イーロン・マスクがXを利用して英国右派を推している検証結果

1. はじめに
今回は、Sky NewsのData and Forensicsチームによる調査記事「THE X EFFECT: How the world’s richest man is boosting the British right」(https://news.sky.com/story/the-x-effect-how-elon-musk-is-boosting-the-british-right-13464487)を紹介する。本調査は、イーロン・マスクが所有するX(旧Twitter)が英国における政治的言説の流通にどのような影響を与えているかを、実験的手法と大規模データ分析を用いて検証したものである。Sky Newsが記事の冒頭で取り上げるのは、反移民デモの現場でマスクの名が連呼され、政治集会では彼が画面越しに支持者から喝采を浴びる光景である。こうした現象をマスクの単なる人気や発信力の問題としてではなく、マスクの意向を反映したアルゴリズムがもたらす影響と仮定し検証した。その上で、英国政治に対して正式な権限を持たないマスクが、プラットフォームを通じてどのように可視性のバランスを操作しうるのかについての知見を提供した。
2. 背景
マスクはXを「言論の自由のための場」にすると宣言し、社名の変更や8割に及ぶ大規模解雇、アルゴリズムコードのGitHub上での限定的公開など、従来の運営方針を大きく転換させてきた。しかし同時に、英国政治に関する強い立場表明を繰り返し、反移民感情を刺激する投稿や、J.R.R.トールキン作品を引用して「英国人は戦わなければ死ぬ」と煽動するといった発言を行っている。こうした投稿は国内の右派運動で積極的に引用され、支持集会では群衆がマスクの名を叫び、彼がビデオ出演すると熱狂が生まれるといった状況が見られている。
記事は、プラットフォームの所有者が政治的言説の発信者となるだけでなく、可視性の構造そのものを形作る力を持つという点を強調し、これが民主社会における新しい政治的影響力として機能しているのではないかと提起している。
3. 調査手法:新規アカウントを用いた検証
前項のような事象を検証するため、Sky Newsは、政治的傾向ごとに作成した9つの新規Xアカウント(左派3、右派3、中立3)を用いた実験を行った。アカウントはそれぞれクッキーや過去の検索情報を完全に排除した「クリーン」な状態で開設し、アルゴリズムがどのような投稿を送ってくるかを収集した。観測としては、2025年5月の2週間にわたり、各アカウントの「For You」ページを1日2回記録し、その結果として約9万件の投稿が収集され、投稿元アカウントは約2万2,000人にのぼった。
さらに、Sky Newsは外部の研究者やデジタルコンサルティング企業「411」と協力し、収集した全投稿の3分の2(67%)を占める、そのうち最も頻繁に投稿された約6,000アカウントについて政治的傾向や言語の過激性を分類した。また、投稿の5%以上に非人間的な言葉、暴力の支持、陰謀論といった「有害な(toxic)言語」が含まれるアカウントを「過激」と定義し、投稿内容の性質を体系的に整理している。加えて、調査期間中に投稿が多かった主要政治家33名について、実際の投稿量とユーザーに提示された投稿量を比較し、アルゴリズムによる可視性の偏りを評価した。
5. 特定政治家の優先表示とマスクの影響
政治家33名の比較では、投稿量と表示量の乖離が際立つ政治家が存在した。マスク氏が支持を表明している右派・無所属のルパート・ロウの投稿は、比較対象政治家33名の全投稿の6%しか占めないにもかかわらず、ユーザーに届いたこれら政治家からの投稿の約4分の1(24%)を占めているという結果が示された。一方、最も多く投稿していた(全投稿の13%)左派のジョージ・ギャロウェイは、表示量がわずか3%にとどまっていたことが分かった。
さらに、マスク自身が特定の投稿に反応した場合、その投稿の広がりが劇的に増大することが確認された。ロウの投稿では、マスクがリプライやリツイートを行うことでエンゲージメントが通常の5倍に跳ね上がったとされる。こうした現象は、プラットフォームの上層部(=マスク氏)の決定がアルゴリズムの挙動に反映され、政治的影響力の拡大に加担している可能性を示すものだと強調する。マスクの支持表明を受けて、ベン・ハビブ氏率いる新興右派政党Advance UKが会員を急増させた(37,000人超)事例も紹介され、表示頻度の偏りが現実の政治活動に影響している構図が明らかになった。
6. アルゴリズムの不透明性と誤情報対策の後退
記事では、元Twitter従業員の証言も交えながら、マスクによる80%のスタッフ解雇、特に誤情報対策チーム(curation team)の解体によって、質の低い情報(偽情報)が高速で拡散しやすい環境が生まれていると警告している。X上のコミュニティノートは偽情報の拡散防止に補完的な役割を果たしてはいるが、速度や範囲の点で十分な歯止めにはなっていない(遅すぎる)とも指摘される。また英国のオンライン安全法(OSA)はプラットフォーム事業者に違法コンテンツへの対応を求めているが、政治的バランスを担保する仕組みまでは組み込まれておらず、アルゴリズムの偏りを制度的に調整する枠組みが存在しないことも問題として挙げられている。
7. 結論
Sky Newsの調査は、新規アカウントがXを使用し始めた初期段階で、右派および過激な政治的言説が体系的に優先表示されている可能性を実証的に示した。
政治的傾向にかかわらず右派投稿が多く提示され、過激表現が政治投稿の半数以上を占め、マスク氏が好む特定の政治家(ルパート・ロウなど)が投稿量を超えて可視化される事例が確認された。さらに、ロウ氏の投稿表示が5倍に跳ね上がった事例により、マスク自身の意向が可視性を直接増幅させることがわかり、Advance UKの党員増からはマスクの支持する右派勢力の政治的影響力拡大にアルゴリズムが寄与している構図も明らかになった。
プラットフォームが公共的議論の基盤として機能する一方、その内部でどの声が大きく、どの声が小さく扱われるのかが、所有者やアルゴリズム設計によって大きく左右される現状は、今やむしろ私有地のようなものであると記事は述べており、英国の政治プロセスと民主主義の健全性に対して新たな課題を突きつけている。記事は、これまで個々のユーザーの印象論として扱われてきた「マスク氏率いる上層部の意向がタイムラインに反映される」ことを具体的なデータで可視化したことで、プラットフォームの影響力を検証する材料を提供している。
