カナダ国内における過激派の最新動向

1.はじめに
今回はISDによるレポート「Online Domestic Extremism in Canada Data Briefing –March to May 2025」( https://www.isdglobal.org/isd-publications/online-domestic-extremism-in-canada-data-briefing-march-to-may-2025/ )を紹介する。本レポートでは、カナダにおける国内の過激主義が拡散する現状についてSNSなどの調査をもとに詳細に分析している。特に本レポートの調査結果では、国内に複数存在する過激主義的な言動を行うアクターが相互に連関していることが指摘されており、それを考慮した拡散の予防策が必要であることを示唆している。
またこのレポートは複数年にわたる調査の一環であり、ISDは継続的にレポートを発表している。
2.分析対象
本レポートでは、過激派アカウントの分析にあたってその発信源となるアカウントと投稿を特定している。ISDはこれまでカナダ国内で8つのプラットフォーム(X、Facebook、Telegram、YouTube、TikTok、Gab、Instagram、Rumble)において598の過激派ソーシャルメディアアカウントおよびチャンネルを特定しており、さらにAPIを用いてこれらのアカウントの投稿(総数444,010件)を各主義ごとに分類している。その内訳は
白人至上主義者(white supremacists):89件(投稿数96,171)
民族ナショナリスト(ethnonationalists):82件(投稿数85.722)
反イスラム過激派(anti-Muslim extremists):48件(投稿数59,217)
ネオナチ(Neo-Nazis):30件(投稿数18,420)
反政府過激派(anti-government extremists):26件(投稿数50,816)
キリスト教ナショナリスト(Christian Nationalists):24件(投稿数12,904)
極右加速主義者(extreme right accelerationists):21件(投稿数12,225)
男性至上主義者(male supremacists):9件(投稿数5,458)
となっている。
レポートによれば白人至上主義者と民族ナショナリストはアカウント数・投稿数が最多だったが、最も高いエンゲージメントを得たのは民族ナショナリストと反イスラムアカウントで、特に後者のフォロワーが活発であることが指摘されている。加速主義や反政府過激派は活動性・反応ともに低調だった。どのアクターも主要な発信プラットフォームはXで、特に反イスラムや民族ナショナリストに人気があり、白人至上主義者らはTelegramを多用していた。レポートによればこれらのアカウントの投稿数が急増したのは3月4日と4月末で、いずれも米国の政治的出来事(トランプ関税の諸問題や、カナダ連邦議会選挙が米国大統領選と同様に「盗まれた選挙」だとする言説)に起因するものであり、カナダ過激派が米国に強く影響されていることが指摘されている。
2.過激主義の拡散に用いられるトピック
本項ではISDが2025年3月1日から2025年5月31日までの期間にLLMを用いて収集したカナダ国内過激派の主要トピックに関する分析結果を提示している。この分析は、カナダ国内過激派が国内外の問題双方に継続的な関心を抱いていることを示しているとレポートは指摘する。顕著なテーマには、カナダの民主主義や政治への不満、主要な社会・地政学的問題に関する陰謀論的または人種差別的な議論、そして政治的左派への攻撃が含まれる。
ロシア・ウクライナ紛争
紛争が欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)の拡大を正当化するために利用されていると主張が多い。ゼレンスキー大統領に対する批判も、ウクライナでキリスト教徒を迫害しているという非難を含め、もう一つの共通テーマとされている。
反ユダヤ主義
国内の主要機関をユダヤ人が支配している、あるいは世界的な出来事と悪意のある関係があるといった主張などの反ユダヤ主義的な固定観念を永続化させる主張。
マーク・カーニー
マーク・カーニー(現カナダ首相)に対する批判や敵意が議論で表明され、彼のエリート主義や、政治・金融上の不審な行動を喧伝していた。また、カーニーの信頼性やカナダへの忠誠心にも疑問が投げかけられ、カナダの国家主権を弱体化させようとする「グローバリスト」であるとの非難も含まれていた。
ロマナ・ディドゥロ
自称「カナダの女王」である陰謀論者のロマーナ・ディドゥロについての投稿で、カナダの法律や統治に対する権威を主張するディドゥロの「勅令」を中心とする。信奉者たちは、ディドゥロに対する敬意を表明し、政治やメディアの体制を攻撃する陰謀論やスピリチュアルな内容を拡散することが多かった。
ピエール・ポワリエヴル
ピエール・ポワリエヴル(カナダ保守党党首)に関する投稿で、提案された減税措置などの特定の政策を称賛する一方、他の投稿は彼を十分に右派的ではないと主張するものが多い。多くの投稿は、彼が「カナダ第一」の政治家としての自認を疑問視している。
