世界はAIリスクを回避できるか 安全報告書が示した課題(後編)

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※本稿は「世界はAIリスクを回避できるか 安全報告書が示した課題(前編)」の続きです。
https://inods.co.jp/topics/report-reviews/8970/

目次

米国の非合意

〇多くのメディアが伝えなかった重大な変化

前編でお伝えしたとおり、AI Impact Summitの開催に先立って発表された報告書「AI Safety Report 2026」は、あくまでも「AIのリスクに関する課題を乗り越えるべく、世界の政府や企業が協力するための規範」として、30カ国と国際機関の支援を受けながら記されたものだった。しかし、その報告書が作られた目的や意義や背景について、あるいはそこに延々と綴られている大きなジレンマについて、丁寧に説明したメディアは決して多くなかった。

2026年2月3日に公開された直後から、その報告書は欧州や米国のメディアで取り上げられたが、それらのほとんどは「AIの能力の飛躍的な進化」「新たに発生しているAIの危険性」の二つを重点的に伝えたもので、とりわけディープフェイクに言及した記事が目立っていた。それらは一般の読者から興味を持たれやすいトピックなので、当然といえば当然だろう。

一方で、TIME誌は全く異なる切り口からニュースを伝えた。「U.S. Withholds Support From Major International AI Safety Report」と題された同誌の記事は、それらの分かりやすい問題よりも、真っ先に「今年の報告書は米国政府による合意を得られなかった(米国が署名しなかった)」という話題を重点的に取り上げた。この件について同誌は、報告書をまとめたヨシュア・ベンジオ教授にも確認を取っている。

米国による「不支持」の理由と影響

TIME誌は以下のように記している。

・AIのリスクが顕著になりつつある中で、AI開発の本拠地である米国が、「そのリスクを理解して軽減するための国際的な取り組み」から離脱した。(中略)この報告書は米国の支援に依存してはいないが、「(AIに対する理解は)世界中の合意が深まれば深まるほど良いものになる」とベンジオ氏は語る。

・米国が報告書の内容に難色を示したのか、あるいは単に国際協定から離脱しようとしたのかは不明だ。(中略)ベンジオ氏によると、米国は報告書にフィードバックを提供していたものの、最終版では署名を拒否したという。我々は今回の決定について米商務省にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

この記事によると、米国は途中まで報告書の作成に参加していたが、最終的には支持を取り下げたようだ。「AI業界の中心的存在であり、昨年の初版(2025年版)では合意を示していたはずの米国が、今回は拒否した」という事実は少々不穏に感じられる。

TIME誌の説明どおり、米国は拒否の理由を説明していない。しかし米国が「AI制覇」の野望を持っていることに疑いの余地はないだろう。そして米国では複数の超大手企業が、国や地域の協力を仰ぎながら、馬鹿馬鹿しいほど巨額の資金をAIの発展に注ぎ込んでいる真っ最中だ。「いま、わざわざ世界と足並みを揃えても我々には何らメリットがない。まして法規制も含めた取り組みなどまっぴらだ。リスクなど知ったものか」と米国政府が考えたとしても全く不自然ではない(※1)。あるいは単に「国際協定からの脱退宣言に熱心なトランプ政権が、次々と下した判断の一つ」に過ぎなかったという可能性も充分にある(※2)。「その両方」が正解かもしれない。

※1…米国では現在、NVIDIA、Microsoft、Google、Meta、Amazonなどの超大手企業が、年間数兆円~数十兆円という莫大な規模の資金をAIのインフラに投資している。
過去記事:過熱するAIインフラ競争と Metaの巨額投資の行方
https://inods.co.jp/topics/news/7960/

※2…米国がパリ協定やWHOから脱退したニュースは記憶に新しいが、これらは2025年1月の大統領令で宣言されていたものだ(離脱の発効まで1年が費やされた)。2025年夏にはユネスコからの脱退も宣言されており、こちらも2026年に発効となる。さらに2026年1月7日付の大統領覚書では、新たに31の国連関連機関と35の非国連機関からの脱退(あるいは資金拠出停止)が表明された。ちなみに「35の非国連機関」が扱うトピックは、気候変動/再生可能エネルギー/インターネットの権利や自由/法制度/サイバー技術/安全保障/テロ対策/文化/歴史/教育など多岐に渡る。あまりに幅広いので「なんでも手あたり次第に脱退している」という印象を受ける向きもあるだろう。

