イスラエルの圧倒的な軍事力さえねじ伏せる『ナラティブ』

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目次

1. 始動するイスラエルキャンペーン

2025年9月。
米司法省の外国代理人登録法(FARA:Foreign Agents Registration Act)資料からイスラエル政府が米PR会社と契約を結んだことが明らかになった。

資料によると、イスラエル政府と契約したのは、キリスト教系広報「Show Faith by Works」、オンライン戦略会社「Clock Tower X」、そしてイスラエルのキャンペーンのために設立された民間企業「Bridges Partners」の3社が確認されている。

契約した企業はすべて、近年のイスラエルのガザ戦争で減少したとされる米国の右派、福音派の若年層の支持を回復し、国のオンラインイメージの向上させることを約束している。
端的に言えば、イスラエルは自国から離れつつある米国民の心を引き戻そうとしている。

イスラエルが多額の予算を割いて米国内のイメージを回復させようとしているのは、米国の世論が自国の存続の生殺与奪を握っているからに他ならない。
https://www.aljazeera.com/news/2025/10/30/spinning-genocide-how-israel-is-using-us-pr-firms-to-frame-its-gaza-war

2. 蜜月にあったイスラエルとアメリカ

イスラエルにとってのアメリカとは以下だ。

  • 軍事支援
    アメリカはイスラエルに対し、毎年数十億ドル規模の軍事援助を行っている。
    たとえば、2016年のアメリカ・イスラエル間の覚書では2019~2028年に年間約38億ドルの軍事支援が予定されていた。
    このような規模でイスラエルに軍事支援を実施する国は他にはない。

アメリカにとってのイスラエルは以下になる。

  • 地政学的必要性
    アメリカにとって、イスラエルは中東という地域における戦略拠点的意味を持っている。
    中東は石油・エネルギー・貿易ルートが交錯する地域であり、その安定的運用においてイスラエルは中東に打ち込んだ楔の役割を担っている。
    https://defensefeeds.com/analysis/geopolitics/why-does-the-us-support-israel/
  • 人種
    ユダヤ系アメリカ人は、自らの祖先の文化・歴史・宗教的ルーツをイスラエルに持つ場合が多く、イスラエルに親近感を抱く人が多数存在する。

上記のように、地政学的必要性に加え、アメリカ国内にはユダヤ系アメリカ人、福音派キリスト教徒などを背景に、イスラエル支持を表明する有力な政治・社会勢力がある。これがアメリカの対イスラエル政策に影響を与えてきた。

この現象はアメリカ以外のヨーロッパ圏には見られないものだ。
地政学的観点から見ると、ヨーロッパでは湾岸戦争をきっかけにエネルギー代替が進んでおり、アメリカほどの必要性は薄れている。
ユダヤ人にしても、ヨーロッパで迫害された歴史があり新天地であるアメリカに移住する人が多かった。
そのため、ヨーロッパのユダヤ人の数は少なく、コミュニティも小さい。
またヨーロッパでは福音派の数は少なく、政治力を形成するほどの力はない。
逆に福音派の宗教観は、新天地であったアメリカで生き抜く人々と相性がよく、政治力を形成する規模となっている。

以上の背景から、ヨーロッパ圏とは比較にならない度合いでアメリカはイスラエル支援を続けてきたのだ。

3. ゆらぎつつあるアメリカ国内のイスラエル支持

昨今、アメリカのイスラエル支持が揺らいできていると言われる。
日本でもここ数年イスラエルがガザ地区へ強硬的な攻撃を行ったといったニュースの記憶があるのではないだろうか。
報道からもイスラエルのイメージが悪くなったと感じる向きはあるだろう。

その理由はイスラエルが強硬的な姿勢に変化し、その結果、イスラエルはアメリカ国内でイメージアップキャンペーンをしなければならない状態に追い込まれたようにも見えるが、事実は違う。

イスラエルが変わったのではない。
はるか昔からイスラエルはパレスチナ人への攻撃を続けてきた。
それは国連のイスラエルに対する批判的決議について、アメリカが拒否権を45回も行使している事実からも明らかだ。
イスラエルの政策はこれまでと大きく変化はなく、急激に攻撃的になったわけではないのだ。
昨今、民間人が犠牲になったという報道なども多いため、イスラエルが変化した印象はあるかもしれない。
だが、それは意図的なものではなく、結果論にすぎない。

変わったのはイスラエルではなく、アメリカだ
中でもアメリカの若年層の変化が著しい。

2024年、アメリカ国民にイスラエルとハマスとの紛争に対する見解について調査したデータがある。

問:イスラエル人、パレスチナ人のどちらに共感しているのか。
18~29歳 イスラエル人:14%
      パレスチナ人:33%

若いアメリカ国民はイスラエル人よりもパレスチナ人に、ダブルスコアをつけて共感的だった。

一方で65歳以上のアメリカ国民にたずねると結果は逆転する。
65歳以上 イスラエル人:47%
      パレスチナ人:9%

圧倒的にイスラエル人に共感的だ。

全体では、イスラエル人に共感:31%パレスチナ人に共感:16%となっている。
現状はイスラエル人への共感が高いが、これからアメリカを担っていく若い世代の数値を見れば、イスラエルが危機感を抱くのは納得できる。
世代交代が進めば、イスラエルへの共感が奈落へ落ちていく未来が見える。
https://www.pewresearch.org/short-reads/2024/04/02/younger-americans-stand-out-in-their-views-of-the-israel-hamas-war/

