CDC(米疾病予防管理センター)の信頼崩壊が引き起こすアメリカ国民の健康被害

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新型コロナウイルス感染症の世界的流行の際は、国際的な公衆衛生対策の先導役として信頼を寄せられたアメリカの疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)が、第二次トランプ政権発足後、坂道を転げ落ちるように信用を失いつつある
CDCのワクチン情報サイトは有用な機能が停止し、いまや誤情報の発信基地となっている。一般市民へのアンケートでも、CDCへの不信の念が顕著に表れている。CDCはなぜ、このような悲惨な没落の道を歩んだのか。そしてこの先に懸念されるものは何か。今なお進行中の憂慮すべき事態を確認していこう(本記事は2025年12月時点の情報をもとに記述)。

目次

(1)「仇敵」CDCの組織を破壊したロバート・F・ケネディ・ジュニア

(i)反ワクチン運動の跳梁跋扈

ドナルド・トランプ(Donald John Trump)の政権返り咲きが決まった2024年11月から、CDCの行く手に暗雲が漂い始めた。ロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert Francis Kennedy Jr.)の厚生長官起用が取り沙汰される状況に、米国の公衆衛生専門家たちは眉をひそめた。米国で最も有名な政治家の家系に属するRFKジュニアは、環境問題に取り組む弁護士という顔の一方で、長年にわたり反ワクチン運動の中心人物として名をとどろかせた人物だったからだ(*1)。

米国を起点に世界に広がっている反ワクチン運動に火をつけたのは、1998年に権威ある医学誌『ランセット(The Lancet)』で発表された、アンドリュー・ウェイクフィールド(Andrew Jeremy Wakefield)の研究論文だ(*2)。これは、はしかや風疹などを防ぐワクチンと自閉症との関連性を主張するものだったが、のちに研究の不正が判明し、ランセットは論文を撤回・抹消。英国の総合医療評議会(GMC)はウェイクフィールドの医師免許を剥奪した。しかし、わが子の症状をワクチンのせいにしたい親たちの願望に都合よく応えるものでもあったこの偽情報は、しぶとく広がり続けた。

RFKジュニアは、反ワクチン擁護団体「チルドレンズ・ヘルス・ディフェンス(Children’s Health Defense)」の創設者であり、2005年には、『ローリングストーン(Rolling Stone)』誌とオンラインメディア『サロン(Salon)』に、ワクチンに含まれる防腐剤チメロサールが自閉症の原因であると主張する記事を掲載している(両誌は抗議と批判にさらされ、のちに記事を撤回した)。またコロナ禍にあっては、感染症タスクフォースの主要メンバーであるアンソニー・ファウチ(Anthony Stephen Fauci)とビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation)について、「COVID-19ワクチンで利益を得ようとしている」という怪情報を流布した。

2021年、米英に拠点をおくNGO「デジタルヘイト対策センター(Center for Countering Digital Hate:CCDH)」は、SNSを駆使して反ワクチンの虚偽の情報を拡散する首領格として、RFKジュニアを含む「偽情報の12人(Disinformation Dozen)」を名指しで非難した(*3)。この12人は反ワクチン投稿の約3分の2の作成に関わり、およそ6,000万人のフォロワーを擁していた。また12人は、反ワクチンの偽情報を利用した寄付受け付けや広告収入、訴訟の報酬などで少なくとも3,600万ドルの収益を上げたと見積もられている。反ワクチンはこのように産業化する一方で、はしかや百日咳といった、予防可能な感染症の撲滅を妨げる実害も確実にもたらしている。

(ii)「ケネディ厚生長官」誕生と組織崩壊の進行

厚生長官に就任したRFKジュニアは、たちまちCDCを混乱に陥れた。2025年4月に数千人規模でCDC職員を解雇すると、6月には予防接種諮問委員会(Advisory Committee on Immunization Practices:ACIP)の委員17人を全員解任し、自分の息のかかった人間を委員として送り込んだ。

8月8日にはジョージア州アトランタのCDC本部に隣接するエモリー大学構内で銃撃事件が発生し、犯人と警官が死亡している。CDC本部にも180発超の銃弾が撃ち込まれ、7月に就任したばかりのCDC所長スーザン・モナレズ(Susan Monarez)は、犯人が自身の体調悪化と新型コロナウイルスワクチンとを結びつけた逆恨みによる犯行の可能性を示唆。物騒なムードが漂った。

