「ファクトチェックの現在」から見えたこと~参院選を振り返って

はじめに
昨年11月から今年3月にかけて、「ファクトチェックの現在」と題するウェビナーが全5回にわたり開催された1。ファクトチェック団体と推進団体の関係者5名が登壇し、ファクトチェックの歴史・現状・課題を語った。
それから半年も経たないうちに、ファクトチェックをめぐる状況は大きく変化した。今年7月の参院選ではそれまで消極的だった大手メディア各社が選挙関連のファクトチェックに参入し、「ニュースの空白」は解消された。だが、メディアに過熱感や過剰反応が見られ、ファクトチェックの「武器化」などによって本来のあり方が歪められる事態も起きている。
参院選直後の7月30日に開かれたウェビナー「『ファクトチェックの現在』から見えたこと」は同シリーズの総まとめであると同時に、参院選でのファクトチェックの振り返りでもあった。ファクトチェックに長年たずさわってきた楊井人文氏をホストに、藤代裕之氏(法政大学教授)と石川雄介氏(地経学研究所研究員)をゲストに招いて、ファクトチェック以外の領域からも光を当てつつ、活発な意見交換がなされた。
参院選ファクトチェックで何が起こっていたのか
マスメディアは従来、ファクトチェックの取り組みに消極的であった2。それに加えて、選挙報道の公平性にこだわるあまり、選挙期間中の報道が近年は減少傾向にあった。昨年11月の兵庫県知事選では「ニュースの空白」が生じ、真偽不確かな情報や誹謗中傷が飛び交う事態に発展している。ファクトチェック団体の取り組みも低調だった3。
ニュースの空白の責任を問われた既存メディアは方針を転換し、参院選では積極的にファクトチェックに取り組んだ。楊井氏の独自調査によれば、約20媒体から200本あまりのファクトチェック記事が出されている。数の面では充実し、「ニュースの空白」は埋まったと言える。メディア間の連携や専用チャンネルの開設など、画期的な取組みも見られた。

楊井人文氏によるウェビナー資料
ファクトチェックが盛んにおこなわれた反面、さまざまな課題や問題が浮上している。情報の集中・過熱と情報の不足・偏りという、一見すると相矛盾するかに思える二つの方向性である。

筆者作成
情報の集中と過熱
拡散のトランペット
参院選での争点は当初、物価高対策や減税などの経済政策であった。ところが選挙期間の後半にかけて参政党と「外国人問題」がクローズアップされ、本来の争点からずれてしまった。藤代氏がいうように、SNSの争点にメディアが引きずられる形になったのである。
さらに、特定の政党やテーマに報道が過度に集中したことで、逆効果が生じている。たとえば、候補者によるデマを多くの媒体が繰り返し取り上げたために「拡散のトランペット」現象が起こり、かえってデマを拡散させることになった可能性がある。
このように報道の集中と過熱には弊害が多い。これを避ける方策として石川氏が挙げたのは、ファクトチェック団体やメディアがもつ特性に応じて棲み分け/役割分担することであり、連携のための枠組みの必要性が提言された。
ファクトチェックの武器化
メディアの過熱感はファクトチェックの政治利用を招く。集中的にファクトチェックされた政党がこれを逆手にとり、いわれのない批判・攻撃を受けているという被害者ポジションをとった。有権者の間でも、敵対する政党や陣営を攻撃するためにファクトチェックを利用するという「武器化」が見られた。
ファクトチェックをする側にも、正義の名のもとにファクトチェックを政治利用したり、真偽判定を超えて価値判断に踏み込んだりする傾向が一部にあった。藤代氏はこのような状況に対してファクトチェックする側に自制心が求められると指摘し、検証のしかたを検証しなければならないと述べた。選挙でのファクトチェックは有権者に判断材料を提供するためにある。最終的に候補者を選ぶのは有権者なのだから、ファクトチェックをするメディアが有権者の選択について言及するのは民主主義に反するというのが、藤代氏の見解である。
これに関連して楊井氏は、ファクトチェックの効果を誰がどのようにして評価するのか?という問題提起をおこなっている。有権者の投票行動に影響を与えることが目的ではない以上、投票結果をもとにファクトチェックが届いた/届かなかったと評価するのは適切ではない。候補者が流すデマをファクトチェックし、その候補者が落選したからといって、ファクトチェックが有権者に届いたと結論付けることは差し控えるべきだろう。どうやってファクトチェックの効果を評価するべきか?というのはファクトチェックのあり方そのものに関わる本質的な問いであり、これから検討すべき重要課題だといえる。
外国からの介入疑惑に対する過剰反応
参院選の終盤に持ち上がった外国からの選挙介入疑惑は、ただでさえ過熱気味だった選挙報道とファクトチェックをさらに煽ることになった。一部のメディアや政治家は浮き足立ち、規制強化の論調を強めた。
参政党に利するようにロシアの影響工作がおこなわれていたかどうかはともかく、問題なのはメディアの反応が冷静さを欠いていたことであり、それによって全世界に脆弱性を露呈することになった。外国勢力はこのようなメディアの脆弱さを「拡散のトランペット」のメカニズムに乗じて利用する。わざと影響工作だとわかるようにして情報を流し、ファクトチェック団体やメディアにファクトチェックをさせて、情報を拡散させるのである。
介入疑惑が浮上したからといって一気に法制化を推し進めるのは得策ではない。石川氏が指摘するように、現時点では政府には影響工作について一元的に対応する部署がなく、実態を把握するための調査も進んでいない。体制整備と実態把握が不十分なまま結論ありきで物事が進められていくことに対し、楊井氏は違和感を示した。外国からの影響工作に過剰反応することは国内の対立と分断を深めるおそれがあり、慎重を期すべきであるとしている。
情報の不足と偏り
フィルターバブルの問題
選挙に関する報道やファクトチェックが盛んにおこなわれ、多数の記事が公開されたことは、評価すべき点である。だが、それらの情報が有権者のもとに十分に届いているとはいいがたい。有権者が必要とする情報をメディアの側で把握し、提供することができているのかという問題もある。メディアも有権者もそれぞれがフィルターバブルの中に囲い込まれているために、コミュニケーションのすれ違いや断絶が起こり、情報の不足と偏りが生じている。

