西サハラ問題に見る、トランプ政権が薄め続ける国連の存在意義

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『決議2797』

2025年10月31日、国連安全保障理事会は西サハラにおける国連ミッションを延長する『決議2797』を採択した。
この採択には長年、国連が目指してきた「原則」の事実上の放棄と、国連の宿命が現れている。
背後にはトランプ政権の動きがあり、この小さな地域での出来事は未来の世界の姿を暗示している。

https://globalnewsview.org/archives/987496697

国家的空白地帯:西サハラの歴史

西サハラは、元々サハラウィと呼ばれる先住遊牧民が暮らす国家的空白地帯だった。
しかし1884年頃からスペインが西サハラの植民地支配を開始。結果、スペイン領サハラとして国際的に承認されるに至った。その後1960年代以降になると、国連は「植民地は独立すべき」とし、西サハラも1963年から「未自治領」にリスト入りさせる。
それに合わせ、スペイン政府は住民投票を実施し、西サハラ住民の意向を確認することを約束した。
だが最終的にスペイン政府は、国内の政治的混乱などを理由に一方的にすべて放棄し撤退してしまう。

放棄に乗じたのは、隣国であるモロッコとモーリタニアだ。
西サハラを奪い合うように占拠した両国だったが、その後、経済的理由などから1979年にモーリタニアが撤退。以後、現在に至るまで西サハラのほとんどの地域をモロッコが実効支配し続けている。

この間、これらの外的勢力と戦ってきた勢力が存在する。
先住民であるサハラウィ人で構成されたポリサリオ戦線だ。
ポリサリオ戦線は武装組織で、目的は一貫して「西サハラの自決と独立」だ。
スペイン領時代から戦い続けている。
現状、ポリサリオ戦線が西サハラで実効支配している地域は全体の2割。
だがその多くは砂漠地帯などで大都市は存在せず、人口比では1割に満たないとされる。

以上が西サハラの歴史と現状だ。

https://en.wikipedia.org/wiki/Western_Sahara

国連が守ろうとした「原則」と「現実」

国連はポリサリオ戦線について、武装組織ではあるがテロ組織とはしていない。
『西サハラの人民の正当な代表』として扱っている。
このことから国連がポリサリオ戦線を支持しているように捉えられることもある。
が、実際はあくまでも国連の「原則」に従っているにすぎない。

「原則」により、国連が西サハラで一貫して手放していないのは、以下の3点だ。

  1. 植民地に対する自決
    未自治領である西サハラ住民は、自らどうするかを決める権利を持つ。
    国連はその自決権を行使するための努力を続けてきた。
  2. 武力による領土取得の否認
    実効支配があっても、それだけで主権は認めない。
    モロッコの実効支配を承認してこなかった理由となっている。
  3. 紛争当事者の排除禁止
    紛争を解決するには、当事者を交渉に含めるべきだ。
    西サハラにおいて、先住民によって構成されている組織はポリサリオ戦線のみ。
    そのため国連は、ポリサリオ戦線も当事者として扱う必要があると考えている。

上記の「原則」に従い、国連はポリサリオ戦線を『西サハラの人民の正当な代表』として扱っているわけだが、ポリサリオ戦線が西サハラを統治することを支持しているわけではない。
国連が目指しているのは、あくまでも未自治領の住民が自らの地位を決める自決権の行使だ。
具体的には住民投票を実施し、自らの未来を自らの手で選択させたいのだ。

だが実際に住民投票を実施しようとすると、大きな「現実」にぶつかる。
現状、西サハラでは多くのモロッコ人が流入しており、それは人口の6割強
に及ぶ。
西サハラの住民は誰なのか?
先住民であるサハラウィ人だけが本来の住民だと限定して住民投票を行えば、西サハラはモロッコからの独立を選ぶだろう。
しかし、6割強に及ぶモロッコ人も住民に含めれば、モロッコによる統治が選ばれるだろう。

