中国が狙うインターネット世界での主導権

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1.はじめに

今回はKonstantinos Komaitis氏による「Analysis: China’s bid to rewrite the internet’s DNA」https://dfrlab.org/2025/09/05/analysis-chinas-bid-to-rewrite-the-internets-dna/ )を紹介する。この記事では、中国が現在画策する次世代の情報通信規格への支配とそれによってもたらされる可能性のある未来への警告がなされている。

まず、前提として20年前までと現在では状況が大きく異なることを説明しておく必要がある。中国が成長し、影響力を拡大し、欧米の影響力が衰退しただけでなく、グローバルサウスの国際舞台での存在感を増したことがあげられる。
それを象徴する出来事がWCIT-2012である。WCIT(世界国際電気通信会議)におけるITR(国際電気通信規則)改正に関わる検討ではグローバルノースとグローバルサウスで大きく意見が分かれた。あるいは、民主主義陣営と権威主義陣営と呼ぶことができるかもしれない。アラブ・アフリカ諸国やロシアなどがインターネットに対する規制・管理強化に賛同し、グローバルサウスが指示する案が可決された。しかし、グローバルノース陣営の多くは批准しなかった(結果を批准すると各国には法制化の義務が生じる)。
標準化とは離れるが、2020年に新疆ウイグル問題についてドイツが国連で39カ国の代表として懸念を表明したものの、中国を支持した国はその倍以上だった。香港での弾圧を巡って行われた同じく第44回国際連合人権理事会では中国支持派が多数(53カ国)となり、およそ半分の27カ国が中国を批判した。
この傾向は毎年公開されている民主主義の指標V-Demでも確認されており、現在、人口と国の数では民主主義国は多数派ではなくなっていることが中国の標準化戦略の背景として重要な意味を持っている。1国1票の原則に則って投票した場合、民主主義陣営は負ける可能性がきわめて高い

2.中国が狙う「標準化戦略」

議論が続く次世代インターネットのルール・規格策定において、中国は指導的な立場に立つことを望み、そのための長期戦略を実施しつつある。本記事によれば、中国はデータの流れやネットワークの構造、接続方式などの次世代の基盤的技術を自国に都合よく形作ることで、次世代インターネットのルールを国家中心で、より統制的なシステムに書き換えようとしている。これに成功すれば、通信への検閲や監視を制度として埋め込んだ新規格の下で、技術と権威主義を結びつけたインターネット構造が世界に広がる可能性がある

3.背景と中国による長期戦略

筆者によれば、中国が意図するところは以下の3点に集約される。

  • 情報の流れを監視に最適化されたネットワークシステムにすべて封じ込めること
  • 自国有利なネットワーク基準によって、世界市場を中国のテック大手に誘導すること
  • 他国政府にも集権的で検閲の容易なシステムを押し付け、デジタル独裁の構造を輸出すること

この構想の実現のために中国が用いているツールの一つに「世界無線通信会議(WRC)の主催」がある。これは約4年に1度開催される国連会議で、政府と業界リーダーが世界の電波とネットワークの運用方法を決定する場である。WRCでは5G・6Gの周波数帯から衛星インターネット、緊急通信、グローバル接続の将来像などあらゆるルールが決定される。つまりこれは単なる技術的会合にとどまらず、インターネット空間においてどの国の価値観が優先されるかを決定する場になると考えられている。WRC開催権を獲得すれば、中国は世界的な注目を浴び、自国のシステムを披露する機会を得ると同時に、開催国としての優位性を活かして、サイドミーティングの主導や同盟関係の構築、さらにはインターネットの未来に関する自らの主張を拡大することも可能だと本記事は指摘する。もし仮に中国が次回の会議において優位な立場を確保すれば、現在の開放的で相互運用可能なインターネットは、全く異なるものに置き換わる可能性があると記事は指摘する。つまり、自由な表現やプライバシーが蔑ろにされる、国家監視による「世界規模の盗聴網」へと変貌する可能性がある。次世代技術市場はファーウェイ、ZTEなどの中国企業に有利に操作され、シリコンバレーは締め出されるかもしれない。軍事通信、重要インフラ、緊急通信網の全てが、中国で形作られたルールのもとで稼働する事態になりかねないと本記事では指摘されている。

これらが理論上の脅威でない理由として、筆者は中国による「New IP」の提案を例示している。これは政府にデータフローのほぼ完全な支配権を与えるトップダウン型のインターネット構造とされる。今現在、採択はされていないが、国際電気通信連合(ITU)の研究グループ内でこの提案は残り続け、中国は復活の機をうかがっているとされている。

中国はこれらの戦略を非常に長期的なビジョンと忍耐強さで実施していると筆者は指摘している。それは国際機関へのエンジニア、外交官、ロビイストを大量に投入することであり、また中国のテック大手による国際機関での提案や外交交渉への深い関与や、それによる戦略的発言力の確保である。

4.自由で開放的なインターネット空間を守るために

これらの中国の動きに対し、対抗すべきアメリカなどの自由主義諸国の対応は極めて緩慢だと記事は指摘している。現在のインターネットを守るために重要なこととして、筆者は技術の標準化に対する各国の意識を改めることを求めている。

  • ITUやWRCといった国際組織に、自由で相互運用可能な現在のシステムを守るための技術者、外交官、企業を送り込むこと
  • 中国の支配に抗える組織や同盟に投資すること
  • 政策立案者、資金提供者、一般市民にインターネットの未来の重要性を啓発すること

中国がインターネットのルールを決定してしまう前にこれらのことに気づかなければ、今我々が享受するインターネット世界は大きく損なわれてしまうと筆者は警告している。
ただ、ここには重要な視点がひとつ欠けている。すでに世界の多くは非民主主義であり、この状況を変えない限り、根本的な解決にはならないということだ。標準化はその結果のひとつに過ぎない

参考文献

一般財団法人 日本ITU協会「世界国際電気通信会議(WCIT-12)結果報告(総括)」
https://www.ituaj.jp/wp-content/uploads/2013/05/WCIT12.pdf (閲覧日2025/10/05)

新疆ウイグル問題が暗示する民主主義体制の崩壊……自壊する民主主義国家
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2020/11/post-14.php (閲覧日2025/10/05)

V-Dem
https://www.v-dem.net

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この記事を書いた人

茨城県出身の2003年生まれ。軍事・非軍事を問わず安全保障に興味を持っている。専攻は日米関係史だが主に東アジアの安全保障体制を扱っている。専攻外では中世ヨーロッパにおける政治体制の勉強が趣味。とくにポーランド・リトアニア共和国における民主制が対象。

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