筆者作成
どのようにしてフィルターバブルを突破して情報を届けるかという課題は、ファクトチェックだけで解決できるものではない。選挙報道を見直したり、ファクトチェック以外の手法を模索したりする必要がある。
有権者目線の選挙報道へ
投票用紙の書き換えや水増しなど不正を疑う陰謀論や、投票用紙の書き方などにまつわるデマや誤情報などが、選挙のたびに流布・拡散する。参院選では序盤からファクトチェックがおこなわれていたものの、選挙制度への疑念をファクトチェックだけで払拭するのは容易ではないことを楊井氏は指摘した。
これを受けて藤代氏は、選挙報道そのものの見直しを提案している。投開票のしかたなど選挙の仕組みに関する基本的な知識をよく知らない有権者は多いが、メディアの側はこれらの基本情報を自明の理と見なして取り上げてこなかった。選挙にまつわるデマや陰謀論は有権者の素朴な疑問や不安に端を発している。それにこたえるために、投開票を現場から生中継するといったアイデアを藤代氏は示した。
従来、大手メディアがおこなってきたゼロ打ち(投票終了時点で当確を報じること)報道はメディア側の都合にすぎず、実際の開票もおこなわれておらず、判定手法も複雑なために有権者の不信感を招き陰謀論を生む要因になると藤代氏は指摘し、選挙報道の見直しを求めている。
ファクトチェックの限界を補うもの
藤代氏が大学生を対象におこなったアンケート調査によれば、参院選でのファクトチェックを見なかったと答えた学生は85%近くにのぼる。ファクトチェックは盛んにおこなわれ「ニュースの空白」は埋まったものの、いまひとつ情報が届いていないことがここから見て取れる。検証の結果をどう届けるか、どう受け止められているのかを検討するのが、今後の課題である。
「どう届けるか」という課題は、先述したフィルターバブルの問題に関わっている。なかでも若年層の情報摂取は動画中心におこなわれているため、この層に訴求するには動画を通じた情報発信が欠かせない。だが、特定の政党の動画をいったん視聴するとその政党の動画ばかりがお勧めされるため、情報の偏りが強化されてしまう。動画配信サイトのアルゴリズムの仕組みが、視聴者をフィルターバブルの中に閉じ込めているのである。
フィルターバブルに入り込んで情報を届けるために、石川氏は二つの方向性を示した。一つは、動画配信を増やすこと。ファクトチェックの取り組み自体は活発化し、検証記事が増えたものの、動画による情報発信は不足している。石川氏によれば、動画配信サイトによってはファクトチェック動画がほとんど出ていないところもあったという。今後は動画を通じた情報発信の充実が望まれる。
もう一つの方向性として、ファクトチェック以外の手法の活用が示唆された。最近ではレーティングをつけないファクトチェックもおこなわれているが、検証結果がすんなり受け入れられるとは限らない。正面から説得を試みるだけでなく、論点をずらしたり冗談やパロディの形式にのせたりして、受け入れやすい手法をとることも必要になってくる。また、ファクトチェックやメディア報道以外の分野からの協力や連携として、石川氏はアカデミアやシンクタンクによる分析や解説を提言している。
おわりに
参院選でのファクトチェックに関して、同ウェビナーでは三人の識者による意見交換がおこなわれ、それを通じてファクトチェックとメディアの課題や限界が見えてきた。ファクトチェックへの取り組みが行き過ぎて過熱し、真偽検証と価値判断の線引きがあいまいになった結果、ファクトチェックそのものが論争の的となったり、敵対する相手を攻撃するための武器として利用されたりしている。冷静さを欠いたメディアのあり方は、影響工作をもくろむ外国勢力にとっては脆弱性として映る。参院選でのファクトチェックが単なる一過性のブームに終わらないよう、今回のウェビナーでの問題提起と提案が活かされることを期待する。
注
- ウェビナー「ファクトチェックの現在」の記事
①楊井人文氏に訊く https://inods.co.jp/articles/webinar-reviews/4919/
②InFact編集長 立岩陽一郎氏に訊く https://inods.co.jp/articles/webinar-reviews/5263/
➂日本ファクトチェックセンター編集長 古田大輔氏に訊く https://inods.co.jp/articles/webinar-reviews/5512/
④FIJ理事 奥村信幸氏に訊く https://inods.co.jp/articles/webinar-reviews/6241/
⑤リトマス編集長 大谷友也氏に訊く https://inods.co.jp/articles/webinar-reviews/6298/ ↩︎ - 「ファクトチェックの現在④」でFIJ理事の奥村信幸氏が、既存メディアによるファクトチェックの取り組みの必然性と必要性を指摘している。 https://inods.co.jp/articles/webinar-reviews/6241/ ↩︎
- 藤代裕之氏「兵庫県知事選挙のファクトチェック活動検証を」を参照のこと。 ↩︎