無名の小規模掲示板が過激化を助長する可能性

近年、過激主義や陰謀論の拡散は主流SNSの問題として語られることが多い。しかし著者は、その源流として、小規模で閉鎖的な掲示板コミュニティに注目する。こうした空間では過激な思想やミームが共有され、増幅され、利用者の急進化を促すだけでなく、その一部は主流SNSや政治的言説へと浸透していく。
そこで今回は、GPAHE(Global Project Against Hate and Extremism、ヘイトと過激主義を監視する米国のNGO)によるレポート「Big Trouble on Small Forums: Largely Unknown Small Sites Driving Extremist Violence」( https://globalextremism.org/post/big-trouble-on-small-forums/ )を紹介する。本レポートは、一般にはほとんど知られていない小規模なオンライン掲示板やフォーラムが、極右過激派の形成や暴力行為に果たす役割を分析した論考である。
本稿では、まず小規模掲示板とは何かを整理した上で、それらが過激派を助長する仕組みや実際の事例を紹介する。そのうえで、日本においても同様の現象が生じる可能性について考察する。
1 小規模掲示板とは
本レポートが分析対象としている「小規模掲示板(small forums)」とは、利用者数が比較的少なく、一般のインターネット利用者にはほとんど知られていない画像掲示板やオンラインフォーラムを指す。本レポートによれば、こうしたサイトには、その主義主張や言動の過激さや有害さゆえに、主流のSNSやオンラインサービスでは受け入れられない利用者が集まる傾向がみられる。また、これらのサイトの多くは恒久的な存在ではなく、運営者やホスティング事業者によって短期間で閉鎖されることも少なくない。さらに、あるコミュニティから排除された利用者が別のサイトへ移動することが繰り返されている。こうした事情により、過激なコミュニティが新たな掲示板上で再形成される場合があるとされる。
本レポートでは、過激派コミュニティとの関連が指摘される小規模掲示板やフォーラムとして、以下のようなサイトが紹介されている。
- Soyjak Party(Sharty)
「Soyjak」と呼ばれるミームを共有する画像掲示板。本レポートによれば、LGBTQ+への敵意、人種差別的言説、暴力の支持などが見られるとされる。後述するサンディエゴ・イスラムセンター襲撃事件の犯人が残した書き込みで言及されていた。
- Soyzellig Party(Zarty)
Soyjak Partyから派生した画像掲示板。本レポートによれば、ヘイトスピーチやネオナチ的プロパガンダが投稿されるコミュニティとして紹介されている。同じくサンディエゴ事件の書き込みで言及されていた。
- WatchPeopleDie(WPD)
暴力や死亡事故の映像を共有するサイト。本レポートは、複数の暴力事件の加害者との関連が指摘されていると説明している。
- Kiwi Farms
個人に関する情報共有や嘲笑を目的としたフォーラム。標的となった人物への嫌がらせや個人情報の暴露が問題視されている。
- FashFront
ネオナチ的な思想や「加速主義(Accelerationism)」を扱うフォーラム。本レポートでは、暴力によって社会崩壊を加速させるべきだとする極右思想との関連が紹介されている。
2 小規模掲示板が過激派を助長する仕組み
本レポートによれば、まず、小規模掲示板は過激派の交流やネットワーク形成の場として機能している。例えば、過激な思想を持つ利用者が主流のプラットフォームから排除された場合でも、別の小規模掲示板へ移動し、新たなコミュニティを形成することがあるとされる。また、一部のフォーラムは過激派組織の連絡や情報共有のために利用されている事例が紹介されている。
さらに、本レポートは、小規模掲示板が過激な思想や価値観を共有し増幅させる空間として機能していると指摘する。掲示板内では、特定の政治思想や陰謀論だけでなく、「red pill」「blackpill」などの用語や概念が流通している。こうした概念の一部は、後により広範なオンライン空間へ拡散したとされる。
また、本レポートは、小規模掲示板の影響力は利用者数だけでは測れないと論じている。そこで形成された言説やミームは、主流のSNSやオンラインコミュニティへ持ち込まれ、より大きな影響力を持つ場合がある。例えば、米国で広く支持を集めた陰謀論運動であるQAnonについても、最初の投稿は4chanに現れたものの、その後Facebook上で広く拡散したとされている。
加えて、本レポートは、小規模掲示板が現実世界の暴力行為と結び付く場合があることを指摘する。2026年のサンディエゴ・イスラムセンター銃撃事件では、犯人らが残したマニフェストに複数の小規模掲示板への言及が含まれていた。著者は、この事例を含め、こうした掲示板やフォーラムが次世代の過激派や潜在的な攻撃者に影響を与えている可能性があると論じている。
以上のように、本レポートは、小規模掲示板が過激派の交流の場となり、過激な思想や文化を共有し増幅し、それらを主流のオンライン空間へ波及させることで、過激主義の拡大に一定の役割を果たしていると説明している。
3 小規模掲示板が過激派を助長した例
本レポートでは、小規模掲示板やオンラインフォーラムが上記の仕組みで実際に過激思想や暴力行為と結び付いた事例として、複数のケースが紹介されている。
- 2026年5月に発生したサンディエゴ・イスラムセンター銃撃事件
