ベネズエラの監視体制は「政権交代後も変化なし」

Digital Forensic Research Lab(以下DFRLab)は2026年3月26日、現在のベネズエラの監視システムに関する詳細な分析を報告した。
ベネズエラ政府の市民に対する厳しい監視については、過去にも複数の報道があった。しかし今回のDFRLabの報告結果は、「マドゥロ大統領の政権下で構築されてきた監視体制が、現在の政権下でも稼働していること」を明らかにしただけでなく、「それが現在どのように機能しているのか」「なぜ止めることができないのか」まで踏み込んだ内容となっている。
おさらい:ベネズエラに何が起きたのか
まずはベネズエラとマドゥロ政権の終焉について駆け足で確認したい。
第二次トランプ政権発足以降、米国はベネズエラに対して外交面や経済面での圧力を強化してきた。そして2026年1月3日にはマドゥロ大統領が拘束され、トランプ大統領は「国が安定するまでベネズエラは米国が管理する」と宣言した。その後は代行大統領デルシー・ロドリゲスの暫定政権により、国家機構は部分的に維持されているものの、ベネズエラ国内は依然として不安定な状況が続いている。
なお1月3日のマドゥロ拘束は「米大統領の命令により、米軍の特殊部隊が中心となって実行した『Operation Absolute Resolve』作戦によるもの」と報じられている。それは極めて深刻で大規模な軍事介入だったとして、国際法的な正当性を疑問視する声も大きい。ちなみに、ベネズエラにおける「米大統領の献身」を評価し、ノーベル平和賞のメダルをトランプに贈呈したマチャド氏は現在亡命中で、すっかり蚊帳の外の人となっている。
DFRLabによる分析の概要
米国のシンクタンク「Atlantic Council」内の一組織となるDFRLabは、偽情報やプロパガンダなどを専門的に分析している研究チームだ。今回の彼らは、ベネズエラの非営利団体「Conexión Segura y Libre」との共同研究により、ベネズエラにおける現在の国家監視システムを詳しく分析した。
結論から言うと、マドゥロ政権下で整備されてきたベネズエラの広範な監視体制は、マドゥロ失脚後も稼働していた。長く続いた独裁政権が崩壊しても、ベネズエラの悪評高い「包括的で権威主義的な統制の監視システム」には何も変化がなかった……
……と、ここまでの内容は報告書を紹介したページ(https://dfrlab.org/2026/03/26/watch-the-watchers-report/)でも確認できるのだが、この監視のシステムがどのような機能を持ち、どのように稼働しているのか、どのような問題があって、なぜ止められないのかを知るためには、長い報告書の本体を読む必要がある。
しかし、この報告書は単に監視の技術を研究したものではなく、国のシステムや法律などの様々な角度から「ベネズエラの根本的な問題」に切り込んだものとなっているため、かなり読み応えのある(救いのなさにグッタリするような)重厚な内容だ。その全てを短くお伝えするのは困難なので、本稿では「メカニズム」と「複数の問題点」に焦点を当てて紹介したい。
「包括的で権威主義的な統制」のメカニズム
・監視システムの「統合型」ネットワーク
DFRLabの報告によると、ベネズエラの監視体制は単一の技術によって編成されているものではなく、複数のシステムを一元的に統合したネットワークとして機能している。それぞれのシステムは、都市の全域に設置された監視カメラ網、通信傍受(スマートフォンの通話、SMS、通信データなどの傍受)、ドローンを利用した監視、SNSをはじめとしたオンライン活動の監視、GPS追跡、スマホのアプリを通した情報収集、デバイスの物理的捜索や本体の押収、マルウェアを利用したサイバー攻撃など多岐に渡っており、費やされた総額は10億ドル以上と考えられている。
これらの各システムは連携した検索・追跡のシステムとして機能しており、オンラインとオフラインの両方で市民の行動を一元的に追跡できる「監視のインフラ」を構築している。そして現在でも、それは「国民に対する体系的な政治弾圧」を行うことができる状態のままである。
・AIを利用した監視カメラ網
先に挙げられた各システムの説明の中で、とりわけ興味深いのは「監視カメラ網(より厳密に記すならCCTVの映像監視)」に関する詳細な報告だろう。この映像監視のシステムは、複数のベネズエラ国外の企業から供給されたハードウェアをベースにしており、顔認識/車両のナンバープレートの認識や自動追跡などにはAIの技術が利用されている。ちなみに、これらのカメラの設置は「公衆安全のため」と説明されているが、実際には反体制派の市民の識別や追跡に活用されてきた。
