見えない価格変動が示した「AI時代の不透明な慣行」

米国の消費者保護団体Consumer Reportsが、大手スーパーマーケットやオンライン注文サービスを対象とした複数回の調査を通して「店頭の表示価格と、実際に請求される金額が異なっている」「顧客のプロファイルに応じて商品の価格が変動している」「AIの技術を利用した価格の吊り上げが行われている」などの問題を確認した。
これらはCRが2025年に行った独自の調査により判明したもので、それぞれの調査は発表された時期や主旨が異なっている。しかし、いずれも現在の米国の小売業が抱えている構造的な問題点(なおかつ消費者には気づきにくく対処が難しい、不明瞭な問題点)を示した報告だったと言ってよいだろう。
なかなか興味深くも不気味な内容だが、それぞれの調査結果の記事が盛りだくさんなので、すべての報告を読むのは一苦労となる。ここでは、できるだけ要点をまとめて紹介しながら「いま米国の小売業に何が起きているのか」「果たして日本は無関係なのか」を考えていきたい。
はじめに:Consumer Reportsの調査とは
1936年に創設されたConsumer Reports(以下CR)は、非常に幅広いジャンルの製品やサービスの調査、レビュー、比較テストなどを89年にわたって続けてきた米国最大級の消費者保護団体だ(※)。彼らの調査結果やレビューは、月刊誌(およびウェブ版)の「Consumer Reports」に掲載される。
Impact Report _ Consumer Reports Annual Report 2025
https://www.consumerreports.org/annual-report/2025/impact/
「企業と一切の金銭的利害関係を持たない」という指標を創立時から明言してきたCRの媒体には、広告が一切掲載されない。さらに企業からの寄付を受けない完全独立型の団体であるため、彼らの媒体は米国の消費者から最も信頼される情報源のひとつとして扱われており、その購読者数は500万人以上にものぼっている。
そんなCRは2025年、米国の大手小売業を対象とした三つの興味深い調査結果を報告した。これらの結果が浮かび上がらせたのは「消費者が日常的に利用するサービスで、我々が目にする商品の価格が、いつの間にか不透明になっている」という問題だった。
たとえば消費者が何かを購入するとき、本人は「提示された価格を確認し、購入を決断し、支払うべき代金を支払っただけ」だとシンプルに考えている。しかし実際には、自分が結果としていくら支払わされていたのか、自分に提示されたのは妥当な(あるいは公正な)価格だったのかを、消費者自身が把握できなくなってきているようだ。そして面白いことに、この不気味な現象はオフライン(スーパーの実店舗)とオンライン(買い物代行の配送アプリ)」の両方で進行している。
※CRは1936年に Consumers Union(消費者連合) として設立されたが、2012年に組織名を現在の名称(正式名称はConsumer Reports, Inc.)に変更した。ただし活動の内容は変わっていない。
スーパーマーケットの特売価格と支払額の不一致
・ひっそり続いていた過剰請求の慣行
まず最初に紹介するのは、CRが2025年3月に公開した「クローガーの過剰請求の調査報告」だ。この問題はスーパーマーケットで日常的に見られる「お値打ち品」の話題なので、あまりINODS向けではないが、先の話に繋がる話題なので簡単に紹介したい。
Kroger Stores Overcharging Shoppers on Sale Items, CR Price Check Finds
https://www.consumerreports.org/money/questionable-business-practices/kroger-stores-overcharging-shoppers-on-sale-items-a9659540552/
米国最大級のスーパーマーケットチェーンのクローガー(Kroger)は、食料品や生活雑貨を販売する小売業者で、多数ブランドのスーパーを傘下としている。日本のイオンやイトーヨーカドーのような存在、と説明するのが手っ取り早いだろう。このクローガーに関しては、以前から「幅広い商品で価格表示に誤りがある」「その誤りは何年も続いており、同社も認識している」という指摘の声が内外から挙がっていた。そこでCRは、The Guardian誌、およびFood & Environment Reporting Network(食と環境の調査報道機関)と協働して、クローガーと傘下ブランドのスーパーマーケット26店舗を対象とした実地調査を行った。
