「説得」から「娯楽」へ――イラン認知戦のミーム転換とAIスロップ

1. はじめに
2026年2月28日に米国とイスラエルが対イラン軍事作戦を開始してから[5]、イラン関連の外交アカウントとSNS上の親イランネットワークが情報戦のあり方を急速に変えている。トランプ大統領が自身をイエスに似た姿として描いた画像を投稿した直後、タジキスタンのイラン大使館は「イエスがその場面に飛び込んでトランプを火の穴へ叩き落とす」AI動画を共有し、2,410万を超えるビューを獲得した[1]。トランプ大統領がXでホルムズ海峡の開放をイランに要求する罵声混じりの脅迫を行った直後には、ジンバブエのイラン大使館が「鍵を失くしました」とおどけて返信した[1]。
本稿は、5本の調査記事を基にこの転換を3つの軸――シットポスティングする外交アカウント、10億ビューの拡散ネットワーク、AIスロップという共通言語――から再構成し、副次的な反ユダヤ主義言説の急増と私見を加える。
2. 背景――「洗練されていない」という従来評価
Institute for Strategic Dialogue(ISD、英国に本部を置き、テロリズム・過激主義・権威主義への対策を専門とする調査機関)米国支部のKrysia SikoraとJoseph Bodnar[1]は、戦争を境にイラン外交アカウントが従来の伝統的なメッセージ戦略から「シットポスティング(shitposting、皮肉や悪ふざけを伴う挑発的なネット投稿)」へと転換したと報告する。ISDは原文で「これは、これまで研究者から『unsophisticated(洗練されていない)』『unimpactful(影響力がない)』と評価されてきたイランのメッセージングの劇的な反転を示している」と評している。
中心となる用語は「シットポスティング」「ミーム化」「AIスロップ(AI slop、低品質ながら大量生産可能なAI生成コンテンツを侮蔑的に指す俗称)」である。
3. 戦術転換①――「シットポスティング」する大使館
ISDは、イラン外交および政府アクターに帰属する約150件のXアカウントの既存リストに対し、ソーシャルリスニング・データ分析ツールを用いて投稿活動とエンゲージメント傾向を集計した[1]。比較期間は戦争開始50日前(2026年1月9日~2月27日)と50日後(2月28日~4月18日)である。投稿数は約10,500から約40,000(約4倍)、いいねは約66万から2,200万(30倍以上)、シェアは430万から7,600万(16倍以上)、ビューは5,500万から8億9,600万(14倍)に増加した。100万ビュー超の投稿数は戦前2件から戦後200件に拡大している。
外交アカウントが従来の正式なレトリックを離れ、シットポスティングとAI動画の共有に切り替えたのが、この転換の特徴である。前述のタジキスタンのイラン大使館によるイエス対トランプ動画は、追跡対象アカウント中で最も視聴された投稿となった[1]。南アフリカのイラン大使館は、トランプが80年代のポップバラード「Voyage, voyage」の替え歌「Blockade, blockade(封鎖、封鎖)」を歌うAI動画を投稿し、880万ビュー・5万8千いいねを得た(投稿された動画自体はドイツのコンテンツ制作者による作品)[1]。ジンバブエのイラン大使館の「鍵を失くしました」発言には690万ビュー・9万3千以上のいいねが集まり、続いて南アフリカのイラン大使館が「シーッ……鍵は鉢植えの下にある。友達用に開けて」と返し、ブルガリアのイラン大使館が「友達用に開けて。エプスタインの友達は鍵が要る」と続け、協調的なトロールを展開した[1]。
南アフリカのイラン大使館のフォロワーは戦前約4,000人から戦後50日で15万人超に、ジンバブエのイラン大使館は1週間で7万1千人超を獲得した[1]。ISDは、中国の「Wolf Warrior(戦狼)」外交官たちが2020年代初頭にXを使い北京の地政学的アジェンダを攻撃的に喧伝した先例と比較し、イラン外交アカウントが現在受けている肯定的な受容とエンゲージメントは「unparalleled(並ぶものなし)」だと評する[1]。ISDはまた、戦争一般が外交メッセージへの聴衆の関心を中程度に押し上げる効果はあるとしつつ、X上のイラン外交アカウントの劇的な伸びは「戦争のみでは説明できない(cannot be explained by the war alone)」と結論する[1]。
4. 戦術転換②――10億ビューのネットワーク
