信じられるのは牧師かAIか? 米国のクリスチャンの本音

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米国機関「Barna Group(以下Barna)」が2026年5月19日に発表した調査結果によると、米国の敬虔なクリスチャンの約半数(48%)が「精神的に成長するための助けとして、AIの助言を信頼している」と回答した。さらに衝撃的なのは、34%が「AIから得られる精神的な助言は、実在の牧師から受ける助言と同じくらいに信頼できる」と回答したことだ。その一方、「AIは人間の霊的な成長を助けることができる」と答えた牧師は、たったの12%に留まった。

本稿はBarnaによる調査を少し詳しく紹介したうえで、「英語圏のメディアは、その内容をどのように報じたのか」という点にも触れていきたい。

目次

調査について

この報告書を作成したBarnaは、キリスト教に関する世論調査組織として知られる米国の老舗団体だ。彼らが提供するデータは、宗教関連のニュースを報じる際のソースとして一般の大手メディアにも用いられている1

そのBarnaが発表した最新の調査報告書「AI is Becoming a Spiritual Authority, Even Among Practicing Christians」は、米国におけるキリスト教の信仰とAIに関する調査の結果を記したものだ。調査の対象者は米国の成人したキリスト教徒1514人、プロテスタント系の牧師442人で、そのサンプリングは年齢・性別・人種・地域・学歴・所得に偏りが出ないよう調整されているという。

しかし一口に「キリスト教徒」と言っても、米国人の多くはクリスチャンで、その信仰の強さや姿勢には大きな幅がある。そのためBarnaはクリスチャンの意識調査を行う際、独自に定めた基準にもとづき、必要に応じて回答者のグループ分けを行っている。

今回の調査では、回答者が「牧師」「実践派クリスチャン(Practicing Christian)」「非実践派クリスチャン」の三グループに分けられた。便宜上、あえて大雑把に説明するなら

・牧師……プロテスタント系の教会で、信徒たちを精神的に導いている人
・実践派クリスチャン……生活や価値観の中心に信仰を置き、定期的に教会へ通っているキリスト教徒
・非実践派クリスチャン……それほど熱心ではない、あるいは形だけのキリスト教徒

の三つである(分類の基準を詳しく知りたい方は、2の注釈2を読んでいただきたい)。こうして分類することにより、彼らは「クリスチャンの信仰の強さと、AIに対する考え」の傾向を可視化しようと試みている。

「クリスチャンのあなたは、AIのアドバイスをどれぐらい信頼しますか?」

この調査結果が示した興味深い発見の一つとして、まずは「深い信仰を持った教徒のほうが、AIを信じる傾向が強かった」という点が挙げられる。Barnaが尋ねた最初の質問「あなたはAIの助言を信頼しますか?」への回答を確認してみよう。

この質問は、話題のジャンルに分けて信頼度を尋ねている。設定されたジャンルは「経済面の安定」「精神的・身体的健康」「幸福感と人生の満足感」「自己理解と自己表現」「人生の意味や目的」「意味のある人間関係の構築」「精神と信仰の成長」の七つだ。たとえば経済的な安定に関する話題の場合、AIのアドバイスを「完全に信頼する」「まあまあ信頼する」と答えた実践派クリスチャンは62%、非実践派クリスチャンは58%だった。

これら七つの全ジャンルにおいて、実践派クリスチャンは非実践派よりもAIを信頼する割合が多かった。つまり、あまり熱心ではないクリスチャンより、神の教えを真剣に受け止めて暮らしているクリスチャンのほうが、AIのアドバイスも真に受ける傾向が強かったということになる。

また実践派クリスチャンのAIに対する信頼度は、ジャンルによって大きな違いがなかったという点も面白い。AIの助言を「信頼する」と答えた実践派クリスチャンの割合は、どのジャンルでも──自身の信仰に関わる話題でも、あるいは経済的な話題でも──半数前後(48%~61%)だった。一方、牧師は話題のジャンルによって、AIへの信頼度を大きく変えている。

たとえば「人生の意味や目的」において「AIの助言を信頼する」と答えた牧師の割合は、たった6%しかいなかった。この点は特に不思議でもないだろう(むしろ、AIが語る人生の助言に耳を傾けられる牧師が6%もいることのほうが驚きだという気もする)。しかし「経済面の安定」においてAIの助言を信頼すると答えた牧師は、その6倍以上(39%)だった。「精神の話題ではAIなど無用だが、経済の話題なら信頼できる」と考える牧師は意外と多かったようだ

「クリスチャンのあなたは、AIのリスクを懸念しますか?」

そんな牧師や教徒たちは、AIに対してどのような懸念を抱いているだろうか?
Barnaが提示した「AIのリスク」のうち、最も多くの人が懸念を示したのは「AIが聖書を誤って解釈するのではないか」だった。そのリスクを「強く懸念している」あるいは「まあまあ懸念している」と答えた実践派クリスチャンは83%、非実践派は77%、そして牧師は94%にものぼっている。

