New Republicは何を問題視したのか」をお伝えしていきたい。

目次

はじめに:ポートランドの抗議活動と州兵派遣

まずは「いまポートランドで何が起きているのか」を駆け足で大雑把に確認したい(この話題について、すでによくご存じの方には章ごと読み飛ばすことをお勧めする)。

ポートランド市の中心部や、同市にある移民・税関捜査局(ICE)施設の周辺では、2025年の初頭、つまり第二次トランプ政権が発足して間もない頃から「連邦政府の移民政策(たとえば民主党の州を狙った大量の移民追放、人道的処遇の軽視、裁判手続きの省略など)を非難する抗議活動が続いている。

そしてトランプ大統領は2025年9月27日、そのような抗議活動が続いているポートランドを「戦場(war-ravaged)」と表現し、軍隊を派遣して暴徒を沈静化したいという意向を示した。ただちに国防長官(戦争長官)のピート・ヘグセスや国土安全保障長官のクリスティ・ノームは、「60日間、オレゴン州の州兵200人を連邦化し、ICE施設を中心とした治安維持にあたらせる」という内容の通達を出した。しかしオレゴン州とポートランド市は、それが「州の主権や警察権を侵害する派兵」にあたるとして訴訟を起こす。

この訴訟について連邦地裁判事は2025年10月4日、「ポートランドへの州兵派遣は憲法違反」との判決をくだし、州兵派遣を停止する差し止め命令を出した。このとき判事は「ポートランドの抗議活動は、主に小規模で秩序あるものだ」「ポートランドの現状に関するトランプ大統領の主張は、事実と異なっている」と指摘し、これらの抗議活動に過剰反応する政権の対応を批判した(さらに10月15日には、この差止め命令を二週間延長する決定が下された)。

この差し止め命令を受けたトランプ大統領は、オレゴン州ではなくカリフォルニア州の州兵をポートランドへ派遣するよう指示した。そして連邦地裁は、すかさず「テキサス州兵とカリフォルニア州兵のポートランドへの派遣」の差し止め命令を出した……と話は続いていくのだが、トランプと州兵派遣、その目的といった話題はどんどん長くなるうえ、トランプの派兵計画の標的となった都市はポートランドだけではないので、ここでいったん止めることにしよう。

「暴力都市ポートランド」と着ぐるみダンス

ともあれトランプ政権は、「ICE施設の周辺に集まった抗議者が暴徒化し、ポートランドは戦場になってしまった」というナラティブに基づいて強権的な介入を試みている。そのため、トランプ政権の意図を充分に理解している抗議者たちは、このナラティブを逆手にとって「暴動からは程遠いスタイルの抗議活動」を模索するようになった。

つまり現在の彼らは、普通の非暴力的なデモ──たとえばプラカードを掲げてシュプレヒコールをあげながら行進するなど──よりも、さらに平和的な抗議活動を心がけている。ICE施設の周辺で、カエルや恐竜やユニコーンなどのバルーンスーツ(空気注入型の着ぐるみ)を着た人々が、楽しそうに踊っている様子を見た方は多いだろう。彼らはふざけているのではなく、戦略的に「ゆるさ」を演出しているのだ。
(※それは妙にほのぼのした光景なので、現在のポートランドをめぐる緊張状態が冗談のようにも感じられてしまいそうになるのだが、「空気の吸入口めがけて警官に催涙スプレーを吹き付けられたカエル」や「後ろ手に手錠をかけられた自由の女神のコスプレイヤー」などの報告も相次いでいるということは忘れずに記しておきたい

こうしたポートランドのユニークな抗議活動は、さらにバリエーションを増やしている。10月初旬には「ICE施設の前にテーブルと椅子を設置し、ボードゲームで遊ぶ」という人々も現れた。もはや彼らは施設の前に立つことすらせず、チェスなど楽しみながら、そこに座るだけで無言の抗議をしているのだ。また、この原稿を書いている最中にも新たな抗議活動として「ヌード自転車ライド」が行われたことが報じられた。それは全裸、あるいは全裸に近い服装で自転車に乗った無防備な抗議者たちが、ただICE施設の周辺を走るだけというシンプルな内容なのだが、その活動は「暴徒によって戦場と化したポートランド」のイメージとは掛け離れた光景を世界に届けることになるだろう。

