イランの情報機関とデジタル影響工作

現代は、すべての国際紛争に関してネット上でバトルが起きている。フェイクかファクトか関係なく、自分たちの“敵”陣営にマイナスになるような投稿を大量に拡散するバトルだ。
シリア新政権を批判する大量投稿は今も続く
たとえば中東の国・シリアでは、2024年12月に54年続いたアサド父子による独裁政権が打倒された後、サイバー空間ではシャラア暫定大統領率いる新政権をディスる書き込みが大量に投稿され続けている。実際、政変から8か月も経った2025年8月現在も続いている。
内容の典型例は、新政権の軍や治安警察(内務省)の誰かが、少数宗派であるアラウィ派やドルーズ派の住民を弾圧しているという内容で、それっぽい“暴力シーン”の動画が添付されている。しかし、その中には、アサド政権時代に撮影された「アサド軍による暴力」シーンやまったく関係ないガザや昔のイラクでの撮影動画も多数混じっている。つまり偽動画によって、新政権のイメージ悪化を狙っているのだ。
シリアでのネット情報のファクトチェックを行なっている組織「Verify-Sy」スタッフなどを取材したドイツ国営放送『ドイチェ・ヴェレ』(DW)の記事「偽情報がシリアの週末の暴力を激化させた方法」(2025年3月11日)によると、こうしたフェイク誘導の発信源は実際にはシリア国内よりも国外が多い。とくにレバノンとイラクに集中しているが、それはつまり、レバノンとイラクにこうしたネット工作の拠点があるということを意味する。レバノンにはアサド政権と事実上の同盟関係にあったシーア派組織「ヒズボラ」がおり、その支配地域にシリアからアサド政権残党が多く逃げ込んでいる。そうしたアサド派残党がヒズボラの支援を受けて、ネット工作を実行している可能性はきわめて高い。
アサド派残党を後押しするヒズボラとイランのコッズ部隊
実は、現在もヒズボラと旧アサド派残党の関係は深い。この7月、シリア国内でテロを準備していた旧アサド派残党グループが摘発されたが、彼らはヒズボラから武器の供与を受けていた。ヒズボラはガザ紛争以降、イスラエル軍の攻撃によって壊滅的な大打撃を受けたばかりであり、本来ならシリアに関与している余裕はないはずだが、それでもこうしたウラ工作に手を貸している。おそらくヒズボラの黒幕といっていい存在であるイランのイスラム革命防衛隊の対外工作機関「コッズ部隊」(「ゴドス部隊」と表記されることもある)の命令があるのだろう。
他方、イラクの場合はおそらくイラク・シーア派の民兵組織連合体である「イラク・イスラム抵抗」が動員されているものと推測される。コッズ部隊の傘下組織である。
大規模攻撃の痛手を超えて暗躍する「コッズ部隊」
イランは2025年6月にイスラエル軍から大規模な攻撃を受けており、イスラム革命防衛隊の最高幹部たちを多数暗殺されるという大ダメージを受けた。コッズ部隊もたとえば6月16日にはテヘランの本部を空爆されて多くの幹部が殺害されたほか、6月21日には対パレスチナ工作指揮官だったサイード・イザディが潜伏中のコムのアジトを空爆されて殺害されている。つまりコッズ部隊の本体が大ダメージを被っている状況だが、それでも全滅したわけではない。おそらくコッズ部隊の工作員たちは、その後も任務を続けているものと推測される。
認知戦の工作をイランのどの組織のどのセクションが担当しているのか、その詳細は明らかになっていないが、おそらく5つの機関が主に携わっているものと推測される。1つは前述したコッズ部隊である。
ハメネイ最高指導者が対外工作を全権委任
コッズ部隊は、イラン・イスラム共和国軍の主力部隊であるイスラム革命防衛隊に所属する特殊部隊という位置づけの部隊である。指揮系統的には、ハメネイ最高指導者→イラン・イスラム共和国軍参謀総長→革命防衛隊総司令官→コッズ部隊司令官というのが本筋ではあるのだが、実際には上部組織である革命防衛隊総司令部やイスラム共和国軍総参謀部を飛ばして、ハメネイ最高指導者の官房組織である最高指導者官房室の軍事局に直結していると推測される。これは、コッズ部隊のイスマイル・ガーニ司令官の前任者だった故カセム・ソレイマニ司令官とハメネイ最高指導者の個人的な関係の近さが背景にある。
