東南アジアにおける虚無主義的暴力過激派(NVE)の台頭と若者の変容

「虚無主義的暴力過激派(Nihilistic Violent Extremism, NVE)」は近年もっとも危険なテロと認識されており、諸外国で発生している。しかし、日本でほとんど認識されていない。しかし、欧米および東南アジアで脅威として認識されているのに、日本だけ例外で安泰という可能性は低いと考えた方がよいだろう。少なくともその萌芽は国内にも存在する。
世界に広がる虚無主義的暴力過激派(NVE)…ポスト・イデオロギー時代の新たな脅威 - Newsweek日本版WEB
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2026/01/nve.php
東南アジアにおける過激化の新局面
今回は、Julie Chernov HwangによるThe Soufan Center掲載の、東南アジアで変容する過激主義の実態を詳述したレポート「Nihilistic Violent Extremism in Southeast Asia(https://thesoufancenter.org/intelbrief-2025-december-3/)」を紹介する。東南アジアにおいて、若者の過激化はますます深刻な問題となっており、特に「NVE」とミーム的暴力が新たな脅威として浮上していることをレポートは指摘する。インドネシア、マレーシア、タイではNVEの加害者による攻撃が成功を収める一方で、シンガポールでは複数の攻撃が計画段階で阻止されている実態が報告されている。これまでの過激化とは異なり、これらの脅威の多くは特定の強固なイデオロギーよりも、ネット上のサブカルチャーや虚無的な暴力への衝動に根ざしていることが明らかになっている。これは、過激化の形態が組織的なものから、より個人的かつ流動的なものへと変容していることを示唆している。
虚無主義的暴力過激派(NVE)の定義と特質
ニヒリズムに基づく暴力的過激主義(NVE)の加害者は、特定の信念体系に忠誠を誓うのではなく、暴力と混沌そのもののために、それらを積極的に奨励し、賛美する性質を持つとされる。彼らを暴力へと駆り立てるのは地位と承認への欲求であり、一貫した思想を避けて「イデオロギーのサンプリング」を行う傾向があると指摘されている。彼らは右翼過激主義、ネオナチ思想、反ユダヤ主義的陰謀論、ISIS支持思想、女性蔑視、インセル、反LGBTといった多様なテーマからコンテンツを抽出する。このようなイデオロギーの収束は「周縁の流動性」と呼ばれており、個人や小規模なオンライングループが海外の過激派コンテンツを取り入れ、それを現地の状況に適応させることを可能にしている。これは、過激主義が単一の教義に基づくものではなく、インターネットを通じて断片的に収集された情報の集合体であることを反映している。
今回、ご紹介するレポートにはなかったが、前掲の日本版Newsweekの記事からもNVEの特徴を引用しておく。
・既存の価値観の破壊を快く思い、美学やミームにこだわる。ネットコミュニティ内での地位や悪名を重視する。
・SNSやオンラインゲームを通じて過激になっていくことが多い。SNSではTelegram、X、Instagramなどが利用され、オンラインゲーム関連ではRoblox、Discord、Minecraftなどが利用されることが多い。
・ネット上の極右や陰謀論者などと比べて、NVEは階層構造がはっきりしており、明確なリーダーが存在していることが多い。
・男性が多く、女性蔑視やマノスフィア、反LGBTQ+は広く共有されており、入り口(ゲートウェイ)として機能しているという指摘もある。
・以前は年少者に対するセクストーションやCSAM(児童性虐待素材)など性的なものも多かったが、現在は暴力が中心となっている。相手を脅迫して自傷行為や他者への攻撃を行わせたり、自身の性的写真を撮影させたり、勧誘をさせるなどの行為を行っている。
オンライン生活圏への移行と若者の脆弱性
