「衰退ポルノ」と偽情報の嵐~ロンドン市長の警告とは

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2026年4月9日に会見を開いた英ロンドンのサディク・カーン市長は、現在のロンドンが「偽情報の暗黒の嵐」に直面していると警告し、テクノロジー企業に対する規制を強化するよう英国政府に求めた。この発言は、ロンドンにネガティブな印象を植え付ける組織的な偽情報の拡散活動がSNS上で広がっているという調査結果を受けたものだ。カーン市長は、偽情報で収入を得られる「怒りの経済(アウトレイジ・エコノミー/outrage economy」や「分断経済(division economy)」には厳しい規制が必要だと訴えている。

SNSにおける偽情報の拡散は世界中で起きており、特定の国や都市に関する悪質なデマも少なくない。そのため「別にロンドンが特別なわけではないのに」と思われる向きもあるだろう。しかし現在のロンドンを巡る偽情報の傾向や、カーン市長が取り上げた調査結果、および市長の発言内容には興味ぶかい要素が見られるので、今回はそれらを掘り下げていきたい。

目次

「荒廃したロンドン」を印象づける偽情報

ロンドン市の分析チームがまとめた報告書によると、ロンドンを「良識が失われた都市」のように伝えるオンラインの活動は、2024年3月から2026年3月にかけて2.5倍~3倍ほどに増加し、また移民に関する言説は4.5倍ほどに急増したという。

これらの活動のうち特に目立った一例として、2026年2月にBBCが詳しく報じた「ロンドン南部の町・クロイドンに関する大量の偽情報」を紹介したい。たとえば「クロイドンウォーターパーク(Croydon Water Park)は、我々の税金を使って建設された、移民のための巨大な娯楽施設である」といった虚偽の主張だ。虚偽の主張というより、そのような施設自体が存在していないので、何もかもが捏造である1

しかしSNSには、この架空のウォーターパークを撮影したかのように見せかけたAI生成の動画が大量に拡散された。「移民風の男性たちが大はしゃぎでゴムボートに乗り、ゴミの浮いたプールにウォータースライダーで滑り降りていく動画」「移民風の来場者がクレーンゲームの筐体に積まれた『景品の凶器』を取ろうとしている動画」などだ2。このようなコンテンツを制作しているアカウントは数十あり、それらがシェアしたAI生成動画がTikTokやInstagramで再生された回数は(2026年2月の時点で)数百万回に及んでいるという3

このようにしてクロイドンには、架空のウォーターパーク、架空の動物園、架空の水族館などが(SNSの中だけで)築かれていった。これらの一部は「来場者が事故に巻き込まれる非常に生々しいシーン」を含めていたことで爆発的に拡散し、また一部の動画は極めて人種差別的なコメントを大量に集めたことで話題を集めた。特に視聴数を稼いだ動画は、他者にコピーされた(あるいはネタを模倣された)ため、複数のアカウントが「類似した異なる動画」を配信する形となった。これらの捏造動画を一つでも閲覧したユーザーのアカウントには、プラットフォームのアルゴリズムの働きにより、同じような嘘を騙ったAI生成の動画が延々とおすすめされることになるだろう。

世界における「衰退ポルノ」の蔓延

特定の国や都市などが「いま、みるみる荒廃している」と煽るように伝え、それに同意したい人々を満足させるコンテンツが、昨今では「衰退ポルノ(decline porn)」と呼ばれている。名前だけを見ると「愛国ポルノ」と対照的な内容にも感じられるが、実際には「あんなにも素晴らしかった私たちの場所が、こんなにも酷いことになっている」という文脈で伝えられることが多いため、二つの親和性は高いと言って良いだろう。

衰退ポルノの拡散に用いられる手法は「極端なシーンだけを取り上げて扇情的に伝える」「文脈を歪めて編集する」「別の場所・別の年に起きた事件の画像や動画を使う」「嘘の統計や調査結果を見せる」「完全なディープフェイク」など多岐に渡っている。しかし内容に関しては、平和だった場所の治安悪化(とりわけ移民や外国人が増えたことによる治安の悪化)のナラティブに偏りやすい傾向がある。現実の様子について何も知らないまま衰退ポルノの内容を信じてしまうピュアな視聴者も少なくないため、それは結果として人種差別的な言動、あるいは怒りや不安の感情を煽ることになる。

