「権威型」から「参加型」へ:情報空間の構造転換と専門知のあり方

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目次

はじめに:崩壊した「トップダウン型」モデル

20世紀の大部分において、超党派の専門知識に基づく機関は、「トップダウン型」のコミュニケーションモデルを通じて公共圏に影響を与えてきた。シンクタンクや大学が知を生産し、マスメディアというゲートキーパー(門番)がそれを検証・選別し、最後に大衆が消費する。この階層的な秩序において、情報の正当性を保証していたのは、組織の看板や肩書きといった「権威」であった

しかし、2025年9月にカーネギー国際平和財団が発表した報告書“For Expertise to Matter, Nonpartisan Institutions Need New Communications Strategies”『専門知識が重要視されるために、超党派の機関には新しいコミュニケーション戦略が必要である』(https://carnegieendowment.org/research/2025/09/communications-social-media-nonprofit-institutions-new-media-environment?lang=en)は、このシステムが崩壊したと指摘している。この変化は一過性の流行ではなく、影響力が階層ではなくネットワークによって形成されるエコシステムへの不可逆的な「構造転換(Structural Shift)」である

現代の情報空間において、公衆の関心は分散し、競争の激しいネットワーク上を流れている。そこでは、情報は上から下へ流れるのではなく、ネットワークの結節点を駆け巡り、拡散の過程で形を変えていく。本稿では、同報告書の内容をもとに、現代の情報空間で影響力が形成されるメカニズムと、専門知が再び機能するための戦略的提言について整理する。

本論へ行く前に、記事内で登場する用語のうち、意味や役割が混同しやすい以下の4点について、その違いを整理しておく。

  • 超党派(Nonpartisan)特定の政党(民主党や共和党など)に肩入れせず、客観的な事実や専門的知見に基づく「立場・性質」のこと。ここでの「超党派」とは、対立する政党同士が政治的に協力・妥協すること(Bipartisan)ではなく、そもそも政治的利害から独立した「不偏不党」の立場を指す。本稿で扱う機関や専門家は、この性質を持つことを前提としている。
  • 専門機関(Institutions)シンクタンク、大学、研究所などの「組織」そのもの。従来の情報発信の主体であり、権威の源泉であったが、現在はその影響力が低下しつつある。
  • 専門家(Experts / Scholars)上記機関に所属する研究者、学者、アナリストなどの「個人」。報告書は、信頼の基盤が「組織」からこの「生身の専門家」へとシフトしていると指摘している。
  • 慈善家(Philanthropists)専門機関や専門家に資金を提供する財団や個人の寄付者。直接の発信者ではないが、資金の使い道(評価指標)を変えることで、業界全体の戦略転換を促す力を持つ「スポンサー」である。

1.「正当性」の基準の変化:権威から真正性へ

現代の情報空間における最大の変化は、人々が「何を信頼するか」という判断基準(プロトコル)の書き換えである。

かつて情報の信頼性は「誰が言っているか(所属・肩書き)」に依存していた。しかし、組織への不信感が高まる現代において、洗練された公式声明は、むしろ「操作的だ」「企業や政治的利益に影響されているのではないか」という疑念を招く場合がある。これに代わって影響力の主体となったのが「個人」である。 今やインターネット接続を持つ個人一人ひとりがメディア機能を持つ。数百万人のフォロワーを持つ「個人のクリエイター」やインフルエンサーは、時にCNNのような巨大組織の視聴者数(リーチ)を凌駕する。彼らは「メディア」としてではなく、コミュニティのリーダーや友人として振る舞い、フォロワーとの間に強力な信頼関係を築いている。

報告書は、現代のオーディエンスが以下の要素を「真実らしさ」のシグナルとして受容すると分析している。

(1) 即時性(Immediacy):編集の手が入っていない、リアルタイムな発信。
(2) 雑然さ(Messiness):作り込まれていない、生の人間味。
(3) 感情的共鳴(Emotional Resonance):同じ目線で感情を共有する姿勢。

信頼性は、カジュアルな会話のトーンや、自発的で親しみやすいプレゼンテーションによって伝えられる「誠実さ」に基づいて判断される。そのため、大学の学長が演台から読み上げる推敲された声明よりも、車の中や自宅から形式ばらずに話すクリエイターの言葉の方が、より「リアル」で信頼できると感じられる傾向にある。

2.現代の影響力を構成する3要素

では、この新しい世界で情報はどのように拡散し、事実として定着するのか。報告書は、現代の影響力が単独のアクターではなく、以下の3つの要素の相互作用(トライアド)によって決まると定義している。

(1) インフルエンサー:文脈の編集者
彼らは単なる情報の拡声器ではない。複雑な出来事を、自身のコミュニティが理解しやすい「物語(ナラティブ)」や「文脈」に翻訳する編集者である。彼らはフォロワーの価値観やアイデンティティを体現し、デジタル空間を共有の目的を持つコミュニティへと変えるハブとして機能する。

(2) アルゴリズム:新たなゲートキーパーによる「選別」
かつてのメディア編集者に代わり、情報の門番となったのがプラットフォームのアルゴリズムである。報告書は、これらが決して中立的な存在ではないことを示唆している。

アルゴリズムは、ユーザーの「維持率(Retention)」「満足度」「サイト滞在時間(Time-on-site)」を最適化するように設計されている。その目的を達成するために、アルゴリズムは「フック(引き込み)」が強く、「感情的な共鳴」を生むコンテンツを優遇してユーザーのフィードに表示させる。 結果として、インセンティブ(報酬)は、事実の正確さや編集上の厳密さではなく、「インタラクション(相互作用)」を生む投稿に与えられる。深い研究や熟考を要する投稿よりも、即座に感情を揺さぶる投稿が構造的に優先されるため、報告書が指摘するように「ニュアンスはしばしば失われる」のである。