2026年5月18日、オンライン上で急進化した10代の2人が、米サンディエゴのイスラムセンターを襲撃して3人を殺害し、自殺した。極右思想に基づく憎悪犯罪である。2人が自殺する前に拡散した書き込みには、過去の白人至上主義者による襲撃事件への共感が示され、「Sharty」「8kun」「Zarty」といった小規模掲示板への言及が含まれていた。
- インセル(非自発的独身者)コミュニティに関連する事例
「red pill(主流社会が隠しているとされる「真実」への覚醒という認識)」や「blackpill(個人の努力では社会的・性的成功を得られず、現状は変えられないとするインセル系の概念)」といった概念の一部は、インセルを含むオンラインコミュニティの中で広まったと本レポートは説明する。なお、本レポートで紹介されている「blackpill」などの概念は、インセル・コミュニティにおいて共有されてきた世界観の一例である。INODSの別の記事「ドイツにおけるManosphere オンラインの女性差別」( https://inods.co.jp/topics/news/6455/ )によると、ISDとSCRIPTSによるGermanosphere研究では、インセルを「孤独の原因を女性に帰し、自己嫌悪と社会的不満から現代の性別役割を拒否するコミュニティ」と位置付けており、その一部は暴力的または差別的な言動へ発展する可能性があると指摘している。
具体的な事件としては、2014年、女性に対する強い憎悪を抱いていたエリオット・ロジャーがカリフォルニア州イスラ・ビスタで6人を殺害し、14人を負傷させた事件、また、2018年、ロジャーの事件に影響を受けたアレック・ミナシアンがカナダ・トロントで車両を用いた襲撃を行い、10人を殺害した事件などが挙げられる。
- QAnonの拡散
本レポートによれば、QAnonの最初の投稿は4chanに現れ、その後8kunなどのコミュニティでも活動が続いた。しかし、この陰謀論が広範な影響力を持つようになったのは、Facebookへ浸透してからであったとされる。本レポートは、この事例を、小規模掲示板で生まれた言説が主流のSNSへ波及した例として紹介している。
このように、本レポートでは、小規模掲示板は単に過激思想を共有する場にとどまらず、暴力行為に関与した人物との関連や、陰謀論や過激思想の拡散経路として機能した事例が存在すると説明されている。
4 日本への影響
本レポートは、小規模掲示板と過激化の問題を英語圏に限定された現象として捉えていない。例えば日本の「2ちゃんねる」は、匿名掲示板文化の中からネット右翼と呼ばれる右派的なオンラインコミュニティが台頭した事例として紹介されている。また、韓国の「イルベ」についても、匿名掲示板を基盤として極右的な政治コミュニティが形成された事例として取り上げられている。著者は、こうした事例を通じて、英語圏以外でも、小規模掲示板が過激な政治的コミュニティの形成を支えるだけでなく、そこで形成された言説やミームが主流のオンライン空間へ流入する可能性を指摘している。
もっとも、日本では英語圏で見られるような白人至上主義運動や加速主義テロ組織は一般的ではない。そのため、日本におけるリスクは必ずしも同じ形で現れるとは限らない。
他方で、陰謀論や特定の政治的言説がオンライン空間を通じて拡散し、社会的影響力を持つ事例はすでに確認されている。笹川平和財団のレポート「認知領域の戦いにおける陰謀論の脅威?海外における体制破壊事案から日本における陰謀論情勢を考える」( https://www.spf.org/iina/articles/nagasako_03.html )では、日本においてQAnonの影響を受けたQAJF(Q Army Japan Flynn)や神真都Qといった団体が形成され、反ワクチン運動や陰謀論の拡散を通じて支持者を集めたことが指摘されている。例えば神真都Qは、LINEオープンチャットに約1万3000人の参加者を抱え、2022年1月には全国で約6000人規模のデモを実施した。また、同年4月にはワクチン接種会場への不法侵入事件で関係者が逮捕・有罪判決を受けている。
こうした事例は、閉鎖的なオンラインコミュニティの内部で形成された言説や陰謀論が、SNSを通じてより広いオンライン空間へ拡散しうることを示している。そのため日本におけるリスクは、欧米と同一の思想運動や暴力的組織の出現というよりも、匿名掲示板や小規模コミュニティで形成された言説が主流の情報空間へ流入し、世論や社会認識に影響を及ぼすことにあるのではないだろうか。
5 結論
本レポートは、小規模掲示板やオンラインフォーラムが、過激思想や陰謀論の形成や拡散において重要な役割を果たしていることを指摘している。これらの空間は利用者数こそ限られているものの、過激な思想やミームが共有され増幅される場となり、そこで生まれた言説が主流のSNSやオンライン空間へ流入することで、より広範な影響を及ぼし得るとされる。
また、本レポートは、小規模掲示板が過激派コミュニティの交流や再編の場として機能するだけでなく、現実の暴力行為と結び付く場合があることを示している。さらに、QAnonの事例が示すように、小規模なコミュニティで形成された言説が主流プラットフォームへ波及し、大規模な社会的影響力を獲得することもある。
日本においては、欧米でみられるような白人至上主義運動や加速主義テロ組織が一般的であるとはいえない。しかし、匿名掲示板文化を背景として政治的コミュニティが形成されてきたことや、陰謀論がSNSを通じて拡散した事例を踏まえれば、小規模なオンラインコミュニティで形成された言説が主流の情報空間へ波及する可能性は存在する。その意味で、本レポートは、過激主義や陰謀論の拡散を理解する上で、主流SNSだけでなく、その源流となり得る小規模なオンラインコミュニティにも着目する必要性を示している。
