イランの「ギグエコノミー型」暴力代行モデル

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目次

1 はじめに

 今回は、ISDによるレポート「Islamic Movement of the Companions of the Right: The ‘gig-economy’ proxy group attacking Europehttps://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09589236.2026.2654169 )」を紹介する。
 2026年春以降、ヨーロッパではユダヤ人コミュニティやイスラエル関連施設、金融機関などを標的とした放火や破壊工作、さらに一部では刺傷事件を含む攻撃が複数発生し、「Ashab al-Yamin al-Islamiya(右の仲間たちのイスラム運動)」を名乗る組織が犯行声明を出した。
 本レポートによれば、Ashab al-Yaminは明確な指導部や固定的構成員を持たない「ghost proxy(幽霊のような代理組織)」である。彼らの犯行はSNSや暗号化メッセージアプリを通じて勧誘された若者や犯罪者によって実行され、その動機の多くはイデオロギーではなく金銭的報酬であるとされる。このような構造を「Violence-as-a-Service(サービスとしての暴力)」として概念化し、国家や代理勢力が暴力を直接実行するのではなく、オンライン空間を通じて実行主体を外部化・分業化する新たな暴力モデルとして分析している。

2 Ashab al-Yaminとは

 「Ashab al-Yamin al-Islamiya(右の仲間たちのイスラム運動)」とは、2026年3月に出現したとされる新興組織であり、欧州各地で発生した複数の攻撃について犯行声明を出している。これらの攻撃は、ユダヤ人コミュニティやイスラエル関連施設、金融機関、さらにイラン反体制派ジャーナリストなどを対象としており、放火や破壊工作を中心としつつ、2026年4月29日にはロンドンでユダヤ人男性2名が刺傷される事件も確認されている。本組織は2026年3月9日に初めて確認されており、それ以前に既存の過激派組織やネットワークとの関係性は確認されていない。
 本レポートはまず、Ashab al-Yaminの特徴として、継続的な組織実体の不在を指摘している。すなわち、明確な指導部、固定的な構成員、あるいは既存の国際的ネットワークとの組織的連続性が確認されていない点である。その一方で、複数の攻撃に対して同一の名称が付与され、犯行声明が継続的に発出されていることから、同組織は実体的な集団というよりも、個別の攻撃を統一的に帰属させるための枠組みとして機能していると整理されている。この点について本レポートは、「ghost proxy(幽霊のような代理組織)」という概念を用いて説明している。これは、明確な指導系統や固定的構成員を持たないまま、個別の攻撃に対して同一の名称を付与し、その帰属を引き受ける機能を持つ存在を指す。すなわち、組織としての実体性よりも、攻撃を単一の主体へと帰属させるための名称的機能が中心にある点が特徴とされる。
 さらに本レポートは、こうした帰属の枠組みが形成・維持される情報環境にも注目している。具体的には、犯行声明や関連映像が、ハマース、ヒズボラ、フーシなどイランが支援する武装組織ネットワーク「Axis of Resistance(抵抗の枢軸)」に関連するTelegramチャンネルを通じて拡散されている点である。また、Ashab al-Yaminのシンボルやロゴには既存のイラン系組織との類似性が見られる一方で、表記の誤りや頻繁な変更も確認されており、統一された組織運営や一貫した管理の存在を前提としにくい特徴として整理されている。

3 「Violence-as-a-Service」という暴力モデル

 本レポートは、Ashab al-Yaminに関連する一連の攻撃を「Violence-as-a-Service(サービスとしての暴力)」という概念によって説明している。これは、暴力の実行が特定の組織内で完結するのではなく、オンライン空間を介して外部の個人へと委託される構造を指す。
 このモデルにおいて重要なのは、実行犯が必ずしも既存の過激派組織の構成員ではないという点である。本レポートによれば、実行に関与した人物の多くは、SNSや暗号化メッセージアプリを通じて勧誘されており、参加動機の中心はイデオロギーではなく金銭的報酬にある。実際にパリで発生した未遂事件では、未成年者がSnapchat上で接触を受け、報酬の提示を受けたと供述している。こうした動員の特徴として、本レポートは攻撃の実行形態にも注目している。多くは夜間に行われ、無人施設を対象とした放火や破壊工作が中心であり、高度な訓練を受けた組織的戦闘員ではなく、経験の浅い若年層が実行を担っている点が共通している。さらに一部の事例では、実行者自身が国家や代理組織との関係を認識しないまま行動していたことも示されている。
 このような分散的な実行構造について、本レポートは、①扇動者②勧誘者③実行支援者④実行犯という機能分担によって整理している。すなわち、資金提供や指示を行う上位層から、オンラインでのリクルート、技術的・情報的支援、そして最終的な実行に至るまでが階層的に分業化されている構造である。さらに本レポートは、この仕組みを成立させる基盤として、TelegramやSnapchatといったメッセージングアプリの存在を挙げている。これらのプラットフォームは、匿名性と即時性を備えた勧誘経路として機能しており、特に若年層が動員の主要な対象となっている点が指摘されている。