「暴徒と戦うバービー」とニワトリ男

一方の政権側、および親MAGAのインフルエンサーたちは「ポートランドで暴徒化する極左たちに物怖じしない、勇ましいトランプ政権」というナラティブに沿ったイメージ戦略を図ったようだ。

先述のとおり、現在のポートランドがトランプの表現する「戦場」とは程遠い状況だということは、すでに連邦地裁判事が判決の中で公に指摘している。しかしトランプ政権側は現在でも一貫して、「ICEに対する抗議活動は、本質的に暴力的なものだ」という主張を続けている。

そして2025年10月7日、国土安全保障長官のクリスティ・ノームは、実際にポートランドのICE施設を訪れて抗議活動の状況を視察した。右派メディアや親MAGAのインフルエンサーたちは、「ICE施設の屋上に立ち、ANTIFAを見下ろすノーム長官」の写真や動画を紹介した。このときのノームは、スタイルの良さを強調するような黒の上下に身を包み、きっちり巻かれた長髪にサングラスという装いで、腰に手を当てて抗議者たちを睨みつけるようなポーズを取っている。

しかし彼女が見下ろしていた抗議者たちは、実際にはノームから遠く離れたところに立っており(右派のメディアやインフルエンサーは、彼らを「ANTIFA軍」と呼んでいる)、その数は十数人ほどだった。しかも、そのうちの一人は非常に簡素なニワトリの着ぐるみを着ていた。

この画像や映像は、もともと親MAGA派のメディアやインフルエンサーを通して拡散されたのだが、それはむしろ反MAGA派が「トランプ政権をコケにするための素材」として大いにシェアされた。なにしろ「ANTIFA軍を睨みつける勇ましいヒロインになるべく、全身をきっちりキメたノーム長官」と、「彼女が睨んでいる抗議者の少なさ」、そして「パーティーグッズのような着ぐるみを着て、のんびり立っているニワトリ男の風貌」の対比が面白すぎたのだ。さらに言うなら、「ICEのバービー」の異名を持つノームが、多くの親MAGA派にはヒロイン的な存在であるのと同時に、ほとんどの反MAGA派にとっては最初から嘲笑の対象でしかなかったせいもあるだろう。

参考:過去記事「米市民権を求めて争うリアリティショー
https://inods.co.jp/topics/6311/

メディアの反応

このような状況を、米国のメディアはどのように伝えたのだろうか?

まずはFOX NEWSに掲載された10月7日の記事「Noem prays with ICE officers during Portland visit as Oregon governor orders troops home(オレゴン州の知事が軍隊に帰国を命じる中で、ポートランドを訪問するノームはICEの職員と共に祈りを捧げる)」から紹介しよう。

タイトルからも想像できるとおり、その記事の内容は「州知事からの協力を得られないという逆境においても、米国やポートランドの秩序を願うノーム長官が、わざわざ現地を視察し、神に祈りを捧げたのち、施設の屋上にのぼって抗議者たちを睨みつけた」ことを報じている。ここで使われている写真は、屋上に立つノームを「下から」撮影したものだ。その他には「ポートランドの様子」として、武装した警官たちが抗議者たちと対立した過去の写真などが掲載されている。
(つまり、こちらの記事には「ノームが睨んでいる少数の抗議者」の写真は掲載されておらず、またKPTV FOX 12が報じたニュースの映像にも、彼らの姿は映っていない)

一方、The Washington Postは10月9日に「FACT FOCUS: Trump paints a grim portrait of Portland. The story on the ground is much less extreme」という分かりやすいタイトルの記事を掲載した。ここではノームによる訪問についてほとんど触れられていない。そのかわりに「トランプが主張するポートランド」と「現実のポートランド」のギャップが事実ベースで丁寧に検証されている。

The Daily Beastが10月8日に掲載した記事「ICE Barbie Triggered by Man in Chicken Suit on Portland Trip」や「ICE Barbie Kristi Noem Spills on Bonkers Ultimatum to Portland Mayor」も、それに類似した内容だった。しかし同紙は、トランプ政権側の主張がいかに事実と剥離したものなのかを面白おかしく説明しながら「ノームの視線の先にいた、わずかな数の抗議者とニワトリ男」の構図こそが、この剥離の象徴であると皮肉まじりに伝えている。これらの記事はタイトルがキャッチーだったこともあり、さかんに拡散された。

