不謹慎ゲームCAHとイーロン・マスクの戦い、一旦終結?

  • URLをコピーしました!

不謹慎な楽しさで知られるカードゲーム「Cards Against Humanity」の開発販売元が、イーロン・マスクのSpaceX社を訴えていた問題で、両者が和解に合意した。SpaceXは訴えの一部を認め、賠償などを約束したと伝えられている(ただし具体的な賠償額は公開されていない)。

今回の和解は、Cards Against Humanityが「SpaceXを挑発するような訴訟」を起こしてから一年後にもたらされた。しかし同社がトランプやイーロン・マスクに対して行ってきた、馬鹿馬鹿しくも過激な(一部の人々にとっては痛快な)活動は、実際には2017年から続けられてきたものだった。

目次

はじめに:「Cards Against Humanity」とは?

北米で「Cards Against Humanity」と言えば、多くの場合は「パーティなどで使われる18禁のカードゲームの名前」として受け止められるだろう。このゲームの遊び方やルールについては日本語のブログで丁寧に解説している方々もいるため、ここでは大雑把に「参加者が不謹慎にならざるを得ない(あるいは下ネタに頼らざるをえない)ゲーム」「参加者の人間性と笑いを天秤にかけるゲーム」「ダーティジョークを許せる人々にしかプレイできないゲーム」とだけ説明しよう。

そして、この不謹慎なゲームを開発/販売している企業の名前も「Cards Against Humanity」となるのが紛らわしい。ここでは企業の名前について、以降「CAH」と記そう。

CAHは2011年に創業されたシカゴ拠点の合同会社で、少数精鋭のクリエイターチームが運営している。その製品の過激さや人気の高さで知られているが、彼らがこれまで行ってきた奇想天外な数々のプロモーション活動も、大いに社会の注目を集めてきた。たとえば

・ブラックフライデーに、わざわざ通常より値段を吊り上げてカードを販売する「逆セール」を開催(通常25ドルの商品を30ドルで販売したが、わざわざ「その期間中に」カードを買う人は少なくなかった)。別の年のブラックフライデーには、「でたらめ(bull shit)」を一箱6ドルで提供するというキャンペーンを行い、本物の牛の糞を箱に詰めて30,000箱を販売した。また別の年のブラックフライデーには「何の意味もない穴を掘るライブストリーミングイベント『Holiday Hole』」を開催した。参加者は寄付として金を払い(金額によって掘削時間が長くなる)、寄付が続くかぎりは穴を掘り続けるというイベントで、参加者にとっては「穴が深くなること」以外に何の見返りもないのだが、その掘削は丸2日以上に及び、寄付の総額は10万ドルを超えた。ちなみにイベント終了後、この穴は埋め戻されている。

・2017年には「ブランド名も商品名も表示せず、ただ『ADVERTISEMENT(広告)』と書かれたジャガイモの静止画を30秒間無音で映すだけのコマーシャル」をスーパーボウルの広告枠で流したと話題になった(通常スーパーボウルの30秒CM枠の相場は8億円〜12億円程度)。実際には全国放送で流れたわけではなく、シカゴのローカル局がスーパーボウルの放送時間中に一度だけ流したものではないかと考えられている。しかし、このジャガイモの動画や静止画は「CAHによるスーパーボウル用のCM」「2017年のスーパーボウルで流れた意味不明なCM」として広く伝わった。その真偽に関する論争が繰り広げられたことも含めて、「馬鹿馬鹿しいほど高額な広告と、そこに集まる人々の注目を皮肉った企画」として有名になった。
このスーパーボウル用のCMについて、CAHは「クリエイティブ的には成功したが、投資回収はゼロだった」「完璧なジャガイモを選ぶのに時間をかけすぎたせいで、商品の本質を伝えることができなかった」「この広告で破産したため、我々は廃業することにした」などと発表している(もちろん廃業はしていない)。

動画:Cards Against Humanity Superbowl Ad, Potato (30s) – YouTube
https://youtu.be/gcWW-pN_niE

これらの斬新な──馬鹿馬鹿しく無意味な、あるいは資本主義や消費主義を揶揄するような──活動で知られるCAHを、ただのカードゲームメーカーだと考えるのは間違いだろう。「倫理的価値観や批判的精神を社会に問いかけながら、同時に過激な笑いも提供しようとしている、儲け主義とは一線を画した人々がカードの販売も行っているのだ」と見なしたほうが良いかもしれない。

(ちなみに同社は、自社の製品を「盗める」ようにするために、カードのデータを無料で配布している。つまり自宅のプリンタを使えば、誰でも製品版と同じ内容のゲームを楽しむことができる)