インドでの「AIサミット」開催

〇India AI Impact Summit概要

とはいえ米国政府は、あくまでも「このような理念を持って対話すること」への合意を拒否しただけで、サミットそのものへの参加を拒否したわけではない。米国からの参加が見込まれていた主な著名人のほとんども、予定どおりに出席している(※1)。それではここで改めて、先日に閉幕したばかりの「India AI Impact Summit 2026」の概要を紹介したい。

名称:India AI Impact Summit 2026
開催期間:2026年2月16日〜20日(5日間)
開催場所:Bharat Mandapam(ニューデリー、インド)
主催:インド政府
参加国:100カ国以上(※2
セッション数:620以上
同時開催:展示イベント「India AI Impact Expo 2026」(出展パビリオン数400以上)

参加国のうち首脳クラスが参加したのはインド(モディ首相)、フランス(マクロン大統領)、ブラジル(ルラ大統領)、スリランカ(ディサーナーヤカ大統領)、スロバキア(ペレグリーニ大統領)で、他にも約45カ国の閣僚級の代表が参加したと伝えられている。米国代表として参加したのは元ホワイトハウス科学技術政策局補佐官のマイケル・クラツィオスだった。ちなみに日本からは内閣官房AI戦略担当特別補佐の宇野芳正が参加している。しかし多くの人々にとっては、各国政府の参加者よりも「AI業界のリーダー」の参加状況のほうが気になるだろう。民間の主要な参加者の一部を以下に紹介したい。

・サム・アルトマン(OpenAI CEO)
・サンダー・ピチャイ(Google & Alphabet CEO)
・デミス・ハサビス (Google DeepMind CEO)
・ブラッド・スミス (Microsoft 副会長兼社長)
・アレクサンドル・ワン (Meta AI政策担当として登壇)
・ダリオ・アモデイ(Anthropic CEO)
・ナンダン・ニレカニ(Infosys 共同創設者)
・シャンタヌ・ナラヤン (Adobe CEO)
・ジュリー・スウィート(Accenture CEO)
・エリック・エクデン(Ericsson 技術責任者)
・ムケシュ・アンバニ(Mukesh Ambani/インド最大手の複合企業Reliance 会長)
・スニル・ミッタル(Sunil Mittal/通信事業を中心としたインドの代表的複合企業Bharti Enterprises 会長)

これ以上ないくらいの豪華なIT業界/AI業界の顔ぶれである。そんな彼らは実際にどのような議論をしたのだろうか。

※1…とはいえ、注目された「不参加」もあった。
まず、当サミットで基調講演を行う予定となっていたビル・ゲイツは、登壇の数時間前に辞退を発表した。辞退の理由は「(サミットの)主要な優先事項に焦点を合わせ続けるため」と語られたものの、具体的な説明はない。ちなみにビル・ゲイツは、以前から噂されていたジェフリー・エプスタインとの関係が、エプスタインファイルの公開によって再び注目されたばかりで、ゲイツ自身も「誤った判断だった」とコメントした。この件と今回の欠席は、まったくの無関係ではないだろう。
さらにNvidiaのCEO黄仁勲も、サミット開催の直前に参加をキャンセルした。業界トップクラスの有名人として(おそらくはビル・ゲイツ以上に)注目を集めていた黄仁勲のドタキャンは、「Nvidiaがインドを軽視しているため」などの様々な憶測を呼んだが、のちに「出張続きで体調を崩し、インドへの渡航が不可能だった」との理由が伝えられた。なお彼の代役としては、同社の執行副社長が出席している。

※2…同サミットの公式情報には「参加予定国」が示されているが、この原稿を執筆している時点では「実際に参加した国」のリストが見当たらなかったので、インド政府機関の発表(100カ国以上が代表団を送った)に基づいて数字を記している。