Barnaが提示した全てのリスクの設問において、実践派クリスチャンは非実践派よりも強い懸念を示した。つまり信仰が強くなるほど、あらゆるAIのリスクを恐れる傾向があるようだ。

その一方で、牧師の懸念は二極化している。牧師たちは「AIが神学的/聖書的な解釈を誤って伝える」などのリスクを非常に重く受け止めている反面、「AIの影響によって人々が信仰を失う」などの精神的・社会的なリスクは、それほど懸念しないという傾向があった。彼らは「AIの脆弱さや杜撰さ」を心配する反面、「AIの影響力の強さ」は軽視しているということになるだろう。

特に面白い結果が見られたのは、「AIが牧師の役割を乗っ取るリスク」だ。この設問では実践派クリスチャンが最も強い懸念を示しており(72%)、牧師自身が示した懸念(63%)を上回るという逆転現象を起こした。あえて意地の悪い言い方をするなら、牧師たちは自身の能力を過信して、AIの影響を舐めてしまいがちなのかもしれない。なぜなら、実際に教会で熱心に牧師の話を聞いているはずの信者たちのほうが、あまり教会へ行かない信者よりも(そして牧師自身よりも)「AIは牧師の仕事を奪うかもしれない」と考えているからだ。

「あなたにとってAIの助言は、牧師の助言と同じぐらい信頼できますか?」

今回の調査結果において最も衝撃的だったのは最後の質問、「AIが提供する精神的な助言は、牧師による助言と同等に信頼できるか?」への回答だろう。それがあまりにも意外な結果だったためだろうか、Barnaは最後の質問に関してのみ「信仰の深さ」「世代別」の両方で集計を行っており、さらに「彼らがどのように答えたのか」まで詳しく示した円グラフを並べている。ここでは特に面白かった点だけをお伝えしよう。

AI is Becoming a Spiritual Authority, Even Among Practicing Christians
https://www.barna.com/research/christians-trust-ai-flourishing-spiritual-authority/ )より

1.「AIによる精神的なアドバイスは、牧師によるアドバイスと同等に信頼できる」という意見に「強く同意する」と回答した割合は

 実践派クリスチャン:17%
 ミレニアル世代:16%
 Z世代:14%
 成人全体:10%
 クリスチャンではない米国人;9%
 非実践派クリスチャン:7%

となった。つまり信仰生活を実践し、定期的に教会へ通っている信者の17%が「AIと牧師の助言は同等」だと強く考えていた。その割合は成人の平均値を大きく上回るどころか、あらゆるグループの中で最も高い数値となった。ここに「まあまあ同意する」を足した数は計34%。つまり彼らの三割以上が「合意」を選んだということになる。

2.とはいえ「ぜんぜん同意しない(強く不同意)」と回答した実践派クリスチャンも40%にのぼっている。これは全グループの中で二番目の高水準だった。つまり実践派には「強く同意」と「強く不同意」の二極が同時に存在している。

3.世代ごとの回答を比較すると、若い世代ほどAIと牧師を同等と見なす傾向がある。「強く合意する」「まあまあ合意する」の合計を年代順に並べた場合

Z世代(10代後半〜20代半ば):39%
ミレニアル世代(20代後半〜40代前半):44%
X世代(40代後半〜50代後半):25%
ベビーブーマー世代(60代以上):13%

となった。最年少のZ世代がトップにはならなかったが、一位と二位だけ引っくり返せば「若い世代ほど合意する」という傾向が綺麗に並ぶ形となる。

最年長のベビーブーマー世代には、AIを牧師と同等に見なすことへの強い拒絶反応があるようだ。この世代が「強く同意する」と答えた割合は、他のグループと比べて極端に少ない(割合が小さすぎるせいか、この部分だけ円グラフの中に数字が表示されていない)。逆に「ぜんぜん同意しない(強く不同意)」と答えた割合は43%で、全グループの中の最高値だった。ここに「まあまあ不同意」を足すと69%。つまり約七割が「不同意」を示した。

一方、AIを牧師と同等と見なす傾向が最も強かったグループはミレニアル世代だった。「強く同意」と答えた割合は実践派クリスチャンに及ばなかったものの、「強く同意」と「まあまあ同意」を足した数値は全グループで最も高い44%だった。この世代が「強く不同意」か「まあまあ不同意」と答えた割合は45%である。つまりミレニアル世代の回答は、同意と不同意がほぼ同じ割合という結果になった。