国連はその線引きのための調査を試みたこともあった。
基本的にはスペインに植民地化される前からいた人々を住民と認定しようという動きだった。
同時に公平性を担保するために「異議申立て制度」も採用した。
そこから起こったことは、モロッコ側とポリサリオ戦線側双方の「異議申立て」の応酬だった。
延々と繰り返される異議申し立てに作業は停滞し続け、国連の試みはまたたく間に破綻した。
結果として、西サハラは主権者がいない宙ぶらりんの状態が50年も続くことになった。

国連はなぜ「原則」にこだわるのか。
もし国連が西サハラで「原則」を曲げれば、その事実は他のすべての紛争地域に波及するからに他ならない。
西サハラは人口60万人で、日本の地方都市一つほどの規模しかない。
だが西サハラの行方は、その規模を越えて世界に影響を与える可能性を孕んでいる。

https://minurso.unmissions.org/en/background

『決議2797』がもたらすモロッコライン

上記のような状況の中、国連安全保障理事会は『決議2797』を採択した。
この決議の中で決定されたこと――実際は放棄されたものは以下だ。

  • これまで:住民投票によって住民の意思を確認し、主権を確定させる。
  • 決議2797:住民投票を延長し、モロッコの自治案を基盤として交渉を進めるべき。

前提条件としてモロッコ統治下の自治案が盛り込まれた。
さらに住民投票の延長も決定している。
事実上、住民投票によって主権者を確定させることを諦めたに等しい。
今後、西サハラはモロッコ統治下での自治をベースに組み立てられていくのは間違いないだろう。

『決議2797』の主導国アメリカ

この決議の主導国はアメリカだ。
アメリカが最終的に目指すものは、モロッコによる西サハラの統治に他ならない。
モロッコは親米派であり、アメリカはモロッコによる西サハラの統治が、アフリカの安定をもたらすと考えている。もちろんアメリカにとって都合のよい安定だ。
一方で敵対するポリサリオ戦線を支援している国はロシア寄りとされるアルジェリアであり、この事実も関係しているだろう。

さらにアメリカとモロッコが、互いに取引をしたと考えられる事案がある。
アメリカが国連で『決議2797』を通した一方で、モロッコはアメリカが長年支援しているイスラエルとの国交を正常化し、イスラエルの周辺国からの孤立化を防ぐ一端を担ったのだ。

そして『決議2797』はEUがアメリカに追随する形で「賛成」し採択された。
EUとしては住民投票を実施して西サハラで分裂が起こり、不安定化することのほうが問題と考えたのだろう。
補足すれば、日本も本決議を「賛成」している。

https://www.asil.org/ILIB/security-council-renews-minurso-mandate

摩耗を期待する棄権した国々

国連安全保障理事会の『決議2797』の投票において、「反対」した常任理事国は存在しなかったため採択された。
ロシアと中国は「棄権」したからだ。

なぜ反対しないのか。
『決議2797』に反対するということは、国連の「原則」を明確に支持するというメッセージでもある。
それはロシアにも中国にもすこぶる都合が悪い。
たとえばロシアが『決議2797』に声高に反対し、西サハラの「自決権による独立」を強く支持したならば、即座に言われただろう。
「チェチェンでは自決権を無視して武力併合しなかったか?」
中国も状況は似たようなものだ。
構造は違えどチベットやウイグルで自治権を巡るセンシティブな問題を抱えている。

棄権の旨味
反対できないのであれば、賛成はせず、あえて棄権を選ぶ。
それがロシア、中国が選んだ政治的選択だ。
そうすれば自国の爆弾を刺激しかねない意思表示をしなくてすみ、さらに国連の「原則」を曲げようとしているのはアメリカでありEUであると賛成国のイメージを摩耗することもできる

https://www.moroccomail.fr/2025/11/04/western-sahara-the-vote-on-resolution-2797-2025-according-to-un-press/

「現実」と「理念」の答え合わせ

『決議2797』を推し進めたのは、より正確に言えばアメリカというよりトランプ政権だ。
2020年頃から第一次トランプ政権がモロッコの自治案・主権支持に追随する形で、EU各国もモロッコを支持しはじめた。
その後、アメリカ大統領がバイデンに変わるとアメリカは沈黙した。
だが、再びトランプが大統領に返り咲いたことによって、西サハラは再びモロッコ支持で動き出し『決議2797』は採択された。