4 「Violence-as-a-Service」を支える構造的背景

 本レポートは、こうした暴力動員の構造が国家的関与、犯罪ネットワーク、デジタルプラットフォームといった複数の要素が重なり合いながら、暴力動員の構造を形成している点を指摘している。

4-1 国家の関与

 まず国家の関与の側面として、本レポートは、イランが欧州において犯罪ネットワークを活用しながら、攻撃および監視活動を展開しているとされる点が指摘されている。具体的には、イラン政権と関連するとされる犯罪組織がSNSを通じて若年層を勧誘し、イスラエル関連施設への攻撃に動員した事例が報告されている。また、このようなユダヤ人コミュニティに対する監視活動も確認されており、国家による非正規的な情報収集手段として本レポートは分析している。

4-2 犯罪ネットワークの役割

 次に犯罪ネットワークの役割として、金銭的動機を媒介として個人を動員し、攻撃の実行主体を分散的に確保する機能を担っているとする。その結果、組織的な指揮系統が可視化されにくい形で暴力行為が実行される構造が形成されている。

4-3 デジタルプラットフォームの役割

 さらにデジタルプラットフォームについて、その役割としては国家および犯罪ネットワークが若年層へ直接接触するための媒介となっていることを指摘する。TelegramやSnapchatといったメッセージングアプリは、匿名性と即時性を備えた勧誘手段として機能している。特に未成年者や若年層は、即時的な金銭的利益への感応度の高さやリスク認識の低さから主要な動員対象となりやすく、その結果として「使い捨て可能な実行主体」として位置づけられる傾向が強い。
 このように本レポートは、「Violence-as-a-Service」による暴力動員が成立する背景として、国家の関与、犯罪ネットワーク、デジタルプラットフォームという三者の相互作用を明らかにしている。

5 ロシア型ハイブリッド戦争とギグエコノミー型破壊工作

 前章で述べた「Violence-as-a-Service」は、暴力がオンライン空間を通じて分業化・外部化される構造として整理されているが、同様の構造は、比較対象としてロシアの破壊工作にも類似的に確認されると本レポートは示唆している。
 INODSの過去のレポート「ロシアの「経済的なハイブリッド戦」に対抗する道は」https://inods.co.jp/topics/news/9012/ )で紹介されているように、RUSI(英国王立防衛安全保障研究所)の報告は、ロシアによる欧州での破壊工作を「ギグエコノミー」型の動員モデルとして具体化している。そこでは、破壊工作が単なる偶発的な犯罪ではなく、タスク単位に分解された発注可能な作業として運用されている点が特徴とされる。具体的には、放火や監視、落書き、運搬、小規模な爆発物設置といった行為が個別の任務として切り出され、それぞれに対して報酬が支払われる構造が確認されている。この結果、実行主体は戦略的目的全体ではなく、限定されたタスクのみを遂行する「断片化された行為主体」として位置づけられる。
 また、このモデルにおいて重要なのは、破壊工作が一回限りの事件ではなく、反復可能な労働形態として構築されている点である。すなわち、行為そのものが市場化されており、需要(指示)と供給(実行犯)がオンライン上で結びつくことで、継続的な供給体制が成立している。このような構造により、個々の行為は小規模であっても、長期的には継続的なコスト増加や治安不安の蓄積を生み出すことになる。RUSIはこの点を、物理的破壊そのものよりも、社会的・制度的な疲弊を引き起こす戦略として位置づけている。

6 おわりに

 以上の分析から、Ashab al-Yaminによる攻撃は、イラン政府またはその代理勢力が関与する「Violence-as-a-Service」型の活動として理解されうる。本事例における攻撃手法は、従来のイランの非対称戦争や、欧州におけるロシア型ハイブリッド戦争と一定の構造的類似性を有しており、とりわけオンライン上で勧誘された個人を用いた分散的な暴力動員という点で共通している。また、近年の刺傷事件への関与が主張されていることからも、活動が段階的にエスカレートしている可能性が示唆される。
 こうした動向は、欧州がイランおよびロシアを含む複数の主体によるハイブリッド型の敵対的活動に継続的にさらされていることを示している。そこでは若年層や社会的に脆弱な層が、低コストかつ使い捨て可能な実行主体としてオンラインで動員される傾向が強まっており、これは国家、犯罪ネットワーク、過激派組織のいずれからも共通して観察される特徴である。このような状況を踏まえると、従来のように国家主導の活動、組織犯罪、暴力的過激主義を別個の政策領域として扱うアプローチには限界がある。実際には、これらは共通の勧誘メカニズムやオンライン上の脆弱性を利用して交差しており、統合的な分析枠組みと対応体制が必要となっている。
 したがって、今後の対策においては、法執行機関のみならず、政府機関、ソーシャルメディア・プラットフォーム、地域コミュニティ、予防実務者を含む多層的な連携を強化し、証拠に基づく予防と迅速な対応を組み合わせることが不可欠である、と本レポートは強調する。

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この記事を書いた人

2004年生まれ、新潟県出身。大学で政治外交史を専攻している。安全保障体制に興味があり、台湾情勢をめぐる米中の言動に注目している。

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