SNSはアイデンティタリアニズムをいかに拡大させたのか

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近年、ヨーロッパ発祥の白人至上主義イデオロギーであるアイデンティタリアニズムは、オンライン空間を中心に急速に拡大している。2026年にGlobal Project Against Hate and Extremism(GPAHE)が公表したレポートによれば、同思想に関連するソーシャルメディアアカウントは2023年から2026年の間に大幅に増加し、GPAHEが確認した関連アカウントの総フォロワー数は累計約2,000万人に達している。これは関連アカウントのフォロワー数を合計した値であり、単一の支持者数を示すものではないが、アイデンティタリアニズムが主要SNS上で大規模な発信基盤を形成していることを示している。本レポートは、この拡大の最大の要因として、主要SNSにおけるコンテンツモデレーションの弱体化を挙げている。さらに、こうした動きはオンライン空間にとどまらず、「グレート・リプレイスメント」や「リマイグレーション」といった概念の浸透を通じて、政治的言説や暴力事件にも影響を及ぼしている。

本稿では、GPAHEによるレポート「As Social Media Platforms Ditched Content Moderation, the White Nationalist Identitarianism Movement Exploded」https://globalextremism.org/post/identitarianism-report/ )に基づき、アイデンティタリアニズムの思想的特徴、SNSを通じた拡大の構造、そしてオンライン空間から現実社会への影響の連関を整理する。

目次

1 アイデンティタリアニズムの定義と思想的背景

アイデンティタリアニズムとは、ヨーロッパ発祥の白人至上主義イデオロギーであり、「グレート・リプレイスメント(大置換)」陰謀論を中心的な前提としている。この思想は、白人が移民や難民によって自国において「置き換えられている」とする認識を基盤とし、その対抗策として非白人移民を出身国へ戻す「リマイグレーション」を主張するものである。

この思想的背景には、1970~1980年代のフランスにおけるヌーヴェル・ドロワット(新右派)やアラン・ド・ブノワの著作、ジャン・ラスパイユの『Le Camp des Saints』などがある。また、ルノー・カミュの2011年の著作『Le Grand Remplacement』は、「グレート・リプレイスメント」概念を体系化したものとして本レポートにおいて言及されている。

2 Generation Identity(GI)の展開とトランスナショナル化

Generation Identity(GI)とは、2012年にフランスとドイツで設立された汎欧州的な青年運動であり、反イスラム・反移民の立場から「ヨーロッパの再征服(Reconquista)」を掲げて活動してきた。ポワティエでのモスク占拠やギリシャ・レスボス島での活動、地中海で移民の渡航阻止を目的とした「Defend Europe」キャンペーンなど、対立的・挑発的な街頭活動や実地行動を展開してきた。

本レポートは、GIの中心人物としてオーストリア支部を率いたマルティン・セルナーを挙げる。セルナーは過去にネオナチ系グループとの関係や反ユダヤ的行為への関与が指摘されており、GIの思想形成や運動に大きな影響を与えた。2021年にフランス支部は「暴力および差別を扇動した」として解散したが、各地の支部やメンバーは分派組織の設立や他の極右運動への合流、名称変更やフロント組織の設立を通じて活動を継続している。

さらに本レポートは、GIを中心とする運動が単一組織を超えたトランスナショナルなネットワークへ発展していると指摘する。ヨーロッパには37のGI支部、世界各地には143のアイデンティタリアン関連組織・運動が確認されており、その形態は出版社、メディアスタジオ、シンクタンク、活動団体、メディア組織、「グレート・リプレイスメント」や「リマイグレーション」を掲げる政党など多岐にわたる。これらはGIの名称を用いない場合もあるが、共通する思想を基盤としてネットワークを形成している。

