プロフェショナル化するロシア破壊工作モデル

1. はじめに:「プロフェッショナル化」という言葉が意味するもの
ポーランド内務安全保障局(ABW: Agencja Bezpieczenstwa Wewnetrznego)は2026年、2024-2025年の活動のうち選定された事例をまとめた報告書(原題:”Selected activities”)を公開した。ABW長官ラファウ・シリスコ大佐が序文で記しているとおり、この種の公開報告書が出るのは2014年以来約12年ぶりのことだ。ABWはポーランド最大の情報機関であり、対スパイ活動、対テロ、経済安全保障、サイバーセキュリティ、機密情報保護を主要任務とする。
報告書の対スパイ活動部門には、ロシアの工作活動を評価する際に「プロフェッショナル化(professionalisation)」という言葉が用いられている。この言葉が指すのは、工作員の能力向上や精鋭化といった一般的な意味ではない。ABWが観察した変化はより構造的なものだ。報告書は次のように記している。2023年まではインターネット経由で場当たり的に(ad hoc)募集した「一回限りのエージェント(one-off agents)」が主体であったが、2024年以降は「密接に組織された犯罪組織のネットワーク(tightly-knit organised crime networks)を基盤とする複合的な破壊工作セル」の構築へと移行が進んだ。
本稿はこの転換を報告書の記述に即して読み解くことを目的とする。なぜ移行したのか、移行後のモデルはどのような構造を持つのか、そして「ロシアの工作部門が死者の発生を受け入れた」というABWの評価はいかなる根拠に基づくのか。欧州の他機関・他国による観察も補足しながら、順に検討する。
2. 移行の前提:在欧工作能力の劣化
ABW報告書はロシアへの対抗措置として「行政的措置(entry bans, expulsion from Polish territory, refusal to grant or withdrawal of accreditation)」の実施を記しているが、そうした措置の累積がロシアの工作モデル転換を促した構造的背景については詳述していない。この点を補うのが、欧米の複数機関による観察だ。
2022年2月のウクライナ全面侵攻後、欧州各国は外交官として在留していたロシアの情報工作員を大量に追放した。英国・米国主導で始まったこの動きは連鎖的に広がり、2023年1月までに欧州・米国を合わせた追放者数は600名近くに達した。英秘密情報局(MI6)長官リチャード・ムーアは2022年7月の時点で「外交官カバーで活動していたロシアの諜報員のおよそ半数が欧州から追放された」と述べている(RFERL「Report: Russian Sabotage Operations In Europe Have Quadrupled Since 2023」2025年8月20日、URL: https://www.rferl.org/a/russia-sabotage-europe-hybrid-attacks/33508179.html )。
外交特権を隠れ蓑として活動していた工作員が欧州から一掃された。加えてGRU(ロシア軍参謀本部情報総局)の精鋭破壊工作部門であるUnit 29155(第161専門訓練センター)の要員が複数の調査報道によって実名・顔写真を含む形で特定・公開されたことも、正規工作員の現地活動能力を著しく低下させた。こうした状況について、「要員が公開・特定されることで注目が集まり、活動能力が低下した。その結果として犯罪者を使う依存度が高まった」との分析がある(TorchStone Global「Hybrid Warfare/Criminal Nexus」2024年10月22日、URL: https://www.torchstoneglobal.com/hybrid-warfare-criminal-nexus/ )。
ABW報告書はこのシフトの原因についても言及している。「ポーランド国内における治安職員の警戒強化と国民の脅威認識の向上が、ロシア情報機関がポーランド市民との作戦的接触を確立する能力を効果的に制限した」ため、レジデンチュラ(rezidentura、海外の情報拠点)は「ロシア語話者および親ロシア系のサークル」へ活動の重心を移さざるを得なくなったとABWは記している。報告書が示すのは欧州規模の追放という外的要因ではなく、ポーランド国内の対抗措置という内的要因だ。前段で補足ソースとして参照した欧州規模の追放との因果関係は、ABW報告書自体には記述されていない。
3. 移行前の形態:「使い捨てエージェント」モデル
ABW報告書は、2023年時点でのロシアの工作スタイルをこう記している。「ロシアの工作機関はインターネット経由で場当たり的に(ad hoc)募集した、いわゆる一回限りのエージェント(one-off agents)に主として依拠していた」。
その運用形態は報告書に具体的に描写されている。採用はインスタントメッセージアプリ(即時通信アプリ)上に掲載された「手っ取り早く稼げる機会を提供する(offering a chance to get rich quickly)」広告を通じて行われた。依頼主と実行者の間の通信はほぼオンラインで完結し、報酬は暗号通貨で支払われた。実行者に与えられる任務は、外見上インテリジェンス活動とは無関係に見えることがしばしばあった(often seemingly unrelated to intelligence activities)とABWは記している。