ソーシャルメディアとオンラインゲームは、NVEへの過激化を促進する主要なメカニズムであるとレポートは述べる。東南アジアにおける過去の過激化とは対照的に、今回のプロセスは家族や学校、あるいは対面の勉強会を通じて起こるものではないと言われている。加害者の多くは、いわゆる「ネット廃人」とも呼べるような、末期的にオンラインに閉じこもっている(terminally online)若い男性たちである。彼らはいじめ、精神疾患、あるいは片思いの相手に振られたといった個人的な弱点を抱えており、近所や学校という現実社会の代わりに、オンライン上で社会生活やコミュニティを築いていたことが判明している。Roblox、Discord、Minecraftなどのオンラインプラットフォームや、TikTok、Telegram、X、Instagramなどのソーシャルメディアを通じて、NVEネットワークはかつてないほど若い視聴者にリーチできるようになったとされる。これは、現実世界での孤立が、過激なコミュニティへの帰属意識に置き換わっていることを示唆している。
低年齢化する加害者とデジタル空間の脅威
東南アジアにおける過激化の顕著な特徴として、加害者の著しい低年齢化が挙げられる。実際、マレーシア、インドネシア、シンガポール、タイで発生した襲撃や襲撃未遂の加害者の平均年齢は13歳から17歳である。具体的な事例として、バンコクのパラゴンモール銃撃犯は、わずか12歳の時にトルコを拠点とする人物とインスタグラムのチャットで学校銃乱射事件の可能性について話し合い始めていた。この関係は1年以上続き、最終的に学校のすぐ近くのモールでの襲撃へと至っている。また、2025年10月にはマレーシアのセランゴール州で、告白を断られた14歳の男子生徒が女子生徒を刺殺する事件が発生し、同年、シンガポール当局は自らをインセルと称した14歳の少年に対し拘束命令を発令している。これは、対面式のリクルーターが考慮に入れることのなかった13歳や14歳という年齢層が、今や過激化の主要な層になる現実を反映している。特にパラゴンモールの犯人は幻聴や幻覚を経験していたため、NVEのリクルーターにとって格好の餌食となっていた可能性があるとレポートは指摘する。
サブカルチャーとしてのTCCとシンボルの模倣
2025年に脅威の媒介として浮上しているのが、現実の犯罪や加害者の動機に執着するオンライン・サブカルチャー「トゥルー・クライム・コミュニティ(TCC)」である。TCCのメンバーは、過去の銃乱射事件の犯人に扮したり、ファンフィクションを執筆したりする活動を行っている。多くのTCCメンバーは暴力にエスカレートすることはないとされるが、崇拝する犯人をモデルに犯罪行為をライブ配信するメンバーが増えていることも報告されている。この影響はインドネシア北ジャカルタの第72州立高校爆破事件に顕著に見られる。17歳の犯人は、コロンバイン高校銃乱射事件の犯人のスタイルを模倣し、所持していたエアガンにはブレントン・タラントら過去の襲撃犯の名前を記していた。さらに、犯人は白人至上主義者のスローガン「14 words」、十字軍に関連する「1189」、ルーマニアのファシストのシンボル、そして神話の都市「アガルタのために」という言葉を刻んでいた。彼のソーシャルメディアでは、関連する動画に#TCCや#TEECEECEEというハッシュタグが頻繁に付けられており、ネオナチや白人至上主義的なコンテンツへの親和性が裏付けられている。これは、デジタル上のシンボルやハッシュタグが、単なる遊びではなく、現実の暴力を正当化し演出するためのツールとして機能していることを示している。
包括的アプローチによる過激化への対処
レポートは、東南アジアにおけるこれらのNVE事例から四つの主要な結論を導き出している。第一に、加害者が従来の過激派よりも極めて若い年齢で過激化し、実行に移していること。第二に、典型的な加害者が「末期的にオンラインに閉じこもっている」男性であり、複数のプラットフォームを跨いで関係を築いていること。第三に、東南アジアのNVEが「大置き換え理論」やインセル思想、ネオナチのシンボルといった外国のイデオロギーを現地に適応させていること。そして第四に、加害者の多くが計画を事前に周囲やSNSで漏らしており、日記やマニフェスト、プロフィールなどに明確な兆候を残していることである。これらの問題に対処するためには、法執行機関のみならず、心理学者、教育者、ソーシャルワーカー、政府関係者を結集した「社会全体を対象としたアプローチ」が必要不可欠である。特にマレーシアとインドネシアが実施している介入策や政策は、近隣諸国がそれぞれの地域の状況に適応させるための模範となり得るとレポートは指摘する。
