分断を生むのは「実態」ではなく「認識」

アメリカ社会では近年、政治的分断の深刻化が繰り返し指摘されている。民主党と共和党の対立は選挙や政策論争にとどまらず、互いを「理解できない相手」「脅威となる存在」とみなす傾向へと発展している。しかし、本当にアメリカ社会は、人々が考えるほど深く分断されているのだろうか。
ニューヨーク・タイムズ・オピニオン欄に寄稿したスティーブン・アンソラビヒアとブライアン・シャフナー(いずれもCooperative Election Studyの研究者)は、「We Hate to Break It to You, but Maybe We’re Not That Polarized」で、分断を生み出しているのは実際の意見の違いではなく、相手を実態以上に極端な存在だと捉えてしまう「認識のギャップ」にあると論じている。また、More in Commonの調査「The Perception Gap How False Impressions are Pulling Americans Apart」やボビー・ダフィーの分析「The Perception Gap」もまた、人々の分断の認識と実態の間には大きな隔たりがあり、その背景には認知バイアスや情報環境が複雑に影響していることを示している。
分断を深刻化させているのは、意見の違いではない。むしろ、自分と異なる立場の人を実態以上に過激だと認識してしまう「認識のギャップ」だ。そして興味深いのは、そのギャップは政治に無関心な人ではなく、政治への関心が高く、ニュースを頻繁に利用する人ほど大きいという点である。
本稿では、この認識のずれがどのように生まれ、政治的対立をどのように深刻化させるのかを整理する。
1 分断を生むのは「実態」ではなく「認識」
アメリカ社会は深刻な政治的分断に直面していると広く認識されている。実際、アンソラビヒアらによれば、共和党支持者の約半数、民主党支持者の約4割が、自分たちの生きている間に内戦が起こる可能性があると考えているという調査結果も示されている。しかし、アンソラビヒアらは、分断の原因を単純に意見の対立そのものに求めるべきではないと指摘する。問題は、人々の実際の違いではなく、「相手は自分たちとは全く異なる存在であり、極端な考えを持っている」という認識にあるというのである。
この考え方は、政治学でいう「認識のギャップ(Perception Gap)」という概念によって説明される。これは、一方の集団が相手の考えを実態以上に過激だと認識してしまう現象を指す。More in Commonの調査でも、民主党支持者と共和党支持者は、互いに「極端な見解を持つ人」の割合を実際の約2倍に見積もっていることが示されており、社会の分断は実態以上に大きく認識されている可能性が指摘されている。
こうした認識のずれは、民主主義において見過ごせない意味を持つ。人は相手を実態以上に過激だと考えるほど、その相手を脅威や敵として捉えやすくなり、対話や妥協の余地を狭めてしまう。アンソラビヒアらは、この認識のずれこそが現在の政治的対立を理解する鍵になると論じている。
2 調査が示す「認識」と「現実」のずれ
では、実際のアメリカ社会は、人々が考えるほど分断されているのだろうか。その実態を複数の調査結果から検証する。
まず、アンソラビヒアらが行った調査では、20年以上にわたり延べ70万人以上を対象に実施された「Cooperative Election Study」をもとに、民主党及び共和党支持者の共通点が分析された。その結果、両者がこの1年間で最も重要だった出来事として挙げた内容は、健康問題や家計、家族や友人との死別など共通するものが上位を占めた。また、人種や宗教、学歴などの社会的属性についても、政治的立場が異なる相手と、自らと同じ政党の支持者との間で大きな違いは見られなかった。
同様に政策についても、対立ばかりが目立つ印象とは異なる結果が示されている。2024年の調査では、44の主要な政策提案に対し、平均的な民主党支持者と共和党支持者は約半数で同じ立場を取っていた。意見の相違は、不法移民への対応や中絶、アサルトライフル規制など一部の争点に集中しており、あらゆる政策で対立しているわけではなかった。
こうした結果は、More in Commonによる「Perception Gap」調査とも一致する。同調査では、民主党支持者と共和党支持者はいずれも、相手陣営のうち極端な見解を持つ人の割合を実態の約2倍と見積もっていた。さらに、気候変動や警察、愛国心など対立が強いと考えられている論点についても、人々の意見は一般に認識されているほど大きく分かれてはいないことが示されている。
これら二つの調査は、政治的立場の違いが存在する一方で、その広がりは一般に想像されるほど大きくないことを示している。問題となっているのは、対立の実態そのものよりも、それをどのように認識しているかなのである。
3 認識はなぜ歪むのか
認識のギャップは、単に人々が十分な情報を持っていないために生じるわけではない。ボビー・ダフィーは、人々の認識は「私たちの考え方」と「伝えられる情報」が相互に作用することで形成されると指摘している。
まず、人間には実態を偏って認識しやすい認知的な特徴がある。例えば、危険や脅威といった否定的な情報に強く注意を向ける「ネガティビティ・バイアス」、過去を実態以上に良いものとして記憶する「バラ色の回顧(Rosy retrospection)」、不安や感情が現実の規模の認識に影響を与える「感情に基づく規模認識の歪み(emotional innumeracy)」、自らの信念に沿って情報を解釈する「動機づけられた推論(motivated reasoning)」などである。こうした特性によって、人々は社会の問題や対立を実態以上に深刻なものとして捉えやすくなる。
