中国系詐欺拠点の新潮流と米国の対応:AIと暗号資産がもたらす脅威

オンライン詐欺グループは、小国の国家予算なみの規模と要員(強制労働者含む)を擁する最大規模の非国家アクターのひとつであり、経済力とネットワークは東南アジア(特にミャンマー、ラオス、カンボジア)を中心に世界に広がりつつある。
しかし、その実態はいまだに不明で、最新の技術を利用した国境に縛られない活動は対応を難しくしている。
日本は強制労働者および詐欺のターゲットとなっており、いわゆるトクリュウの一部はオンライン詐欺グループにつながっており、東南アジアの拠点が摘発された際には多数の日本人が保護を求めて大使館に駆け込んだ。
今回ご紹介するレポートをアメリカが対象だが、日本にとっても「いま、そこにある危機」のひとつなのだ。いまは全体像が不可視だが、全体像が報道される頃には日本政府や経済に大きな影響力を持つ存在になっているだろう。
はじめに
東南アジアを起点とする中国系犯罪組織による大規模な詐欺ビジネスが、米国市民に甚大な経済的被害をもたらしている。2026年3月5日に米中経済・安全保障再検討委員会から公表された報告書「中国に関連する詐欺拠点から米国人を保護する:新たな傾向に関する最新情報」(原題:Protecting Americans from China-Linked Scam Centers: An Update on Emerging Trends)によると、米国政府の推計では2024年単年で少なくとも100億ドルの被害が発生しており、2025年にはこの被害額がさらに拡大したと予測されている。
米国政府は被害の抑止に向け、2025年9月以降、ビルマ(ミャンマー)やカンボジアの主要な詐欺拠点の背後にいる個人や事業体への制裁を科し、同年11月には政府横断的な「詐欺拠点対策特捜班(Scam Center Strike Force)」を立ち上げるなどの対策を講じてきた。しかしながら、中国系犯罪組織は取り締まりの網を逃れるため、高度なテクノロジーの導入、国境を越えた資金洗浄、そして拠点のグローバル化という新たな戦術を急速に展開していると報告書は指摘している。本稿では、報告書に基づき、詐欺集団が適応を進める3つの主要な傾向と、米国が直面する課題および政策提言について分析する。
URL:
Protecting Americans from China-Linked Scam Centers: An Update on Emerging Trends
03/05/2026
https://www.uscc.gov/research/protecting-americans-china-linked-scam-centers-update-emerging-trends
AI(人工知能)の導入による詐欺の高度化と大規模化
詐欺拠点は、従来の検知手法を回避し、詐欺の巧妙さを高めるためにAIツールの導入を急速に進めている。生成AIは、詐欺業界に革命をもたらしていると分析されている。
第一の事例として、音声クローン技術の悪用が挙げられる。2025年7月、フロリダ州の女性が、交通事故を起こして拘束されたという娘からの電話を受け、保釈金として1万5,000ドルを騙し取られる事件が発生した。この事件では、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上の音声データを利用して娘の声を忠実に複製するAI技術が使われており、被害者は「あれは間違いなく娘の泣き声だった」と証言している。また、連邦捜査局(FBI)も、詐欺師が「音声クローン」技術やAI生成画像を用いて、リアルタイムのビデオ通話で家族や企業の幹部になりすます手口について警告を発していると報告書は指摘している。カンボジアの詐欺拠点に「ディープフェイク」ソフトウェアを導入し、24時間体制のサポートを提供する中国語の広告も確認されている。
第二の事例として、LLMを活用した規模の拡大が挙げられる。2025年9月のロイター通信の報道によると、ビルマの詐欺拠点において、対話型AI「ChatGPT」が最も頻繁に使用されるAIツールとなっている。詐欺師は、LLMや画像生成ソフトを用いて、画像のリバース検索(類似画像を探す機能)を回避できる本物そっくりのSNSプロフィールを大量に作成し、自動的に初期接触のメッセージを送信している。これにより、かつてはチーム全体で行っていた規模の詐欺を、単独の詐欺師が実行できるようになっていると国連薬物犯罪事務所(UNODC)は指摘している。また、言語や文化の壁を越えるためにもAIが利用されており、ビルマの詐欺拠点に人身売買されたケニア人男性が、ChatGPTを用いて現地の慣用句や専門知識を生成し、テキサス州の牧場主やアラバマ州の大豆生産者になりすまして詐欺を行った事例も報告されている。