8月27日、モナレズは突如その職を解かれ、医療の専門家ではない厚生副長官ジム・オニール(Jim O’Neill)が所長代行を務めることが発表された。モナレズは9月4日にウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿し、舞台裏で何が起きていたかを告発している(*4)。モナレズによれば、RFKジュニアは一部のコロナワクチン承認を取り消すように要求し、幹部の解任をモナレズに迫ったが、彼女はこれを拒否したため立場を失ったという。
モナレズの解任に抗議して、複数のCDC高官が即時に辞任。CDCの元所長7人と元所長代行2人は9月1日のニューヨークタイムズ電子版に共同寄稿し、「RFKジュニアはすべての米国民の健康を危険にさらしている」と糾弾した(*5)。

『POLITICO』は2025年11月21日の記事で、政府閉鎖解除協定の条項によりCDC職員数百人が職場に復帰したものの、繰り返される解雇と再雇用に疲弊しきっている様子を伝えた(*6)。外部からの信頼の失墜に誇りを失い、組織内のコミュニケーションの途絶に暗澹たる思いを抱くCDC職員は、自らを「死にゆく者たちのようです」と形容している。
2024年の大統領選キャンペーン中もRFKジュニアはCDCを「腐敗の巣窟」と呼んだが、CDC職員は「RFKジュニアは、パンデミックのはるか前からCDCを標的にしていました。彼が個人的な敵意を抱いているのは明らかです」と断言する。

[参照元]
*1:反ワクチンの牙を隠そうとしていたRFKジュニア
RFK Jr wasn’t campaigning as an anti-vaxxer – until Rogan controversy
https://www.bbc.com/news/world-us-canada-65934748

*2:ケネディの厚生長官起用がかくも懸念される理由
Why Robert Kennedy’s Anti-Vaccine Position Is So Worrying
https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-11-15/robert-f-kennedy-jr-s-vaccine-position-versus-the-facts

*3:偽情報の12人
The Disinformation Dozen
https://counterhate.com/research/the-disinformation-dozen/

*4:RFKジュニアとCDCと私
Robert F. Kennedy Jr., the CDC and Me
I was fired after 29 days because I held the line and insisted on rigorous scientific review.
https://www.wsj.com/opinion/robert-f-kennedy-jr-the-cdc-and-me-b4ca2eaa

*5:元CDC長官ら、RFKジュニアがアメリカ人の健康を危険にさらしていると批判
Former CDC directors say RFK Jr. is endangering Americans’ health
https://abcnews.go.com/Health/former-cdc-directors-rfk-jr-endangering-americans-health/story?id=125152952

*6:激変するCDCの内部事情
Inside the CDC whiplash
https://www.politico.com/news/2025/11/21/inside-the-cdc-whiplash-00664632

(2)ワクチン陰謀論者が巣喰う誤情報の発信基地へと変化したCDC

RFKジュニアの長官就任後、厚生省はmRNAワクチン研究を含む10億ドル以上の研究を中止した。長年のキャリアを持つ科学者や職員が職場を去り、RFKジュニアの息のかかった人間たちがそれにとって代わった。
2025年9月19日、CDCの予防接種諮問委員会(ACIP)は、新型コロナワクチン接種について、生後6ヵ月以上のほぼすべての米国民に毎年の接種を勧めていた方針を撤回した。6月にRFKジュニアがACIPの委員を総入れ替えした狙いが露骨に奏功したわけだ。

そして11月19日、CDCのウェブサイトのワクチンの安全性に関するページが更新され、小児用ワクチンが自閉症を引き起こすというRFKジュニアの主張に沿った内容に一変した(*7)。厚生省の広報担当者アンドリュー・ニクソン(Andrew Nixon)は、声明の中で「常識的なアップデート」だと主張した。
CDCのサイト改訂にあたり、研究の一部を都合よく引用された米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)は迷惑顔で、「私たちは、このテーマに関する私たちの研究と圧倒的な科学的コンセンサスに基づき、ワクチンは自閉症を引き起こさないという見解を支持します。……私たちの研究は、小児ワクチンが一般の人びとにとって安全であり、病気の予防と死亡の回避という長年確立されたベネフィットを有していることを確認しています」と、声明を出すことを余儀なくされた(*8)。

