ランド研究所がAIが変える戦争のレポートを公開

  • URLをコピーしました!
目次

1. はじめに

今回は、米国の政策研究を行う非営利団体「RAND」によるレポート「An AI Revolution in Military Affairs?」(2025年7月3日公開)を紹介する。近年のAI高度化は目覚ましいものがあるが、それに伴いこれらの技術を軍事に転用する動きも出てきている。一方で、AIが戦争に対して与える影響についての世間の関心は高いものの、AIが戦争をどのように変革するかについて、研究はまだその初期段階にある。本レポートは、AIが軍隊の戦闘方法や戦争の勝利方法に与える影響について分析し、その将来についての予見を提供することを目的としている。

2. AIが戦争に与える変化

本レポートにおいては、AIの大きな特徴として「汎用技術」である点を挙げており、電気や内燃機関のような性質を持つものと分析している。このような性質をAIが持つ以上、さまざまな軍隊がその目的に合わせて多様な活用を行うと推測される。このような仮定のもとで、AIが革新的な進歩を提供する領域として以下のような分野の革新の可能性について述べている。

・情報の分析と知識の生成
膨大な情報を高速で整理・分析することで、意思決定者の戦場に対する理解を向上させる。米軍では画像分析にAIを導入することで、車両などの特定の対象物の検知に活用している。

・複雑な行動やシステムの管理
人間が対処できないほどの規模を持つ複雑なシステムを管理する。膨大な数の自律型ドローンの攻撃を同期させるなどの研究が行われている。

・労働力の置き換え
AIが自律システムをより高度化することで、物理的タスクと認知的タスクの両方で人間の労働力と置き換わる。また、ロボット工学との組み合わせにより、危険な作業を代替することができると考えられている。

・優秀な意思決定能力
戦略的オプションを評価することで、意思決定を命令や調整指針に翻訳するのを支援する意思決定支援ツールとして活用することが想定されている。

・生産効率の向上
サプライチェーンの最適化や設計の見直しなどにAIを用いることで、より効率的な軍需物資の生産が可能になると考えられる。

・新しい軍事能力の設計
AIを活用した設計と3Dプリントを組み合わせることで、部品、プラットフォーム、弾薬の動的な調整が、作戦の最前線でも可能になる可能性が指摘されている。

一方で、前述したようにAIが戦争に与える影響についての研究は始まったばかりであり、この技術がどのように戦闘に活用されるのかは不透明である。そこで次章では「AIが戦争の形を規定する」という非常に広範な問いに答えるために、軍事作戦をいくつかの要素(「質と量の対立」「情報の欺瞞」「作戦の統制」「サイバー領域」)に分解し、それらの要素ごとにAIがどのような影響を与えるかの評価について紹介する。

3. ビルディングブロック

本レポートでは、AIが軍事革命(RMA)を引き起こす可能性を「ビルディングブロック競争」という枠組みを用いて分析している。AIの進歩とは単なる技術的改善ではなく、作戦の性質自体を根本から変える可能性があり、過去のRMA(例:空母の登場、電撃戦)と同様に、技術とその運用概念の革新が相乗的に重要であると指摘される。本レポートでは、戦争における根幹的な軍事技術競争として、「量対質」「隠蔽と検知」「指揮統制」「サイバー攻撃対防御」という4つのビルディングブロック競争を設定している。現代の戦闘は「バトルネットワーク」中心へと進化しており、センサー・射手・通信リンクの統合と、それに基づく迅速な意思決定能力が重要とされている。この中でAIは、各競争領域での相対的優位性を左右し、軍事作戦の規模、コスト効果、欺瞞能力、サイバー防御の構造に大きく影響する可能性があると指摘されている。
本レポートでは、AIの真の価値は人間の代替にとどまらず、戦力構成や作戦遂行のコスト構造そのものを変化させることにあると述べられている。これはAI導入に成功した側が、適応できない側に対し決定的な優位を持つという、新たなRMAを形成する可能性があることを示唆している。