このCCTVシステムでは、AIが映像から行動パターンを解析し、群衆の自動検知を行うことができる。さらに「通常ではない行動」を自動的にフラグ付けすることもできる。したがって、それは「単に市民を撮影する(映像を記録する)カメラ」ではなく、「監視の標的を自動的に見つけ出すカメラ」にもなっている。
こうしてAIに選ばれた「標的」の情報は、全国のコマンドセンターと結びつき、様々なシステムを通して追跡できる。その人物はどんなサービスにアクセスしているのか、どのSNSで何を投稿しているのか、誰とどんな通話やメッセージを交換しているのか、どのような人々と接触しているか、いまどこにいるのかなどを自動的に解析することができる。
・人権侵害のサプライチェーン
DFRLabの報告書は、これらの監視の技術がどこから来ているのかも詳細に分析した。それらは当然、ベネズエラ国内のみで調達されているわけではなく、いわば「人権を侵害するような監視を支える国際的な網」のようなサプライチェーンが出来上がっている。
他国の協力を大まかに記すと、多くの供給元は中国の企業だ。たとえば監視カメラに関しては、まず2013年にCEIEC(中国国営の軍事貿易企業)から12億ドルで購入した3万台のカメラを導入している。そして映像の顔認識やナンバープレート認識のAIカメラは、HikvisionやDahua(いずれも世界最大級の防犯カメラメーカーとして知られている中国企業)が主要な供給元となっており、さらにZTEの通信インフラも、ベネズエラの監視システムに導入されている。
一方、ドローンに関しては主にイランから支援を受けているようだ。ベネズエラには多数のイラン人の技術者が駐在しており、彼らは監視や偵察など(たとえば夜間の抗議活動監視、反体制派の追跡や威嚇)で利用するドローンの製造や管理に携わっている。また、キューバの諜報機関「G2」もベネズエラの監視体制に深くかかわっており、カウンターインテリジェンスや尋問訓練などの支援に当たっているという。
・「監視のフル稼働」が前提とされた国家
この一連の監視システムが、マドゥロ大統領が拘束されても解体されなかったばかりか、ロドリゲスの暫定政権下でも「直ちにフル稼働」していることをDFRLabは確認した。それは「独裁政権を維持するため、マドゥロが好き勝手に利用していたシステム」ではなく、もはやベネズエラ国家と切り離せない基盤として、国の統治のシステム本体に組み込まれてしまっているようだ。
それを端的に示す一例として、ベネズエラ政府の社会福祉のプラットフォーム「Patria」のケースが挙げられている。この「Patria」のアプリのサーバは政府が管理しており、それは先述の監視システムと完全に繋がっている。つまりベネズエラ市民が生活のために──たとえば医療や食料供給、給付金などのサービスを受けるために──国の社会福祉へアクセスするときは、その引き換えとして、自身の個人データを国に提供しなければならない。ここで提供されるデータは、「政府が市民の監視や追跡に利用できるデータ」に取り込まれていく。
このようなネットワークが敷かれたベネズエラでは、国のトップが交代しても(監視システムを構築してきた主人を失っても)、誰かが国を治めようとすれば、自動的に「国民を管理するインフラ」と化した監視システムが継承され、運用されてしまう。
「法の欠如/法の後押し」の中で運用される監視
つまりベネズエラでは、やたらと使い勝手のよい監視技術のネットワークがすっかり整えられているうえ、そのシステムの設計上、もはや監視を止めることが困難となっている。そして報告書は、その他にも「監視を止められない大きな理由」として、法の問題点を挙げた。DFRLabが指摘するベネズエラの法の問題点は、「欠如」と「後押し」の大きく二つに分けられるだろう。
・法の欠如
まずベネズエラには、プライバシーを保護するための法が欠如している。監視カメラの設置や、市民のデータ収集を規制するような、独立した個人情報保護法が存在していない。そして法執行機関による個人情報の扱いに関して、司法機関が審査する、あるいは制限するような仕組みも機能していない。
・法の後押し