4. イスラエルは、どうやって世論を書き換えるのか

序盤に紹介した内容に戻ろう。
イスラエルが行うキャンペーンの目的は、世論を引っ繰り返すことではない。
曖昧さを作り上げること
だ。
「可哀想なパレスチナ人」から「パレスチナ人にも問題があったのでは」と疑念を生み出し、結果として相対的にイスラエル人へのイメージを回復させるのが目的だ。

その方法の一つとして、依頼を受けた「Clock Tower X」の手法は以下だ。
YouTubeやTikTok、InstagramなどのSNS、ChatGPT、Gemini、GrokといったAIプラットフォームを活用し、情報空間を「イスラエルに有利な文脈」で満たす。
その結果、虐殺とも報道されたガザでの紛争の印象を「曖昧化」しようとする戦略を明記している。

AIプラットホームへの干渉。つまり、LLMが取り込む情報への介入だ。
この発想は前回紹介した、ロシアの情報戦略にも似ている。
https://inods.co.jp/topics/news/7701/

といっても、明確に異なる点もある。
イスラエルのキャンペーンは、ロシアのキャンペーンようにあからさまな偽情報は流さない。
起きたことに対する事柄に対し、別の視点や考え方を提示するものだ。
また、契約はアメリカの法律に従いFARA登録されており、PR会社や手法が文書で明らかになっている。
手法は似ていても、国際社会において決定的に違うと捉えられるものだ。
※アメリカにおいては外国代理人登録法(FARA)があり、国内で外国政府、組織のために政治活動を行う場合は活動内容を開示する義務がある。

だが、中にはグレーなものもある。
依頼を受けている「Bridges Partners」は、インフルエンサー14~18人を想定し、1投稿あたり約7000ドルで投稿依頼する契約を進めているとされている。
問題は、契約したインフルエンサーが誰なのか公表していないということだ。
非公表のままイスラエル寄りの発信をさせている。

これは一時期、日本でも騒がれていたステルスマーケティングと似ている。
商業広告に関するステルスマーケティングは世界的にも規制が進んでいる。
だが、イスラエルのキャンペーンは商業ではないため、規制対象とはならないのだ。
「Bridges Partners」もFARAに登録している。だが活動内容は伝えても実行するインフルエンサーの氏名は公開していないため、その内容はグレーと言わざるを得ない。
こちらについては今後、世論や議論を経て法整備がされていくことになるだろう。
https://www.aljazeera.com/news/2025/10/30/spinning-genocide-how-israel-is-using-us-pr-firms-to-frame-its-gaza-war

ちなみに日本においては、外国代理人登録法に相当する法律そのものが存在しない。
日本で同様のことが実施されれば政治活動そのものが認識できない可能性が高い。

5. ハマスが提示する『ナラティブ』

今後も情報戦においてイスラエルが圧倒的な勝利を得るのは難しいと思われる。
それはハマスが流す映像の強さだ。

2023年の紛争では、イスラエルの人々はハマスによって拉致され人質となった。
だが、当然ながら拉致された人々が現在どうしているのかについて、イスラエル側はその状況を映像として流すことはできない。
その後、イスラエルは報復として空爆、地上侵攻を開始。
ハマスはその結果起こった惨状を、民間人も犠牲になったとして被害状況を動画や写真でリアルタイムで流していった。
見ている人々の感情を揺さぶるというナラティブ性において、そこには雲泥の差がある。

ナラティブな映像の一例として、1973年にピューリッツァー賞を受賞した、ベトナム人写真家のニック・ウトが撮ったナパーム弾の攻撃を受けて裸で逃げる少女の写真がある。
ベトナム戦争の終結に影響を与えたと言われる一枚だ。
https://courrier.jp/news/archives/81471/
ナラティブな情報は戦争の帰結まで変えてしまう可能性を秘めているのだ。

情報戦の重要度はこれからさらに上がっていく。
そう遠くない未来、情報戦はさらに先鋭化し、戦争で行使される武力は最後の仕上げにしか使われなくなる時代がくるかもしれない。
だが我々が想像するよりも、情報戦が支配する世界は平和的ではないだろう。
今までとは違ったグロテスクな様相を呈しているはずだ。

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この記事を書いた人

脳と心のメカニズムに惹かれ、神経科学や認知の分野を中心に執筆。
複雑な現象に潜む共通性や、本質的な問いを掘り下げることを大切にしています。
情報が溢れるこの時代にこそ、選ぶべきものより「捨てるべきもの」を見極める思考が必要だと感じています。
記事を通じ、新しい認知や価値観に目を向けるきっかけを届けられたら嬉しいです。

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