一方で、認識は個人の心理だけで決まるものでもない。政治家やメディア、ソーシャルメディアは、人々の関心を集めるために、対立や危機、感情を刺激する情報を発信しやすい。その結果、人間の認知バイアスと情報環境が互いに影響し合い、誤った認識を強化する「錯覚のシステム」が形成されるとダフィーは論じている。
More in Commonの調査も、この見方を裏付けている。調査によると、ソーシャルメディアで政治的な投稿を行う人は、投稿しない人よりも認識のギャップが大きく、相手をより敵対的に捉える傾向が見られた。また、特に注目されるのは、政治への関与が強い人やニュースを頻繁に利用する人ほど認識のギャップが大きかった点である。単に情報量が不足していることが原因ではなく、情報への接触の仕方そのものが認識を歪める可能性を示唆している。
この結果は直感に反する。一般には、政治や社会問題への関心が高い人ほど相手への理解も深まると考えられがちである。しかしMore in Commonの調査は、情報への接触そのものが認識の正確さを保証するわけではないことを示している。
4 「分断」を乗り越えるために
3つの分析に共通するのは、政治的分断を完全になくすことは現実的ではない一方で、認識のギャップを縮めることによって対立を和らげる余地はあるという点である。
アンソラビヒアらは、民主党支持者と共和党支持者では重視する政策課題が異なることを認めつつ、それは必ずしも対話や妥協を妨げるものではないと論じている。むしろ、双方で優先順位が異なるからこそ、重要度の低い課題で譲歩し、重要な課題で利益を得ることが可能となる。問題は意見の違いそのものではなく、その違いを実際以上に大きく認識してしまうことにあると指摘する。
More in Commonも、認識のギャップを縮めるためには、自分と異なる立場の人々と接する機会を持つことや、情報源の偏りを意識することが重要だと提言している。考えの近い人々や特定の情報源だけに接し続けるのではなく、多様な視点に触れることが、相手に対する誤解や敵意を和らげる第一歩になるとしている。また、相手を「敵」としてではなく、一人の人間として理解しようとする直接的な対話の重要性も強調している。
ダフィーもまた、誤った認識は人間の認知バイアスだけでなく、情報環境との相互作用によって生まれるため、単に事実を提示するだけでは十分ではないと指摘する。その上で、社会には人々が現実をより正確に理解できるような、バランスが取れ、解決策にも目を向けた情報発信が求められると論じている。また、人間の認知には限界があることを理解し、それを前提とした情報との向き合い方が重要であるとしている。
このように、3つの分析はいずれも、分断を和らげるには相手への誤認を減らす取り組みが重要だと提言している。またこの知見は、「より多くの情報を得れば分断は解消する」という単純な発想では不十分であることも示唆している。問題は情報量ではなく、どのような情報環境の中で情報に接するかにある。
5 結論
本稿で取り上げた3つの分析は、政治的分断の存在を否定しているわけではない。むしろ、対立が存在することを前提としながらも、人々を隔てているものの多くは実態ではなく認識であり、その認識は変えることができると示している。民主主義には意見の違いが不可欠である一方で、共通の実態を認識し、共通点を基盤として対話を続けることもまた不可欠である。分断の時代だからこそ、「何が違うか」だけでなく、「何を共有しているのか」に目を向ける視点が、これまで以上に求められているのである。
また、分断を生み出すのは情報不足ではなく、情報との向き合い方だという点も重要である。「正しい情報を増やせば分断は解消する」という発想だけでは十分ではないことを示している。
本稿で紹介した分析はいずれもアメリカ社会を対象としたものである。しかし、分断が実態だけでなく「相手をどう認識しているか」によって増幅されるという視点は、政治や社会を問わず、多くの民主主義社会を考える上でも示唆を与えるものである。
参考文献
・We Hate to Break It to You, but Maybe We’re Not That Polarized
2026年7月4日 Stephen Ansolabehere, Brian F. Schaffner(The New York Times)
https://www.nytimes.com/2026/07/04/opinion/common-ground-polarization-red-blue-america.html
・The Perception Gap How False Impressions are Pulling Americans Apart
2019年6月 Daniel Yudkin, Stephen Hawkins, Tim Dixon (More in Common)
https://perceptiongap.us
・The Perception Gap
Bobby Duffy (The Constructive Institute)
https://constructiveinstitute.org/how/contributions/the-perception-gap/