この実地調査は、調査員たちが実際に各店舗へ出向き、大量の買い物をして「棚に記されていたセール品の値札」と「その商品をレジへ持ち込んだときに請求された価格」を一つずつ比較するという、たいへん地道な覆面調査だった。その結果「セール価格が表示されていたにも関わらず、通常価格で支払わされるアイテム」が150点以上あったことが判明した。平均すると1点あたり約1.7ドル(約18.4%増)程度の過剰請求だ。これはシステムの技術的な問題ではなく、「特売の期間が終わっても棚の値札を更新していなかった」という、店側の単純な管理ミスである。
たとえばコンビニエンスストアで一つだけ商品を購入する客なら、棚札と請求額の違いに気づく可能性は高いだろう。しかし北米圏の大型スーパーマーケットでは、1~2週間分の家族の食材をまとめて買う顧客が多い。広大な店内をのんびりと歩き回りながら、大きなカートに平均40点ほどの(人によっては70点、80点ほどの)アイテムを放り込むため、ひとつひとつの商品がレジを通過するときの価格を確認しきれるはずもない。陳列棚を見たときに「これはセール中なのか。5ドルならお得だから買おう」と考えてカートに入れたはずの商品が、30分後に辿りついたレジで「8ドル」と表示されても、簡単には気づけないのだ。
クローガーの26店舗には、このように杜撰な陳列をされていたアイテムが150点以上あった。セールが終了してから90日以上が経過しているにも関わらず、棚札が特売価格のままになっていた商品の例も確認されている。この問題について同社は「実店舗で取引される商品の数は全体で数十億にもなる。その中の、ほんの僅かな割合で発生した問題だ」と主張した。しかし消費者保護の専門家たちは、こうしたクローガーの慣行が「法に違反する可能性がある」と指摘している。
・過剰請求が発生する原因
この慣行を以前から問題視していたクローガーの従業員や関係者は、こうした管理ミスの原因が「人手不足」にあると明確に指摘してきた。つまり単純に労働力が足りないため、「数万点もの商品の棚札を定期的に張り替える」という作業が追い付いておらず、店側はそれを認識していながら放置してきたという主張だ。
CRの説明によると、この数年間でクローガーは売上高と利益を大きく伸ばしており、昨年度の営業利益は38億5000万ドルに達している。その業績の飛躍には「人材コストの削減」が大きく貢献したと見られている。しかし「人手不足のせいで過剰請求が起きている」という主張が正しいのなら、店側が人材コストの削減で利益を伸ばしてきた一方、そのしわ寄せを受けた顧客側は想定外の出費をさせられてきた、ということになるだろう。
そこでCRは、米国労働安全衛生局のデータを活用して「2019年から2024年の5年間におけるクローガーの人材削減」と「価格の誤表示」の関係を調査した。その結果、価格の誤表示の少なかった店舗では一店あたりの従業員数の減少率が平均6.2%だった一方、誤表示の多かった店舗では平均で10.3%もの従業員が減少していたことが判明した。この比較から、CRは「(関係者たちが主張したとおり)棚札のミスは人員の削減が招いたもの」という可能性を強く示唆した。ただしクローガー側は「そこに因果関係はない」「店舗の従業員数はデータに基づいて配置している」と反論した。
クローガーの「顧客プロファイル」に関する様々な問題点
この調査結果やクローガーの対応が不信感を募らせるものだったせいなのか、あるいは別の理由があったのかは分からないが、ともあれクローガーはすっかりCRから目をつけられてしまったようだ。
CRは2025年5月、クローガーに関する「まったく別の問題」の調査結果を報告した。この調査は、クローガーによる「顧客のプロファイルの作成」と、その運用の手法に焦点を当てたものだ。こちらは単なる管理ミスではなく、意図的なシステム上の問題である。
Are Kroger’s Secret Shopper Profiles Costing You Money_ – Consumer Reports
https://www.consumerreports.org/money/questionable-business-practices/kroger-secret-grocery-shopper-loyalty-profiles-unfair-a1011215563/
・クローガーの「ロイヤリティプログラム」