CAHがイーロン・マスク(及びトランプ政権)に挑んできた戦いの歴史

そんなCAHがSpaceXを訴えた2024年の訴訟とは、どのような内容のものだったのか。それを詳しく説明するためには、いまから8年前の2017年まで遡らなければならない。時系列では以下のようになる。

まず2017年。第一次トランプ政権による「メキシコとの国境の壁」の建設政策に対抗するという名目で、CAHが「Cards Against Humanity Saves America」と題されたクラウドファンディングを開始した。この活動は、「15万人の支援者から15ドルずつ寄付を集めて、米国とメキシコの国境沿いの土地を購入し、建設を邪魔する」というものだった。

Cards Against Humanity Saves America(キャンペーンの特設サイト)
https://www.cardsagainsthumanitysavesamerica.com/

この総額225万ドル分のクラウドファンディングは、開始からわずか9時間あまりで「達成」された。なにしろCAHはキャンペーンを宣伝する動画の中で「支援者には返礼品として様々なサプライズをお届けする」と発表していた。つまり事実上、たった15ドルでCAHの壮大なおふざけに付き合える権利の限定販売でもあったので、達成というよりは「完売」と言ったほうが的確かもしれない。

Cards Against Humanity Saves America – YouTube
https://youtu.be/cxMvzK2OQTw

そして約束どおり、CAHはテキサス州の南部にある国境沿いの土地を購入した。それは雑草とサボテンが生えているだけの、何の役にも立ちそうにない、たった0.6エーカー(サッカーグラウンドより小さい)の空き地だった、

一方イーロン・マスクのSpaceXも、この荒れ地の近くでロケット発射施設「Starbase」の整備や拡張の計画を進めていた。同社は事業を拡張する目的で、隣接する土地をどんどん購入していく。

その4年後にあたる2021年。政権が交代し、米国の大統領となったバイデンは、「トランプ前大統領(当時)の発令した国家非常事態宣言には根拠がない」として、国境の壁の建設計画を公式に中止した。しかし計画が中止されたあとも、CAHは購入した土地を保持していた。

その頃、SpaceXのStarbaseは宇宙開発事業の拠点として拡大を続けていた。この年のイーロン・マスクはTwitter(当時)で「テキサスにStarbase市をつくる」と宣言していた。
(※その後、2025年の住民投票でStarbaseは正式に「市」として認定された。ちなみに、この地域の住民約500人のほとんどは、SpaceXの従業員や関係者で占められている)

それから2年後の2023年。Starbaseの規模拡大を続けていたSpaceXが、CAHの所有している土地(SpaceXの発射施設から3マイルの距離にある)に侵入し、建設資材や機材などを置いていたことが確認される。翌2024年、CAHはカメロン郡の裁判所で、SpaceXを相手に「不法侵入、および土地の損壊」の訴訟を起こし、1500万ドル(約22億円)という法外な額の損害賠償を求めた。

本来のキャンペーンの目的と内容

つまり、もともとCAHは「トランプの壁」の建設計画に対抗するという目的で国境沿いの荒れ地を購入していた。その土地のすぐ近くでは、SpaceXの宇宙開発基地の建設も進んでいた。事業の規模を拡大するSpaceXは、いつしかCAHの土地にも無断で侵入して資材や廃棄物を置くようになっていた。それを知ったCAHは、すかさず途方もない額の損害賠償を求める訴訟を起こしたという流れになる。すべては「トランプの壁」に対抗するキャンペーンから始まった物語だった。

とはいえCAHは「無意味な活動で金を集める天才の集団」なので、わざわざクラウドファンディングを立ち上げるまでもなく、その程度の土地なら簡単に購入できただろう。このキャンペーンの真の目的は、「国境沿いの土地の購入資金を集めること」というよりも、おそらくは15万人の支援者を巻き込んで政治的/社会的な活動をすること、それと同時に馬鹿馬鹿しい笑いを提供することだったのではないかと考えられる。

実際のところ、彼らは「Save America」の寄付で集められた資金の多くを「本来の目的とは関係のないもの(ふざけた出費から真面目な寄付まで)」に利用しては、いちいち自分たちの活動内容を「Day 2」から「Day 6」までの五回に分けて特設サイトで報告してきた(「Day 1」はキャンペーン開始の発表に当てられている)。このおふざけの説明を始めると大変な長さになるので、ここでは割愛したい。