選挙への幻滅
投稿にはカナダ連邦選挙や民主主義全般への広範な不満が表れており、主要政党や政治家への幻滅、選挙による前向きな変化への悲観論が含まれていた。他の投稿では、従来の政治プロセスへの無関心や、不正や外国干渉への脆弱性を含む選挙の公正性への懸念などが含まれる。
女性蔑視
家父長制や硬直した性別役割の擁護、女性のエンパワーメントによる社会衰退の主張、いわゆる「ジェンダー・イデオロギー」や性的自律性への攻撃が含まれる。
反移民
移民への強い反対が表明され、移民一時停止や大量国外退去を求める声も頻繁に見られた。非西洋諸国からの移民を悪魔化し、カナダのアイデンティティや経済的健全性への脅威として位置付ける議論が繰り返された。多くの投稿は、移民をカナダに属さない侵略者としていた。
反進歩主義
進歩主義者、政治的左派、リベラル派、およびカナダ自由党に対する強い敵意を含んでおり、これらのコミュニティが過激、不道徳、あるいは腐敗していると非難するものもあった。議論では、文化戦争のレトリックが頻繁に引用され、進歩主義者や政治的左派が存在の脅威とされていた。
ドナルド・トランプ
ドナルド・トランプに関する議論は、支持と批判の両方が見られた。トランプ氏とその社会的・経済的自由の受容を称賛する投稿もあれば、カナダを 51 番目の州にするという彼の主張を支持する投稿もあった。一方、トランプ氏を腐敗しており、カナダの主権を脅かしていると非難する投稿もあった。
3.ヘイトスピーチを含む投稿
2025年3月1日から5月31日までに、国内過激派アカウントやチャンネルから投稿された44万件以上のメッセージのうち、約1.9%にあたる8,463件がヘイトスピーチと分類された。これは前回報告期間より17.4%減少しており、今期は平均を下回る水準だった。主な標的は移民(25.5%)、LGBTQ(22.5%)、ユダヤ人(20.0%)、イスラム教徒(13.3%)、アジア系カナダ人(12.9%)などであり、移民に対する憎悪表現が最も多かった。投稿数が急増したのは3月7日(反ユダヤ的投稿が主)、4月28日(反LGBTQ)、3月14日・19日(反ユダヤ、反移民)であった。白人至上主義者は全体で最も多くのヘイト投稿(3,543件)を行い、次いで民族ナショナリスト(2,337件)が続く。特に白人至上主義者は、イスラム教徒と先住民を除く全グループに対して最多の憎悪に関する投稿を行っており、こうした集団に対する監視や対策の必要性をレポートは指摘している。
4.暴力的言動
本レポートでは前項と同様のLLMを用いた手法で国内過激派の発言(暴力の脅迫・扇動・賛美)を分類しており、その結果によれば特定期間に投稿された444,010件のうち1,299件(0.29%)が暴力的発言と判定された。暴力的投稿は4/3と5/20に各26件でピークを迎え、4/3は米国の対カナダ関税論議に伴う米国によるカナダ支配や処刑を称賛する発言が多かった。5/20の急増はテレグラムでのテックCEOマシュー・ステイコス殺害に関する陰謀論に起因するとされ、4/19も同様にQAnon支持者らによる「政府関与の隠蔽」信念が暴力的言説を引き起こしたとレポートは分析する。全体として米国の影響やトランプ支持の傾向が確認されたが、対米暴力呼びかけは少数であり、陰謀論が公務員などを狙う暴力的言説を誘発し得ることをレポートは示唆している。
5.投稿の地域的特徴
本レポートでは、同じ調査期間を設定して過激な投稿において言及される地域を特定し、分類している。このうち過激派による言及が多い州はオンタリオ(6,634)、アルバータ(5,003)、ブリティッシュコロンビア(3,142)で、アルバータでは米国への「第51州」としての編入論が見られ、ブリティッシュコロンビア州では鳥インフルエンザを巡る陰謀論に関する投稿が目立った。都市別ではトロント(1,876)とオタワ(1,857)が上位で、トロントについての投稿では地方当局が「マイノリティ優遇」をしているという批判的ものが多い。国外では米国が最多(18,701)で、上位10カ国に紛争関与国(ウクライナ、ロシア、イスラエル、パレスチナ)が含まれる。ウクライナ関連では支援中止を求める投稿が多く、「いいね!」数の上位10件はイスラエル支持で、マーク・カーニー首相を「ハマス支持」と非難する内容が多いとレポートは分析している。
6.結論
本レポートでは、上記の他にクロスプラットフォームの自然言語処理を用いたマッピングも行われているが、そこでは10のクラスターが特定され、たとえば「目覚めたカナダ極右」や「白人至上主義者」「反政府陰謀論者」「反リベラル分離主義者」などが確認できる。多くは白人至上主義や反ムスリム、女性嫌悪、反ユダヤ主義、反民主主義といった極端な思想を共有し、政府やマイノリティへの敵意を含んでいる。
これまでの調査結果から、カナダの過激派の「生態系」はさまざまな主義・主張を持つ複数のグループが、それぞれの共通の敵を見出して重なり合う「過激派サブカルチャー群」を構成していると本レポートは指摘している。これらの複雑な過激主義の伸長に対抗するためには、極右ナラティブを孤立したブロックとして扱うのではなく、相互連関性を考慮した予防策が必要であることをレポートは示唆している。