クローガーは、顧客が無料で参加できるロイヤリティプログラム(会員優待制度)を設けている。その会員となった顧客は「買い物をするたびポイントが貯まる」「会員限定の割引サービスを受けられる」などの特典を得ることができる。このようなプログラムは、世界中のスーパーマーケットの多くが提供しているだろう。
クローガーの同プログラムには現在6300万人の顧客が加入しており、各店舗で行われる取引の95%以上がプログラムに紐付けられている。そんなロイヤリティプログラムに関して、今回のCRが指摘した問題は多岐に渡っており、その報告の内容も入り組んでいるのだが、ここでは大きく四つに分けて説明したい。
1、「顧客プロファイル」の存在そのものの問題
クローガーは、ロイヤリティプログラムの会員一人一人の「詳細な顧客プロファイル」を内部で勝手に作成していた。このプロファイルには各会員の年齢・性別・家族構成・最終学歴・収入などの属性を「推定した」情報が含まれている(つまり会員自身が申告した属性ではない)。
この推定は顧客の購買履歴だけでなく、公開情報や統計などの外部データも基にして行われている。もちろん会員は、自分がクローガーからどのような属性の人間だと見なされているのかを知らない(そもそもプロファイルの存在自体を知らない)。
2.プロファイルの不正確さ
CRは、そのプロファイルの内容が「実際の会員のプロファイルと大きく異なっていた例」を報告した。この記事には、オレゴン州のデータプライバシー法に基づき、クローガーへの開示請求を行って自分の顧客データを手に入れた一人の会員が登場している。
自分の顧客データ一式をクローガーから入手したSalems氏は、都市部に住む既婚の父親である。しかしクローガーの顧客プロファイルでは「女性」と認識されていた。さらに家族構成も最終学歴も年収も実態とは大きく異なっており、趣味や嗜好に関する推察も的外れで、「おそらく犬か猫を飼っている」という点まで間違っていた(彼の家にはペットがいない)。そのプロファイルには、彼に関する正しい認識がほとんどなかった。
つまり会員の実際の属性と、クローガーが管理しているプロファイルの属性は大きく異なっている可能性がある。そしてクローガーは、この「推定で作成された(誤っているかもしれない)個人の属性」をベースにして、それぞれの顧客に提供する情報の内容を変更していた。この問題については次項で詳しく説明する。
3、「お得な情報」の見せ方の問題
クローガーは、特定商品のクーポンや割引、特売などの情報を全ての会員へ同じように提供するのではなく、それぞれの顧客を分析したうえで個別に提供情報の選り分けをしている、とCRは指摘する。
つまり「どの会員が、どの割引情報やクーポンにアクセスできるかを、会員の購入履歴や属性に応じてコントロールしている(結果として会員ごとの支払額に差が生じる)」可能性が高いということになる。この指摘についてクローガーは、「顧客ごとに定価(請求価格)を変更しているわけではない」という点を明確に主張しながら、「アプリに表示される情報やクーポンが、顧客ごとに個別化されていること」については正式に認めた。
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ここまでの3つをまとめると、クローガーは「不正確な推定のプロファイルに基づいて『優待情報』を提供しているため、その会員にとって本当に有益な情報が表示されないことがあり、その会員は結果として他の会員よりも多くの金額を支払わされてしまう可能性がある」ことが想定される。すこし分かりづらいので、具体的な例を想像してみよう。
たとえば小さな子供のいる母親が、誤って「独身の男子学生」という属性に振り分けられた場合、彼女にはベビー用品の情報が届かないだろう。しかし近所のママ友には「紙オムツのお得なクーポン券」が届いている。この場合、同じプログラムの会員であるはずの二人が同日に同じクローガーで同じ紙オムツを買っても、支払う金額が異なってしまう。
そしておそらく彼女たちは、その不平等に気付かない。なにしろ自分の意思で自分のプロファイルを登録したわけではないので、彼女たちは自分の属性を変更するどころか、通常はそれを確認する機会もない。
4、データの使い道の問題
クローガーが所有している膨大な(時に誤った)会員のデータは、購入履歴と推定属性を結び付けた形で、広告やマーケティング用のプロファイルとしても利用されているようだ。先述のSalems氏が入手した資料には、「自分がどのような属性だと推定されているか」「どのようなことに関心を持つ顧客だと推定されているか」が示されていただけでなく、自分が「非常に数多くの企業名やブランド名・カテゴリと関連づけられている様子」が一覧表示されていたという。