そしてThe New York Times(以下NYT)は10月10日、「How Right-Wing Influencers Are Shaping the Guard Fight in Portland」と題された記事の中で、この問題をより深く掘り下げ、「州兵派遣を巡る争いに影響を与えようとする右派のインフルエンサーたち」に焦点を当てた。トランプ政権から絶大な信頼を得ている少数精鋭の著名なインフルエンサーたちは、SNSやメディアを利用して、トランプ政権のナラティブを後押するべく盛んに活動している。

NYTの取材によれば、彼らは様々な方法で──たとえば、抗議者が燃やしていた米国旗を奪い取り、乱闘騒ぎを起こすなどの手法を用いて──「混乱するポートランド」を派手に演出しようとしてきた。そして彼らの一部はICE施設を訪問した際のノームにも同行しており、ノームと共にICEの屋上へ上がって、動画の撮影に参加している。
(※実際のところ、屋上でノームに同行している彼らの姿は、NYTを読むまでもなく様々な写真や動画で確認できる)

このNYTの記事は、単に「ノームの演出と現実とのギャップ」だけではなく、その演出に現地で加わっていた右派インフルエンサーたちの存在や、彼らの影響についても詳しく伝えようとするものだった。さらに同紙は、彼らの言説が政治的な分断を煽る役割も果たすであろうことも示唆している。

(ちなみに同記事は、いまやすっかり話題の人となった「ニワトリの着ぐるみの男」本人にも取材してコメントを得ている。たいへん気合の入った記事なので、興味のある方には是非とも読んでいただきたい)

The New Republicが指摘した「NYTの報道の問題点」

一方、米国の歴史ある中道左派メディア「The New Republic」は、他の大手メディアの記事よりもさらに深いところまで問題を掘り下げた。同誌の10月11日の記事「MAGA Implodes Over Kristi Noem’s “Stare Down” With Man in Chicken Suit」は、まるで「ノームとニワトリ男」の対比を示したお気楽な記事のようにも見えるタイトルなのだが、その内容は現在のメディアのありかたについても苦言を呈した辛辣なものだ。

この記事の序盤は、他の大手メディアやNYTの記事と比較しても、それほど大きな差はない。つまり「MAGA系のインフルエンサーや右派メディアが作り出そうとしているポートランドのイメージと、現地の実態のギャップ(および、その剥離によって嘲笑の的となったノームの視察)」について詳しく報告している。

そして同誌は、先述のNYTの記事を「良質な記事」として称賛した。しかし同時に「NYTの間違い」を厳しく指摘した。そこでは次のように述べられている。

・しかしNYTの記事には、ひとつ誤りがある。MAGAメディアの関係者たちのことを「挑発者(provocateurs)」だと何度も繰り返し表現しているのだ。実際の彼らは「プロパガンダに従事する者(propagandists)」である

そしてThe New Republicは、NYTが二つのポートランド──つまり政権が強調する「いまや地獄絵図となったポートランド」と、地元メディアや連邦地裁が伝える「抗議者がパジャマを着てチェスを打ったり、ウサギの着ぐるみを着て踊ったりしているポートランド」──を二つの現実として対立的に示すように表現した部分を問題視した。

・これは「ある物事について、片方が一つの見方をしているとき、もう片方は全く異なる見方をしている」という状況ではない。実際には、「片方が現実に起きたことを忠実に描写しようとしているとき、もう片方は腐敗した目的のために共謀し、事実から掛け離れた嘘を意図的についている」という状況なのだ。
(註:かなり読みづらい文章なので、やや簡略化して意訳している)

ここで懸念されているのは、いわゆるFalse balance(たとえばホロコーストが「あった」という意見と「なかった」という意見を同等に議論すること自体の危険性)の問題と言っても良さそうだ。つまりNYTは自社の取材によって「片方が目的をもって明白に嘘をついていること」を認識していながら、それを「メディアとしての中立的な立場において」事実と同等に扱っているのではないか、という指摘だろう。