CAHの主張と約束

そして2024年。CAHは、その記念すべき土地に無断で侵入したイーロン・マスクのSpaceXを訴えると発表した。このときCAHは「Cards Against Humanity Saves America」の特設サイトで報告を続けるのではなく、この訴訟のみを取り上げるための別の特設サイトを新たに立ち上げた。ただし、このページには冒頭から「Day7」と書かれており、それは「Day6に続く物語」であることを示唆している。

Elon Musk Owes You $100・Cards Against Humanity Saves America Day 7
https://www.cahsuesmusk.com/

この訴訟でCAHは「手つかずの自然が残されていた私たちの美しい土地」にSpaceXが不法侵入し、環境を破壊したと主張している。しかしCAHが実際に購入したのは、雑草が生い茂った空き地なのだが、もちろんCAHはその点を隠していない。先述のウェブサイトにもわざわざ「美しい土地」の写真が掲載されている(そのほうが面白いからだろう)。ここでは「マスクが侵入する前」「マスクが侵入した後」として、「ただの空き地」と「そこに資材などが積まれ、まるで工事現場のようになった様子」の両方を見ることができる。

この特設サイトでCAHは、「もしも訴訟で勝つことができたら、そのときは賠償の全額をクラウドファンディングの支援者へ平等に分配する」と約束した。つまり、本当にSpaceXが1500万ドルの賠償金を支払った場合は、「7年前に15ドルの寄付をした支援者」の全員に最大100ドルを還元できると説明した(というよりも「全員に100ドルを渡したい」と言うために損害賠償を設定した、と考えるほうが自然だろう)。特設サイトのトップページのタイトル「Elon Musk Owes You $100」は、この100ドルのことを指している。

先述のウェブサイトの中で、CAHは次のように説明した。

・7年前、15万人の支援者が一人15ドルを支払って、米国とメキシコの国境にある美しい土地を購入しました。トランプの『人種差別的でくだらない国境の壁』から、その土地を守るためです。しかし、さらに裕福でさらに人種差別的な億万長者のイーロン・マスクが、その土地に無断で砂利や重機やゴミを投げ込み、そこは荒れ果ててしまいました。

・近くで宇宙事業の建設中を進めているSpaceXが、無断で私たちの土地を汚していたのです。それに気づいた私たちは、同社から「低額な買収の打診」を受けましたが、断固拒否して「くたばれイーロン・マスク。法廷で会おう」と告げました。

さらに彼らは次のように述べている。

・たとえマスクが土地を元に戻したとしても、私たちが築きあげてきた信用に傷をつけた罪は消えません。15万人もの支援者が大切なお金を私たちに託しました。私たちは「差別的な億万長者の愚かな虚栄心のプロジェクト」から、その土地を守ると誓ったのです。私たちには「突飛な約束をちゃんと守ってくれる企業」としての評判があります。私たちは「Bullshitの箱を送る」と言ったときは、本当に牛の糞を送るのです。

・私たちは、その土地をトランプやマスクのようないじめっ子から守るために、あらゆる法的手段を使うと約束しました。いま行動を起こさなければ、今後の私たちを誰が信用してくれるというのでしょうか?

そしてCAHは「もしもあなたが2017年の『CAH Saves America』に参加した支援者であり、イーロンに圧力をかけたいのなら、Twitter(イーロンが性的快楽を満たすためのプラットフォーム。彼は「X」と呼んでいる)で、これをお使いください」と記し、#ElonOwesMe100Bucks というハッシュタグのついた罵詈雑言だらけの投稿のテンプレートを用意した。さらに「あなたが支援者でなかった場合は、こちらをご利用になれます」として、誰でも簡単にイーロン・マスクを罵れる別のテンプレートも用意した。

このXを利用したキャンペーンにより、CAHがSpaceXを訴えたという話題は「イーロンに対する罵詈雑言混じりで」広く周知されることとなり、それは国内外の大手メディアも取り上げる事態となった。

訴訟の和解と、終わらない物語

この訴訟は迅速に進んだため、すでに両者は証拠の開示を完了しており、裁判は2025年11月に開かれることが予定されていた。しかし2025年10月、SpaceXがCAHの所有する土地への侵入や損壊の一部を認め、賠償金の支払いと「土地の修復」を約束したことにより、CAHとSpaceXは和解に合意した(和解条件の詳細は現時点で発表されていない)。