3.1 量が質を超越する
これまでの戦場においては、数的劣勢を補うために、より高品質なユニットや技術が頻繁に用いられてきたとされ、実例としては米国がステルス技術や精密攻撃技術を用いることで戦場における優位を確立してきた事例などが挙げられる。近年の米軍ではこの「高品質・少数」の概念がより浸透しており、質的優位性の確立に多くの資源を投下しているが、AIはこの「質の優位性」を転換し、量的優位性への傾斜を加速させる可能性が指摘されている。
これらの仮定の検証として、本レポートではランチェスターの法則(両軍が一方の軍が全戦力を失うまで続く消耗戦をモデル化する微分方程式)を用いた試行を行っている。この試行において重要となるのは「致死性」と「数量」であるが、一定程度致死性(攻撃能力)が低くても、それを上回る数量のユニットを配備することは容易であると結論されている。
本レポートでは、高度なAIを搭載した自律型航空機を多数配備することで、戦場における数的優位を作り出すことができると仮定している。ここで重要となるのは、AI搭載の航空機によってこれまで必要とされてきた熟練の操縦者や整備士を削減し、その数的制約から解放させることにあると指摘している。
一方で、数量を揃えるにはコストがかかるため、質か量かの選択は経済的制約に大きく左右される。歴史的には、質的優位を持つ機体よりも多くの量を揃えるために、逆にコストが増加することもあった。さらに、地理的要因(戦場までの距離など)は作戦能力に大きな影響を与え、基地が戦場に近い中国などは出撃効率において優位を持つ。こうした状況では、米国が数量的優位を確保するにはさらなる投資が必要となる。だが、AI搭載の自律型機体は、同等の性能を持ちながらもコストを劇的に抑えられる可能性があり、数量の方が質よりもコスト効率の高い選択となる場面が増えると見られている。

3.2 AIがもたらす「透明な戦場」
本項では、AIの進歩が戦場の透明性を高めるという一般的な見方に疑問を投げかけ、隠れる側もまたAIを活用して戦場に「霧」を生み出し、探す側の認識能力を妨害しうると主張している。
従来、戦場はAIとセンサーの統合により「すべてが見える」状態に近づくとされてきた。しかし、AIは発見・追跡・攻撃の能力だけでなく、欺瞞や偽装といった隠蔽の能力にも貢献する。例えば、AIは軍事的欺瞞キャンペーンを計画・実行する「戦場の霧」として機能し、探知側の混乱と不確実性を誘発することができるとされている。
AIによる探知は、膨大なデータの統合と処理、自律ドローンによるセンサーネットワーク、キルチェーン(発見から攻撃までの一連の流れ)の高速化により大きな力を発揮する。しかし、情報融合は理論的・計算的に困難であり、特に不完全・誤情報が含まれる状況ではAIによる推論にも限界がある。情報融合の計算課題は困難であり、処理能力の向上だけでは根本的に解決できない構造的問題がある。
一方、隠蔽者側のAIは、情報の欠損や誤導を引き起こすことで、探知者の推論能力を直接的に妨害できる。この構造的優位性により、隠蔽者は比較的少ないリソースで探知を困難にすることが可能となる。デコイ(偽装目標)や誤情報、シグナルの攪乱などをAIで自動化すれば、効果的な欺瞞作戦が高速かつ安価に実行可能となる。
歴史的な事例(例:ノルマンディー上陸前の「フォーティチュード作戦」や、ソ連のバグラチオン作戦)からも分かるように、偽情報と現実の部隊運用を組み合わせた欺瞞は極めて効果的である。AIはこのような作戦の計画・実行・調整を効率化し、実現速度や規模を飛躍的に拡大できる。
最終的に、隠蔽と探知の競争は固定的な決着がつかない可能性が高い。双方がAIを活用し、欺瞞と探知のサイクルが進化することで、戦場には再び不確実性が充満すると本レポートは述べている

3.3 戦場においての軍事指揮統制
本項では、軍事における指揮統制(C2)体制に対するAIの影響について、「中央集権型」と「分散型」という2つのアプローチを軸に検討している。現在、中国はAIによる中央集権的C2強化を志向する一方で、米国では自律型ロボットの群れなどを用いた分散型の運用構想が検討されているとされている。しかし、本レポートではどちらか一方が優位になるのではなく、戦略的な意思決定を中央で行いつつ、現場に柔軟な判断を委ねる「ミッション・コマンド(任務指揮)」型のC2が最適であると述べている。中央集権型の利点として、AIは複雑な作戦計画の立案・評価や命令の迅速な翻訳・実行の支援を行うことができるとされている一方で、分散型においても、現場レベルでのAI支援により、計画立案能力の低い小規模な部隊でもより的確な判断が可能になるとされている。しかし、戦域レベルと戦術レベルの情報アクセス性には本質的な違いがあり、AIを導入してもこの構造的問題は完全には解消されないと本レポートは主張している。特に、戦場では通信の断絶や情報の不確実性が常につきまとい、リアルタイムでの中央集権的統制は困難であるため、戦略的枠組みを中央で定めつつ、具体的な実行を現場に委ねる「中央集権的意思決定と分散的実行」というミッション・コマンドの原則は、今後も有効であるとされている。

