アメリカで蔓延するキリスト教国家主義

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目次

1.はじめに

アメリカにおいてヘイト・極右過激主義についての調査を行うNGO「Global Project Against Hate and Extremism(GPAHE)」が発表したレポート「Faith as a Weapon: 10 Alarming Truths About the Rise of Christian Nationalism in America」( https://globalextremism.org/reports/faith-as-a-weapon/ 、閲覧日2025/07/09)を紹介する。本報告では2021年1月6日に発生した米国議会議事堂襲撃事件に関わっていたアクターを明らかにするとともに、ドナルド・トランプ米国大統領を取り巻くキリスト教国家主義者の集団について解説している。

2.議会議事堂襲撃事件

2021年1月6日にアメリカ合衆国で発生した米国議会議事堂襲撃事件は、一般的に政治的過激主義の下で発生した事件だと理解されることが多いが、本報告では、その襲撃事件の背景にはトランプ候補支持者の間に「宗教的熱狂」があったことを指摘している。事実として、暴徒たちは「イエス・セーブズ」などの宗教的スローガンや十字架、聖書を掲げ、襲撃行動を「悪に支配された現政権」に対する神聖な使命として捉えていたとされる。
同事件の前には、マイケル・フリン(元国家安全保障顧問。ロシアとの関係についての虚偽の証言により解任)、ランス・ウォールナウ(福音派活動家)、ポーラ・ホワイト=ケイン(トランプの霊的顧問)といった宗教指導者たちが、終末論的なメッセージで信者を煽動し、首都で行われた「ジェリコ・マーチ」では、群衆に「アメリカを神のものとして取り戻す霊的戦争」を訴えていたことが報告の中でも指摘されている。下院議員マージョリー・テイラー・グリーン(共和党・ジョージア州選出。福音派の支持を受けている)は、この日を「1776年の瞬間」と称して正当化した。
このような動きは突発的ではなく、トランプ政権と2020年の大統領選挙を“善と悪の戦場”とするキリスト教国家主義者の長期的な戦略の一部であるとレポートは指摘する。さらに、新使徒改革(NAR)(キリスト教の会派形成運動。その復興のために「霊的戦い」を提唱し、キリスト教国家主義と親和性が高い)やカトリック統合主義者も、民主主義を解体し「神の支配による国家」の樹立を目指して勢力を伸ばしているとされている。
こうした運動は、レナード・レオ(連邦主義者協会の司法戦略家であり、ローマ・カトリックの権力仲介者)や、トランプ政権で予算局長を務めたラッセル・ヴォートといった影響力ある保守派によって支援され、結果として信仰と過激主義の境界が急速に曖昧になりつつあると本レポートは指摘している。

3.キリスト教国家主義と旧来の宗教保守は異なる

本報告では、キリスト教国家主義を、単純な宗教的愛国心を超えて、アメリカをキリスト教の統治のために神が定めた国という特定の「イデオロギー的枠組み」と分析し、そのイデオロギーの下に政界に影響力を強めようとしている勢力であると述べている。この運動は単なる枠組みでしかない以上、キリスト教国家主義はその傘下に複数の宗教・政治勢力を抱えており、その一つが前述したNARである。一方で、アメリカにおける宗教保守としては福音派が知られているが、本報告内では、彼らはキリスト教国家主義の目的とする「民主主義の破壊」や「キリスト教による支配」に対して懐疑的であるとされ、「Reclaiming Jesus」のような運動は、トランプ政権のキリスト教国家主義の実施を異端として拒否し、グローバルで包括的なキリスト教を提唱していると述べられている。

4.キリスト教国家主義の重大な事実

続いてレポートでは、これらの事件の首謀者的存在である「キリスト教国家主義者」が展開する国家を支配するためのキャンペーンについて解説している。

・神権政治による米国の統治
ダグラス・ウィルソン牧師(キリスト教国家主義の指導者的存在)などは、キリスト教を法律、裁判所、そして公共の生活に組み込むことを主張している。これは信仰の自由の問題ではなく、公民権や自由よりもキリスト教の優位性を強要するために、国のアイデンティティを書き換えることに関する問題であると報告は指摘している。

・宗教の範囲を超えた権威主義的性格
キリスト教国家主義は、神学とドミニオニズム(キリスト教徒は神から社会を支配する使命を授かっているという信念)を融合したものである。このイデオロギーは統合主義的であり、宗教的または文化的な多様性の考え方を否定している。
統合主義のビジョンは、国家がカトリック教会に服従すべきだと主張し、市民政府を宗教的教義を強制するツールとして扱う。これは単なる「価値観に基づく政策」ではなく、教会と国家の分離を解体する運動である。 また、一部の統合主義思想家は、教会が洗礼を受けた個人に対して永久的な管轄権を有し、教義を放棄するカトリック教徒に対する国家の懲罰を支持すると主張している。つまり、教会を離れることを単なる精神的な問題ではなく、処罰対象となる犯罪行為とする枠組みである。

・政治権力との合体
かつて非主流とみなされていたキリスト教国家主義は、現在では、特にドナルド・トランプやプロジェクト2025(ヘリテージ財団主導によるトランプ政権のシンクタンク的組織。教育省廃止や中絶禁止などを提唱している)の広範な権威主義と足並みを揃えた、政府最高レベルの任命者や影響力ある人物を多く含む。マイク・ジョンソン下院議長やピート・ヘグセス国防長官のような人物は、最高レベルにおけるキリスト教国家主義の影響力を体現しているとされている。彼らの目的には、聖書の世界観を反映するために法律や予算の優先順位を書き換えることも含まれているとされている。

・終末論によって煽られる過激主義
NARのような運動は、自分たちが「終末」の時代に生きていると信じている。その目標は単なる政治的勝利ではなく、終末とキリストの再臨を早めることを目的とした霊的な戦いである。

・運動を支援する極右億万長者とメディア
国家政策評議会(過激な運動や活動を支援する秘密組織)やジクラグ・グループ(裕福なキリスト教徒によって構成されるグループ)は、アメリカ合衆国の機関を再編成する取り組みを資金面で支援している。同団体によって推進されるセブン・マウンテン・マンデート(七つの山の使命)は、宗教、家族、教育、政府、メディア、芸術・エンターテインメント、ビジネスという社会の7つの主要な分野に影響を与え支配することで、キリストの再臨を早めることを目的としている。

5.蔓延するキリスト教国家主義と対応策

公共宗教研究所(PRRI)によると、アメリカ人の30%がキリスト教国家主義の立場を支持したり、共感していることが報告されている。これらの立場は、移民排斥の感情、父権制、政治的暴力、Qアノンのような陰謀論と結びついていると報告は指摘する。
一方で、アメリカ人の3分の2は彼らの政治思想に懐疑的または反対していることも同調査から導くことができる。宗教指導者、市民権団体、草の根の運動は反発を強め、キリスト教国家主義が宗教の自由と民主主義そのものを脅かすと警告しています。
キリスト教国家主義は単なる政治的潮流ではなく、組織化され、資金力があり、ますます主流化しているアメリカをキリスト教独裁国家に変革する動きであるとレポートは述べ、その思想、関係者、野望を理解することが、包摂と民主主義を守る第一段階であると指摘する。

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この記事を書いた人

茨城県出身の2003年生まれ。軍事・非軍事を問わず安全保障に興味を持っている。専攻は日米関係史だが主に東アジアの安全保障体制を扱っている。専攻外では中世ヨーロッパにおける政治体制の勉強が趣味。とくにポーランド・リトアニア共和国における民主制が対象。

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