TechCrunchの取材に対してCAHは、この裁判に勝てる自信はあったものの、「実際にSpaceXから勝ち取れる金額よりも裁判費用のほうが高くついてしまう」(当然だ)と判断したため、最終的に和解を選んだと説明している。また彼らは「マスクのようないじめっ子に立ち向かうことができたこと」「SpaceXが不法侵入を認めたこと」そして「和解を勝ち取れたこと」を喜んでいると語り、問題の土地については「宇宙のゴミや無意味な国境の壁がない、本来の自然のままの姿」に復元する作業が進んでいることを伝えた。

そしてSpaceXとイーロンマスクも、徹底的に戦って勝とうとするのではなく、あっさりと裁判の回避を選んだ。それは時間やコストに見合わないほど馬鹿げた裁判だったせいなのか、CAHのネタとして自分が消費されることに嫌気がさしていたのか、「札束で引っぱたいても効かない相手」を絵に描いたようなCAHとの衝突を避けたかったのか、あるいは他の理由があったのかは分からない。この件に関して、イーロンマスクやSpaceXからは現時点で何のコメントも発表されていない。

ともあれ、この和解によりCAHとSpaceXの訴訟問題はいったん終結した。国境沿いの小さな土地も、SpaceXに買収されることがないまま元の姿へ戻る運びとなった。しかし、これで物語が終わったわけではない。

今回の和解が成立したあと、CAHは「7年前に15ドルを寄付した支援者」たちに宛ててメールを送った。それは「SpaceXとの和解が成立したこと」「支援者の全員に100ドルを分配できなかったこと」「SpaceXは不法侵入を認め、私たちの美しい土地を元に戻すと約束したこと」を伝えるメールだったのだが、そこには次のような文章が記されていた。

「支援者の皆さまが本当に欲しかったもの(イーロン・マスクからの現金)をお渡しできなかったのは残念です。しかし最高にセクシーな顧客である皆さまのために、ここはコメディで埋め合わせをしましょう!」

そしてCAHは支援者に対し、同社のカードゲーム「Cards Against Humanity」の特別拡張版にあたる最新限定バージョン「イーロン・マスクのカードセット(ミニパック)」を申し込むことができると案内した。

この拡張パックを手に入れたプレイヤーは今後、同社のゲームをプレイする際、不謹慎なネタの切り札として「イーロン・マスク」の名前(あるいは彼に関連したキーワード)を使えるようになるのだろう。それは「Save America」に15ドルを払った人々とって100ドル以上の価値がある、最高にセクシーなアイテムかもしれない。

参考URL:

Home – Cards Against Humanity
https://www.cardsagainsthumanity.com/

SpaceX, Sued by Cards Against Humanity, Settles Trespassing Case – The New York Times
https://www.nytimes.com/2025/10/21/us/spacex-cards-against-humanity-lawsuit-settlement.html

Cards Against Humanity sues Elon Musk’s SpaceX in Texas _ The Texas Tribune
https://alb.texastribune.org/2024/09/21/spacex-elon-musk-cards-against-humanity-lawsuit/

Cards Against Humanity wins Black Friday, sells nothing
https://www.cnbc.com/2015/11/27/cards-against-humanity-wins-black-friday-sells-nothing.html

Cards Against Humanity’s Founders Are Less Concerned With Balance Sheets Than Making Each Other Laugh
https://www.entrepreneur.com/leadership/cards-against-humanitys-founders-are-less-concerned-with/307520

How Cards Against Humanity hacked the Super Bowl ad game with a potato _ CBC Radio
https://www.cbc.ca/radio/day6/episode-375-serial-killer-fallout-super-bowl-ad-pranks-plastic-free-groceries-dead-people-suck-and-more-1.4510657/how-cards-against-humanity-hacked-the-super-bowl-ad-game-with-a-potato-1.4510667

Cards Against Humanity Sells Nothing on Black Friday, Makes $71,000, Spends It Immediately _ Vox
https://www.vox.com/2015/11/28/11620980/cards-against-humanity-sells-nothing-for-71000-on-black-friday

Cards Against Humanity buys a piece of the U.S. border – CBS News
https://www.cbsnews.com/news/cards-against-humanity-buys-a-piece-of-the-us-border/

Musk’s SpaceX town in Texas proposes a new map and zoning
https://www.cnbc.com/2025/05/29/elon-musk-spacex-starbase-texas.html

取材記事(和解後のCAHによるコメント等の引用元)
Cards Against Humanity settles trespass lawsuit against SpaceX _ TechCrunch

https://techcrunch.com/2025/10/20/cards-against-humanity-settles-trespass-lawsuit-against-spacex/

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアお願いします
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

メールマガジン「週刊UNVEIL」(無料)をご購読ください。毎週、新着情報をお届けします。

目次