その一方で、監視に有利となるような法は安定して機能している。たとえば「憎悪禁止法(Law Against Hatred)」や「帝国主義封鎖対策基本法(Organic Law Against the Imperialist Blockade)」などだ。これらの適用により、反体制的な言論や抗議活動は「政治犯」と見なすことができるため、SEBIN(ベネズエラの政治警察)は現実社会でもサイバー空間でも、それを取り締まることができる(たとえば彼らは「SNSに投稿された内容」を理由とした逮捕にも踏み切ることができる)。
DFRLabの報告書によれば、これらの法律は定義が非常に曖昧であるため、「社会不安を煽った」「国家の安全を脅かした」と法執行機関が判断すれば、オンラインの言論をブロックする、あるいはジャーナリストを逮捕するなどの措置を合法的に、無制限に行える構造となっている。
(ちなみにベネズエラ国内の通信事業者には刑事訴訟法などが適用されるため、彼らが当局から傍受を要請された場合には「24時間体制で要請に対応すること」が義務付けられている。これにより、やりたい放題の検閲に「迅速さ」がプラスされるだろう)
プライバシーと自制
さらにDFRLabは、長い監視体制に置かれてきた市民の感情についても指摘している。ここまで紹介してきたとおり、ベネズエラでは日常生活のいたるところに(いたる場所に/いたるサービスに/いたるデバイスに)監視が浸透しており、それを国民も理解している。そのため彼らは「自分が監視されていること」を意識しながら生活している。それは市民ひとりひとりの行動に大きな影響をもたらしているだろう。もっと強い表現をするなら、すでに彼らの多くは、国から目をつけられない行動を習慣化しているかもしれない。
たとえば今回の報告書では、カラカスの市長による発言が引用されている。彼は「街頭の監視カメラでゴミの不適切な投棄を見つけ次第、罰金を適用する」と明言してきた。つまりベネズエラの全域に設置されている監視カメラは、凶悪な事件の犯人を突き止めるためではなく、一般市民の行動を監視下に置くためにも用いられており、市民もそれを認識しながら生活しているということになる。
DFRLabの報告書は、こうした状況がもたらす影響を「self-censorship(自己検閲)」「chilling effects(萎縮効果)」「normalized self-censorship(自己検閲の常態化)」などの言葉で表した。日常的な監視下に置かれた市民が、自らの意思で発言や行動を控える状況、と言い換えても良いだろう。
最後に:陰鬱な報告書から読み解ける「希望」
この報告書に書かれたことが全て事実なら、すでにベネズエラでは、オーウェルの「1984年」のような監視社会がほとんど完成しているのかもしれない(もちろん「1984年」にはドローンもアプリもAIも出てこないのだが)。ベネズエラの監視網は、もはや権力者が恣意的に利用するための道具ではなく、国の統治の基盤に組み込まれた大がかりなシステムとして定着しており、その稼働は法的にも正当化されている。それは今後もベネズエラの民主化にとって大きな壁となるだろう。
監視社会を恐れる人にとって、DFRLabの分析結果はあまりにも重苦しく、途中で読むのが嫌になるほど陰鬱な内容かもしれない。しかし、この報告書には多くの重要な教訓が示されている。たとえば「監視社会は技術的なシステムと、それを提供するサプライチェーンと、法制度の組み合わせによって維持されるものなので、その仕組みを壊さなければ、政権のトップを入れ替えても解決しない」などだ。
ありがたいことに、この報告書の最終章には多くの「勧告(助言)」が記されている。たとえば人権団体に対しては、セキュリティ教育の重要性や支援ネットワークにおける注意点などを示し、ベネズエラ国内の民主活動家やジャーナリストに対しては、個人のデバイスを防衛するための手法を教えている。さらに海外の(民主主義国の)政府に対しては、ベネズエラの監視インフラを解体するための外交的な圧力をかけるよう勧告し、また国際機関に対しては「どのように調査や訴訟を起こすべきなのか」を伝えている。それらの多くは非常に具体的だ。
そして明るい話題も紹介されている。たとえばベネズエラの数百人の学生が2026年2月12日に起こした異例の「政府批判デモ」の話題だ。先述のとおり、ベネズエラでは現在でも監視網がフル稼働している状態だが、それでも彼らのデモは2024年8月以降最大の規模となり、SEBINによる即時鎮圧を回避するような形で終了している。また、今回DFRLabと協働で分析を行ったベネズエラの非営利団体「Conexin Segura y Libre」が検閲を回避するツールを開発し、現在それを配布していることも伝えられている。