これまで衰退ポルノの舞台に選ばれた町は、もちろんロンドンだけではない。たとえばサンフランシスコやニューヨークなども、たびたび「暴徒化した極左によって荒れ果てた戦場」「外国人と浮浪者とゴミで溢れかえった犯罪都市」などに歪めて描かれてきた。また世界を旅行しながらコンテンツを配信するYouTuberたちが、「すっかり治安が悪くなったと話題の××へ行ってみたら、本当に危険な目に遭った」などの内容で大げさに編集した動画を作り、エンゲージメントを稼ごうとするケースも多い。似たような扱いを受けている場所として、日本のいくつかの町を思い浮かべる方もいるだろう。

しかしそれらと比較しても、いまのロンドンの例は異質だと言って良いだろう。なにしろクロイドンの衰退ポルノは、意図的な脚色や編集などではなく、「AI生成によってゼロから作り上げられた架空の危険な景色」を大量に描いてきたからだ。

「衰退ポルノ」を拡散するのは誰か

今年1月に発表された世論調査では、英国人の大多数が「首都ロンドンは安全な都市ではない」と答えている。その一方で、調査対象者のうち実際にロンドンで暮らしている人々の81%が「自分のいる町は安全だ」と答えた。つまり「いまロンドンを危険だと考えている英国人のほとんどはロンドンに住んでいない」という状況が浮かび上がってくる(ちなみにカーン市長は先日のイベントで「ロンドンの人口当たりの殺人事件の発生率は現在、過去最低水準まで低下した」と伝えたばかりだ)。SNSで拡散される衰退ポルノが、このギャップにどこまで貢献したのかは不明だが、クロイドン動画の再生数やコメントの内容から考えるに、その影響は小さくないだろう。

それではいったい誰が、どのような意図を持って、こうした衰退ポルノを配信しているのだろうか? 先述の報告書の中で真っ先に挙げられている配信元は「英国拠点の極右グループのアカウント」だった。しかし「ロシアや中国など、海外の国家利益と連携しているアカウント」や「米トランプ政権に関わっているアカウント4」などが組織的に活動していることも明らかとなっている。

たとえば今回の調査で特定された「ベトナムを拠点としたネットワーク」は、ロンドンの地元メディアになりすましたアカウントを利用して、AI生成の扇情的なコンテンツを100万人以上のフォロワーに拡散していた。別の例では暗号化メッセージアプリも偽情報の発信源として利用されており、それは「主流のプラットフォームに拡散される主要な経路のひとつ」として確認されている。

ロンドンの衰退ポルノの拡散目的は、決して一つではないだろう。おそらく一部のアカウントは、現在のロンドンの市政を非難するために。一部は移民や外国人に対するヘイトを煽るために。一部は世論の分断によって英国の弱体化を図るために。一部は「視聴者の怒り」を金に換えるために。そして一部は単に注目を集めるためだけに、偽情報を拡散しているはずだ。

それぞれの配信の動機は全く異なっていたとしても、すべての活動が「似たような内容でロンドンを描いた偽情報のコンテンツ」を矢継ぎ早に拡散している。それらは意図せぬ相乗効果を生みながら、ロンドンという都市へのネガティブな印象を仲良く一斉に植え付けているのかもしれない。

ロンドンは「炭鉱のカナリア」となるのか

こうした状況について、カーン市長は次のようにコメントしている。

・アウトレイジ・エコノミー(outrage economy/怒りの経済)は、我々の社会の支えとなる根本的な信頼の絆を蝕むものだ。過激主義者たちが、我々の都市や都市制度への信頼を壊せば壊すほど、「オンラインの怒りを現実社会の暴力に替えること5」も容易となってしまう

・いまから数年後、ロンドンは「炭鉱のカナリア」だった場所として語られることになるだろうと私は考えている。しかし同時に「反撃が開始された場所」と見なされることにも期待している

そして彼は英国政府に「規制のための新たな機関を早急に設立する必要がある」と提案し、「金銭的な制裁を行使できる力を持たなければ、(SNSの)大手プラットフォームは罰を受けぬまま逃げ切るだけだ」とも警告した。

英国には、オンラインの偽情報の問題にも適応されるような法の制度──たとえばOnline Safety Act 2023(オンライン安全法)──がすでに存在している。政府はそれを軸として「SNS企業に対する違法コンテンツ対策の義務づけ」などを導入してきた。しかし現在のところ、それは段階的に、かつ慎重に実装されている最中でもある。