ジャーナリストのウォーカー・ブラグマン(Walker Bragman)は、CDCのサイトの変質ぶりを詳しく解説している(*9)。サイトからは、怪しい情報へのリンクがふんだんに貼られている。RFKジュニアの盟友デビッド・ガイヤー(David Geier)とその父マーク・ガイヤー(Mark Geier)は、親子二代にわたってメリーランド州医師会から無免許診療で懲戒処分を受けたいわくつきの人物で、「ワクチンが自閉症を引き起こす」という虚偽の主張を広め続けてきた。マーク・ガイヤー夫妻は自閉症の治療法として、性犯罪者の化学去勢に用いられるルプロンを使った治療法を開発し、当人たちは「奇跡の薬」と吹聴して子どもたちに処方したが、専門家には「ジャンクサイエンス」と一蹴されている。
またCDCサイトからは、反ワクチン派の医師ポール・トーマス(Paul Thomas)の論文にもたどり着ける。トーマスは職務違反によりオレゴン州とワシントン州の医師免許を剥奪されている。

「CDCは完全にRFKジュニアの代弁者と化しており、もはや信頼できません」と、アカウンタビリティ・ジャーナリズム研究所(Accountability Journalism Institute)の科学顧問で、小児科医および小児心臓専門医の資格を持つフランク・ハン(Frank Han)は語る。「公衆衛生を守るために抵抗する私たちのような存在が、かつてこれほどに必要とされたことはありません」
外科腫瘍医であり、ブログ「Science-Based Medicine」の編集長を務めるデビッド・ゴルスキー(David Gorski)も同意する。「CDCのメッセージは、いまや30年にわたり非科学的な主張をしてきた反ワクチンの言説と合致してしまっています」
疫学者のエリザベス・ジェイコブス(Elizabeth Jacobs)は、「これは、国民の健康と米国の国家安全保障を守るためにワクチン接種の研究と推進に尽力してきた科学者、医療提供者、公衆衛生の実践者に対するはなはだしい侮辱です」と憤激する。「米国におけるワクチン接種率におよぼす影響は計り知れません。米国を、世界を、本来であれば予防可能な疾病の流行のリスクにさらすことになるのです」

『ガーディアン(The Guardian)』紙は、CDCの諮問委員会が12月5日に、新生児のB型肝炎ワクチン接種を制限する決議をしたことを報じ、「トランプ政権は、何十年にもわたって安全かつ効果的に投与されてきたワクチン施策を後退させている」と論じた(*10)。
専門家は、この決定が定期予防接種の現場に混乱を招き、特に低所得世帯にとって逆風になるだろうと影響を予想している。B型肝炎財団(Hepatitis B Foundation)の予防政策プログラムディレクター、ミカエラ・ジャクソン(Michaela Jackson)は、「これは、子どもたちの間における、本来なら予防することのできた感染症の増加につながるでしょう。親たちはもはや誰を信頼すべきか分からなくなるでしょう」と憂えた。
ダートマス大学の小児科教授コーディ・マイスナー(Cody Meissner)は、諮問委員会の投票は「事実を捏造した、ネバーランドの物語のようなものが混じっています」と歎ずる。「CDCの勧告に従うことで、多くの小児、青年、そして成人がB型肝炎に感染することになるでしょう」

[参照元]
*7:米CDCサイトが一変、ケネディ長官の反ワクチン主張を展開する
US CDC adopts Kennedy’s anti-vaccine views on recast website
https://www.reuters.com/business/healthcare-pharmaceuticals/us-cdc-says-claims-that-vaccines-do-not-cause-autism-are-not-evidence-based-2025-11-20/

*8:CDCによるワクチンと自閉症に関するガイダンスの変更に関する声明
Statement on CDC’s Changes to Guidance on Vaccines and Autism
https://www.nationalacademies.org/news/statement-on-cdc-s-changes-to-guidance-on-vaccines-and-autism