以上、三項目の調査──AIの助言は信頼できるか?/AIのリスクを懸念しているか?/AIの助言は牧師の助言と同等か?──で最も注目されるのは、やはり実践派クリスチャンの回答だろう。熱心なクリスチャンは、そうでないクリスチャンに比べてAIの助言を信頼しやすいうえ、それを「牧師の助言と同等だ」と見なす人の割合も多く、「牧師の仕事がAIに奪われるリスク」を誰よりも強く懸念している、という意外な傾向が見られたからだ。ここから何を感じるかは人それぞれだろう。「要するに彼らは、なんでも本気で信じてしまうタイプなのだな」と意地悪な見方をする人もいれば、「敬虔なクリスチャンでも、やはり聞き心地のいいAIの言葉に信頼を寄せてしまうのか」と考える向きもありそうだ。

また、実践派クリスチャンの回答がいちいち牧師の回答から大きく剥離していた、という点も興味深い。「私が伝える霊的なメッセージは、AIごときに提供できるものではない」と自負する牧師が日曜の教会で説教をしているとき、それを聞いている信者の数割は「これならAIと大して変わらないな」と感じているのかもしれない。あるいは、「ふだん礼拝へ行かないクリスチャンほど、実際の牧師のメッセージに触れていないので、その影響力やありがたみに幻想を抱いてしまうのではないか」といった仮説も立てられるだろう。
(念のために記しておくが、これらはBarnaの考察ではなく、いずれも本稿の筆者個人による大雑把な仮定でしかない)

Barnaによるコメントと結論

この一連の調査結果について、Barna調査担当副社長のDaniel Copeland氏は次のようにコメントしている。

・いま我々が目にしているのは、キリスト教徒たちが最重要とする心の領域の支えとして──健全な肉体と精神、人生の目的、精神的な成長などの領域でさえ──、本気でAIに心を開いている、という事実だ。そのレベルは我々の予想を超越していた。

・無視できない割合のキリスト教徒たちが、精神的な成長においてもAIを信頼できると答え、AIの精神的指導は牧師と同等に信頼できると答えた──それと同時に、教徒の大多数はAIによる聖書の誤った解釈や、AIによる神への代替、霊的指導者(牧師)の役割の侵食を懸念している。彼らには(AIを)使用したいという意向がある一方で、根底には恐怖も存在しており、それぞれが別の方向を指している。

そして報告書は、このような結論で締めくくられている。

・キリスト教徒たちは、まだAIに対する考えを固めていない。彼らは信頼と恐れを同時に表明している。この研究は、その緊張を解消するものではない。ただ、いかに多くの人々がその緊張の中で生きているのかを確認するだけだ。

つまり、この調査報告書は問題点や対処法を考えるものではなく、あくまでも現状を伝えるものでしかない、という宣言だ。考えようによっては「投げっぱなし」にも思える結論だが、Barnaは「クリスチャンが精神面でAIを頼ることへの是非」を示さないまま、彼らの多くが抱えている矛盾を指摘するだけに留め、解釈は読む側に委ねている。それは「キリスト教に関連した調査を行う団体」のありかたとして、正しい選択かもしれない。

メディアは何を伝えたのか

しかし、その調査結果を伝えるメディアは、もう少し踏み込んだ形で「AIと信仰」の議論を展開することができるだろう。ここではBarnaの調査報告について伝えた記事の中から面白かったものを紹介したい。

・Religion Unpluggedによる2026年5月21日の記事「New Study Shows Christians Trust AI For Their Spiritual Growth」

宗教ジャーナリズム専門の非営利オンラインニュースメディア「Religion Unplugged」は、この記事の冒頭に「牧師の皆さん、お疲れさま。最新の研究によると、もう皆さんの精神的なケアは必要ないかもしれません」という挑発的な文章を記した。しかし記事そのものは、Barnaが示したデータを紹介しながら「信者の抱える矛盾」を示したもので、かなりフラットな内容となっている。

この記事が面白いのは、いま実在している「キリスト教ベースのAIアプリ(LogosPath、AskPillar.aiなど)」を紹介し、それらが何を謳ってサービスを提供しているのかも説明した点だ。ここでは記者が実際にアプリを利用した際の体験談も報告されている。

さらに彼らは、ユダヤ教やイスラム教、カトリックなど「プロテスタント以外の宗教とAIの関係」に関する話題も紹介した。内容は幅広いが、それほど長い記事ではないので、興味のある方には併せて読むことをお勧めしたい。

・The Registerによる2026年5月21日の記事「Deus ex machina: Half of US Christians trust AI’s spiritual advice」

皮肉や風刺が多いことでも知られる英国のテクノロジー専門メディア「The Register」は、まずBarnaが報告した数字や事実を簡潔にまとめ、Daniel Copeland氏によるコメントも原典どおりに伝えた。

しかし後半では「教皇」に関連した文脈の話題(プロテスタントではなくカトリックとAI)をいくつも追加している。たとえばフランシスコ教皇によるAI規制への呼びかけ、AIに関するレオ14世の過去のコメントなどだ。また同誌もReligion Unpluggedと同様、キリスト教関連のAIサービスの話題を提供している。

