AIと精神疾患の因果関係?「AIサイコーシス」の現在

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この数か月間で、初めて「AI psychosis」という言葉に触れた方は少なくないだろう。日本でも急速に一般化しつつあり、多くの場合は「AI精神病」と翻訳されている言葉だ。それは直感的に伝わりやすい反面、誤解を招きやすい表現でもあるため、ここではあえて「AIサイコーシス」と表記させていただくことにする(より詳しい理由については後述)。

今回は、この「AIサイコーシス」という用語の意味や問題点、それが語られはじめた経緯、および現時点で語られている内容を整理したうえで、「それを抱えた人々と、我々はどのように向き合うべきなのか?」という問題についても考えていきたい。

目次

「AIサイコーシス」とは?

AIサイコーシスとは、AIチャットボットを長期的に利用しているユーザーが、現実と虚構の境界線を見失ったり、妄想の拡大を起こしたりするような「現象」を示した非公式の用語だ。

このような現象は2023年頃から精神科医などの間で語られはじめていたものの、一般にはほとんど伝えられていなかった。AIチャットボットの利用が増加するにつれ、専門家たちが「その現象」を観察・議論する機会も増えていったが、2024年になっても「AIサイコーシス」という言葉は広く共用されていなかったようだ。

しかし2025年には、AIチャットボットにまつわる深刻なニュース──たとえばチャットボットが未成年のユーザーに自殺や殺人を促したケースなど──が何度も伝えられるようになる。その際から使われはじめた「AIサイコーシス」という用語が、ビジネス系・テクノロジー系のメディア、さらにSNSやブログなどでも急速に一般化していった。たとえば若年層のユーザーが自死に至った痛ましい事件が、「AI psychosis?」などの見出しで煽るように伝えられることもあった。

この言葉は、日本語のメディアでも2025年の後半ごろから紹介されはじめている。たとえばギズモード・ジャパンは2025年8月、フォーブスジャパンは同年11月に、AIサイコーシスと関連した記事の翻訳版を掲載した。いずれの記事も原文は英語で書かれており、その翻訳版では「AI精神病」という訳語が当てられている。

AIサイコーシス研究の現在

そして現在、AIサイコーシスに関する調査や研究は盛んに進められている。さまざまな症例の報告や発症の傾向だけではなく、AIがもたらす心理分析など、臨床診断に向かうような議論も活発に行われている。

最新の例として、米国の研究チームが2026年3月2日に情報解禁したばかりの学術論文「Generative AI Use and Depressive Symptoms Among US Adults」を簡単に紹介したい。この研究チームは、米国在住の2万人以上の成人を対象として大規模な調査を行った。その結果、「生成AIを『毎日』利用している人は、そうでない人と比較したとき、中程度以上の鬱症状を示す確率が30%高い」ことが判明した。さらに不安や苛立ちなどといった、ネガティブな感情の報告も増加していたという。

この論文は、「AIチャットボットとの頻繁な対話がユーザーの精神に悪影響を及ぼす」と断定してはいない。しかし少なくとも、その頻繁に行われる対話は「ユーザーの心理的な不調を示すサイン」になっている可能性があると結論づけた。そして各ユーザーに対しては「なぜ自分がAIに頼っているのか?」を意識したうえで利用し、必要に応じて周囲の人々や専門家の支援を求めるべきだと勧告している。

AIサイコーシスの「注意点」

このような研究の結果について論じる場所では、「AIサイコーシス」という言葉が安易に用いられがちだ。それはやや短絡的すぎる会話(たとえば『AIチャットボットを使うと精神病になる』『AIとの会話は人を狂わせる』など)に繋がることもあるため、この点には注意が必要だ。

たとえば、さきほど紹介した大規模調査の研究者たちも「AIチャットボットの頻繁な利用がユーザーに鬱を引き起こしたのか、あるいは鬱の傾向を持った人がヘビーユーザーになりやすかったのかは判別できていない」ことを強調している。つまり「AIで鬱になる」といった因果関係は証明されていない

しかし当論文がメディアで紹介され、SNSで拡散され、特に関心のなかった人々のタイムラインまで到達する頃には、すでに彼らの記した注意点など擦り切れて「AIを使うと鬱のリスクは3割上昇する」という話になっている可能性が高いだろう。そのような極端さは「AI psychosis」という言葉自体にも原因がありそうなので、改めて確認したい。