ISDの別の調査[2]は、外交アカウントとは別に、Xで連携する2つの親イランネットワーク「BRICS4CLICKS」(23アカウント、全アカウントが西アジア――イラク・レバノン・シリア・イエメン等――に所在)と「Verified4War」(18アカウント中14アカウントが南アジアまたは東南アジアに所在)を特定した。両ネットワークの投稿は戦争開始から1ヶ月で合計10億ビューを超え、BRICS4CLICKSは月7億7,200万ビュー超、Verified4Warは月3億7,000万ビュー超を獲得した。BRICS4CLICKSはおよそ3分の2が2026年2月以降にX Premium(月額課金)の青チェックを購入し、イラン・ロシア・中国・インド・北朝鮮のメディアや通信社を装っている。Verified4Warは82%が2-3月に青チェックを取得し、ニュースを装うアカウントに加え政治家のパロディ・コメンタリー(Mojtaba Khamenei Parody、Kim Jong Un Parody、Vladimir Putin Commentary 等)と米軍を装うアカウント(US DEFENCE ARMY、USA ARMY NEWS 等)を主体とする。
両ネットワークはイラン軍の戦果誇張と米国・イスラエル批判を共通して拡散した。たとえばBRICS4CLICKSの最も視聴された投稿は、ホルムズ海峡を通過できた船舶の所属国を列挙したもので、1,600万ビューを超える[2]。ネタニヤフ死亡デマも双方が拡散したが、Verified4Warは関連投稿数がBRICS4CLICKSより約20件少ないにもかかわらず合計4,300万ビューを超え、これはBRICS4CLICKSのほぼ5倍に達した[2]。BRICS4CLICKSはこれに加え、エプスタイン陰謀論(約200投稿で計1,770万ビュー超)と、複数の投稿でホロコーストを賞賛し、ユダヤ人にあるとされる身体的特徴を揶揄し、ユダヤ人コミュニティに関する陰謀論を強化するなどの反ユダヤ的ナラティブを独自に展開した[2]。ISDはXが最近導入したAIラベルポリシー(武力衝突を描いたラベルなしAI生成コンテンツを共有するアカウントの収益化停止・凍結を狙うもの)にも関わらず、BRICS4CLICKSがイランに捕らえられた米兵、撃墜される米軍機、軍事目標やイスラエル都市の被害描写などのラベルなしAI動画を拡散した点を指摘する[2]。一方Verified4Warは、イランがイスラエルのモサド本部を爆撃した、ホルムズ海峡で石油タンカーを攻撃した、米B-2爆撃機を撃墜し搭乗員を「全員拉致した」といった戦果に関する虚偽主張を展開した[2]。
これらの「戦果」自体の真偽については、NewsGuardのLea MarchlとMiranda Wollen[3]が検証している。NewsGuardは2026年4月7日の停戦までに少なくとも3回、イランがミサイル攻撃対象を予告した直後に親イランアカウントが「命中した」と虚偽宣言する事例を確認した。たとえば3月31日、イラン革命防衛隊(IRGC)が在イスラエルのIntel・IBM施設を標的にすると脅した直後、反イスラエル系アカウントがペタフ・ティクヴァの両社オフィスへの命中を主張した。Intel Israel広報担当者ガイ・グリムランドはNewsGuardの取材に対しメールで「この主張が誤りであることは確認できる。イスラエル国内のIntel施設はミサイルで攻撃されていない」と回答した[3]。NewsGuardは、Dimona原子力施設・ペタフ・ティクヴァのIntel/IBM施設・サウジアラビアとバーレーンを結ぶKing Fahd Causewayのいずれの事例についても、命中を裏付ける信頼できる報道はないと結論づけている[3]。Dimonaの命中を主張する映像は戦争勃発前の2025年9月にTikTokに最初に出現したAI生成動画が転用されたものだった[3]。NewsGuardはこれらの事例から、イランは情報戦の一部を親イラン系SNSユーザーに事実上「外注」しており、彼らがイランの戦果主張を増幅して「イラン・イスラム共和国の軍事的成果と脅威遂行能力を大きく過大評価するナラティブ」を支えるようになっていると結論づける[3]。
ネットワークの主体については、ISDは「いずれのネットワークが国家支援であるという更なる証拠は持たない」としつつ、BRICS4CLICKSの投稿を再投稿・引用していた高名なアカウントとして南アフリカおよびオーストラリアのイラン大使館、イラン国営メディアの関係者、ロシアのウィーン国際機関常駐代表ミハイル・ウリヤノフ、ロシア国営テレビ関係者、ロシアと連携する情報工作Storm-1516関連アカウントを、Verified4Warに関与していたアカウントとして英国元下院議員かつロシア国営Sputnik元寄稿者ジョージ・ギャロウェイ、ロシアの超国家主義政治哲学者アレクサンドル・ドゥーギンを提示している[2]。さらにISDは、これら親イランネットワークの投稿がアルゴリズム的にキュレーションされたXの「For You」フィードに表示されていた点を確認し、青チェック販売がメディア・軍関連組織への成りすましを容認している実態と合わせ、「プラットフォームがコンテンツをどうモデレートするかだけでなく、どうキュレートするかを評価する必要がある」と提言する[2]。
