ドローンの領空侵犯と連動した親ロシア派の情報戦

今回はAlden Wahlstrom, およびDavid MainorによるGoogle Threat Intelligenceの記事「Pro-Russia Information Operations Leverage Russian Drone Incursions into Polish Airspace」(https://cloud.google.com/blog/topics/threat-intelligence/pro-russia-information-operations-drone-incursions?hl=en)を紹介する。本記事は、2025年9月9日から10日にかけて発生したロシアのドローンによるポーランド領空侵犯に関する報道に関連した情報操作(Information Operation、IO)を推進する親ロシア派アクターの複数の事例を分析している。この中ではポーランドを拠点に活動する複数の親ロシア派グループによる新たな情報操作の試みが示され、また西側諸国を広く情報戦の対象としていることも示されている。
今回紹介する記事を執筆しているGTIG(Google脅威インテリジェンスグループ)はGoogleおよびそのユーザーに対するサイバー脅威を特定・軽減することを目的とした組織であり、日々Googleが収集したインテリジェンスデータを用いて脅威に関する分析を行っている。GTIGは今後もこれらの脅威を追跡し、最新の対策措置をTAG Bulletinで定期的に公開することとしている。
親ロシア派によるキャンペーン
親ロシア派がポーランド国内で偽情報やプロパガンダを行う動機として、GTIGは以下のような要因を挙げている。
・ロシアの好意的なイメージの促進:侵入に対するロシアの責任を否定するメッセージを増幅させる
・NATOと西側諸国への責任転嫁:ロシアの戦略的利益に都合よく事件を再定義し、ポーランドまたはNATOが自らの政治的意図のために口実を作り出したと事実上非難する。
・ポーランド政府への国内信頼の損壊:ドローン侵入事件およびウクライナにおける広範な紛争に関するポーランド政府の対応が国内安定を損なうとほのめかし、ウクライナ支援への国内支持を弱体化させる。
・ウクライナへの国際的支援の弱体化:ポーランド政府のウクライナに対する外交政策姿勢への国内支持を削ぐ。
今回のドローンによる領空侵犯事件に関連して、ロシアのプロパガンダ・偽情報を流通させるシステム内で秘密工作員が動員された事実は、これまでに確立された親ロシア派の影響力の基盤が、工作員によって柔軟に活用され、新たな地政学的ストレス要因に迅速に対応し得ることを示していると筆者は指摘している。
代表的な工作グループ
記事内では、ポーランド国内における代表的な工作グループをいくつか列挙している。これらのグループがどのような関連性や協力関係を持って活動しているかは定かではないが、今回の領空侵犯事件において関連度の高いロシア寄りのナラティブが迅速に拡散された事実を考慮すれば、このような工作グループは様々な地政学的動向に対応できるよう活動を洗練させている可能性が高いとレポートは指摘する。
ポータル・コンバット(Portal Kombat)
以前本サイトでも紹介したポータル・コンバットは広範な親ロシア派エコシステム内で拡散されるコンテンツを増幅するドメイン群を運営している。その主な焦点はロシアのウクライナ侵攻であり、これらのドメインはほぼ同一の特性を共有しつつ、それぞれ異なる地理的地域を標的としている。今回の事件では、ドローンの墜落を報じるふりをしながら、そのドローンがロシアから来た可能性を疑問視し、関与したとされるドローンの機種はポーランドに到達できないと指摘する記事を拡散するなどの活動を行っている。
ポータル・コンバットに関する記事はこちら
ドッペルゲンガー(Doppelganger)
これまで何度も当サイトで紹介されている情報操作アクターは、ヨーロッパやアメリカなどを標的にするために活用される偽のカスタムメディアブランドネットワークを構築している。これらのウェブサイトは特定のトピックや地域に焦点を当て、対象読者の言語でコンテンツを公開することが多い。今回の事件に関しては、ドローン事件への欧州の反応が、ヨーロッパ全体を威嚇してロシアとの紛争に巻き込もうとする当局の意図により過大に誇張されたとする主張を拡散している。
ドッペルゲンガーに関する記事はこちら
Niezależny Dziennik Polityczny (NDP)
自らを「独立系政治ジャーナル」と称するNDPは、ポーランドの国内政治と外交政策に焦点を当てている。同出版物は歴史的に、編集者や寄稿者として多数の疑わしい偽アカウントを活用し、ロシアによるウクライナ侵攻を巡る親ロシア偽情報をポーランドの情報空間内で大幅に増幅する役割を担っている。今回の事件では、ロシア無人機侵犯へのポーランドの対応を、国内問題から国民の注意をそらすために人為的に構築された「戦争ヒステリー」の一環と主張する投稿を行っている。
今後の見通しと課題
見通し
ロシアとそれに連携する主体にとって、秘密情報工作と偽情報の拡散は紛争下で自国の利益を増大させる重要な手段である。本記事で挙げたような団体は、既存のオンライン基盤を活用することで軍事行動の効果を誇張したり、恐怖や不確実性を煽って社会の情報処理能力を妨げたりする点が特徴だと筆者は指摘する。こうした戦術は国内外双方に向けて展開され、情報環境をノイズで飽和させることが特徴であるが、記事によれば、今回の事件におけるポーランド領空侵犯でも同様の手法が確認され、歴史的傾向とも一致しているとされている。このようにロシアのプロパガンダ・偽情報エコシステム内で秘密工作員が動員された事実は、ポーランドおよびNATO加盟国が今後もロシア系影響工作活動の最重要標的であり続けることを示すと記事は指摘する。
課題(この節のみ一田和樹)
GTIGの分析は一見的を得ているように見えるが、実はそうではない可能性が高い。今回はドローンというキネティックな活動とデジタル影響工作を組み合わせたものとなっている。この動きは直近のロシアの活動と照らし合わせると、見え方が変わってくる。
ロシアは主として相手国の問題や事件に乗じた影響工作を行ってきているが、事件を自ら作り出す活動も行っている。直近では2025年10月19日にフランスのルーヴル美術館で起きた宝石強盗事件でロシアのパスポートがも見つかったという当局の発表があった。この発表はロシアを貶めるための虚偽ではないかとネットで話題になった。実はそのような当局の発表は存在しなかった。当局の発表があったというデマも、その後のネット上での話題もロシアが仕掛けていたものだった。
事件を作りだし、それをもとに影響工作を行うことができれば選択肢は広がる。ドローンを飛ばすというキネティック活動はロシアの判断で行うことができ、それが大きくメディアや政治家が取り上げることはわかっている。メディアや政治家を通して広く情報を流布するチャンスを作り出せる。さらに並行して影響工作を行うことで情報の拡散をさらに拡大できる。この点はこれまでと異なっている。
もうひとつ異なっているのはドローンによる領空侵犯というキネティックな軍事活動と影響工作を連動させたことだ。そもそも影響工作はハイブリッド脅威なのだから、キネティックな活動と連動してもおかしくない。問題は解釈だ。GTIGの分析は局所的な影響工作の内容にとどまっており、キネティック活動と連動した意味と効果さらに他のハイブリッド脅威との関係については全く触れていない。局所的な影響工作だけをとりあげて分析しても、目的や効果がわからない。相手の活動の全体像をとらえる視点が欠落していることは致命的な問題と言えるだろう。