India AI Impact Summit 2026で語られたこと

〇大手メディアが注目したトピック

今回のサミットで語られた内容として、2026年2月19日までの大手メディアが注目していたのは、主に「グローバルサウス代表としてのインドの野望」「AIガバナンスの可能性」「複数の企業によるAIへの巨額投資の発表」「イベントで発生した大小のトラブル」などだった。参加した業界のリーダーたちについては「あまり協力的には見えなかった(気まずい雰囲気だった)」様子を伝えた記事が目立っている。たとえば基調講演のフォトセッションにおいて、「モディ首相がAI業界の14人のリーダーたちに対し、『檀上で全員が手をつなぐポーズ』を求めたものの、ライバル関係にあるサム・アルトマンとダリオ・アモデイはしばらく手をつながなかった」などの話題だ。このシーンを切り抜いた動画はSNSなどに出回ったため、たまたま目にした方も多いだろう。

さらに業界のリーダーたちの発言内容に関しても「AIの可能性や重要性、AIが社会にもたらす利益などについて野心的に語った様子」を伝える内容が多かった。彼らの一部が「AIの利益とリスクのバランスに言及した」という記述は少し拾えたものの、「AIリスクと取り組む難しさ、それと戦うために一枚岩となって励むことの重要さ」への言及を取り上げた記事は決して多くなかった。

〇いちおう語られていた「報告書と合致する理念」

これらの記事だけを読むと、まるでAI業界のリーダーたちが報告書の提言を軽視していたようにも見える。しかし実際のサミットで、彼らが「その点」を完全に無視していたわけでもない。一部の(やや地味な)メディアは、彼らが「AIの規制とガバナンスについて重要な提言をしたこと」も伝えている。

たとえばCanadian Affairs News(カナダ発の北米政策重視メディア)の「OpenAI’s Altman tells leaders regulation ‘urgently’ needed」と題された記事は、OpenAIのサム・アルトマンによる基調講演を紹介し、「急激に進化するAI技術のリスクに対処するには、世界が早急にAIの適切な規制をする必要がある」「その規制にはIAEAのような国際機関が求められている」「この技術を一つの企業や一つの国に集中させたなら、破滅がもたらされるかもしれない」と語ったことを重点的に伝えた。ちなみに昨年の彼は「あまり厳格なアプローチが取られると、AI競争で米国が後退する恐れがある」と発言していた。そんな彼の、昨年とは対照的な主張が意味するところは大きい。

またThe Times of India(インド発の英語メディア)の記事「What Google CEO Sundar Pichai, OpenAI’s Sam Altman and other tech CEOs said at India AI Impact Summit 2026」はGoogleのスンダー・ピチャイの基調講演を紹介しており、彼が「本当にすべての人にとって有益なAIを構築するためには、大胆に追求し、責任を持って取り組み、この決定的な瞬間を一緒に乗り越えなければならない」と述べたことを記している。こちらも団結を支持した発言と考えて良いだろう。

ここで「なんだ。業界のリーダーたちはAIのリスクを真面目に考えて、それを乗り越えるために団結しようとしているじゃないか。なぜ大手メディアは、その点をあまり取り上げようとしないのだ。これは印象操作ではないのか」と素直に感じる人がいるかもしれない。

しかしメディアばかりを責めることもできないだろう。基調講演というものは通常、聴衆の心を掴んで一つにするためのポジティブなメッセージや、やや綺麗ごとにも聞こえる理想を、限られた時間の中で分かりやすく華やかに語る場所だ。ここで語られる「リスク」は「共に立ち向かう」の枕詞のように聞こえるもので、100人の専門家が221ページの報告書に綴った「リスク」とは重みが違う。その話題が「AI業界のリーダーの発言」として魅力的ではなかったとしても無理はない。なにしろメディアにとっては、それよりずっと注目したい発言が他にあったからだ。

〇人間とAIの「エネルギー消費」に関する問題発言

たとえばサム・アルトマンに注目してみよう。
アルトマンは今回のAIサミットで、基調講演以外にも複数のセッションに参加している。そのうち一つのインタビューで語られたアルトマンの発言は、人々を大いに驚かせた。AIの訓練と利用電力について、彼は次のように語っている。