実はイランの権力構造は、今でこそハメネイ最高指導者の権威が圧倒的だが、1990年代はホメイニの筆頭門下生格だったラフサンジャニ大統領の影響力が強かった。ホメイニは1989年に死去したが、その後、イラン権力上層部はホメイニの後任の最高指導者となったハメネイと、ラフサンジャニの2頭体制のようなものだった。ただし、対外工作はラフサンジャニが優位にあり、そのため革命防衛隊の特殊部隊から編制されたコッズ部隊は、大統領府情報部の下で対外工作の実務を担当する下請け機関のようなポジションだった。
しかし、ラフサンジャニが1997年に大統領職から引退すると、徐々に権力はハメネイ派が奪取していった。ハメネイは、対外工作の主導権も大統領府情報部からコッズ部隊に移管した。その際、ハメネイは翌1998年、コッズ部隊の司令官にイラン=イラク戦争時からの歴戦の革命防衛隊戦闘指揮官だったソレイマニを任命し、コッズ部隊のプロパーだったガーニを副司令官に任命した。ハメネイは革命防衛隊総司令部を飛ばして何かとソレイマニを呼びつけ、直接、深い関係を築いた。ソレイマニは謀略工作の天才的な指揮官で、ハメネイから対外工作の全権を委任された。とくに2003年のイラク戦争以降のイラク・シーア派工作と、2011年の民主化運動弾圧以降のシリアでのアサド政権支援工作で縦横無尽の活動で成功し、イランからイラク、シリアを経てレバノンに至るイランの縄張りルートを構築。さらにイエメンのシーア派系少数宗派であるフーシ派を強力な民兵組織に育成する工作を進めるなど、その影響圏を大幅に拡張した。
ヒズボラやハマスの軍事訓練や作戦を指導
コッズ部隊の兵力数は不明で、米有力シンクタンクなどでは数千人との数字もあるが、おそらく戦地に動員する革命防衛隊の軍事顧問(戦闘指導担当)などを含めた数字で、実際に工作員として活動する主力はもっと少数精鋭とみられる。その工作員たちはソレイマニに鍛えられた要員たちだ。
ヒズボラやイラク民兵、ハマス、パレスチナ・イスラム聖戦、フーシ派などについて、「イランの支援を受けている」と報道されるが、実際にはソレイマニたちは支援どころではなく、組織の運営、拡充、訓練、士気鼓舞などまで指導し、作戦も指導してきた。前述した各国の組織は“イランの支援を受けている”というレベルに留まらず、完全にコッズ部隊の手下たちと言っていい関係性にある。
ソレイマニは2000年1月にバグダッドで米軍無人機に爆殺されたが、ソレイマニに鍛えられた弟子たちにより、対外工作は継続されてきた。その結果がハマスのテロであり、ヒズボラやフーシ派によるイスラエル攻撃で、それがイスラエルの反撃で大打撃を受けたのが現状だが、それでもコッズ部隊の要員たちが対外工作を緩めることは考えにくい。しかも、ネットを介した認知戦はさほど予算や要員が必要でもない。現在も、そして今後も盛んに認知戦を行なっていくことは間違いないだろう。
革命防衛隊にはサイバー戦部隊や心理戦専門の特殊機関も
このイスラム革命防衛隊コッズ部隊は対外工作が任務で、その一環として認知戦に携わっているが、革命防衛隊にはサイバー戦の部隊もある。サイバー防衛本部(CDH)である。これはもともとは革命防衛隊内でサイバー戦部隊として運用されていた組織的サイバー犯罪捜査センターを改編したもので、サイバー防衛が主任務だが、サイバー戦全体を担当しており、その一部としてデジタル影響工作も行なっているとみられる。
また、革命防衛隊には、国内外での心理戦専門の特殊機関として「バキアタッラ文化社会本部」(BCSH)という部隊が編成されている。こちらはイラン国内で国民への誘導工作も行なうが、その一環としてSNS工作も行なっている。おそらく対外的な認知戦も行なっている。
反体制派を弾圧する民兵組織「バシージ」のネット工作
革命防衛隊の本隊ではないが、外局にやはり大規模なネット工作を行なっている組織がある。民兵組織「バシージ」である。
バシージはイスラム共和国初期からの民兵組織だが、今ではイラン国民の反体制派を弾圧する圧力団体としての性格が際立つ大衆組織である。反体制デモなどが発生すると、先頭に立ってその弾圧を行なっている。
