創造と破壊の神具:生成AIが映画を変え、マイノリティを殺す日

AI映画の先鞭:AIFF
映画業界にも生成AIが波が発生しつつある。
その先鞭となっているのが、AIを活用して制作された映画作品を対象とした映画祭だ。
AIFF(AI Film Festival)と呼ばれている。
このAI映画祭は動画生成AIツール会社であるRunway社が主催しており、
OpenAIといった企業なども関与していることもあって、AIによる創作の可能性や倫理的・芸術的価値を探る場として注目を集めている。
といっても、生成AIに丸投げして映画を作ってもらうということではない。
評価されるのは、映画を作るに際しAIをどう効率的に活用したかということだ。
音楽で例えるなら、シンセサイザーがそうであったように新しい楽器(AI)をどう料理できるか。
2025年のグランプリを受賞した『Total Pixel Space』は、哲学性と生成AIをうまく融合させた作品として評価された。
同時に映画に生成AIが入り込むことについて、懸念する声もある。
演技や演出の重みが薄れる。リアリティの喪失。心に響かない映画増える。
あとは単純に雇用が失われるなどだ。
https://aiff.runwayml.com/
https://apnews.com/article/ai-film-festival-runway-movies-3b5d40e4c2e20f7a4d34f1f5d4907ba7
映画界でこれまでも起きた革命:VFX
映画界では生成AI以前も映像革命が起きてきた。
特に反響が大きかったのは1990年代に本格的導入が始まったVFX――いわゆるCGだろう。
『ジュラシックパーク』や『マトリックス』は、業界に大きな影響を及ぼし、『アバター』は限界を超えたともされた。
今でも覚えている人は多いのではないだろうか。
実はVFX黎明期も、生成AIと同じ懸念の声があがっていた。
演技や演出の重みが薄れる。リアリティの喪失。心に響かない映画増える。
そして雇用が失われる、だ。
だが、VFXは進化を続けてリアリティを獲得し、演技や演出の重みのサポートもできるようになり、観客に受け入れられていった。
創造の神具:生成AIが後ろ盾のないクリエイターの夢をかなえる
VFXは進化して観客に受け入れられた。
生成AIも同じく進化し、これから先受け入れられていくのだろうか。
生成AIには多大なメリットがある。
特に資金がないばかりに映画を作れないクリエイターには大きな夢をもたらす。
生成AIの進化が進めば、生成AIが作り出す映像によって、メジャースタジオでしか再現できなかった映像を低コスト作り出すことが可能になっていくだろう。
VFXが映画を変えたように、生成AIが映画を変えていく可能性は非常に高い。
クリエイティブに満ちた作品が増えていくかもしれない。
https://www.thewrap.com/study-ai-shave-millions-film-production-costs-replace-creatives/
https://www.bain.com/insights/tech-in-content-production-will-AI-kill-the-video-star/
破壊の神具:生成AIがマイノリティを殺す日
ただし、生成AIにはVFXにはない特質がある。
生成AI映画は、世界を均質化してしまうかもしれないということだ。
生成AIが映画を作り出す時、その素材はネットや保持している膨大なデータを参照して出力する。
実はその膨大なデータには偏りがある。
特に映画については、これまでの「主流」とされてきた作品は白人中心、男性中心、異性愛中心で構成されたものが圧倒的に多い。そのため、AIは何度も多用されるデータを参照する中で、「こういうものがウケる」「こういう登場人物が自然」と判断する傾向が生まれてしまう。
結果、マイノリティとされるLGBTQ+、障がい者、特定民族といった人々が登場しにくくなったり、ステレオタイプとして描かれるようになっていく可能性がある。
あからさまなものは排除されたとしても、ニュアンスだけの表現は入り込んでいく。
ニュアンスのみというのはとても危険な状態だ。人が意識できないレベルで刷り込まれていく危険性がある。
皮肉にも最新技術の生成AIが、退行ともいえる『時代の逆行』を生み出す可能性を秘めているのだ。
https://arxiv.org/abs/2403.02726?utm_source=chatgpt.com
https://arxiv.org/abs/2303.11408?utm_source=chatgpt.com
多様性を救えるのは生成AIではない
世界の均質化を回避するためには、生成AIが出力するものに多様性を持たせる必要性がある。
それは簡単なことではない。
多様性は文化・社会的文脈に深く根ざしており、単なる「キーワード」ではないからだ。
どういうものが多様性なのか、生成AIが判断するのは難しい。
定義して指示する必要がある。
それは人間の役割となる。
人間が生成AIに方向性を与え、取捨選択する際の基準をつくらねばならない。
生成AIは、多大なメリットをもたらすと同時に、我々をマジョリティしか存在しない無味無臭な存在へ変えてしまう危険性を秘めている。
それを回避できるのは、生成AIではなく、それを設計する私たち人間だ。
映画の世界においても、私たちは生成AIがもたらす危険性を常に意識しながら、生成AIがもたらす豊かな富を享受すべきだろう。