暗号資産を悪用した資金洗浄の巧妙化
詐欺産業の爆発的な成長は、犯罪組織による暗号資産の悪用によって促進されている。連邦取引委員会(FTC)のデータによると、最近の四半期において米国人が詐欺で失った現金の約3分の1に暗号資産の送金が関与しているというデータが示されている。
資金奪取の主要な手口として、暗号資産ATM(無人で暗号資産の売買ができる専用端末)の悪用が分析されている。詐欺師は銀行員や政府関係者を装い、法的な罰則を免れるためと偽って被害者に現金を引き出させ、それをBitcoinなどのATMに入金させる。この取引は銀行側で取り消すことができず、特に従来の銀行ATMとの違いを認識していない高齢者が、規制の監視が乏しいこの端末を利用させられるケースが多いと指摘されている。また、殺猪盤 (Shāzhūpán)、別名「豚の屠殺(Pig Butchering:数週間から数カ月かけて被害者と関係を築き『豚を太らせて』から、架空の投資話などで資金を奪う『豚を屠殺する』詐欺手法)」と呼ばれる手口では、正規のサイトに酷似した偽の暗号資産プラットフォームに被害者を誘導する。詐欺の初期段階では「利益」の引き出しを許可することで被害者を安心させ、さらなる投資を促す手口が一般化している。
奪われた資金は、大規模なマネーロンダリングネットワークを通じて合法的な経済圏に還流される。犯罪組織は、「運び屋(ミュール)」のネットワークを利用し、複数の暗号資産ウォレット間で資産を移動させる。その際、「ミキサー」や「タンブラー」(暗号資産の取引履歴をプールし再分配することで、匿名性を高め資金の出所を隠蔽するサービス)を利用して資金の出所を不透明にしている。特に、中国系の資金洗浄ネットワーク(CMLNs)は、こうした違法な暗号資産資金の約20%を処理しており、法執行機関による複数管轄区域にまたがる追跡を極めて困難にしていると分析されている。
「外国人殺し」――中国国内に回帰する詐欺集団
中国政府や一部の東南アジア政府による詐欺拠点への取り締まりは、政治的な目的を伴う「選択的」なものであり、詐欺産業の成長を止めるには至っていない。2025年7月にカンボジア政府が行った取り締まりは、国際的な圧力をかわすための「ショー」に過ぎなかったとアナリストは警告している。しかし、この選択的な取り締まりが、新たな脅威を生み出している。東南アジアで摘発された中国人の詐欺師らが帰国し、中国国内から外国人のみを標的とする小規模な詐欺拠点を設立する動きが急増しているのである。
中国国内では、2024年にオンライン詐欺で起訴された人数が前年比54%増の約7万8,000人に達した。2025年には8,000人以上の中国国民が東南アジアの詐欺拠点から送還されているが、末端の参加者は数ヶ月から数年程度の短い刑期で釈放される。資金もスキルもなく、前科のためにまともな職に就けない彼らは、中国全土のマンションやオフィスビルに潜伏し、「外国人殺し(Sha Yang Pan:翻訳ソフトやメッセージアプリを駆使し、外国人を標的にして恋愛感情を抱かせ資金を騙し取る新たな詐欺形態)」と呼ばれる作戦を展開している。
この背景には、「中国人は中国人を騙さない(Chinese Don’t Scam Chinese)」というスローガンの歪んだ正当化がある。これは元々中国のネットスラングであったが、2021年に中国当局が国内居住者を標的とした詐欺を厳罰化する方針を示したことで、犯罪組織は「外国人を標的にする限りは事業を継続できる」と解釈したと報告書は指摘している。実際に、江西省で日本人の男性を標的にした詐欺グループの男4人が逮捕された際、彼らは「中国人は騙さない」と誇らしげに語り、中国のSNS上では彼らを「抗日英雄」や「愛国者」と称賛する声が溢れたという事例が紹介されている。中国最高人民法院は2024年7月に外国人を標的とした詐欺も違法であるとの見解を示したが、外国人の被害者が中国当局に被害を報告することは稀であり、法的制裁を受ける可能性は極めて低いため、事実上野放しになっていると分析されている。
詐欺拠点のグローバル化と中国の安全保障上の影響力拡大