ひょっとすると、これはトランプ政権が多用するAIスロップの問題にも似た「落とし穴」なのかもしれない。ICEのバービーとニワトリ男の対比を見て「トランプ政権やMAGA層のインフルエンサーたちは、なんと馬鹿げた安っぽい演出をするのだろう」と嘲笑するのは簡単だ。しかし、それを面白おかしく取り上げている間に、メディアや読者たちは「ふざけた虚構の現実」が蔓延する状況に疲れ果て、どんどん苛立ちを深め、すっかり「あちらのペース」に巻き込まれてしまうのかもしれない(※註:これは当記事の筆者である私の個人的な意見で、The New Republicがそのような指摘をしているわけではない)。

参考:過去記事「トランプ政権とAIスロップ」
https://inods.co.jp/topics/6237/

そしてThe New Republicの記事は以下のように続いている。

「挑発者」という言葉では、こうした(MAGA層インフルエンサーの)実態を正しく表現できない。(中略)「挑発者」の表現には、彼らの活動が単なる勇敢なパフォーマンス——皮肉や風刺で楽しませるための政治劇——にすぎないかのような含みがあり、本質的な「印象操作」や「欺瞞」の意図が見逃されがちとなってしまう。

・トランプは、近代米国の他の大統領では誰も追いつけないほどの巧妙さで、国家プロパガンダの手法を駆使してきた。そしてMAGA層のインフルエンサーたちは、その卑劣な取り組みのための『素材』を次々と生み出している。

このように激しい口調でトランプ政権とMAGA層のインフルエンサーを批判しつつ、それに対する大手メディアの報道姿勢をも批判しているThe New Republicなのだが、この記事における彼らの主張は、以下の文章に集約されていると言って良いだろう。

『どうやら主流のメディアは、「親トランプ派のメディア関係者たちが、あからさまな目的志向の手段として、悪意のあるプロパガンダを行っている」という現実と向き合うことを躊躇しているように見える。彼らには、その殻を破ってほしい』

参照、引用元

Homeland Security Sec. Kristi Noem visits ICE facility at center of Portland protests – ABC News
https://abcnews.go.com/US/kristi-noem-portland-ice-facility/story?id=126312341

Kristi Noem praised for ‘staring down’ Antifa. It was a dozen reporters and a guy in a chicken suit _ The Independent
https://www.independent.co.uk/news/world/americas/us-politics/kristi-noem-portland-visit-antifa-chicken-b2841736.html

Noem visits Portland ICE facility as Oregon governor demobilizes troops _ Fox News
https://www.foxnews.com/us/noem-prays-ice-officers-during-portland-visit-oregon-governor-orders-troops-home

保守派インフルエンサー Benny JohnsonによるXの投稿。「ANTIFA軍を睨みつける勇ましいノーム長官」を讃えるような内容なのだが、コメントは嘲笑だらけとなっている。
https://x.com/bennyjohnson/status/1975662466874175498

DHS Secretary Kristi Noem seen on roof of Portland ICE building – YouTube(KPTV FOX 12のニュース映像)
https://www.youtube.com/watch?v=LDTtYTfql8M

FACT FOCUS_ Trump paints a grim portrait of Portland. The story on the ground is much less extreme – The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/politics/2025/10/09/fact-check-trump-portland-oregon-protests-antifa/22ea446e-a576-11f0-8f8b-d9483809ee65_story.html

ICE Barbie Kristi Noem Spills on Bonkers Ultimatum to Portland Mayor
https://www.thedailybeast.com/ice-barbie-kristi-noem-spills-on-bonkers-ultimatum-to-portland-mayor/

ICE Barbie Triggered by Man in Chicken Suit on Portland Trip
https://www.thedailybeast.com/ice-barbie-kristi-noem-triggered-by-man-in-chicken-suit-on-portland-trip/

How Right-Wing Influencers Are Shaping the Guard Fight in Portland – The New York Times
https://www.nytimes.com/2025/10/10/us/politics/right-wing-influencers-portland.html

MAGA Implodes Over Kristi Noem’s “Stare Down” With Man in Chicken Suit _ The New Republic
https://newrepublic.com/article/201669/kristi-noem-chicken-suit-maga-implodes

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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