3 ソーシャルメディアによる拡大とコンテンツモデレーションの変化

アイデンティタリアニズムの急速な拡大は自然発生的なものではなく、主要ソーシャルメディアプラットフォームにおけるコンテンツモデレーション(有害コンテンツの監視・削除)の弱体化によって後押しされたという点にある。2025年にはMetaがコンテンツモデレーション体制を縮小し、多様性・公平性・包摂性(DEI:Diversity, Equity and Inclusion)関連プログラムを終了したほか、Xでも過去に停止されていたアカウントの復活が相次いだ。本レポートは、こうした環境の変化によって、アイデンティタリアン運動が主要SNS上で組織化や勧誘、思想の発信を進めやすくなったと指摘している。

具体的には、各プラットフォームで以下のような事例が確認されている。

  • Instagram
    2025年以降、新たな関連アカウントの開設が相次いだだけでなく、活動停止となった団体が名称を変更して再び活動する事例も確認された。例えば、GIオーストリア支部は「ActiveAustria」の名称で活動を継続し、他のアイデンティタリアン団体の宣伝や勧誘を行っている。また、「Aktion 451」はInstagramを利用して大学生を対象とした勧誘活動を展開し、ドイツ、オーストリア、スイスへと支部を拡大していた。本レポートは、Instagramが組織化や新規メンバー獲得の拠点となっていると位置づけており、2023年から2026年にかけて関連アカウントのフォロワー数は142%増加したとしている。
  • X
    過去に停止されていたGI関連アカウントの多くが復活し、「リマイグレーション」を掲げる投稿や関連アカウントが増加した。特にマルティン・セルナーのアカウント復活は、思想の発信力を高める契機となり、Xの広告収益分配制度も活動資金の確保に利用されているとされる。また、本レポートは、2023年以降に一度停止された31のGI関連アカウントのうち26アカウントが48時間以内に復旧した事例も紹介している。これは、一度削除されても短期間で活動を再開できる実態を示しており、アカウント停止だけでは十分な抑止策となっていない可能性を示唆している。こうした状況の下で、関連アカウントのフォロワー数は2023年から2026年にかけて83%増加した。
  • YouTube
    アイデンティタリアンのインフルエンサーが出演する動画の収益化が継続されているほか、自動翻訳機能によって動画が複数言語で視聴可能となり、思想が国境を越えて拡散している。さらに、停止されたGI関連チャンネルの一部は別名義で再開され、Telegramなど他のプラットフォームとも連携しながら活動を継続していた。本レポートは、YouTubeが思想の発信だけでなく収益化や国際的な拡散にも寄与していると指摘している。
  • TikTok
    2023年以降、アイデンティタリアニズム関連アカウントのフォロワー数が52%、「いいね」は92%増加した。2026年の調査では新たに88の関連アカウントが確認され、総フォロワー数は200万人を超えた。GI支部や関連団体もTikTokを利用しており、本レポートは若年層への思想の浸透が進んでいることを示している。
  • Facebook
    2023年にGPAHEが確認した76のアイデンティタリアン関連アカウントは、2026年までに46%増加した。ドイツで極右過激派と認定された青年組織「Junge Alternative(JA)」はAfDによって解散されたものの、Facebook上では「Generation Deutschland」へと名称を変更して活動を継続する事例が確認されている。旧組織時代の投稿を残したまま運営されるアカウントも存在し、フォロワー数は150~290%増加した支部もあった。本レポートは、このような名称変更による活動継続が、Facebook上で十分に抑制されていない実態を指摘している。

このように、各SNSでは現れ方こそ異なるものの、名称変更やアカウント復活、収益化などを通じて活動が継続されていた点は共通している。本レポートは、こうした共通点から、アイデンティタリアニズムの拡大は自然発生的なものではなく、コンテンツモデレーションの弱体化によって後押しされた結果であると位置づけている。

4 現実社会への影響

本レポートは、急速に拡大するアイデンティタリアニズムによって広められた思想、とりわけ白人至上主義的な「グレート・リプレイスメント」陰謀論は、世界中でユダヤ人、イスラム教徒、移民、黒人、LGBTQ+コミュニティなどを標的とした大規模なテロ行為を煽動してきたと強調する。具体的には以下のような事例がある。

