「デジタル弾圧」が、世界中の少数民族の文化を変容させる危険性

PENアメリカ(PEN America)は、国際ペンクラブ(PEN International)の米国支部機能に加えて、人権や言論の自由を保護する団体としての性格を強く持っている。PENアメリカ内に設置され、作家やジャーナリストの支援を行っている「PEN/バーベイ自由執筆センター(PEN/Barbey Freedom to Write Center)」の上級マネージャーであるエリカ・グエン(Erika Nguyen)は2026年4月に、PENアメリカの詳細なレポートに基づき、中国政府によるモンゴル文化の「デジタル弾圧」を批判した(*1)。
中国国内に暮らすモンゴル人たちにとって、デジタルコミュニティは日々のコミュニケーションを行い、自分たちの言語を保存し、新しい音楽や芸術を創造する不可欠な拠点となっていた。しかし、少数民族文化の味方となるこうしたクリエイティブな技術活用のありかたは、中国政府が求める均一性や統制とは相容れない。近年ではオンライン空間全体が中国政府による抑圧の舞台となり、中国国内のモンゴル人はもちろん、国外に住むモンゴル人コミュニティもその捕捉の網から逃れられず、窒息するような思いを強いられている。
以前に紹介したオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の調査(*2)において、中国政府がAIを駆使して少数民族を監視している状況が報告されていたこととも共通するが、エリカ・グエンの問題提起は、中国政府の横暴だけでなく、それに米国他のビッグテックが加担している構造を射程に入れている。「中国という特殊な国家」の問題ではなく、暴力的な「文明の均質化」がグローバル規模で繰り返される可能性が大いにあるというのが、エリカ・グエンが抱く危機感だ。
本記事ではまず前半で、中国政府のモンゴル文化圧殺について微細に告発しているPENアメリカのレポートの概要を紹介し、後半では、エリカ・グエンが問うているビッグテックの「罪と責任」について見ていく。
(参照元)
*1:テック企業はモンゴル文化のデジタル抑圧への加担をやめよ
Tech Companies Must End Complicity in Online Repression of Mongolian Culture
https://www.techpolicy.press/tech-companies-must-end-complicity-in-online-repression-of-mongolian-culture/
*2:国家統制と一体化した中国のAIシステムが「人権」にもたらす危機
https://inods.co.jp/topics/report-reviews/8912/
(1)中国政府のデジタル空間における少数民族弾圧の苛烈化
(i)モンゴル文化のウェブサイトの9割が中国政府に圧殺されている
モンゴル人は中国国内で認知されている55の少数民族グループの1つで、最新の国勢調査(2020年)では、中国に約630万人のモンゴル人が居住しており、その大多数は1947年に設立された内モンゴル自治区に住んでいる。
エリカ・グエンは、内モンゴル自治区やチベットなどにおける中国国内の言論弾圧を追い続けてきており、いまモンゴル人が経験している抑圧について、「政府に反対する人々への(総合的な)いやがらせや監視のモデルケースとなるものであり、世界中で警鐘を鳴らすべき事態だ」と、注意を喚起している。以下にグエンの記事の要点を見ていこう。
中国政府は数十年にわたり、その内側に抱えるモンゴル文化を「魅力的で従順な伝統文化」として世界に印象づけるべく、入念なイメージ管理を行ってきた。しかしその裏で、何かあった時に異議申し立てを行える回路がかつては担保されていた健全なデジタルエコシステムの解体が、容赦なく進んでいる。
PENアメリカは2026年1月に「私たちの母語を守れ:中国によるオンラインのモンゴル文化の抑圧と抹消」と題した包括的なレポートを発表した(*3)。レポートによると、これまでに存在していたモンゴル語のウェブサイトの89%が閉鎖されたり制限されたり、標準中国語に変換されたりしている。残ったサイトにおいてもモンゴル文化に関する記述は削除されるか、中国が承認する「無害な物語(narrative)」に合うように改変されていることが明らかになった。左から右に縦書きで読む独特の体系を持つモンゴル文字を用いたウェブサイトは、地域のニュースや一般市民のディスカッション、伝統的な文化遺産の保全に至るまで、モンゴル人のアイデンティティに不可欠なものとなっていたにも関わらず、現在、600万人以上の人びとが自らの言語を奪われようとしている。
また、デジタル空間における文化保存の重要な要素だった「音楽」もターゲットになっている。モンゴル語の楽曲200曲以上がオンライン音楽ライブラリから削除された。中には、強欲な中国の鉱山会社の採掘から土地を守ろうとして殺されたモンゴルの牧畜民の死を嘆くプロテストソングも含まれている。
(ii)2020年の教育政策変更に対する大規模な抗議運動が転換点
きわめて重要なターニングポイントとなったのが、2020年の教育政策変更を巡る中国政府とモンゴル人との衝突だ。学校教育においてモンゴル語を標準中国語に強制的に切り替える「新たな二言語教育(New Bilingual Education Policy)」の動きが、内モンゴル自治区の70年以上の歴史の中でも最大規模の抗議運動を引き起こした。街頭では「母語を守れ」というスローガンがあふれた。推定30万人の学生が授業をボイコットし、食品の配達員は箱に「母語を救おう」と印刷し、モンゴル系の政府職員から政府に対して「この新政策は憲法に違反し、民族間の調和を損ない、国家の分裂を招く」と、計画撤回を求める嘆願書が提出された。
抗議運動の特徴の1つが、デジタル技術を駆使して活動が組織化されていたことだ。2015年に誕生し、縦書きのモンゴル文字に最適化されたソーシャルメディア「バイヌ(Bainuu)」や、メッセージアプリ「微信(WeChat)」が、モンゴル人たちの主武器となり、語り部や学生、そして多くのデモ参加者の動画が拡散された。