カーン市長は政府に対し、これまでにない対策を明確に求めた。いまロンドンに襲いかかっている「偽情報の嵐」から町を守るには、現行の法制度が手ぬるすぎると考えているのだろう。しかし彼が求める規制強化は、ちょっと間違えば「市政や市長の批判に対する弾圧」「表現の自由の侵害」だと捉えられかねない危険を孕んでいる。彼の警告と提案を受けた政府は今後、どのように舵を取るのだろうか

脚注

  1. クロイドンウォーターパークは完全にフィクションだが、強いて言うなら、1990年代のクロイドンには「ウォーターパレス」という名前の娯楽施設があった。大きな複数のウォータースライダーを有した施設で、また安全性の問題も指摘されていたため、それが偽動画の「元ネタ」となった可能性は高いだろう。ただしウォーターパレスは30年前の1996年に閉鎖している。
    ↩︎
  2. クロイドンのAI動画に登場する人物のほとんどは有色人種(主にアフリカ系)の男性で、彼らの多くはプールであれゲーセンであれ、場所を選ばずに目出し帽をかぶっている。一昔前のフリー素材のハッカー(なぜかパソコンの前で覆面をかぶる)のように非現実的な描写だ。このような演出を馬鹿馬鹿しいと思う人もいれば、「やはりロンドンの移民というのは、どんなときでも顔を出せないぐらい悪いことをしてきた連中なのだな」と考える人もいるのかもしれない。いずれにせよ、それぐらい極端で分かりやすい演出のほうがエンゲージメントに貢献することだけは間違いなさそうだ。そうでなければ、何十ものアカウントが同じような演出をすることもないだろう。
    ↩︎
  3. この記事の中でBBCは「クロイドンのAI動画」を作成した人物の取材に成功している。取材に協力したのは、クロイドンに一度も行ったことのないイングランド出身の20代男性だった。彼の発言から浮かび上がってくるのは「政治的な意図もないまま、エンゲージメントで金を稼ぐことしか考えていない無責任な若者」の姿だった。自分の動画が政治的な反応を引き起こしていることについて、彼は自身の影響を認めながら「動画を見た50~60代あたりの人たちが、本気で腹を立てて政治的なコメントを書き込んでいる」と答え、一方で洒落を理解した反応もあると示唆した。また自身の動画に人種差別的なコメントが寄せられることに関しては「(投稿先のプラットフォームで)コメントはフィルタリングされる」と答えている。
    ↩︎
  4. 本文にはあえて記していないが、中道左派の労働党に所属するカーン市長は「イスラム教徒のロンドン市長」として初の存在であり、国内では高い支持を得ている一方、米トランプ大統領からは激しく非難されている。これまでにも「カーンはどうしようもない負け犬だ」「世界で最悪の市長の一人」「彼はロンドンにイスラム法を導入しようと企んでいる」「あの市長のせいでロンドンはすっかり変わってしまった」などの暴言を吐かれつづけてきたが、現在のカーン市長は基本的に「もう相手にしない」というスタンスを貫いている。ともあれ、親トランプ派のネットワークがわざわざ偽動画を作成して米国外の一都市を攻撃していたとしても、あまり突飛な話ではない。むしろトランプのこれまでの発言を支援する「当たり前の行動」とも言えるだろう。
    ↩︎
  5. ロンドンは排ガス規制エリア「超低排出ゾーンULEZ」による大規模な大気汚染対策を行っており、それは市内外で賛否両論を巻き起こしている。2023年12月には、カーン市長の市政に反感を抱いた一人の男性が「自家製の時限爆弾を使ってULEZのナンバープレート認識カメラを爆破する」という事件が発生し、無関係の車や家屋も巻き込まれた。この事件の犯人は「人命や財産を危険にさらす爆発を起こした」として、2026年1月に有罪判決を受けている。 ↩︎

参照:

London mayor asks diplomats to push back against Trump’s ‘lies’ about UK capital _ Reuters
https://www.reuters.com/world/uk/london-mayor-asks-diplomats-push-back-against-trumps-lies-about-uk-capital-2026-03-31/

Mayor warns of London ‘disinformation blizzard’ on social media _ BBC
https://www.bbc.com/news/articles/cp3l4kwer5ko

Sadiq Khan warns London is facing a ‘dark blizzard of disinformation’ _ The Independent
https://www.independent.co.uk/bulletin/news/sadiq-khan-london-mayor-social-media-b2955329.html

Why fake AI videos of UK urban decline are taking over social media _ BBC
https://www.bbc.com/news/articles/c4g8r23yv71o

Sidcup man convicted aover explosive attack on Ulez camera _ BBC
https://www.bbc.com/news/articles/cz7y2xyxg7vo

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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