ニヒリズム暴力の兆候に関するレポート

1.はじめに
今回はISD(Institute of Strategic Dialogue)によるレポート「Spotting the Signs: Recognizing and Responding to Subcultures of Nihilistic Violence」(https://www.isdglobal.org/isd-publications/spotting-the-signs-recognizing-and-responding-to-subcultures-of-nihilistic-violence/)を紹介する。
本レポートでは、米国の学校における銃乱射事件やスウェーデンでの連続刺傷事件など、一見無関係に見える暴力事件が、虚無主義的世界観(あらゆる宗教的・道徳的・社会的価値の否定、しばしば「人生は無意味である」という信念を伴う)を中心としたオンラインコミュニティと関連付けられている。これらのサブカルチャーは、イデオロギーに動機づけられる従来の過激主義と同様の結果を生む可能性があるが、その目的や世界観、動機は古典的なイデオロギー運動とは大きく異なる。本レポートではその原因やそれらの暴力に対する欲求が促進されてしまう環境について「兆候」「促進要因」「きっかけ」「介入の難しさ」という視座から分析し、予防と保護の課題を提示している。
2.ニヒリズム暴力の兆候
ニヒリズム暴力のコミュニティに参加し、その考え方に共鳴する者の特徴としてISDは以下のような要件を提示している。一方でこれらの要件を満たすものが必ずニヒリズム暴力の実行者となることを示すものではなく、ただその集団から特徴を抽出したものである、ということにも留意が必要である。
2.1 ゴアへの極端な関心
ニヒリスティックな暴力のサブカルチャーのメンバーは、オンライン上の「ゴア・コンテンツ(流血や身体損壊を露骨に描写し、強い嫌悪感やショックを与える残虐な表現。日本語の「グロ」に相当)」に魅了される。この特徴は以下のような形で現れることが多いと分析されている。
- ゴア画像などのコンテンツの収集や作成に多くの時間を費やす
- ゴアコンテンツを共有するサイトを頻繁に利用する
- 他のユーザーからコンテンツを募集したり、プラットフォームから削除されたビデオを要求するなど、ゴアについて精通していることを示す
2.2 極端な反社会的行動への関心
性的暴力や恐喝、暴行や拷問などの極端な反社会的行動、およびそのような行動について議論することは、ニヒリズム暴力のサブカルチャー、特に764ネットワーク(自傷・暴力・死の美化など、ゴア表現や精神的操作を通じて人々を過激化させるオンラインの非公式ネットワーク)に関連するサブカルチャーの重要な構成要素とされている。これらの共同体の特徴は、集団に受容されることを目的とした極端な内容の共有などである。
- 自傷画像の作成や共有
- 動物虐待の議論や関心
- 自分や他人を傷つける詳細な妄想の議論
- 身近な人間への激しい憎悪や一方的な対抗心の吐露
2.3 承認欲求
イデオロギーに突き動かされた過激派が「社会や政治を変えたい」という欲求に突き動かされるのと対照的に、ニヒリズム暴力のサブカルチャーは認知や悪評を得る必要性に突き動かされている。このようなコミュニティの参加者は、最も極端な場合、認知や悪評を得るために暴力行為を行うが、ほとんどの場合、そこまでエスカレートすることはなく、その代わりに、コンテンツを共有したり、暴力について議論したりすることで受容を求める。
- 犯罪や暴力行為の動画や画像を、グループ内で決められた「作法」に従って作成する
- 暴力行為の実行願望や意図について議論する
2.4 大量殺人への執着
ニヒリズム暴力、特にトゥルークライム・コミュニティー(TCC、実際に起こった大量殺人などに執着する人々。犯人などを極度に神聖視する傾向などがある)に関わる人々は、大量殺人者の伝記的詳細や私生活に対して、学術的な興味や病的な好奇心をはるかに超えた強迫観念を示すことがある。
- ファンアートを作成したり趣味や嗜好を真似たりする
- 犯人やその家族と接触しようとする
- 事件の発生日や犯人の誕生日などを称えて崇拝しようとする
2.5 殺人犯への妄想や寄生