*9:CDC、ワクチンの安全性関連ページを更新して誤情報を拡散する
CDC Updates Vaccine Safety Page to Promote Vaccine Misinformation, Cites Kennedy’s Anti-Vax Allies
https://www.importantcontext.news/p/cdc-changes-vaccine-safety-page-to

*10:CDC諮問委員会、新生児のB型肝炎ワクチン接種を制限する決議
CDC advisory panel votes to limit hepatitis B vaccines for newborns
https://www.theguardian.com/us-news/2025/dec/05/cdc-panel-rfk-hepatitis-b-vaccine

(3)アメリカで拡大する「医療知識の分断と孤立化」

フォーブスは12月、CDCのワクチン情報サイト「Vaccines.gov」がほぼ廃墟化していることを伝える記事の中で、ペンシルバニア大学が11月に実施したオンライン調査の結果も紹介している(*11)。米国の成人1,000人余を対象としたアンケートで、「ワクチンの安全性に関する勧告がCDCと米国医師会(American Medical Association:AMA)で食い違った場合」という設問に対し、AMAの勧告に従うと答えた人の割合は、CDCの2倍以上となった(35%対16%)。専門家だけでなく一般の人びとも、もはやCDCを信用していないのだ。

そして、ことはCDC一機関の信頼失墜にはとどまらない。米国全土をカバーする医療体制に大きな影が落ちているのだ。
CDCの指針はもはや信頼に値しないと見切りをつけた州政府や学術団体は、独自の対策に着手している。
健康な子どもや妊婦への新型コロナワクチン接種を推奨しないRFKジュニアに反旗をひるがえし、8月19日に米国小児学会(American Academy of Pediatrics,:AAP)が、次いで9月8日に米家庭医学会(American Academy of Family Physicians:AAFP)がそれぞれ、政府指針と異なるワクチン接種の推奨方針を発表した。
また、米西部のカリフォルニア・オレゴン・ワシントンの3州が立ち上げていた「西海岸健康アライアンス」は、9月17日にCDCに従わない独自の接種勧告を発表した。翌18日には米東部のコネティカット・マサチューセッツ・ニューヨークなど7州が「北東部公衆衛生コラボラティブ」の結成を発表している。
同じく9月18日には、米国医師会(AMA)の理事会は、「科学的根拠に基づく勧告を会員や患者に引き続き伝えるため」として、2025年5月以前(RFKジュニアがACIPの委員を総入れ替えする前)にCDCが発表したワクチン勧告を支持することを表明した。

CDCが今まで担っていた、越境的な医療指針の信頼が失墜したことによる混迷と、実害が深刻化するのはこれからである。
すでに不吉な徴候がある。米国で四半世紀前に根絶宣言が出た「はしか」が、2025年にテキサス州西部の未接種児童の間で急速に広がったのだが、CDCが機能不全に陥っていたため、現地の公衆衛生当局は五里霧中で孤独な戦いを強いられたのである(*12)。

国民の健康を支える「医療」にまで分断を持ち込んでしまったことの代償を、米国は今後どのように支払うことになるのか。すでに見てきたように、専門家たちの見通しは決して楽観的ではない。そしてパンデミックが再び発生した時、世界もその影響を被らないわけにはいかない。

[参照元]
*11:CDCのワクチン情報サイトが機能停止 揺らぐ信頼性
CDC Vaccine Search Tool No Longer Works. Vaccines.gov Website Scrubbed
https://www.forbes.com/sites/brucelee/2025/12/04/cdc-vaccine-search-tool-no-longer-works-vaccinesgov-website-scrubbed/

*12:「病むアメリカ」 RFKジュニアのCDCたたきで公衆衛生が機能不全に
‘America Will Get Sick’ as CDC’s Total Overhaul Takes Shape
https://news.bloomberglaw.com/health-law-and-business/america-will-get-sick-as-cdcs-total-overhaul-takes-shape

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この記事を書いた人

ビジネス系週刊誌ライターや不動産情報サイトのコンテンツ制作など、編集・執筆業務に25年以上従事。サイバーセキュリティ領域の動向を、旧来の「知」がテクノロジーの進化で変容・解体されていく最前線として注視しています。

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