クローガーのプライバシーポリシーによれば、クローガーは顧客のデータをパッケージ化し、それを「マーケティングや広告目的で利用したい他企業」へ販売できるようになっている。そして今回のCRの記事によれば、クローガーは「Salem氏のデータが50社以上の外部企業に送られた可能性があること」を書面で認めている。ちなみにクローガーのマーケティング部門が所属している「オルタナティブ・プロフィット事業」は現在、クローガー全体の純利益の35%以上を占めている(その何割程度が「顧客情報の転売」から得られた利益なのかは公開されていない)。
何よりもCRが問題視したのは、クローガーの顧客が「このような運用を知らないこと」だ。ただ単にクローガーのお得な会員サービスに加入したつもりの顧客の多くは、自分のプロファイルが勝手に作られ、それが広告やマーケティングのネットワークに取り込まれていると考えていないだろう。そのデータが誰と共有され、どのように利用されるのかも知らされていない。スーパーマーケットの会員になる際、プライバシーポリシーを熟読する慎重な人は少ないので、ほとんどの顧客は「共有されるの可能性」があることすら知らないだろう。
さらに言えば、たとえ「自分のプロファイルが作られていること」を知って不安になった顧客でも、その情報をクローガーから取得できるかどうかは州によって異なっている(※)。Salem氏は幸いにもオレゴン州に居住していたが、米国ではこのような事例に適用されるデータ保護法を持たない州のほうが多い。それらの州に居住している顧客は開示請求を行うことができないため、「自分の顧客データに何が記録されているのか」「どのような企業と関連付けられているのか」を確認するための法的な手段がない。
※2025年5月の時点で、米国では13の州が「顧客のデータ収集、共有、販売を顧客自身が拒否できるようにすること」を企業に義務付けているので、これらの州に住んでいる会員は自分の情報が流用されないようオプトアウトを要請することができる。CRの記事はオプトアウトの要請方法も詳しく解説しているので、興味のある方には記事の最終章をチェックしていただきたい。
・顧客のプロファイリングと価格の関係
この「顧客のプロファイル問題」の報告に対して、クローガーはどのデータがどのように評価されているのか、それがどのようにして顧客への割引情報に影響しているのかを明確に回答しなかった。つまり「同じ条件で買い物をした会員の支払額に差が生まれかねない構造」が、充分に説明されないまま運用されているということになるだろう(ただしクローガーはCRの報告に関するメディアの取材に対して「誤解を招く記事である」「当社は『顧客に利益をもたらすように』データを利用しているだけだ」と反論している)。
このような報告例は過去にもあっただろうか? たとえば2012年には、旅行代理店サイトのOrbitzが「Macユーザーだけに高額な宿を表示している」という問題が大きな話題となった。このときOrbitzは「Macユーザーは高級なホテルを選ぶ傾向があるため、彼らには高価格のホテルを優先的に表示するアルゴリズムを導入した」と認めたことで批判を受けた(のちにExpediaも同様の活動を検討/実施していたと報じられている)。サービスを提供する側が、ユーザーの属性に応じて、見せる商品を変えていたという意味において、これは今回のクローガーの件と似通っている。
On Orbitz, Mac Users Steered to Pricier Hotels – WSJ
https://www.wsj.com/articles/SB10001424052702304458604577488822667325882
しかしOrbitzは、同じホテルの宿泊価格を属性によって変えていたわけではない。Macユーザーに高級ホテルのクーポン券を表示したり、Windowsユーザーに安価なホテルの特別プランを表示したりしていたわけでもない。さらにオンラインのサービスでは価格の変動が頻繁に行われるため、もともとの価格が流動的だ。とりわけ航空券やホテルなどのオンライン価格が、タイミング次第で激しく変動することは多くの人に知られている。
一方、今回のCRが報告したクローガーのプロファイルの問題は、「同じプログラムの会員が」「同じ商品を」「同じ実店舗で」買おうとした場合でも、クローガー側の設定した選り分けによって顧客ごとの請求額が変わってしまう可能性があった。こちらは「ふだんの買い物における価格設定そのものの不透明さ」の問題である。
AIを利用した「動的価格調整の実験」