  • クライストチャーチ銃乱射事件(2019年)
    白人至上主義的思想に影響を受けた犯人が、ニュージーランドのモスク2か所を銃撃し51人を殺害した。犯人は「グレート・リプレイスメント」陰謀論に言及し、移民やムスリムによる人口置換を動機として示していた。本レポートはこの事件を、「グレート・リプレイスメント」思想が暴力的行為と結びついた代表例として参照している。
  • アイデンティタリアンによる対移民・対NGO活動(2010年代~)
    アイデンティタリアン運動は、欧州の活動家ネットワークによって構成され、Defend Europe(地中海でNGOの救助活動を妨害し、移民の渡航阻止を目的としたキャンペーン)や難民に対する対峙的行動などを展開してきた。本レポートはこれらを、移民排斥を目的とした対立的実践として位置づけている。
  • サンディエゴ・イスラムセンター銃撃事件(2026年)
    犯行グループがイスラムセンターを襲撃し3人が死亡した。犯人は動機として「グレート・リプレイスメント」陰謀論に言及し、前述のクライストチャーチ銃乱射事件を参照していたとされる。本レポートはこの事例を、同思想が過去の事件を参照しながら暴力的行為へと再現される可能性を示すものとして扱っている。

また、政治面では、「グレート・リプレイスメント」や「リマイグレーション」といった概念が一部の政治家や政治団体によって取り入れられ、アイデンティタリアン活動家と政治的ネットワークとの接点も形成されている。具体的な事例は以下の通りである。

  • ドイツのための選択肢(AfD)および党首アリス・ヴァイデル(2025年)
    ヴァイデルは2025年1月の発言において、「グレート・リプレイスメント」に関連する文脈で用いられてきた「リマイグレーション(再移住)」という用語を政策として公然と支持する趣旨の発言を行った。本レポートはこれを、アイデンティタリアン的言説が政党レベルで採用される事例として位置づけている。また、AfDおよび関連組織(旧Junge Alternative/後のGeneration Deutschland)は、再移住に関連する言説を含む活動や投稿を継続しており、極右と分類された後もFacebook上で組織的な発信を維持している。本レポートはこれを、規制や名称変更を経ても政治組織がアイデンティタリアン的言説を保持・拡散する事例としている。
  • レナ・コトレ(AfD関係者)による再移住サミットでの発言(2025年)
    コトレは2025年5月の再移住サミットにおいて、アイデンティタリアン活動家マルティン・セルナーらが主導する議論に参加し、「再移住」という概念の普及に対する評価を示した。本レポートはこれを、政治家がアイデンティタリアン系活動と接点を持つ事例としている。
  • リマイグレーション研究所の設立(2026年)
    マルティン・セルナーとフィリップ・ヒューマーは2026年3月に「リマイグレーション研究所」を設立したとされ、政治家、研究者、ジャーナリストを結びつけることを目的とした活動を開始した。本レポートはこれを、運動が制度的・準学術的枠組みへと拡張する動きとして扱っている。
  • 米国政府機関における「リマイグレーション」政策化(2025年以降)
    米国では2025年以降、「リマイグレーション」が政策として採用され、国土安全保障省の発信や国務省内の関連部局設置が行われた。本レポートはこれを、国家レベルでアイデンティタリアン的用語が制度化される事例として位置づけている。
  • グレゴリー・ボヴィーノの再移住サミット参加(2026年)
    元米国国境警備当局者であるボヴィーノは、セルナー主催の再移住サミットに登壇し、移民政策と「再移住」の関連について発言した。本レポートはこれを、国家実務経験者とアイデンティタリアン活動家の接点として扱っている。