このモデルには構造的な特性がある。実行者が逮捕されても依頼主との接触はオンラインのみであり、実行者は組織の全体像を知らないため、摘発が工作組織本体に与えるダメージは限定的だ。
この形態を学術的に概念化したのがRUSIジャーナル(英王立統合軍事研究所学術誌)に2024年9月に掲載されたRichterova、Grossfeld、Long、Bury(2024年)による論文「Russian Sabotage in the Gig-Economy Era」だ。論文は現代のロシア破壊工作を「ギグ・エコノミー(gig economy、単発の仕事を請け負う経済形態)」型として整理する。実行者はUberの運転手が仕事を入札するように任務に応募し、報酬額と場所を告げられるが、目的の全体像は知らされない(RUSIジャーナル「Russian Sabotage in the Gig-Economy Era」2024年9月17日、URL: https://www.rusi.org/explore-our-research/publications/rusi-journal/russian-sabotage-gig-economy-era )。
上記論文の第一著者であるRichterova(キングス・カレッジ・ロンドン上級講師)は、論文とは別に2025年2月のインタビューで個人として次のように述べている。「よく訓練されたプロの工作員から、あらゆる階層から募集された素人への転換が起きている。彼らは訓練されていない。自分が何をしているのか理解していないことも多い」(Lux Capital Riskgaming「How Russia is bringing the cost of global sabotage to zero」2025年2月6日、URL: https://www.luxcapital.com/content/how-russia-is-bringing-the-cost-of-global-sabotage-to-zero )。
ABW報告書が「一回限りのエージェント」と呼ぶモデルは、こうした文脈のなかに位置づけられる。安価で大量に調達でき、摘発されても組織が露出しない反面、複雑な任務の遂行には限界がある。次節で見るように、ABWはこのモデルからの移行を2024年以降に観察した。
4. 移行後の形態:組織犯罪ネットワークを基盤とする複合破壊工作セル
ABW報告書は2024年以降に観察された変化をこう記す。「使い捨てエージェントに主として依拠していた2023年と比べ、その後の年において(in subsequent years)は、密接に組織された犯罪組織のネットワーク(tightly-knit organised crime networks)を基盤とする複合的な破壊工作セルの構築により大きな重点が置かれるようになった」。
採用される人材像も変化した。報告書は「ロシア側は安全保障部門での経験を持つ人物を好む」と明記し、具体例として元兵士、元民兵、ワグネルグループの傭兵経験者を挙げている。単発の犯罪者を使い捨てる前のモデルと異なり、武装組織や地下組織での活動経験を持つ人材が求められている点が特徴的だ。
訓練面でも変化が確認されている。報告書によれば、ロシア連邦国内での訓練が強化されており、武器および爆発物の使用を含む内容でテロリスト活動のための専門的な訓練が行われている。こうした訓練を受けるのは主に外国籍者だとABWは記している。
前節で見た「使い捨て」モデルとの構造的差異は明確だ。使い捨てモデルは摘発されても組織本体へのダメージが限定的な反面、実行者の能力は低く複雑な任務には対応できない。組織犯罪ネットワークを基盤とするセルは、安全保障分野の経験者で構成され専門訓練を受けているため、より複雑な任務の遂行が可能になる。摘発されても組織全体が露出しにくい点は使い捨てモデルと共通しているが、任務の複雑性と確実性において大きく異なる。
ワグネルグループ傭兵経験者の活用については、ABW報告書以外にも具体的な事例が確認されている。2024年3月、ロンドン東部でウクライナ支援物資(スターリンク衛星通信機器等)を保管する倉庫が放火された。英国の裁判所は2025年7月、実行した3名をワグネルグループのために犯行に及んだとして有罪とした。The Long Brief(2025年10月2日、URL: https://longbrief.com/russian-sabotage-campaign/ )はこの事件を踏まえ次のように分析する。ロシアは2022年に欧州の大使館から大量追放された正規工作員に代わり、犯罪者プロキシ(代理実行者)を使う度合いを高めている。犯罪者を実行役に使えば、摘発されてもロシアとの直接的なつながりは残らない。ロシアは関与を否定でき、自国の正規工作員を危険にさらさずに済む。