「AI psychosis」は正式な診断名ではなく、あくまでも「そのような現象」を表すための用語であり、ただのラベリングに過ぎない。そのため昨今では、AI psychosisという言葉を不適切な表現だと批判する声も増えはじめている。

そして「AI精神病」という日本語を用いた場合は、さらに誤認のリスクが上がるだろう。まず「psychosis」からして、前後の文脈とニュアンスを考慮せずには翻訳できない微妙な単語だ。さらに「AI精神病」の字面は「AIによって引き起こされる特定の精神病」のような印象を与えやすく、また医学的な診断名そのもののようにも見える。あるいはまったく別の解釈として「AI自身に起こる精神疾患(のような現象)」を想像する人もいるかもしれない。いずれにせよ、現状で利用するのに適当ではない表現だろう。

ひょっとすると日本語の記事では、このまま「AI精神病」という表記が定着するのかもしれないが、上記のような理由により、本稿はそれを意図的に避けている。とはいえ「AIチャットボットの長期利用者に見られる精神的な疾患の現象」や「AIとの関係性が疑われている精神病理」では長すぎるため、ここではAIサイコーシスと表記する。

404 Mediaが慎重に示した「当事者との対話法」

AIサイコーシスにはまだ曖昧な点が多く、おそらく素人が憶測や深読みで語るべき話題ではない。それが起こるメカニズムや深刻さや信憑性はさておき、いまの我々にとって重要なのは「その状態に陥ってしまった家族や友人と、どのように接したらいいのか」という点ではないだろうか。

404 Mediaは2026年3月9日、「How to Talk to Someone Experiencing ‘AI Psychosis’」と題された記事を掲載した。それは主に、AIサイコーシスの症状を示すようになった人々と対話する方法について論じた記事だ。また引用符で括られていることからも分かるとおり、ここでは「AIサイコーシス」という用語が極めて慎重に扱われている。

・遠くへ行ってしまった友人

この記事は、冒頭から「友人の様子がすっかりおかしくなってしまった」という男性の生々しい体験談を紹介している。デヴィッド氏(仮名)の友人は突然、動作しない意味不明のコードばかりを書くようになった。どうやら彼は、ChatGPTを長期的に利用しているうち、量子物理とスピリチュアル系を組み合わせた独自の理論を確信するようになってしまったようだ。友人の語り口も以前とは全く異なったものになり、「もはやカルト教団の信者と会話をしているように感じられた」という。

こうした事例が語られるとき、昨今ではAI psychosisという言葉が使われるようになったが、その言葉に明確な定義はなく、対処法も確立していない。404 Mediaは、その点を分かりやすく明確に示している。

・精神医学の面から指摘される「3つのケースの混濁」

この記事には、ハーバード系医療機関の精神医John Torous氏の見解が掲載されている。デジタル精神医学の専門家でもあるTorous氏は、「AI psychosis」という用語自体の曖昧さや不適切さを指摘したうえで、「その現象については、少なくとも三つに分けて語るべきだ」と語った。

それらは『1.もともとユーザーが精神的な疾患を発症しており、自分の妄想を表に出す際、AIとの対話が取り入れられただけのケース』、『2.AIが原因となって、疾患の症状が引き起こされたケース(現時点では医学的証拠が乏しい)』、そして『3.ユーザーがもともと持っていた『妄想を抱きやすい傾向』に、迎合性の高いAIが同調することで、妄想の強化・拡大に加担してしまうケース』の三つである。要するに、「AIサイコーシスはチャットボットが原因なのか? それとも、ユーザーの抱えていた疾患がチャットボットを通して表面化しただけなのか?」さえ区別しないまま語られているという指摘だ。

そして、最も現実的に起こりえるのは三つ目のケースだと氏は伝えている。この部分については、もう少し噛み砕いて説明したい。AIサイコーシスについては解明されていないことが多いものの、この「AIの迎合性のメカニズム」こそが大きな要因だと指摘する意見は多いからだ。

・「AIの迎合性」とは

ここで言う迎合性とは、要するに「おべっか気質」のことである。
AIチャットボットは、とにかくユーザーの発言を肯定的にとらえようとする。たとえユーザーが歪んだ信念や認識に基づいた発言をしても、それを頭ごなしには否定せず、なるべく好意的に受け止めながら肯定や支持を示そうとする。それは、もちろんボット自身が「ユーザーに媚びたい」という意思を持っているせいではない。単にエンゲージメントを優先したメカニズムだ。

