主流派政党とメディアが極右のアジェンダ設定能力を高めていた、という論文

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主流派政党とメディアが「対策」あるいは「暴露」や「批判」や「正確な情報の発信」と称して行ってきたことが、ロシアの影響工作や反主流派に利する結果となったことは少なくない。本サイトでも関連情報やアラートを発信していたが、ほとんど効果はなかった。
今回の論文は、主流派政党とメディアが極右の発信をとりあげて批判することや検証することで、彼らの存在や主張が主流の議論のアジェンダとなってしまうことが検証されている。調査の対象はドイツの極右政党AfDなどである。
日本でもほぼ同じ構図で新興の政党が問題発言を行うことで可視化され、主流の議論のアジェンダ設定が行われるケースが見られる。
近年は海外からの干渉が問題として取り上げられることが多いが、問題なのはロシアではなく、国内極右の台頭を意図せず支援している主流派政党とメディアである可能性は高い。
*この箇所のみ、一田和樹

目次

1.はじめに

今回は、Daniel Saldivia Gonzatti他による論文「Far-right agenda setting: How the far right influences the political mainstream」https://doi.org/10.1017/S1475676525100066 )を紹介する。欧州における近年の政治動向として、極右勢力の拡大が挙げられる。それらの勢力は議会やSNSなどで排外主義・権威主義的な世界観を広めていることで知られ、その影響力は年々拡大している。これまでの研究において、その背景には、主流派アクター(一般に正当と見なされる政党やメディア)の行動が大きく関与していると指摘されている。主流政党が極右と連携したり、彼らの議題を採用することで、極右の主流化が進行し、また、マスメディアが極右の主張を可視化することで、その正当性を高める役割を果たすとされている。
本論文では、1990年代以降のドイツにおけるメディア上の公的議論を対象に、極右アクターと主流政党の課題収束を大規模テキスト分析で検証している。また同時にこれまで用いられてきた言説を含めた理論の枠組みを提示することで、極右勢力が伸長するメカニズムについての知見を提供している。

2.極右の主流化

これまでの研究において、極右勢力が社会に定着し、その受容が拡大する過程は「極右の主流化」と呼ばれてきた。論文では、極右思想は排外主義やナショナリズム、人種差別などの過激な言説が日常的言論として定着し、社会的に正当化されることで、過激派から正統な政治勢力へと変化していくと指摘している。この定着の過程には、政党、メディア、市民社会など多様なアクターが関与しており、論文内で紹介されている既存研究では、主流政党が極右政党と政策連携や議会活動を通じて協力すること、またソーシャルメディア上で極右が支持を拡大しネットワークを形成することが述べられている。主流派やメディアが極右を批判・迎合のいずれで扱っても、結果的にその可視性を高め「排除の正常化」を助長するとされ、極右勢力の思想が社会に浸透する手助けとなっていると指摘されている。

これらの動きが特に顕著であるとされているのが、「文化問題」の論争における極右のアジェンダ設定である。極右勢力が主張を広めるには、メディアでの注目獲得が不可欠である。政治アクターとマスメディアは相互依存関係にあり、特に野党は自らの得意分野を強調してアジェンダ化する傾向があるが、極右勢力もこれらの政治勢力と同様に、移民、イスラム、ナショナリズムなどの文化問題でアジェンダ設定者として成功してきたと論文は指摘する。これらの問題は「誰がこの社会においてコミュニティの一員であり、誰が部外者として排除されるべき存在か」という境界設定をめぐる対立を構造化するもので、極右は自らを「国家の守護者」と位置づけることで支持を拡大してきたとされる。例えばドイツでは、難民危機の際に主流政党が移民問題を重視した背景に、急進的右派政党の影響が指摘されている。主流政党は極右の立場を全面的に採用したわけではないが、批判的・否定的な反応さえも極右の可視性を高め、急進的勢力が公共討論の方向性を形作る機会を拡大してきたことは否めない。こうした分極化の進行は、主流政党が有権者の支持を奪い合う中で、極右的な言説や枠組みを戦略的に取り込む要因となり、結果的に公共討論や政治空間での極右の主流化を促進している。

3.研究手法

前項のような事象を実証するために、本論文では1990年代以降のドイツにおける極右の主流化を取り上げている。ドイツ国内の政治は、AfDの台頭やPEGIDA運動、ハレ・ハーナウ事件などに見られるように、極右の政治的影響力・暴力・街頭動員が拡大しており、ヨーロッパ全体の潮流を示す重要事例であるとされる。本論文では、1994~2021年の6紙(SZ、taz、Welt、Junge Freiheit、地方紙2紙)から収集した約50万件の記事を分析対象とし、マスメディア上の文化論争におけるアジェンダ設定の動態を探る。特にトピックモデルを用いて移民、イスラム、人種差別などの議題を抽出することで、極右・主流政党の発言・主張がどのように近似するかを測定している。また、主流政党(CDU/CSU、SPD、FDP、緑の党、左翼党)と、連邦憲法擁護庁報告書から特定した極右アクターを対象に、両者の議題強調の収束と影響を時系列で分析することで、極右のアジェンダ設定が主流政党のコミュニケーションに与える短期・長期効果を評価し、極右勢力の主流化の過程を分析している。

4.実証実験の結果

論文では文化論争における主流政党と極右(特にAfD)の議題は、時間の経過とともに収束していることが確認されたことを強調している。とりわけ「移民」「統合」「人種差別」などの文化的・社会的課題で言説の重なりが顕著であり、1990年代に比べ2020年代では主流政党が文化問題を重視する傾向が強まっていると指摘されている。メディア上で最も目立ったのはAfD、CDU/CSU、SPDであり、FDPや緑の党、左翼党は比較的低い。
また、政策アジェンダの注目度は9.11テロ、NSU事件、「難民危機」、国連移民グローバル・コンパクトなどの社会的事件と連動して高まり、2010年代後半から2020年代にかけて極右の影響力が一層強まったことが指摘されている。数量分析では、極右勢力のアジェンダの強調が翌月の主流政党のアジェンダ強調を約3.7~11%押し上げることが確認され、この効果はイデオロギーに依存せず、特に野党(FDP、緑の党、左翼党)で強く現れたと論文は指摘する。議題別には「移民」「統合」「イスラム問題」で強い影響が見られ、一方で「人種差別」「ナショナリズム」などでは限定的であった。さらに、イスラムや統合をめぐる議題は1~3か月にわたり主流政党の言説に影響を残す「粘着性の高い」特徴を示した。総じて、極右のメディア戦略は主流政党の公的コミュニケーションに確実に浸透し、文化問題を通じて主流政治への言説的影響を強めていると論文では結論づけている。

5.結論

本研究では、極右勢力の主張がどのような過程で主流派の政策に影響を与え、その政策の中に取り込まれていくかを実証している。特に移民や異文化排斥などの「文化論争」においては、極右勢力がメディアやSNSなどを通じて先行してアジェンダを設定し議論を発生させることで、主流政党の政策設定に影響を与えることが指摘されている。結論として、本研究は極右勢力の言説の「主流化」が自由民主主義国家における極右の定着に貢献していることを示しており、その議論が将来の政治動向を示すことを示唆している。主流政党が極右の課題を取り上げることで、極右勢力の思想が広まり、そのイデオロギーが正当化されることになると論文は指摘している。

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この記事を書いた人

茨城県出身の2003年生まれ。軍事・非軍事を問わず安全保障に興味を持っている。専攻は日米関係史だが主に東アジアの安全保障体制を扱っている。専攻外では中世ヨーロッパにおける政治体制の勉強が趣味。とくにポーランド・リトアニア共和国における民主制が対象。

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