これらのシーソーゲームは、トランプの現実主義とバイデンの理念重視の姿勢が垣間見えた動きともいえるだろう。
どちらがよかったのかは、現状ではわからない。
トランプは現実を打開するかもしれないが、後に取り返しのつかない大きな歪みを生み出すかもしれない。
事実、国連の「原則」は一定の歪みを生じた。
バイデンは国連の「原則」を沈黙により支持したように見えるが、膠着したままなにも解決しない時間がさらに過ぎていく可能性もあった。
これらの評価は未来の歴史家が判断することになる。

生まれ落ちたときから矛盾を孕む国連が汚泥の中に潜ませる本懐

2026年1月3日。
トランプ大統領は武力によってベネズエラ大統領を拘束したと発表した。
この件に関して、国連は一切関与していない。
アメリカ単独によるものだ。

この件からもわかるように、大国は利用価値がある場合のみ国連を利用し、国連を通せば決して実現できないことは単独で実施する。
大国にとって、国連は「唯一の正統な裁定者」ではなく「数ある正当化装置の一つ」でしかないからだ。
大国は状況によって国連を利用し、弱小国は国連に頼るしかないのが現実だ。

だが、そもそも国連は世界政府ではない。
強制執行機関もなければ、常設軍も司法警察も持っていない。
国連とは、主権国家同士が自分たちだけでは処理できない問題を「共同で扱うための枠組み」にすぎない。

国連は主権平等をうたい、強国と弱国が同じ一票を持つとしながら、一方で大国には拒否権を与えている。
この大きな矛盾も、最初から意図的に組み込まれた制度だ。
強国と弱国が同じ一票を持つという建前で弱国を国連に繋ぎ止め、拒否権を与えることによって大国を国連に繋ぎ止めるためだ。

これらはすべて、ある目的のために必要なことだった。
国連が扱っている西サハラなどにおける自決権、あるいは人権の推進、環境保護、貧困削減――。
これらの「原則」よりも、明確に優先すべき目的が国連には一つ存在する。
国連はそのために設立された。
その目的とは、『世界大戦のような大きな戦禍を二度と起こさない』ということだ。

戦争は大国間の誤解や無制限報復、正当化の暴走などによって激化する。
世界大戦は、それらがドミノ倒しのように連鎖した結果だ。
これらの多くには国家間の断絶がある。
二度にわたる世界大戦の教訓から、人類は国家間を繋ぐ存在が必要だと考えた。
どちらが正しいかなどを判断する存在ではない。
国と国との意思疎通を図るための存在だ。
それが国連という『調整テーブル』だった。

国連という『調整テーブル』を機能させ続けるには、各国の国連脱退だけは是が非でも避けなければならない。そのために国連は、生まれ落ちたときから大国の拒否権といった矛盾を孕まなければならなかった。

今後も国連は、大国に利用されながらも存続を続けるだろう。
その本懐である世界大戦を止め続けるためだ。

そして真に恐ろしいのは、ベネズエラのように大国が国連を利用しないケースが頻発していくことだ。
このカードが使われれば使われるほど、国連の価値は相対的に失われていく。
信頼と価値が落ちてしまえば、大国は利用価値なしと判断し、小国は何も解決しないと諦め、多くの国が連鎖的に国連を脱退していくだろう。
そうなれば再び世界大戦を引き起こしかねない。

だがその連鎖はすでに始まっているのかもしれない。

https://www.bbc.com/news/articles/c0q4dg1kn8vo
https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/

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この記事を書いた人

脳と心のメカニズムに惹かれ、神経科学や認知の分野を中心に執筆。
複雑な現象に潜む共通性や、本質的な問いを掘り下げることを大切にしています。
情報が溢れるこの時代にこそ、選ぶべきものより「捨てるべきもの」を見極める思考が必要だと感じています。
記事を通じ、新しい認知や価値観に目を向けるきっかけを届けられたら嬉しいです。

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