また、動員される人材の多様性という観点では、ネオナチ系グループ、フーリガン、軽犯罪者など、ロシアと従来つながりのなかった非提携アクターが積極的に活用される方向への変化も複数の機関が確認している(New Lines Institute「How Local Criminals Help Russia Fight a Gray Zone War in Europe」2025年12月4日、URL: https://newlinesinstitute.org/global-security-mil-priorities/how-local-criminals-help-russia-fight-a-gray-zone-war-in-europe/ )。ただしこの多様化の傾向はABW報告書が直接記述しているものではなく、欧州全体の観察から導かれた補足的な知見である。
5. エスカレーションの帰結:「死者発生の容認」
工作モデルの転換が単なる組織的効率化にとどまらないことを示すのが、ABW報告書に記された次の判断だ。「ロシアの工作部門は、活動をエスカレートさせることで死者が発生することを受け入れた(accepted that fatalities would occur)」。
この判断の根拠としてABWが挙げるのが、標的の拡大だ。2024-2025年にロシアの工作活動が狙ったのは軍施設や重要インフラだけではなかった。報告書は「大型小売店やその他の公共施設」も標的に含まれていたと明記する。不特定多数の一般市民が集まる場所も標的に含まれていたこと、さらに航空または鉄道の災害を招きかねない計画が存在したとABWが判断していることが、「死者発生の容認」という評価の具体的な根拠となっている。
工作の実施主体についても報告書は整理している。ロシアの破壊工作は主として(mainly)GRUとFSB(連邦保安庁)の専門部隊によって組織・遂行されており、報告書によれば役割分担としてはGRUが軍事関連標的、FSBが非軍事の重要インフラおよび民間公共施設を担当するとされていたが、この分担は2024-2025年において厳密には定義されていなかった(was not strictly defined)とABWは観察している。「実際には両機関が、それぞれの作戦能力に応じて軍事・民間双方の標的に対して作戦を実施した」とABWは記している。
標的の多様化と死者発生の容認という二点は、前節で見た工作モデルの転換と切り離して考えることはできない。使い捨てエージェントによる低技術・低コストの単発攻撃から、安全保障分野の経験者で構成され専門訓練を受けたセルによる複合的な作戦へ。そのモデル転換の帰結として、より複雑で、より多くの被害をもたらしうる標的への攻撃が可能になった。ABW報告書はこの点について明示的な結論を出していない。ただし、軍施設から一般公共施設へという標的の拡大と、死者発生を受け入れたという判断を並べて記述していることから、本稿の執筆者はこの転換が単なる組織改編にとどまらない性格を持つと解釈する。
6. 欧州規模での照合:他機関・他国の観察
ABW報告書が描く工作モデルの転換は、ポーランド一国の観察にとどまらない。欧州の複数の機関・国が独立した観察として同様の傾向を確認している。本節の内容はABW報告書に基づくものではなく、それぞれの出典を明示した補足情報である。
件数の増加については、国際戦略研究所(IISS、ロンドン)が2025年8月19日に公表したレポートが最も包括的な数字を示している。同レポートによれば、欧州における破壊工作件数は2023年比でほぼ4倍に増加した。米戦略国際問題研究所(CSIS)のセス・ジョーンズが2025年3月にまとめた報告では、2022年から2023年にかけて4倍、さらに2023年から2024年にかけておよそ3倍という増加が記録されている(Irregular Warfare Journal「Sabotage as a ‘New Normal’」2025年12月17日、URL: https://irregularwarfare.org/articles/sabotage-as-a-new-normal/ )。IISSレポートは2025年前半に件数の減少を記録しているが、その要因については明確な結論を出していない。
他国での具体事例も、ABWが観察した転換と整合的な傾向を示している。2024年3月にロンドン東部でウクライナ支援物資を保管する倉庫が放火された事件では、英国裁判所が2025年7月に実行犯3名をワグネルグループのために犯行に及んだとして有罪とした。同年5月にはポーランド最大規模のショッピングモールへの放火未遂事件が発生し、NBCニュース(2025年9月)によれば、ロシアが報酬を支払ったグループの関与を当局が確認している。リトアニアでは検察が少なくとも7か国出身の13名を起訴した(New Lines Institute「How Local Criminals Help Russia Fight a Gray Zone War in Europe」2025年12月4日、URL: https://newlinesinstitute.org/global-security-mil-priorities/how-local-criminals-help-russia-fight-a-gray-zone-war-in-europe/ )。