しかし、その極端な従順さはユーザーにとって「単なるおべっか」に感じられないこともある。たとえば自分の信念を話すたび、周囲から「歪んでるよ」と否定されてきたユーザーにとっては、「愚かな家族や友人には理解できない真実を、いつでも完璧に理解してくれる賢いAIの反応」に捉えられかねない。そんなAIとの対話が長期的に繰り返されることにより、ユーザーの妄想が拡大し、その精神に疾患がもたらされる(あるいは悪化する)のではないかという点は、過去に複数の専門家たちが指摘してきた。

これはAIが疾患をもたらすというよりも、最初からユーザーが抱えていた精神の脆弱性に、チャットボットの回答が毎度スッポリとはまりこむことで、その「歪み」の拡大に加担してしまう現象だと言えるかもしれない。このような人間とAIとの関係性を、Torous氏は「共謀的」だと表現している。

・対話の具体的なメソッド

それならば「AIと共謀して自分の闇を広げ、そこから出られなくなってしまった友人や家族」に、我々はどう接すればよいのだろうか。Torous氏は次のような対処法を具体的に挙げている。

〇その人物が奇妙な信念を語っているときは、他の精神疾患が疑われている場合と同様、「偏見を持たず、オープンな姿勢で接すること」が重要だ。それにより、相手が心を開ける場所を築くことができる。

〇重度の精神疾患を発症する人物は、しばしば極端に怯えて混乱し、心を閉ざして何かを隠したり、引きこもったり、怒りをもって反発したりする。そういう相手に、何らかの形で「人間関係における承認」を感じさせるためには、相手がどう感じているのかを理解することが重要だ。

〇たとえば「自分は常に監視されている」と思い込んでいる相手に対して、『んー、君がスマホを使っていない時でも監視されてるってこと? そのとき相手は、どんな方法で監視するんだろう。もしかしたら君の想像は暴走してるんじゃないか?』『チャットボットは会話を続けようとするから、そのために色々なことを言っているだけかもしれないよ』などと優しく語りかけることは可能だろう。しかし、こうした語りかけは扱いが難しく、それによって壊れてしまう関係性もある。精神的な病や疾患を発症した人の多くは、「自分が精神的に病んでいる」という発想に強く反発するからだ。

〇特に難しいのは、どんなときに優しく接して、どんなときに介入すべきかの見極めである。より差し迫った危険的な状況なら911番(日本の110番)に連絡すべきだ。

その勧告は、いかに救いがないのか

はっきり言ってしまえば、404 Mediaに掲載されたTorous氏のアドバイスは極めて堅実、慎重である代わりに、なんの目新さもない。彼自身が指摘するとおり、その手法は「自分の精神疾患を認めていない一般的な患者」に接するときのアプローチと同様で、そこにはAIサイコーシスに特化した興味深い要素が何もない。しかしAIサイコーシスと呼ばれる現象について(その社会的な影響まで考慮しながら)全体像を観察してきた精神医療・デジタル精神医学の専門医が、「それをいま語っている」点にこそ真の重みがある。

別の言い方をするなら、これほどAIチャットボットの常用が当たり前となり、数々の事件が伝えられてきた現在になっても、この問題には抜本的な解決策や技術的な対応策が確立されていないどころか、それが見つかりそうな兆候すら感じられない。少なくともしばらくは「親身になれる人物が、相手への共感を示しながら、相手を突き放さぬように粘り強く人間関係を地道に維持しつづける」しか手がなさそうだ。

しかし、カウンセリングなどの特別なトレーニングを受けていない一般人の多くにとって、それは決して容易ではない。あなたは、妄言ばかりを繰り返すようになった大切な家族や友人と真摯に向き合い、広い心で受け入れつづけることができるだろうか。無条件に「そうだね」と肯定しつづけるのではなく、かといって頭ごなしに否定もしないという絶妙なバランスを保ちながら、やんわりと少しずつ現実に引き戻せるように良好な人間関係をキープするというのは、たいへん難易度の高い苦行だ。なにしろ我々には感情がある。もしも相手に腹を立ててしまえば、その時点で終了かもしれない。