バシージは動員が数十万という大衆組織であるため、若手の要員が大勢いる。それに目をつけ、今では大規模なネット技術教育を行なっており、おそらく非常勤の数万人規模のサイバー民兵を作り上げている。彼らの技術レベルはさまざまだろうが、その中にはおそらく優秀なハッカーもいるはずで、イラン発のさまざまな対外サイバー戦は、現在ではバシージのサイバー民兵によるものとみられる。
大規模な対外サイバー工作を行なう「情報安全保障省」
以上のコッズ部隊、サイバー防衛本部、バキアタッラ文化社会本部、バシージの4組織はいずれも革命防衛隊の組織だが、それ以外にイランにはもともと情報戦を主任務とする組織が他にある。情報安全保障省(MOIS)である。
数万人の陣容とみられる情報安全保障省は、イランの独裁体制を守る秘密警察で、国内外で反体制派を弾圧・摘発するほか(暗殺作戦も行なっている)、メディアやネットの検閲、情報統制も担っている。彼らは独自に大規模に対外サイバー工作を行なっており、認知戦も大規模に行なっていることは間違いない。
以上の情報安全保障省と、前述した革命防衛隊の4組織が、サイバー工作と認知戦を主導している5つの組織ということになる。
ネット監視を行なう警察系組織や革命防衛隊の防諜機関も
ただし、イランには他にもサイバー工作・認知戦を行なっていると推測される組織が複数ある。
たとえば、イランでは組織上は警察を統括する内務省の隷下になるが、指揮系統的には軍の総参謀部の指揮下になる警察系の軍事組織としてイラン・イスラム共和国警察司令部(ファラジャ)がある。非イスラム的な国民を摘発する道徳警察などを統括する組織だが、ファラジャの隷下組織にイラン・サイバー警察(FATA)がある。FATAはネット監視が主任務だが、高度なサイバー技術を持つ組織であり、認知戦に近いことも行なっている可能性がある。
また、革命防衛隊には防諜機関として革命防衛隊情報部(IRGC-IO)もある。コッズ部隊とは別組織で、防諜を担当する秘密警察的な組織だが、反体制派のオンライン活動、さらに外国勢力の対イラン・サイバー活動を監視している。彼らは防諜が主任務だが、機会があればデジタル影響工作を行なっている可能性がある。
革命防衛隊に次ぐ第2の部隊、イラン国軍の情報局と防諜機関
イスラム共和国軍で革命防衛隊に次ぐ2つ目の部隊であるイラン国軍にもサイバー部隊がある。イランの国軍は日本のメディアでは「国軍」と意訳されていて、「共和国軍の下に国軍がいる」かたちになってしまい、きわめてわかりにくくなっているが、イランの軍は要するに共和国軍という形式的な統一指揮統制の下に、実働部隊として革命防衛隊と国軍の2つがあるということだ。国軍はイスラム革命前のパーレビ王国時代の国軍を源流としているが、実際にはイランでは革命防衛隊が1軍、国軍が2軍のようなものとみていい。ただし、制度的には上下関係ではなく、いずれも最高指導者の下の参謀総長の下で並立した部隊となる。国軍は日本語独特の意訳で、現地語ではアルテシという。英語ではアーミーだが、陸軍ではない。
その国軍には、情報局(J2)および防諜機関(CO)があり、それぞれサイバー活動も行なっているのだが、おそらくデジタル影響工作も行なっている。
外国のインフラを攻撃するハッカーグループ「オガブ21」
以上の各機関がイランではサイバー工作、デジタル影響工作を行なっているが、サイバー犯罪でよく知られたハッカーグループが「オガブ21」である。サイバー犯罪だけでなく、外国のインフラのソフトにサイバー攻撃をかけるなどの活動をしている。
イランのサイバー攻撃はもともとは、金銭的利益が目的の最先端技術の剽窃が多かったが、近年は広範囲に及ぶようになってきている。
また、デジタル影響工作、認知戦の傾向としては、2020年頃まで、イラン発の政府機関系の書き込みの多くはペルシャ語で、それ以降、英語やアラビア語などの外国語が増えてきている。つまり、もともとはイラン国内でのハメネイ政権の正当化のプロパガンダが主だったのが、現在では対外認知戦に乗り出してきたということが伺える。今後、ますますそうした工作が強化されることが予想され、警戒の必要がある。