DHL貨物便を標的とした一連のパーセル爆弾事件では、欧州刑事司法協力機構(Eurojust)が2025年3月、英、独、蘭、ポーランド、リトアニアの合同捜査によって22名の容疑者を特定したと発表した。容疑者はロシア、ラトビア、エストニア、リトアニア、ウクライナの出身者で構成されており、「容疑者は脆弱な社会経済的状況に置かれていることが多かった(were often in a vulnerable socio-economic situation)」とEurojustは述べている(Reuters「Russia’s GRU believed to be behind 2024 European parcel blasts with 22 suspects identified」2025年3月、URL: https://www.aol.com/articles/lithuania-prosecutes-five-people-over-112616318.html )。複数の国籍が混在するこの構成は、ABWが記述した「組織犯罪ネットワークを基盤とする複合セル」という形態と構造的に一致している。
ドイツでは2025年10月、連邦情報局(BND)長官マルティン・イェーガーが連邦議会の委員会でTelegramを通じた低レベルエージェントの募集が進んでいると証言した。「ロシアはTelegramなどのSNSを監視し、潜在的なエージェントを特定して、軍事施設の撮影や放火といった小規模な任務に対して少額の報酬を提示している」(Euronews「How Russia recruits its agents in Germany, one click at a time」2025年10月28日、URL: https://www.euronews.com/2025/10/28/putins-secret-terror-in-germany-how-russia-recruits-its-agents-one-click-at-a-time )。
各機関の観察を整理すると、ABWが「プロフェッショナル化」と呼んだ転換との共通点が浮かび上がる。IISSとCSISは件数の急増という量的変化を確認した。EurojustとNew Lines Instituteは多国籍の実行者で構成されるネットワーク構造という形態的特徴を確認した。BNDはTelegramを通じた低レベルエージェントの継続的な募集という手法的特徴を確認した。これらは独立した観察だが、いずれもABW報告書が記述した転換の特徴と重なっている。ただし各機関の観察対象と文脈は異なる点に留意が必要だ。
7. おわりに:転換が示すもの
工作モデルの転換をABWがどの程度深刻に受け止めているかは、報告書が示す数字に端的に表れている。スパイ活動(ポーランド刑法第130条)に関連する予備捜査の件数は、2022年が6件、2023年が13件、2024年が21件、2025年が48件と推移している。2025年単年の件数は前年比128%増であり、報告書はこの期間の捜査と逮捕の件数を「前例のない(unprecedented)」ものと評価している。2024年から2025年の2年間に開始された捜査は合計69件にのぼり、これは1991年から2023年までの全期間に開始された捜査件数と同等だとABWは記している。ウクライナへの全面侵攻が始まって以降の累計では、91名が容疑者として特定され、82名がスパイ罪で起訴され、62名が身柄を拘束された。
こうした数字は、本稿が追ってきた工作モデルの転換と切り離して読むべきではない。使い捨てエージェントから組織犯罪ネットワークを基盤とする複合セルへの移行は、摘発に対する耐性を高めると同時に、より複雑で被害の大きい任務の遂行を可能にする。捜査件数の急増は、工作活動の量的拡大を示すと同時に、その質的変化への対応をABWが迫られていることを示している。
対抗措置としてABWがとった行動の一端も報告書に記録されている。ロシアの破壊工作への関与要請を受けた市民が通報できるTelegramチャットボット「@ABW_STOPdywersji_bot」が2025年に開設され、ポーランド語、英語、ウクライナ語、ロシア語の4言語に対応している。またポーランド当局はロシアの情報工作への対応として、ロシア連邦領事館をポズナン(2024年11月)、クラクフ(2025年6月)、グダニスク(2025年11月)で相次いで閉鎖した。
最後に報告書の射程と限界について記しておく必要がある。報告書の対スパイ活動章冒頭には「われわれの活動に関する情報のうち、公開できたのは一部にすぎない(Only some of the information regarding our activities could be disclosed to the public)」と記されている。本稿が依拠した記述はすべてその「公開できた一部」である。工作セルの具体的な構造、組織犯罪ネットワークの実態、訓練施設の詳細といった情報は報告書に含まれておらず、本稿もそれらを確認する手段を持たない。
ABWが「プロフェッショナル化」と呼んだ転換の全体像は、公開情報の範囲では輪郭を描くことしかできない。それでも報告書が記録した事実、すなわち使い捨てエージェントから組織犯罪連携型セルへの移行、死者発生の容認、標的の拡大という三点は、欧州の情報安全保障上の地殻変動を示す一次資料として十分な重みを持つ。