以上のように、GPAHEのレポートは、アイデンティタリアニズムの思想がSNS上で拡散されるだけでなく、政治的言説や制度政治へ接続していく過程を示している。こうした言説の主流化については、ISD(Institute for Strategic Dialogue)の分析からも裏づけられる。

ISDのレポート「Changing tides: Discourse towards migrants and asylum seekers on Facebook and X in Germany in 2023」( https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/changing-tides-discourse-towards-migrants-and-asylum-seekers-on-facebook-and-x-in-germany-in-2023/ )によると、2023年のドイツでは、FacebookおよびX上で移民・難民申請者に関する投稿の60%以上が否定的であり、反移民言説が一部の投稿ではなく、SNS上で広く共有されていたことが示されている。投稿では、移民を福祉制度の負担や治安への脅威、「侵略軍」として描写していた。また、「津波」「洪水」といった比喩や、政府が意図的に移民を受け入れてドイツ人を少数派にしようとしているとする主張も確認されており、ISDは、これらが「グレート・リプレイスメント」陰謀論の主流化につながる言説であると指摘している。さらに、FacebookではAfDの政治家や政党アカウントが議論を主導する一方、Xではインフルエンサーや政治家、公人など多様な主体が移民政策をめぐる議論を展開していたことが示されている。

また、ISDの別のレポート「Total remigration: Anti-migrant narratives targeting the UK」( https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/total-remigration-anti-migrant-narratives-targeting-the-uk/ )は、X上の反移民投稿を分析した結果、「侵略(invasion)」や「グレート・リプレイスメント」といった表現が反移民言説の中で広く用いられていたと報告している。また、2025年前半には「リマイグレーション」を求める投稿が7万6000件を超え、その約2割は米国のアカウントによるものであった。このことから、反移民言説は英国国内だけで形成されているのではなく、国境を越えたアクターによって増幅されていることが示される。

このように、GPAHEが示した運動の拡大と、ISDが示した反移民言説の広がりをあわせて見ると、コンテンツモデレーションの弱体化によって拡散された言説が、政治的議論の中にも浸透していることがうかがえる。

5 結論

アイデンティタリアニズムは単なる極右思想の一形態ではなく、SNSを中心とした情報環境の中で拡張・再生産される構造的な現象である。本レポートが示す最も重要な点は、その拡大が自然発生的なものではなく、SNSプラットフォームにおけるコンテンツモデレーションの弱体化によって後押しされたことである。モデレーションの後退により、凍結された団体や活動家は名称変更や新規アカウントの開設を通じて活動を継続し、思想の発信や組織化、勧誘を進めることが可能となった。その結果、「グレート・リプレイスメント」や「リマイグレーション」といった概念は、オンライン上で拡散されるだけでなく、政治的言説や現実社会にも接続されていることが確認された。実際に本稿で取り上げた各事例は、コンテンツモデレーションの弱体化によって拡散した言説が、政治や現実社会へと広がっていく過程を示している。今後も、オンライン空間における言説の変化と、それを支えるSNSプラットフォームの運営方針を継続的に注視していく必要がある。

6 参考文献

・As Social Media Platforms Ditched Content Moderation, the White Nationalist Identitarianism Movement Exploded
2026年6月23日
GPAHE
https://globalextremism.org/post/identitarianism-report/

・Changing tides: Discourse towards migrants and asylum seekers on Facebook and X in Germany in 2023
2024年4月18日
ISD
https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/changing-tides-discourse-towards-migrants-and-asylum-seekers-on-facebook-and-x-in-germany-in-2023/

・“Total remigration”: Anti-migrant narratives targeting the UK
2025年7月30日
Siddharth Venkataramakrishnan(ISD)
https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/total-remigration-anti-migrant-narratives-targeting-the-uk/

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この記事を書いた人

2004年生まれ、新潟県出身。大学で政治外交史を専攻している。安全保障体制に興味があり、台湾情勢をめぐる米中の言動に注目している。

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