それに対する中国政府の弾圧は、迅速かつ容赦のないものだった。2020年8月に当時約40万人のユーザーがいたBainuuは強制閉鎖され、のちにはWeChatのグループチャットやオンライン会議機能も無効化された。9月には、抵抗運動の中心地だった都市フフホト(Hohhot)をはじめとする主要都市でインターネット自体が遮断された。新しい教育政策に反対する投稿は削除され、当局は投稿者を特定して「再教育」をほどこした。テレビや地方公安局のWeChat上で、拘束された教師や学生が「私は国家の裏切り者です」「中国語教育こそが正義です」と自白を強制される映像が次々に流され、人びとの不安と恐怖を煽り立てた。2020年10月までに、8,000人から10,000人のモンゴル人が警察に拘束されたと、南モンゴル人権情報センター(Southern Mongolians Human Rights Information Center)は推計している。
さらに、政府の脅迫は中国国内にとどまらなかった。欧米や日本など国外に住むモンゴル系ディアスポラ(離散住民)や文化権利活動家たちも、当局の「訪問」を受けて、故郷の家族をいわば人質にとられるようなかたちで、オンラインでの発言の削除や沈黙を強いられた。PENアメリカのレポートにおける重要な告発の1つが、この「弾圧の越境」が拡大している現状だ。
厳格な統制は現在も続いている。アプリやウェブサイトの開発者は、政府の厳しい基準を満たさなければサービスを強制停止させられる。そしてその統制には、政府への登録や事前申請だけでなく、フルネームでのアカウント登録を義務付けられているユーザーのビッグデータを政府に差し出すことまでもが含まれているのだ。
(参照元)
*3:私たちの母語を守れ:中国によるオンラインのモンゴル文化の抑圧と抹消
“Save Our Mother Tongue” Online Repression and Erasure of Mongolian Culture In China
https://pen.org/report/inner-mongolia-china-repression/
(2)デジタル弾圧に「加担」したビッグテック
(i)市場を手に入れるために中国政府にかしずくテック企業たち
そしてエリカ・グエンは、数々のビッグテックを中国政府の「共犯者」として名指しする。
マイクロソフトが中国での事業拡大という果実を得るため中国政府の意に沿うようにBingの検索結果をフィルタリングしたり、クラウドホスティング企業のVultrが、中国政府の検閲を監視・追跡するNGO「GreatFire.org」のサイトをテンセントの圧力で閉鎖した事例などが挙げられている。またIBMやDellなどは、提供したハードウェアや半導体技術が、中国の少数民族を標的とした監視カメラや顔認証システムに組み込まれることで、監視インフラの拡大を助長してきた。
「自分たちは現地の法律を遵守しているにすぎない」という言い逃れのもとで、米国のテック企業は自分たちのビジネスを優先させて、中国における表現の自由と文化の抑圧に手を貸してきた。その影響は中国国内にとどまらない。世界中の至るところで、中国政府のプロパガンダと人権侵害の執行者となっているのだ。
(ii)世界中でモンゴル人たちの悲劇が反復される危険性
中国国内のモンゴル人のような少数民族にとって、デジタル空間は自分たちの文化を保存し発展させるのに不可欠なフィールドだ。だからこそ、中央政府のような権力側はオンラインの言論の圧殺に力を注ぐのである。中国政府によるモンゴル文化のデジタル弾圧は、もし民間のテック企業やソーシャルメディア企業が政府の要求に膝を屈すれば、世界中で同じ事態が生じる可能性があることを示している。
エリカ・グエンは「テック企業は、人々が安全かつ確実にコミュニケーションできるオンライン環境を構築することを使命とすべきである。中立性を隠れ蓑にせず、人権や文化を脅かす政府の規制には断固たる姿勢を示さなければならない。また各国の政府や慈善団体は、マイノリティが安全に通信できる環境やインフラへの投資を惜しむべきではない」と、切実に訴える。
だが、ビックテックの倫理観を盲信することも、心もとない。2025年9月、AP通信は、中国の監視会社から流出した数万件の電子メールとデータベース、企業や政府の膨大な機密文書、非営利団体アジア・ソサエティ(Asia Society)から提供された資料、100人以上の中国政府関係者や技術者へのインタビューなどに基づき、四半世紀にわたって米国のテック企業が中国政府の監視システムの設計と構築に関わっていたことを明らかにしている(*4)。
その「加担リスト」は、中国の人権侵害において、ビッグテックが想像以上に積極的な役割を果たしていたことを白日の下にさらすものだった。IBMは中国の秘密警察や国家安全部、軍隊のために、テロ対策システムを含む国家情報システムを販売している。Dellはチベットや新疆ウイグル自治区の警察に向けて、民族弾圧に利用されるクラウド環境を整備していた。中国政府の指紋照合システムやデータベース構築には、HPやIntelが手を貸している。Nvidiaは中国の3大監視企業と提携し、中国全土のビデオ監視カメラにAI機能を搭載していた。中国警察のDNA研究所には、マイクロソフトがソフトウェアや機器を納品していたし、地理情報システム構築にはオラクルらが協力している。
これらは氷山の一角であり、また加担リストには米国系企業だけでなく、欧州や日韓の大手企業も名を連ねている。モンゴル人の苦境を「遠いゴビ砂漠の彼方で起きている悲劇」と眺めるような、貧しい想像力のあり方はもはや許されないのだ。
(参照元)
*4:米国のテクノロジー企業は中国のデジタル警察国家をいかに支えてきたか
Detailed findings from AP investigation into how US tech firms enabled China’s digital police state
https://apnews.com/article/chinese-surveillance-silicon-valley-uyghurs-tech-xinjiang-a80904158b771a14d5a734947f28d71b