ここまで紹介した二つの調査は、あくまでもクローガーと系列店のみを対象として行われたものだ。しかしCRは、それらの発表後も「小売店における価格の適正さ(不適正さ)」に関する調査を継続していた。
そして2025年12月、CRは食料品の配達サービス「インスタカート(Instacart)」に関する衝撃的な独占記事を発表した。それは、インスタカートがAIを活用して密かに行ってきた「客ごとに商品の価格を変える(一部の客に対して価格を吊り上げる)実験」について報告したものだった。INODS読者の多くにとっては、ここからがやっと本題になるかもしれない。
Exclusive_ Instacart’s AI Pricing May Be Inflating Your Grocery Bill – Consumer Reports
https://www.consumerreports.org/money/questionable-business-practices/instacart-ai-pricing-experiment-inflating-grocery-bills-a1142182490/
・インスタカートとは?
インスタカートは、1500以上の小売店ブランドと提携する北米最大級のオンライン食料品配達サービスだ。ユーザーがインスタカートのアプリを経由してスーパーマーケットの商品を注文すると、買い物代行スタッフが実店舗で商品を購入し、即日に自宅へ届けてくれる。サービス内容は日本のネットスーパーに似ているが、インスタカート自体は実店舗を持たず、注文システムや配送サービスを提供しているだけなので、「スーパーマーケット版のUber Eats」をイメージしてもらうのが手っ取り早いだろう。
現在インスタカートの利用者数は数千万人規模と考えられており(資料によって表記のバラつきが激しい)、買い物代行スタッフ(兼・配達員)の数は60万人以上だと報告されている。
・CRが行った「インスタカートの価格調査」
CRは、食品価格の分析において経験豊かな2つの非営利団体(Collaborative、More Perfect Union)と協働し、437人の調査員を動員して、インスタカートの大規模な価格調査を2025年9月に開始した。
この数か月に渡る調査は、複数のグループに分けられた調査員が、インスタカートを通して同じ時間に、同じ店舗で、同じ商品(18点~20点)をカートに入れる実験を繰り返し、そのスクリーンショットを記録していくというものだった。この「買い物の舞台」として選ばれたスーパーマーケットは、いずれも北米では非常に一般的な大手ブランドのスーパーばかりである。
この調査の結果、全体の約74%もの商品で、ユーザーごとに異なる価格が提示されていたことが判明した。客ごとの商品の価格差は最大で23%に達しており、カート全体で見た場合の差額は平均9.59ドル(約1500円/全体価格の8.4%)。1カートあたり数十ドル単位の差が出るケースもあった。調査チームは「平均的な四人家族がインスタカートを年間ベースで利用した場合、一年あたり約1200ドル(約18万円)の余分な支払いが生じる可能性がある」と試算している。
彼らの分析によれば、インスタカートはセール中の同じ商品について異なった「通常価格」も表示しており、「顧客がどのグループに分類されたか」によって商品の(見せかけの)割引率を変化させていた。たとえば同じスーパーマーケットの店舗を指定した調査員たちが同じクラッカーを買おうとしたとき、そこに表示されている通常価格は5.93ドル、5.99ドル、6.69ドルとまちまちだったが、販売価格は全員3.99ドルだった。つまり同じ価格で販売するケースでも、顧客によって「普段は何ドルで売っているのか」という表示を変更していた。
・AIが設定する「わずかな値上げの実験」
CRの報告によると、2022年に「Eversight」という小さなAI企業を買収して以降のインスタカートは、小売企業向けの価格設定ツールの提供を開始していた。それは食料品の価格を「最適化」し、さらに商品の価格、顧客へのプロモーション、割引などを顧客によってカスタマイズできる技術だ。このAI技術を採用したスーパーマーケットは、「たとえ同じ食料品でも、顧客のグループごとに異なった価格を同時に提供することができる」と考えされていた。
そして今回、CRが数か月に渡る調査を通して観察した価格設定の手法は、インスタカートと提携するスーパーマーケットが実際に「その技術を実験的に利用していること」を確認させるものだった。