この報告書は、「もうベネズエラはおしまいだ」「ベネズエラだけではない。どこの国もこんな感じになるのだ」という絶望の共有を目的としたものではない。いまベネズエラの現状を知らせることで、その監視インフラの敷かれた国をどうすれば変えられるのか、そして監視社会のデストピアを恐れる人々が何に気を付けるべきなのを考えさせるものだ。最終章には次のような文章が記されている。
・これらの勧告は、ベネズエラの監視において最も脆弱な人々が、いま実行できる対策のニーズに焦点を当てている
・それは政府や国際機関が「弾圧的なインフラを抑制するため」「市民社会が能力を強化するため」「弾圧の技術を提供したベンダーに責任を負わせるため」の行動を具体的に示したものだ
・これらを実行するには、様々な関係者による長期的なコミットメント、組織間の調整、そして「監視は権威主義支配の中核要素だ」という認識が不可欠である
・この問題は広範な人権議論の些細な懸念事項として扱うものではなく、専用に対応する(監視の問題に特化した)戦略を必要としている
・(ベネズエラの)政権の移行期において、国際社会は、新たな政権下で監視能力が強化されることを許さず、基本的人権が保護される結果となるよう、断固たる行動を示さなければならない
DFRLabによる報告書
Watch the Watchers: Surveillance technologies for political control in VenezuelaIria Puyosa, Andrés Azpúrua(報告書の概要を紹介したページ)
https://dfrlab.org/2026/03/26/watch-the-watchers-report/
VSF-DFRLab-Watch-the-Watchers-v1-1(報告書本体、74ページのPDFファイル。具体的な勧告は「結論」のあと、64ページから66ページに記されている)
https://dfrlab.org/wp-content/uploads/sites/3/2026/03/VSF-DFRLab-Watch-the-Watchers-v1-1.pdf
その他の参照元
Desvelando la represión en Venezuela_ Un legado de vigilancia y control estatal _ Electronic Frontier Foundation
https://www.eff.org/deeplinks/2024/09/unveiling-venezuelas-repression-legacy-state-surveillance-and-control
Spies, drones and blowtorches_ How the US captured Maduro
https://www.bbc.com/news/articles/cdred61epg4o
Trump says U.S. will run Venezuela after U.S. captures Maduro _ Reuters
https://www.reuters.com/world/americas/loud-noises-heard-venezuela-capital-southern-area-without-electricity-2026-01-03/
Protests Erupt in Venezuela After Contested Election Results Are Denounced – The New York Times
https://www.nytimes.com/2024/07/29/world/americas/countries-concern-venezuela-election-results.html
Still watching_ How Venezuela deploys surveillance to maintain political control – Atlantic Council
https://www.atlanticcouncil.org/event/how-venezuela-deploys-surveillance-to-maintain-political-control/