5. 戦術転換③――「AIスロップ」という共通言語
404 MediaのMatthew Gault[4]は、トランプを「戦争に飢えた小児性愛者」として描いたイラン制作のAI生成LEGO映画動画を起点に、イランのプロパガンダは「現在、広い米国大衆の懸念に応える仕事を、米国大統領よりもうまくこなしている」と評する。動画はイラン拠点の「Explosive News Team」が制作したもので、トランプとネタニヤフを揶揄する一連のAI生成LEGO動画の最新作にあたる[4]。
イランの発信は具体的なAI動画によって展開されている。ハーグのイラン大使館が共有したAI生成動画は、ピクサー「Inside Out」をモチーフにトランプの脳内をディズニー風に描き、怒り狂う悪魔たちが大統領に対して記者へ嘘を吐くよう要求する場面を含む[4]。ロシア国営RTが拡散したAI動画では、米国による軍事作戦の犠牲者が空を見上げる構図で、米国先住民から広島の少年、イラン・ミナブの女子学生、エプスタイン島の奇妙な神殿の前に立つ少女へとつなぎ、最後に米国に暗殺されたイラン革命防衛隊コッズ部隊指揮官カセム・ソレイマニで終わる[4]。Center for International Policy編集主幹のKelsey Athertonは、こうした動画の「throughline(一貫した軸)」として「(1)ミナブからエプスタインへの被害者の接続、(2)トランプとネタニヤフの月並みな反動的タカ派性を邪悪で超自然的な悪に帰する漫画的な反ユダヤ主義、(3)ミサイルと報復兵器への強い強調」の3点を挙げる[4]。
Gaultは、イランがより広い米国大衆に語りかけているのに対し、トランプは「自分をまだ愛していると思い込んでいるネット界隈の連中(online freaks)に印象付ければ十分だと自信を持っている」と対比する[4]。Gaultはトランプ動画の例として、2025年10月の国土安全保障省(DHS)による『Halo』の主人公マスターチーフを反移民の殺し屋として描いた動画、2026年3月13日頃にDHSが公開し後に削除された『Call of Duty』の映像とイランへのミサイル攻撃を混合した動画、ホワイトハウス広報部長スティーブン・チャンによる『Grand Theft Auto: San Andreas』の「無限弾薬チートコード」と空爆映像を組み合わせた投稿を挙げ、これらが「人々の心と意識を勝ち取るためのものではなく、急速に縮小する支持基盤を活性化するためのもの」だと評する[4]。
イランが採用したのが「LEGOと漫画」という米国の文化的言語であった点もGaultは強調する。これは2020年に中国が公開した、米国のCOVID-19対応を揶揄するLEGO短編「Once Upon a Virus」、および前年(2025年)にロシアの宣伝担当者がモルドバ選挙前に拡散した、戦死者の葬儀を描いたフェイクLEGOセットの画像、という系譜にある[4]。Gaultは、イランのテレビ番組で聖職者シャハーブ・モラディが「米国にはヒーローがいない、すべて漫画のキャラクターでフィクションだ」と評した発言(米国によるソレイマニ暗殺後の発言)にも触れ、イランが米国の自己像(ヒーローは漫画キャラ)を逆手に取り、米国側に通じる文化的言語(LEGOと漫画)で米国に語りかける戦略を採ったと位置づける[4]。
6. 副次的影響――反ユダヤ主義言説の急増
戦争のもう一つの側面として、ISDのBrian PotochneyとNathan Doctor[5]は、米国とイスラエルによる2026年2月28日の対イラン軍事作戦の開始を機にオンライン上の反ユダヤ的陰謀論コンテンツが急増したと報告する。攻撃直後の1週間で関連投稿は68%増加し、攻撃前週の3万4,060件から5万7,133件に拡大、3月を通じて高水準を維持した[5]。研究チームは2026年2月12日から3月6日にかけてYouTube・X・BlueSky・Telegram、および4chan等の過激主義フォーラムから約27万5,000件の投稿を収集し、Claude Haiku 4.5を用いて構築した大規模言語モデル(LLM)分類器(F1スコア0.87)で反ユダヤ的レトリックを抽出、計9万1,193件をNomic Atlasに適用した。イスラエルおよびシオニズムへの反発を示す言説の比率は、戦前の約15%から戦後の約28%へと拡大している[5]。3月だけで少なくとも5ヶ国で8件のオフライン反ユダヤ攻撃が発生し、その一部は従来知られていなかったイスラム主義武装グループに帰せられている[5]。PotochneyとDoctorは「オンラインの憎悪とオフラインの暴力の相互作用(interplay)は、国際的危機の局面における慎重で敬意ある戦略的コミュニケーションの必要性を示している」と結論づける[5]。