「常に不公平なことの一つとして、『人間が一回の推論クエリを実行するコストと比べ、AIモデルの訓練にはどれほどのエネルギーが費やされるのだ』という比較がある。しかし人間が賢くなるまでには20年の時間と、それを生きるための食糧が必要ではないか」
「ChatGPTのモデルが一つの質問に答えるとき、そのトレーニングに費やされる電力と比較して、人間が同じ質問に答えるまでに要するエネルギーはどの程度だろう? おそらくAIは、すでにエネルギー効率の点で(人間に)追いついている」

この発言は一部で大きな論争を巻き起こした(※1)。それはあくまでも「AIモデルの訓練で大量のエネルギーが使われているという批判」に対する反論の文脈で語られた発言の一部だ。アルトマンが唐突に「人間を生かして学ばせるより、AIを訓練するほうが地球に優しいよ」などと言い出したわけではない。とはいえ、その発想そのものに対して「ソシオパス的で致命的な失言だ」「人間は物質的なリソースでもスプレッドシートでもない」「20年の人生経験や成長プロセスの価値を軽視している」「サステナビリティの問題から逃避するための論点ずらしに過ぎない」「わざわざそれをサミットで発言するセンスが異常だ」「ギャビン・ベルソンそのもの(※2)」などの非難を集めた。

一方で「物理的には妥当であり、発言そのものに誤りはない」「AIの効率を相対的に理解するには分かりやすい表現だ」「実際のところ、人間の育成にも大量のリソースが費やされているという事実を無視して理想を語るべきではない」「電力不足のインドにおいては重要な指摘である」「文脈を無視した批判はお門違いだ」など、彼の発言を肯定する意見も決して少なくなかった。

この話題で語られる双方のコメントには、AIや電力に対する人々の捉え方、あるいは倫理観の広大なギャップが露呈しているようにも見える。それは一見「理想派と現実派の対立」にも感じられる構図だが、むしろアルトマンの発言自体が「複雑に入り組んだ難しい問題に対する人々の考えを、安直に分断してしまう雑な比較だった」と言うこともできそうだ。(※3

ともあれ業界のリーダーの発言としては、「早急に安全策を立てて共に困難を乗り越えよう」よりも、「人間を鍛えると20年の時間とリソースが費やされるから効率が悪い」のほうが、よほどニュースとして面白くなる。メディアがそちらへ注目してしまうのも道理だろう。

※1…この言葉をアルトマンが発した瞬間、聴衆席からはザワついた笑いが起きた。それが「滅茶苦茶だな」という笑いなのか、「とうとう本音を言いやがった」なのか、「まったく正論すぎる」なのか、あるいは様々な笑いが入り混じっていたのかは見当もつかない。ちなみに筆者が彼の発言に触れたのは「The OnionがBlueskyにシェアした動画」だったため、それを初めて再生したときは、実際のサミットで撮影された映像なのか、AI生成のネタ動画なのか判断に迷った。

※2…米ドラマシリーズ「シリコンバレー」の登場人物で主人公のライバル。美辞麗句を並べ立てるが、非人道的で傲慢な独裁者。実在する巨大IT企業の有名なCEOたちを誇張して描いたようなキャラになっている。今回のアルトマンを彼に喩えた書き込みは、様々なSNSやニュースのコメント、Redditなどの随所で見ることができる。

※3…この発言について、英国発のITメディアThe Registerは「アルトマンがざっくりと語ったエネルギー効率の比較を本気で試算してみよう」という、馬鹿馬鹿しくも冴えわたった皮肉交じりの構成で報じた。ちなみにエネルギーの試算には、なぜかChatGPTではなくGeminiが使われている。

〇とどめの「ホワイトハウス発言」

しかしAIリスクの問題に関心のある人にとっては、サミットに向けて作られた安全報告書よりも、あるいは業界のリーダーが発した大胆な発言よりも、米国政府の関係者たちによる「あまりにも率直すぎる基調講演」のほうが、よほど重大だっただろう。

先述のとおり、米国政府の代表としてAI Impact Summitに参加したのは、元ホワイトハウス科学技術政策局補佐官のマイケル・クラツィオスだった。彼はサミット最終日にあたる2026年2月20日、米国務次官や米商務次官らとともに基調講演の檀上にあがり、「国際的なガバナンスを完全に拒絶する」と高らかに宣言した。それは14人のAI業界のリーダーたちが(ぎこちなくも)笑顔で手を繋ぎ、国際的な調和を強調するようなパフォーマンスを見せた翌朝のことだった。クラツィオスは以下のように発言している。