中国系犯罪組織は、東南アジアでの取り締まりに対するリスクヘッジとして、汚職が蔓延し政府の統治能力が限られている地域へと拠点を急速に拡大している。国際刑事警察機構(インターポール)は、中東、中米、そして特に西アフリカが「新たな地域のハブ」に発展しつつあると追跡しており、2025年3月時点で人身売買被害者の約26%が東南アジア以外の拠点に送られたというデータが示されている。
報告書は、中国政府がこの詐欺拠点のグローバル化を奇貨として、各地で安全保障上の影響力を拡大していると分析している。中国は対象国の政府に対し、中国の治安部隊が主導する取り締まりを許可するよう圧力をかけている。詐欺や多国間犯罪との戦いという名目で行われるこれらの協力には、監視技術や設備の提供、警察の訓練が含まれており、結果として受け入れ国の権威主義的統制を強め、中国の治安機関への依存度を深めさせていると指摘している。
太平洋島嶼国のパラオ(台湾と外交関係を持ち、米軍の重要施設が存在する)の事例では、中国共産党と密接なつながりを持つ詐欺王「ブロークン・トゥース」が2019年にカジノ用地の賃貸を名目に同国を訪問した。政府はプロジェクトを停止したものの、中国や東南アジアを経由して数百人の外国人がパラオに入国し、政府の摘発努力にもかかわらず詐欺拠点が繁栄し続けていると2025年4月のロイター通信が報じている。
アフリカにおいても、アンゴラ、ナミビア、ザンビアで中国国民が関与する詐欺拠点が摘発されている。これを受け、中国は2024年6月にアンゴラやナミビアと法執行の協力や共同取り締まりについて協議し、2025年11月には中国の李強首相がザンビアを訪問して警察および法執行の協力強化を表明している。またナイジェリアでは、2024年12月にラゴスの7階建ての詐欺拠点が摘発され148人の中国国民が逮捕され、2025年1月には首都アブジャで101人の地元民を訓練していた4人の中国人が逮捕された。中国大使館はこれに乗じて「証拠収集」や「合同作戦」を提案したが、ナイジェリアのアナリストからは、こうした安全保障上の取り決めが中国に「不当な影響力」を与える懸念が表明されている。
おわりに
米国と英国は2025年10月、カンボジア全土で大規模な詐欺拠点を運営する多国籍犯罪組織「プリンス・グループ」に対して協調制裁を科し、米国司法省は首謀者のチェン・ジーを起訴するとともに、米国史上最大規模となる約150億ドル相当のBitcoinを押収した。この事件では、同グループが中国の公安部や国家安全部の当局者に賄賂を贈り、摘発の事前通知などの保護を受けていた事実も明らかになっている。こうした成果はあるものの、AIの進化やグローバル化する組織的犯罪に対抗するため、報告書は米国議会に対して以下の多角的なアプローチを提言している。
- 第一の提言は、大統領主導で新設された「詐欺拠点対策特捜班」を法制化し、恒久的な機関として議会への説明責任を持たせることである。
- 第二の提言は、被害者の最初の接点となる地方および州の法執行機関に対し、情報共有メカニズムと訓練プログラムを確立することである。これにより、孤立した詐欺事件としてではなく、中国に関連する多国籍犯罪の一部として事件を特定し、連邦当局へ引き継ぐことが可能になると提言している。
- 第三の提言は、暗号資産ATM事業者に対する州レベルのライセンス要件等の規制・監視を強化すること、および、証券取引委員会(SEC)や内国歳入庁(IRS)の内部告発者制度をモデルとした「報奨金プログラム」を創設し、ブロックチェーン分析企業等の民間部門が被害資産を特定することを奨励することである。
- 第四の提言は、通信キャリアやSNSプラットフォームに対する検出強化の義務付けである。特に、国内の電話番号なりすまし防止に成果を上げている「STIR/SHAKEN(発信者番号が正規のものであるかを受信前に検証する技術フレームワーク)」の適用範囲を、詐欺集団が多用する国際通話やテキストメッセージ、SNSにも拡大するよう求めている。
- 第五の提言は、回収された資産を一般の資産没収基金に組み込むのではなく、高齢者などから奪われた被害者への救済(返還)に優先的に充当することである。さらに、中国系犯罪組織による詐欺危機をフェンタニル(合成麻薬)の蔓延と同等の脅威とみなし、中国政府や詐欺拠点が所在する国々との二国間交渉において最重要課題として扱うべきであると結論付けている。
年間100億ドル規模に上る米国民の経済的被害と、テクノロジーの悪用による手口の先鋭化は深刻な水準に達している。詐欺拠点の拡大が単なる経済犯罪の枠を超え、中国による他国の国内治安体制への浸透という地政学的リスクを孕んでいる以上、米国および国際社会は、法整備と技術的対策を緊密に連動させた包括的な対応を急ぐ必要があると言える。