一方のAIチャットボットは、まったく労せずして無数の「おべっか」を何時間でも何か月でも延々と放つことができる。ただ瞬時に自動生成しているだけの回答が、ユーザーの精神の穴へ何度でも入り込み、いとも簡単に相手の妄想を広げ、さらに相手を気持ちよくしてしまうというのなら、我々人間はあまりに不利であるようにも感じられる。

INODSには似合わない結末

このまま話を終えるのは救いがなさすぎるので、最後に少しだけいい話を紹介したい。

404 Mediaの記事の冒頭に登場したデヴィッド氏は、無意識のうちに、Torous氏の勧告と同様の対話法を行っていた。彼は電話などで何時間も友人の妄想に付き合いながら、「僕が君について知っている他のこと」を何度も話した。友人には「その妄想」以外にも関心を示すことがあり、趣味もあったからだ。

つまりデヴィッド氏は無条件な肯定も否定も選ばないまま、双方が楽しめる話題を探すことで、どうにか彼との接点を持ち続けようとしていた。まさしくお手本どおりの行動だ。時には友人の頑なさに苛立たされながらも「彼を遠ざけたくなかった」とデヴィッド氏は説明する。「君のことが大好きだけど、どうしようもないやつだとも思う、みたいな友情には価値があるんだ」と彼は最後に語っている。

同じ記事で紹介されている別の事例、二十代のカナダ人B氏のケースも紹介しよう。B氏の親族の一人は、自分が「意識を持つAIを世界で初めて発見した」と信じ込んでしまった。その人物は家族との関係を断ち、現実離れした行動を取り始めていた。

何が起きているのか理解できず、情報を収集しようとしたB氏は、AIサイコーシスと呼ばれるケースの情報がほとんど共有されていないことを知る。しかし親族をあきらめきれなかった彼はプロジェクトを立ち上げ、同じ経験をした人々の体験談を募集する。

数百件規模の情報を集めた彼は、似たような事例が数多く存在することを知り、また「相手との関係を断たないこと」「相手を否定せず、話を聞き続けること」がいかに重要なのかを理解した。そこから多くを学んだのち、彼は相手を三週間にわたって入院させることに成功する。その親族には記憶障害などの影響が残ったものの、いまでは妄想の世界から無事に「戻ってきた」という。

AIにほだされて正気を失った大切な人を取り戻すためには、結局のところ「相手に対して強い人間愛を抱きつづけられるかどうか」が最重要なのだろう。その戦いの敵となる妄想が、AIによって広げられた穴であろうとなかろうと、現実社会で構築してきた人間関係より強い武器はないのかもしれない。

筆者としては、あまりINODS向けではないオチだと感じているうえ、そうした人間関係が必ずしも勝つとは限らないとも思うのだが。「もしも自分がそちら側へ引き込まれたら、私にデヴィッド氏がいるのか?」という方向から考えると、これは日常生活のオフライン活動の重要さを改めて思い知らされる問題だろう。少なくともAIチャットボットは、あなたにとってどれほど楽しい友達になったとしても、あなたを妄想から救い出してくれることはないからだ。

関連する過去記事

陰謀論に特効薬はないという論文
https://inods.co.jp/topics/report-reviews/3135/

Character.AIと「親殺し」〜AIチャットボットの心理的な悪影響とは
https://inods.co.jp/topics/4842/

AIは死に至る麻薬 少年の遺族によるChatGPT訴訟その後
https://inods.co.jp/topics/news/7156/

参考資料、引用元

How to Talk to Someone Experiencing ‘AI Psychosis’
https://www.404media.co/ai-psychosis-help-gemini-chatgpt-claude-chatbot-delusions/

助けてくれるはずのAIが病気を引き起こしている? _ ギズモード・ジャパン
https://www.gizmodo.jp/2025/08/ai-psychosis-mental-health.html

OpenAI、GPT-5による「AIメンタル不調」と「人間とAIの妄想の共同創造」の抑制に注力 _ Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
https://forbesjapan.com/articles/detail/84383

Chatbots Can Trigger a Mental Health Crisis. What to Know About ‘AI Psychosis’ _ TIME
(※「AI Psychosis」に関連する報道が一気に増え始めた2025年夏の時点で、すでに良質だった記事の一例として紹介したい。比較的、AIサイコーシスの問題が慎重に綴られている)
https://time.com/7307589/ai-psychosis-chatgpt-mental-health/

Generative AI Use and Depressive Symptoms Among US Adults _ Public Health _ JAMA Network Open _ JAMA Network
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2844128

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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