この調査結果をインスタカートに報告しつつ、「購買客は自分が価格設定の実験に参加させられていることを認識していないはずだ」と指摘したCRは、インスタカートから回答を得ることができた。それは「現時点でEversightのシステムを利用しているのは、わずか10社の提携業者のみである」「ごく一部にしか影響しない、無視できる範囲の価格実験だ」と主張する内容だったのだが、インスタカートはその10社の名前を明かしておらず、彼らの主張と調査チームの調査結果の間には複数の矛盾点があった。またインスタカートによる説明と、提携先のスーパーマーケットによる説明との間にも食い違いが見られ、さらにはコストコのスタッフが「価格実験に関する連絡のメールをインスタカートに送信する際、うっかり(よりにもよって)CRからの質問状に返信してしまう」というミスが発生したこともあり、CRは期せずして両社間の内部文書を手に入れることになった。
ともあれ今回の記事の中で、CRは次のように断言している。(※)
「インスタカートで食料品の配送を注文している米国の買い物客の多くは、『AIを活用した広範な実験』に取り入れられており、そこでは同じ製品でも顧客ごとに異なる価格が提示されている。場合によっては23%も価格が変更されることもある。このインスタカートのアルゴリズムを利用した価格設定の実験は、Albertsons、Costco、Kroger、Safeway、Sprouts Farmers Market、Targetなど、国内最大級の食料品小売業者のプラットフォームを通して行われていることが判明した」
※CRは2025年12月22日、この調査に関するアップデート情報を追加した。その最新情報によると、今回の調査報告を受けたインスタカートは、「AIを利用した価格変動ツールの提供を即座に終了する」と公に発表した。つまり彼らは「食料品小売業者が、同じ食料品に対して異なる価格を同時に請求できる技術」の提供を停止した。ただし停止したのは価格変動の部分のみで、通常の割引やプロモーションに関する機能のテストは継続できる状態だという。このサービス終了に関しては、CRが別のページに詳しくまとめている。
Instacart Stops AI Pricing Tests – Consumer Reports
https://www.consumerreports.org/money/questionable-business-practices/instacart-stops-ai-pricing-experiments-a1176475852/
今後の課題と私たちの消費活動
・見えない価格、気づきにくい変化
CRによる三つの記事が浮き彫りにしているのは、いつのまにか商品の価格(および実際の支払額)が我々消費者にとって見えにくくなっており、その価格の変化や他者との価格差は確認しづらく、個人では検証することも難しい仕組みになっているという問題だ。実際には何にいくら支払っているのか、それが適正な/公正な価格なのか、実際には得をしているのか損をしているのかも分からないまま、いつの間にか余計な出費を少額ずつ重ねていたとしても、我々はそのことに気付かない。
そして、小売店や買い物代行サービスが独自の判断で行っている顧客データの活用やAI技術の導入は、さらなる「不透明な価格差」の拡大に繋がる可能性がある。我々の知らないところで「あなた向けの価格」「あなた向けの割引」が設定されることが、どんどん当たり前になっていくかもしれない。さらに、その決定に利用される顧客データやアルゴリズムも他社と共有されかねないので、誰かが勝手に推定した「あなたの属性」は、どこで何を買う場合でも、あなたが購入する商品の価格を変えてしまうかもしれない。
・ニューヨーク州の「アルゴリズム価格変動防止法」
そのような慣行を徹底的に避けるためには、小売業者に「価格設定のプロセスの透明化」「顧客データを顧客自身が確認できるシステムと、そのデータの利用に関する充分な説明」、そして「消費者が適正な価格を確認できる仕組み」を求めていく必要があるだろう。
しかし現在の小売業者に対して、これらの全てを求めるのはあまりに困難であるようにも思われる。それよりは、行き過ぎた企業に対して何らかの罰則を与えるという対処法のほうが現実的なのかもしれない。たとえばニューヨーク州では、消費者の個人データを利用した価格設定を規制するための「アルゴリズムによる価格差別を防止する法(Preventing Algorithmic Pricing Discrimination Act)」が2025年11月から施行された。
How New York’s Personalized Pricing Law Affects Consumers And Retailers