・二誌の共通点と、Barnaが抱える問題

この二つのメディアによる報道には、とても重要な共通点がある。どちらも「LLMにおける迎合性(=AIがユーザーに媚びてしまう問題)と精神的なアドバイスの組み合わせが引き起こすリスク」への懸念を記したところだ。まったく方向性の違う二つのメディア(宗教ジャーナリズムに特化したReligion Unpluggedと、技術者寄りの話題を提供するThe Register)が、まったく同じ危険性について警鐘を鳴らした、ということになる。

Religion Unpluggedは、かなり慎重な表現で、その問題を次のように記した。「LLMにはユーザーの暗黙の見解に合わせる『へつらい』のバイアスがある。つまり『人間の指導者なら相手の信念に挑むような場面』においても、LLMは理論上『ユーザーの視点に迎合するような神学的議論を選んでしまう』という可能性がある」。

一方The Registerのほうは、かなり強い表現で次のように論じた。「AIはユーザーを喜ばせるために事実をでっち上げる傾向がある。この『権威の仮面をかぶったデジタルのイエスマン』により、精神的な探求を望んでいる人々が本格的な精神疾患に導かれる可能性もある」。ちなみに同誌の記事は、その章に「Worshipping at the altar of Altman(アルトマンの祭壇で礼拝)」という見出しをつけた。

このように表現の違いはあるものの、両誌は「AIの迎合性のリスク」をはっきり指摘している。それはBarnaが提示したAIリスクの設問には含まれていない要素だった。つまり「おべっか使いのAIが、求道者に対して精神的なアドバイスをすることの危うさ」を、米国のクリスチャンや牧師がどのぐらい懸念しているのかは調査されなかった。

ここにはBarnaが伝えられる報告内容の限界が示されているのかもしれない。なにしろ今回の彼らの調査は、教会やクリスチャン向けのAIサービスを提供しているテクノロジー企業「GLOO(2025年Nasdaq上場)」との協働による一年間の連続調査の第2回目に該当するものだ。「AIと信仰」のトピックを一年に渡って発表し、Glooにインセンティブを持たせることが調査の大きな動機になっている可能性もある。そのような調査報告書であれば、わざわざ「教徒の信仰にAIが口をはさむ危険性」に触れたくないかもしれない。

実際にGlooへの忖度があったのかどうかはともあれ、2026年のAI意識調査がLLMの迎合性の悪影響を完全にスルーしたのは、やはり不充分だったようにも感じられる。それでも今回Barnaが発表した報告書からは、普段なかなか触れる機会のない「キリスト教徒の本音のAI観」を垣間見ることができる。これは「宗教とAI」「求道とAI」「人生とAI」などといった曖昧模糊としたテーマを論じる際にも利用できそうな、ちょっと珍しい資料だ。

出典、引用元

AI is Becoming a Spiritual Authority, Even Among Practicing Christians(Barnaによる調査結果のページ)
https://www.barna.com/research/christians-trust-ai-flourishing-spiritual-authority/

Glossary – Barna Group(Barnaが利用する用語集。「実践派クリスチャン」の定義などが記されている)
https://www.barna.com/glossary/

Christians Trust AI For Spiritual Growth
https://religionunplugged.com/news/2026/5/21/new-study-christians-trust-ai-for-spiritual-growth

Deus ex machina_ Half of US Christians trust AI’s spiritual advice
https://www.theregister.com/ai-ml/2026/05/21/deus-ex-machina-half-of-us-christians-trust-ais-spiritual-advice/5244371

脚注

  1. このように書くと「キリスト教の話題を扱ってはいるが、あくまでも自身は中立的な立場から調査をしている団体」のように感じられるかもしれない。そして実際、彼らが提供するデータの正確性を「高水準」と評価する声は多い。ただし創設者の背景や過去の研究からは、福音派/保守プロテスタントとの結びつきの強さが伺えるため、それが調査の質問内容や研究のテーマなどに影響している可能性があることは留意するべきかもしれない。ちなみにThe Registerは、Barnaを「福音派の世論調査機関」だと説明している。

    ↩︎
  2. Barnaが定めている実践派クリスチャンとは
    ・キリスト教の一教派に属しており、それを自己同定している人
    ・最低でも月一回以上は礼拝に出席している人
    ・「人生において信仰は非常に重要だ」と答えている人
    この三つの条件すべてを満たした人である。たとえば「子供の頃からクリスチャンを自認し、神の存在もぼんやりと信じているが、強い信仰を持って生活したいとは考えていない人」「どこかの教派に属して洗礼も受けているが、いまは教会に通っていない人」「キリスト教を学問として学んでいる人」などは、ここに該当しない。 ↩︎
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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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