ニヒリズム暴力のサブカルチャー(特にTCC)の参加者は、妄想に近い大量殺人者への感情や想像上の関係を語ることがある。TCCファンのなかには、自分が好きな殺人鬼と関係がある、あるいはその生まれ変わりだと本気で信じている人もいる。
- 「あなた」などの人称を用いて殺人犯に語りかけるような文面の投稿を行う
- 解離性同一障害の兆候を示している
- 夢や幻の中で大量殺人犯と交信していると主張する
3.ニヒリズム暴力を促進するもの
ニヒリズム暴力のコミュニティーに参加するなどした人々、より現実的な行動をとるよう促進するような要素を、ISDは「ACCELERANTS(促進要因)」として定義している。代表的なものとしてレポートでは以下のものを列挙している。
3.1 暴力を伴う過激派グループなどとの関わり
ニヒリズム暴力のサブカルチャーは、オンライン上のネオナチなどの領域と大きく重なっている。参加者は、イデオロギーや世界観の共有よりも、暴力や美学への共通の関心からこれらのグループに参加している可能性が高いと言え、多様で有害なオンラインコミュニティ間の広範な「ハイブリッド化」の一環として、ニヒリズム暴力のリスクを高める可能性も指摘されている。
- 特定の過激派グループの文献やシンボル、URLを共有したり宣伝したりする
- グループ内の言葉を使ったり、難解な過激派のナラティブを引用するなど、過激派イデオロギーに関する深い知識を示す
3.2 精神的な問題
ニヒリズム暴力のサブカルチャーに参加する人々は、精神衛生上の問題に苦しんでいたり、あるいは苦しんでいるように自分自身を表現する傾向にある。例えばこのようなコミュニティでは薬物乱用、摂食障害、自傷行為についての議論などがよく見られる。
- 薬物乱用や自傷行為、極端なダイエット
- 睡眠不足や人格の解離、孤独や孤立
4.暴力の実行に誘引するきっかけ
個人が自分や他者にもたらすリスクを高める可能性のある不安定な出来事や状況のことをISDは「TRIGGERS(きっかけ)」と呼んでいる。このような兆候だけで現実世界における暴力の発生リスクを予測することは難しいが、実際のニヒリズム暴力の実行者は以下のような背景を持っていたことが指摘されている。
- 社会的拒絶や離別、生活環境や人間関係の変化
- 施設に収容されることへの恐怖
- 失敗や危機に対する恐れ
- 社会的、法的、経済的ストレス
5.予防のための介入の重要性とその課題
このような兆候を見せる人々については、行政などの支援組織が介入することが不可欠であるといえるが、ニヒリズム暴力のサブカルチャーの参加者の間には、助けを求めたり受け入れたりすることに消極的になるような思想、状況が蔓延している。
権力に対する信頼の欠如、逮捕や非自発的治療への恐怖、犯罪的要素への接近は、こうしたコミュニティの参加者が正直であったり協力的であったりする可能性を低下させるとレポートは指摘する。例えば、TCCの参加者は介入プログラムや「脱過激化」プログラムに紹介されることへの恐れや、知らないうちに紹介されていたかもしれないという懸念について話す傾向にある。
また、行政組織から監視されたり、法執行機関に捜査されたりするのではないかという被害妄想的な考えを示すこともある一方で、摂食障害や家庭内暴力など無関係な問題であっても、助けを求めることでネット上での活動が何らかの形で発覚することを恐れるような反応を示すことが多いとされる。特に、以前強制的に入院施設に収容されたことのある参加者は、再び入院施設に戻ることを恐れる上、こうしたコミュニティを自分たちのサポートシステムとみなし、そこから離れたがらない特徴も示す。これらの要素が未然の介入を難しくし、予防を困難にしているとレポートは指摘する。
6.結論
ニヒリズム暴力のサブカルチャーがもたらす新たな脅威に対処するには、このコミュニティ特有の課題を反映した過激化と動員の経路を検知・軽減する予防・取り締まりの枠組みを進化させる必要がある。
一方で、ニヒリズム暴力のサブカルチャーに属する個人は、自らの活動を明かすことで処罰や強制治療を受けることを恐れることが多い。多くは法執行機関や他の権威への不信感を表明し、自己傷害や暴力的な思考を助長する空間であっても、オンラインコミュニティに依存している。
こうした力学は、共感的で情報に基づいた関与戦略の必要性を強調している。これらを踏まえた上で、ニヒリズム暴力に囚われる人々を見つけ、阻止するシステムが重要であるとレポートは指摘する。