7. 私見
以上の観察を統合すると、イラン認知戦の転換は「説得から娯楽へ」と要約できる。従来のプロパガンダ理論が「説得・欺瞞」を目標としたのに対し、新型のミーム/AIスロップは「説得を放棄することで強くなる」構造をもつ。視聴者は明らかにAI生成と分かる動画を「真実」として受け取らないが、「面白いから」シェアする。ISDは原文で、これを「これは聴衆を説得したり欺いたりするためのプロパガンダキャンペーンではなく、彼らを楽しませ娯楽を提供するためのものだ。結果として、情報戦は『心と意識(hearts and minds)の争奪戦』というより『オンライン上の影響力(online clout)の争奪戦』のように感じられるようになっている」と表現する[2]。さらにNewsGuardは、イランが情報戦の一部を親イラン系SNSユーザーに事実上「外注」し、脅威対象の予告と「命中した」の虚偽宣言が連続するパターンが観察されていると指摘する[3]。視聴者が個別の戦果主張を独立に検証する前提が揺らぎ、「予告→虚偽宣言→拡散」のサイクル自体が情報戦の単位として機能する段階に入った。
ISDが提示する観察のうち最も注目すべきは、この一連の戦術と並行して、イランが「villain(悪役)」としてではなく「米国に対抗するunderdog(アンダードッグ)」として枠付けされる傾向が強まっているという指摘である[1]。ISDは、新しいメッセージング戦略の成功が「ユーザーがイランの過去の人権侵害を忘れる、あるいは少なくとも無視する」のを助けたと評する[1]。この観察は、認知戦の指標として「視聴回数」「いいね」だけでなく「忘却の進行度」を加える必要があることを示唆している。
【注】
[1] Krysia Sikora and Joseph Bodnar, “Iran’s diplomats launch a meme war,” Institute for Strategic Dialogue, 2026年4月23日, https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/irans-diplomats-launch-a-meme-war/
[2] Institute for Strategic Dialogue, “How pro-Iran networks gained a billion views on war propaganda,” 2026年4月15日, https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/how-pro-iran-networks-gained-a-billion-views-on-war-propaganda/
[3] Lea Marchl and Miranda Wollen, “Iran Threats Produce Fake Claims of Missile Strikes,” NewsGuard, 2026年4月9日, https://www.newsguardrealitycheck.com/p/iran-threats-produce-fake-claims
[4] Matthew Gault, “Iran Is Winning the AI Slop Propaganda War,” 404 Media, 2026年3月27日, https://www.404media.co/iran-is-winning-the-ai-slop-propaganda-war/
[5] Brian Potochney and Nathan Doctor, “The impact of the war with Iran on antisemitic discourse,” Institute for Strategic Dialogue, 2026年4月22日, https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/the-impact-of-the-war-with-iran-on-antisemitic-discourse/