・我々は、AIのグローバル・ガバナンスを完全に拒絶する。
・官僚主義や中央集権的な管理に支配されているかぎり、AIの導入で明るい未来がもたらされることはない。
・あまりにも多くの国際会議が、全般的に「恐怖の雰囲気」を演出している。我々は、その恐怖を希望に置き換えなければならない。「リスク」に固執するイデオロギー的な脅しは、官僚的な管理や中央集権化の口実でしかない。
・真のAI主権とは最高基準の技術を所有し、それを自国民の利益のために活用することだ。AIにおける最高基準は米国で作られている。
・パートナー諸国が意義のあるAI主権を追求するとき、米国こそが「支援する意思と真の能力を持った唯一のAI超大国」だ。

前日の業界リーダーたちの基調講演とは打って変わって、もはや「サミットとは何だ?」と疑問を抱くほどの国際協調拒否、米国の一人勝ち宣言だ。昨日まで「AI超大国もミドルパワーもそれ以外の国も、みんなでAIを安全に使えるように努力して、みんな幸せになろうね」と謳われていた場所に、「無駄な抵抗はやめて米国に屈しろ」と冷や水をぶっかけたような展開である。

ホワイトハウスは当日のうちに、この発言を公式サイトで公開した。あまりのショックに「もしかして聞き間違いだったのかしら」と不安になってしまった参加者がいたとしても、これを読めば安心だ。AIに対する米国政府の考えは、この「Good morning,everyone」で始まるページにギッチリと記されている。AIサミットにおける「国際的なガバナンス」の話題は、この最終日の講演でとどめを刺されたようなものだ。

最後に

先日閉幕したばかりのAIサミットでは、リスクや安全性以外にも様々なAIの話題が語られている。それぞれに何らかの見どころがあっただろう。しかし「参加国の共通理解を目指して作られた報告書の理念」に注目するなら、それが通用しない国際会議だったと言うしかない。

AI超大国として唯一のライバルになりえる中国にも、(少なくとも現時点で)圧倒的な総合力の差を示している米国は、今回のサミットで「AIの覇者」を堂々と宣言し、きわめて明確な言葉で協調を拒絶した。世界の学者たちだけでなく、あのアルトマンですら「国際社会でAIのリスクを早急に回避しなければ」と発言するような状況でも(※1)、米国の考えは変わらなかった。そもそもリスクや安全性を「イデオロギー」と見なしている米国には、最初から議論の余地もなかったようだ。カナダの学者がまとめた安全性の報告書など、彼らには参考にする理由がない。

このAI Impact Summitの宣言(ニューデリー宣言)に署名した国は86カ国と2つの国際機関に及んだが、米国が含まれていることからも分かるとおり、それはほとんど具体性のない抽象的な宣言となった。強い規範になると米国が離脱する/米国を加えれば弱い宣言になる、という二択が迫られており、そのイベントが「AIのサミット」であるかぎりは避けられなかった結果だろう。

このニューデリー宣言は、監査の枠組みも目標値も強制力もないまま、「人類に利益をもたらすようにAIを利用しましょう」「信頼される安全なAIを目指しましょう」「みんなで正しくAIを使いましょう」といった倫理的な原則を記している。International AI Safety Report 2026を「有名高校の生徒会が作成した、翌年度の全生徒の行動規範と新しい校則制定のための提案」に喩えるなら、ニューデリー宣言は「一ねん四くみのなかよしルール」だろう。それをベンジオ教授が読んだときの心情を想像すると、なかなか痛ましいものがある。

「AIの能力が劇的に拡大する中、もはやリスクのエビデンスを求める余裕はない。早急に決断して国際的な規制を定めなければ手遅れになりかねない」と、その報告書は訴えていた。もしもベンジオ教授の見立てが正しいのであれば、ひょっとすると我々はいま、人類がAIのリスク回避に失敗した決定的な瞬間を見ているのかもしれない(※2)。

