中国のGreat Firewallに見る地政学的挑戦

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2025年9月にアムネスティInterseclabから中国のGreat Firewallの国外提供に関するレポートが公開された。Great Firewallは、中国科学院の研究機関であるMassive and Effective Stream Analysis(Mesalab)と関係する企業Geedge Networksが輸出していた。輸出先は、カザフスタン、エチオピア、パキスタン、ミャンマー、そして特定不能だった1カ国、および新疆ウイグル地区、福建省、江蘇省などで使用されていた。
Interseclabのレポートはこれらの国々について詳細を分析したもので、アムネスティはパキスタンに特化した内容になっている。

The Internet Coup
https://interseclab.org/research/the-internet-coup/

SHADOWS OF CONTROL CENSORSHIP AND MASS SURVEILLANCE IN PAKISTAN
https://www.amnesty.org/en/documents/asa33/0206/2025/en/

目次

中国のGreat Firewallの概要

レポートによれば中国が提供するGreat Firewallは、一般によく知られている当局が規制する外部の特定のリソースへのアクセス制限、特定のワード含むトラフィックの遮断など以外に、ネットの全面遮断、VPNやTorの遮断、監視、利用者の特定などの機能を持っていた。さらにヘッダーの改ざん、スクリプトの挿入、テキストの改ざんなどを行うことが可能で、マルウェアを送り込むこともできるようになっていた。各国のISPに設置され、MITMやDPI+AIといった手法を用いて、これらを実現している。
利用者を評価し、スコア化していることもわかっており、そのスコアに応じて異なる対応をおこなっている。それ以外にもDDoS攻撃を行うための仕組みなども存在した。
特筆すべきは多くのパーツが既存の欧米の製品で代替可能となっている点である。これによって、制裁措置が課された場合でも入手可能な欧米の製品を使用することで同じ機能を実現できるようになっている。
また、Great Firewallは地域単位、国家単位で設置することができ、相互に接続し、連携できる

一般的には検閲のイメージがあるGreat Firewallだが、実際には中国を中心とした高度監視閉鎖ネットワークようなものだった。
中国はこうした製品を各国に導入させることで当該国を中国の閉鎖ネットワークの傘の中に取り込むことができる。

サイバーセキュリティと地政学

実は中国が海外に輸出しているのはGreat Firewallだけではない。スマートシティの輸出においても中国は欧米をしのいでいる。下記の論考にくわしく書いたが、データフュージョンと閉鎖ネットによって統合化が可能となっている。

中国型スマートシティの地政学的挑戦
https://ggr.hias.hit-u.ac.jp/2023/09/04/geopolitical-challenges-of-china-style-smart-cities/

今回、暴露されたGreat Firewallとスマートシティはどちらも中国の地政学的ネットワークの側面をとらえたものである。さまざまなシステムおよび製品を使って、監視と傍受で対象地域の情報を完全に掌握し、通信内容の改ざんやデジタル影響工作で必要に応じて干渉し、市民の行動をスコア化し、スコアに応じた賞罰対応を行う。データは統合利用され、ネットワーク化された地域を統合的に管理下に置くことができる。サイバー攻撃は短期的に相手を弱らせ、情報を奪い取ることができるが、Great Firewallとスマートシティを導入させれば中長期的に支配下におくことができる
論考に書いたように、現代の戦いは全領域にわたる統合的なものである以上、こうした包括的なアプローチが不可欠なのだ。
しかし、残念なことに欧米あるいは日本におけるアプローチはセクショナリズムの対症療法が中心であり、こうしたアプローチを立案、実施できていない。全領域の統合的な計画は政策レベルで立案されるべきものだが、過去に公開された安全保障に関する議論の中では見当たらない。アメリカでは各企業が勝手に中国に技術を提供しようとしているくらいに統率がとれていない。
サイバー地政学という言葉はたまに目にすることがあるが、ほとんどは海底ケーブルの話しだったりして、全領域の統合的アプローチの話ではない。

今回のGreat Firewallの報道や解説を見る限り、これを地政学的な挑戦ととらえたものは皆無であり、中国と欧米の地政学的ネットワークのアプローチには大きなギャップがあることがわかる。問題は中国はギャップの存在と、欧米が行っていることを理解しているのに対し、欧米はいまだに中国が行っていることを理解していない点だ。
正確に言えば断片的に理解しているものの全体を理解しておらず、当然その地政学的目的は理解されていない。この違いは致命的だ。

前述の論考でスマートシティは「地政学的陣取り合戦」と書いた。中国は十二分に「陣取り合戦」であることを理解しており、欧米は単なる市場シェアあるいは民主主義への脅威としかとらえていない。火急かつ速やかな対応が必要な地政学的驚異とは考えられていない。遅れを取るのは当然と言える。

アメリカの顔をした中国スマートシティベンダ

Great Firewallの相互運用性について、今回のレポートでは制裁を受けても欧米の製品で代替可能という説明をしていた。もっと重要なことがある。それは欧米の製品で代替してしまい、見かけ上アメリカ企業で実態は中国からの影響が大きい企業(かつてのZOOMなど)が販売するようになったら、欧米や日本などに導入される可能性があることだ。そもそもすでに中国の監視関連製品(特に顔認識)は欧米でも導入されている。

アメリカの顔をした中国企業 Zoomとクラブハウスの問題
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/02/zoom.php#goog_rewarded

アメリカに対する中国のデータ優位性を莫大な事例から分析した『Trafficking Data』
https://note.com/ichi_twnovel/n/n968ce23c47b0

欧米や日本の都市に中国型スマートシティが増加し、裏で中国の地政学的ネットワークにつながれば、中国は都市の行政よりも早く正確な情報を得ることができ、世論操作を仕掛けることもできるようになる。そのような企業が各地に生まれる前に手を打つ必要がある。

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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
note https://note.com/ichi_twnovel
X(旧ツイッター) https://x.com/K_Ichida

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