(3) 群衆:共創する参加者
ここが決定的な違いであるが、現代のオーディエンスは受動的な消費者ではない。彼らは「いいね」を押し、拡散し、擁護し、自らコンテンツを加工してナラティブの「共創(Co-creation)」に参加する能動的な主体である。 報告書は、「真実は議論によってではなく、肯定(affirmation)によって形成される」と指摘する。人々は単に「見た情報」を信じるのではない。信頼できる声が繰り返し、共有された感情世界の中で語る情報、すなわち「自らが拡散に関与した情報」を真実として内面化するのである。

3.専門機関の「不在」が生むセキュリティ・ホール

この高度にネットワーク化されたエコシステムにおいて、多くの専門機関や公的組織は適応できておらず、事実上の「不在(Absent)」状態にある。

  • 「放送型」の限界と埋没する投稿
    多くの組織はソーシャルメディアを利用しているが、そのアプローチは20世紀と同じ「放送型(Broadcaster)」である。PDFの報告書やプレスリリースを一方的に投下するだけのスタイルは、アルゴリズムが求める「感情的共鳴」や「双方向性」とは相容れない。 報告書は、こうした組織的な投稿について、プラットフォーム上に存在はしていても「スタイルが適合せず、オーディエンスに響かないため、広がる可能性は低い」と断じている。つまり、地味で真面目な投稿は、アルゴリズムの選別によって誰の目にも触れないよう、実質的に隠されてしまうのである。
  • 空白地帯での「石灰化」
    専門家が不在の空間(Void)は、真空のままではいられない。そこには不正確な情報やポピュリスト的なナラティブが入り込み、感情的な顕著性(emotional salience)を武器に空白を埋める。 そして、一度そのナラティブがコミュニティ内で共有され、信念が「石灰化(Calcification)」――硬直化して訂正を受け付けなくなる状態――すると、事態は深刻化する。後になって専門家がファクトチェックを行い、正確なデータを提示しても手遅れである。外部からの訂正は「事実の提示」ではなく「攻撃」と見なされ、かえって防御反応を引き起こすからだ。

報告書では、米国国際開発庁(USAID)の事例が挙げられている。長年の実績がある巨大組織であっても、インフルエンサーやオンラインの群衆によって広められた噂が「憤り(outrage)」を生み出し、わずか数週間で解体の危機に瀕するほどのダメージを受けた。平時の「つながり」を持たなかった組織は、有事の情報戦において極めて脆弱なのである。

4.生存戦略:専門知はどう「参加」すべきか

専門知が再び情報空間で機能するためには、旧来の手法を捨て、エコシステムの論理に適応する必要がある。報告書は、専門機関や慈善家に対し、以下の5つの戦略的転換を提言している。

(1) キャパシティの事前構築
問題が関連性を持ってから(炎上してから)対応するのでは遅すぎる。平時から現在のメディアエコシステムに関与し、ネットワーク化された発信能力を構築しておく必要がある。「広報」を後回しの業務ではなく、安全保障の最前線として位置づけるべきである。

(2) 個人と組織レベルでのプレゼンス
組織は「公式アカウント」だけでなく、所属する「専門家個人」の発信を支援すべきである。信頼できる個人の顔が見えることが、真正性の獲得につながる。 さらに、組織内に「クリエイター・ラボ」を設置することも提案されている。これは、専門家が書いた難解な報告書を、ショート動画や解説コンテンツなど、現代的なフォーマットに「翻訳」する専門チームである。専門家の時間的負担を軽減しつつ、アルゴリズムに評価されるフォーマットでの発信を可能にする狙いがある。

(3) パートナーシップと共同ストーリーテリング
専門家がすべてのスキルを持つ必要はない。重要なのは、「深い専門知識を持つ者」と、それを大衆に届ける「文化的な流暢さ(Cultural Fluency)」を持つインフルエンサーが手を組むことである。 単なる広告依頼ではなく、価値観を共有するインフルエンサーや、新しい声(若手クリエイターなど)と長期的な関係を築き、共同でストーリーを紡ぐことが、情報の分断を乗り越える鍵となる。

(4) 協調的な増幅(相互拡散ネットワーク)
同じ分野に取り組む非営利団体や研究機関は、互いに功績を競い合う傾向がある。しかし、アルゴリズムの海において、個々の組織はあまりに無力である。 分野全体で互いのコンテンツをシェアし合い、コメントし合い、アルゴリズム上のプレゼンスを高める「相互増幅(Cross-amplification)」のネットワークを構築すべきである。資金提供者は、こうした協力をインセンティブとして奨励する必要がある。

(5) 評価指標の刷新
「出版数」や「PV」といった従来の量的指標だけを見ていては、真の影響力を見誤る。「特定のコミュニティ内でどれだけ信頼されているか」「メッセージが真に共鳴しているか」といった、信頼やエンゲージメントの質を測る指標へ評価軸をシフトさせる必要がある。

結論:情報空間への「参加」

情報環境の構造転換は不可逆であり、かつてのゲートキーパーに守られた「権威」モデルへの回帰は現実的ではない。報告書は、「機関はただ話す(speak)だけではいけない。参加(participate)しなければならない。」と結論づけている。専門知が民主主義社会においてその価値を保ち続けるための唯一の道は、象牙の塔から降り、アルゴリズムとネットワークが支配する情報空間へ踏み出すことである。真正性、即時性、そしてコミュニティとのつながりを重視し、オーディエンスとの共創プロセスに能動的に「参加」することが、現代の専門機関に求められる新しいあり方である。

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この記事を書いた人

2003年生まれ。茨城県の大学で情報科学を専攻している。情報安全保障・認知戦について興味がある。

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