※1…今回ギャビン・ベルソンそのものとまで呼ばれたサム・アルトマンだが、基調講演で彼が語った内容は口先だけの社交辞令ではないようにも思われる。アルトマンは2023年の米上院公聴会の時点で、すでに「AIは急速に発達しており、人類に大きな脅威をもたらしかねない」と警告しており、その後も米国主導のガバナンスを提案するような形で「柔軟な体制を伴った一定の規制や安全要件の枠組みが必要だ」「自社規制では足りない」「とはいえ規則が厳しすぎるとイノベーション面が損なわれるのでバランスが重要」などの発言を行ってきた。そして今回は「一つの国に力を集中させるのは危険」との発言に及んでいる。それが人類のための警鐘かどうかはさておき、自社の発展のためにもAIのリスクを避けたい彼は、もはや「米国による規制強化」に期待できないと踏んだのかもしれない(なお、アルトマンが当サミットで語ったAGI/ASIに対する考えは、話がややこしくなるため本稿では丸ごと脇に置かせていただいた)。

※2…もちろん、その可能性があるというだけの話だ。報告書作成に参加した学者たちが危惧したほど、AIは危険なものにならないかもしれない。あるいは「いちど痛い目に遭うことで、世界の政府と業界が本気でAIのリスクに取り組むようになり、どうにか間に合う」といった展開もありえる。また、AIのリスクについて世界のリーダーたちが討論できる機会も、AIサミットだけではない。たとえば先日(2026年2月12日)は国連総会が、40カ国からなる「AIの影響とリスクに関する国際的な科学パネル」の設置を承認した。「AIに関する」「国際的な」「科学パネルを」「国連総会が」承認したので、もちろん米国政府は激怒している。

出典

〇本稿で内容に言及した記事
U.S. Withholds Support From Global AI Safety Report _ TIME
https://time.com/7364551/ai-impact-summit-safety-report/
What Google CEO Sundar Pichai, OpenAI’s Sam Altman and other tech CEOs said at India AI Impact Summit 2026 – The Times of India
https://timesofindia.indiatimes.com/technology/tech-news/what-google-ceo-sundar-pichai-openais-sam-altman-and-other-tech-ceos-said-at-india-ai-impact-summit-2026/articleshow/128553819.cms
OpenAI’s Altman tells leaders regulation ‘urgently’ needed – Canadian Affairs
https://www.canadianaffairs.news/2026/02/20/openais-altman-tells-leaders-regulation-urgently-needed/
Altman_ You think AI is wasted energy_ Try raising a human・The Register
https://www.theregister.com/2026/02/23/sam_altman_ai_efficiency/

〇その他の参照記事(主に大手メディアによる報道)
Money Talks as India Searches for Its Place in Global A.I. – The New York Times
https://www.nytimes.com/2026/02/19/business/india-ai-impact-summit.html
India File_ AI fanfare meets policy pushback _ Reuters
https://www.reuters.com/world/india/india-file-ai-fanfare-meets-policy-pushback-2026-02-18/
India’s hosts AI Impact Summit, drawing world leaders, tech giants _ Technology News _ Al Jazeera
https://www.aljazeera.com/news/2026/2/16/india-hosts-ai-impact-summit-drawing-world-leaders-tech-giants
India’s AI Impact Summit Signals A Power Shift In The Global AI Era
https://www.forbes.com/sites/cathyhackl/2026/02/14/indias-ai-impact-summit-signals-a-power-shift-in-the-global-ai-era/
From Modi and Macron to the US_ What are world and tech leaders saying at the India AI summit
https://www.euronews.com/next/2026/02/19/from-macron-to-altman-what-are-world-and-tech-leaders-saying-at-the-india-ai-summit
Sam Altman wants industry to lead the future – POLITICO
https://www.politico.com/newsletters/digital-future-daily/2025/05/08/altman-mohar-00336279
UN approves scientific AI panel over US objections _ AP News
https://apnews.com/article/un-us-artificial-intelligence-scientific-panel-8936f242689792be7a7ab97e841cade8

〇当AIサミットに対する米国政府の主張(ホワイトハウス公式サイト)
Remarks by Director Michael Kratsios at the India AI Impact Summit – The White House
https://www.whitehouse.gov/articles/2026/02/remarks-by-director-michael-kratsios-at-the-india-ai-impact-summit/

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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