https://www.forbes.com/sites/anishasircar/2025/12/03/new-yorks-algorithmic-pricing-law-what-it-does-and-why-it-matters/
N.Y. Law Could Set Stage for A.I. Regulation’s Next ‘Big Battleground’ – The New York Times
https://www.nytimes.com/2025/11/29/nyregion/personalized-surveillance-pricing-ai-new-york.html?unlocked_article_code=1.408.Jz7G.iHtjGn8uxz-X
この法は、企業が顧客の個人データやAI技術を利用して「その顧客のために設定された価格」を提示する場合、そのことが消費者にも分かるように「This price was set by an algorithm using your personal data(この価格は、あなたの個人データを利用したアルゴリズムにより設定されました)」と表示することを義務付けている。
このような法が施行された背景には、AIの急速な進展による個人向けの価格調整、つまり「消費者一人一人を狙い、それを必要としている人に対しては少しでも高額で提供できるように調整する価格設定」が通常化されることへの恐れがあるだろう。実際、この「アルゴリズムによる価格差別を防止する法」は、AI規制法のひとつとして語られがちとなっている。
・日本はどうなのか
ここまで紹介した全ての話題は米国を舞台にしたものだ。これらは日本の消費者にとって無関係だろうか。それとも日本の消費者がすでに巻き込まれている問題だろうか。恐ろしいのは「実際のところどうなのかが、よく分からない」という点だ。
たとえばセール品の価格表示に関する問題(二重価格表示など)は、日本の実店舗や通販サービスでもたびたび発覚している。しかし「巨大なスーパーマーケットチェーンの全国店舗における一斉価格調査の結果」が報告されるような機会はないため、米国のスーパーで起きている現象は日本でも見られることなのか、滅多に見られないものかは分からない。つまり日本にはCRに該当するような消費者団体が不足しているため、広い視点における小売店の実態がさらに不透明となりやすい。
最近の日本で指摘された一例:家具・生活雑貨「スイートデコレーション」の措置命令(2025年)
https://www.corporate-legal.jp/news/6022
私たちの周りに溢れかえっている、さまざまな会員サービスの顧客データがどのように扱われ、どのように利用されているのかという点については、それぞれのプライバシーポリシーを熟読すれば少しは分かるだろう(それをする人が実際どれだけいるのかは別として)。しかしあなた自身が入力した性別や年齢や住所ではなく「小売店側が勝手に推定した様々な属性」に基づいて、あなたが購入する商品(特にリアルタイムで価格が変動しやすい商品)の値段に小さな変更が加えられるケースは既に存在しているのだろうか。あなたが普段から利用しているネットスーパーやオンラインサイトで表示される価格設定に、AIの「個別価格設定」の技術が用いられているケースはあるのだろうか。あなたのスマートフォンが知っているあなたの行動範囲、あなたの交友関係、あなたのSNSでの活動が、そのアルゴリズムに影響を与える可能性はあるのだろうか。
これらの疑問に対して、何かを断言できる人はほとんどいないだろう。我々が「それを知る方法」にアクセスすることは非常に難しいからだ。本来であれば、日本のような国にこそ「アルゴリズム価格変動防止法」に該当するような法の規制が強く求められているのかもしれない。
参照記事(主にCRの報告に対するクローガー、インスタカートによるコメント)
https://www.cbsnews.com/news/krogers-price-tags-overcharges-consumer-reports
https://www.sfchronicle.com/tech/article/instacart-ai-price-tests-21232824.php
https://www.theguardian.com/us-news/ng-interactive/2025/may/14/kroger-supermarket-sales-tactics