3.4 サイバー攻撃・サイバー防御
この項において、本レポートでは、AIが攻撃者・防御者の双方にとって有用である一方で、長期的には防御者により大きな利益をもたらす可能性が高いと主張している。AIが従来の防御の制約である「速度・規模・効果性」を大幅に改善し、より少ないリソースで広範囲なネットワーク防御が可能になることがその要因であるとされている。特に、AIはコードのエラーを減らし、脆弱性の検出とパッチ適用を効率化することで、攻撃者の優位性を相対的に低下させる。
また、AIは防御者がネットワーク構造をより深く理解し、異常な動きを検出する能力を高めることで、攻撃者の行動をより早く把握・対処できるようにするとされている。他方、攻撃者もAIを活用して検出を回避するなど、技術の利用を巡る「隠れる者と探す者」の競争は続くと予想される。一方で、AIがネットワーク全体を管理する「スーパーユーザー」として機能するような設計では、AIが不適切に設計・運用された場合、侵害時の被害が甚大となる可能性がある。そのため、AIをサイバー防御に導入する際には、慎重な設計と制御が不可欠であると本レポートは述べている。
結論として、AIの進歩はサイバーセキュリティの構造を変革し、防御側の持つ構造的な弱点を補う可能性があるが、それには適切な技術の導入と継続的な投資が前提となる。長期的にはAIによって防御者が相対的優位を獲得できる可能性があるが、これは自動的に得られるものではなく、能動的な取り組みが不可欠であると本レポートは指摘している。

4. 先駆者は優位に立つことができるか?

前項までのビルディングブロックについての議論は、成熟したAGI(汎用人工知能)体制下での競争を前提としていたが、本レポートでは、移行期間中に一方がAGIを先に活用できればその間に短期的な優位性を持ち得ると指摘をしている。先駆者優位性が生じる要因として、「基盤技術の早期習得」「リスクを伴う技術導入」「組織的な実装能力の差」が挙げられるが、各陣営のAI導入のタイミングによっては異なるシナリオが生じるとされ、特に一方がAGIを早期導入する場合、敵の感知を困難にする「戦場の霧」などの技術により一時的な軍事優位を得る可能性があることが指摘されている。しかし、後発者も低技術の対抗手段(従来型AIや欺瞞戦術)によって先駆者の優位性を抑えることが可能であるとも述べられている。
結果として、AGIの先駆者優位性は一時的かつ限定的であり、政策選択や組織文化も大きく影響するため、米国などは先駆者であることを前提とせず、長期的に有効な「後悔のない」技術投資を行うべきだと本レポートでは主張している。

5. AIが規定する戦争の未来と現実の軍隊

本レポートでは、以上の分析に加えて、実際にこれらの変革に直面した軍事組織がすべき対策について提案をしている。

・通常戦に対する影響
AIによる戦力の質から量への転換が行われれば、現在「質」を重視した戦力整備計画を採用している米軍のような軍隊はその戦略の見直しを免れないだろう。これから志向すべき方向としては、ハイ・ローミックスを維持しながら、ドローン戦力などの強化を図るべきである。また、新規戦力の開発においては、欺瞞能力や敵の大量の戦力投射に対抗できるようなユニットが要求されると考えられる。
・産業の基盤構築と生産・物流の課題
大規模な無人戦力を運用するためには、通信や輸送のためのインフラの維持・防衛が不可欠である。特にAIはこれらの効率化に対しても有効であるから積極的な活用が求められる。

・戦略的安定性
結局のところ、AIが高度化しても核抑止などの戦略的安定性への影響は少ないと考えられている。3.2で述べたような隠れる側の優位性を活かせば、今後とも核抑止は継続できる可能性が高い。

・非伝統的戦争への転換の可能性
AIが進歩すれば、AIとドローンによる監視・妨害・支配を行う「仮想占領」が物理的占領にとって変わる可能性が指摘されている。また対象国に侵入せずとも影響力を行使する「リモート支配」についても現実味を帯びてきている。

AIの軍事応用にはすでに実績があり、米軍やウクライナでの導入事例が示す通り、今後も重要な役割を果たすと考えられると本レポートでは主張している。しかし、AIの軍事的影響の大きさや実現スピードには依然として不確実性が残る。AIの効果的な活用には、ロボティクスや製造技術など他技術との統合が不可欠で、軍事組織の戦略的適応も求められる。技術革新の進展とその軍事的影響には時間を要する可能性があり、継続的な観察と対応が必要だとしている。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアお願いします
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

茨城県出身の2003年生まれ。軍事・非軍事を問わず安全保障に興味を持っている。専攻は日米関係史だが主に東アジアの安全保障体制を扱っている。専攻外では中世ヨーロッパにおける政治体制の勉強が趣味。とくにポーランド・リトアニア共和国における民主制が対象。

メールマガジン「週刊UNVEIL」(無料)をご購読ください。毎週、新着情報をお届けします。

目次