中国の「デジタル・シルクロード」と新興国へのAI協力の展開

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はじめに

今回紹介するのは、米国のアトランティック・カウンシルに属するデジタル・フォレンジック・リサーチ・ラボ(DFRLab)が公開した政策報告・提言書「中国のデジタル・シルクロードの影に隠れたAI協力」(原題:”AI cooperation under the shadow of China’s Digital Silk Road”)である。同報告書は、中国が巨大経済圏構想「一帯一路(BRI)」のデジタル部門である「デジタル・シルクロード(DSR)」を通じ、グローバルサウス諸国において自国のデジタルインフラと人工知能(AI)ガバナンスのモデルをどのように展開しているかを分析している。本稿では、報告書が提示する客観的なデータや事例に基づき、中国の戦略的意図、技術的および資金的な戦略、そして民主主義陣営に求められる具体的な対応策について紹介する。

URL:
Al cooperation under the shadow of China’s Digital Silk Road
February 25, 2026
Kenton Thibaut, Iria Puyosa, Konstantinos Komaitis
https://dfrlab.org/2026/02/25/china-digital-silk-road-report/

「ハードの接続性」から「ソフトの接続性」への戦略的移行

報告書は、中国のDSRの焦点が時期によって明確な変遷を遂げていると指摘している。2015年から2019年にかけてのDSRは、光ファイバーケーブルや通信ネットワーク、スマートシティインフラといった物理的な「ハードの接続性」の輸出に重点を置いていた。しかし、米国の「クリーン・ネットワーク」構想などによる中国製通信機器への排除圧力を受け、一時期は国家レベルでの「DSR」という呼称の使用が減少した。
その後、2023年以降のDSRは、「ソフトの接続性」へと重点を移行させて復活していると分析されている。ここでの「ソフトの接続性」とは、国連などを舞台にした中国主導のAIルールの形成、自国技術の世界的な規格化、そして途上国におけるIT人材や政府担当者の育成を指している。2023年の「一帯一路」フォーラムにおいて、中国の習近平国家主席はハードの接続性からソフトの接続性への移行を公式に明言した。
この戦略転換の背景には、中国国内のハイテク分野における生産過剰の解消と、先進国市場へのアクセスが制限される中での新たな市場開拓という経済的要因がある。同時に、人権を基盤とする欧米のガバナンスモデルに対抗し、国家主権や政府による統制を重視する代替的なデジタル秩序を形成することで、国際社会における「话语权(話語権・言説的優位性・ディスコースパワー)」を高めるという地政学的な目的も含まれていると報告書は指摘している。
また、展開される地域ごとに焦点が異なっている点も特徴的である。アジアでは既存のインフラ網にAI監視システムを統合したスマートシティ構築が進められており、アフリカでは2000年代からの長期的な進出を基盤に通信網の大部分を中国企業が担っている。ラテンアメリカではデジタル公共サービスや農業AIの導入が初期段階として進展しており、中東においてはサウジアラビアの「ビジョン2030」などの国家近代化戦略に中国のクラウドプロバイダーが深く関与している現状が報告されている。

「Chinese tech stack」によるエコシステムの構築と市場優位性

報告書は、DSRの運用モデルにおける最大の特徴として、「中国の技術スタック(Chinese tech stack)」と呼ばれる統合的なシステムの展開を挙げている。中国企業は、通信ネットワーク、クラウド環境、AIアプリケーション、そしてそれを運用する標準規格などを単独の製品としてではなく、パッケージ化して提供している。これにより、導入国がある層のシステムで中国製を採用すると、相互運用性や運用の利便性を維持するために他の層でも中国製を選択するインセンティブが働き、結果として他国製への切り替えコストが上昇する「技術的・制度的なロックイン(囲い込み)」が形成されると指摘されている。
このエコシステムの拡大を支えているのが、途上国の現実的なニーズへの徹底的なローカライズである。例えば、米国のメタ(Meta)社のオープンソースAIモデル「Llama4」が12言語のみの対応にとどまる一方、中国アリババ(Alibaba)の「Qwen3」モデルは、西側のデータセットでは対象外となりやすいベンガル語やウルドゥー語など119の言語や方言をサポートしているとのデータが示されている。また、高価な計算資源が不足している環境でも動作するように最適化された「AI-in-a-box」ソリューションを提供するなど、現地の技術インフラの制約に適合させている。
加えて、企業ごとの具体的な展開事例も報告されている。ハイアール(Haier)が提供する産業用インターネットプラットフォーム「COSMOPlat」は、基礎となるクラウドの上にソフトウェアとAI機能を載せ、その上に産業用アプリケーションを構築するモジュール式設計を採用しており、これにより世界中の工場で迅速なカスタマイズ導入を可能にしている。また、ファーウェイ(Huawei)は、AIを活用した監視カメラや顔認識システム、予測的取り締まりソフトウェア(将来、どこで、いつ犯罪が発生しやすいかを予測して、その場所に警察官を優先的に配置・パトロールさせる犯罪予防手法)を組み合わせた「セーフ・シティ」ソリューションを、ブラジル、メキシコ、セルビア、南アフリカなど、世界100以上の国と地域の700を超える都市に提供したと主張している。
これらの展開においては、現地の海外華人商工会議所のような準国家的な組織が仲介役として機能している。こうした組織が現地政府や企業との情報格差を埋め、取引コストを下げることで、中国企業の市場参入を円滑化していると報告書は分析している。

インフラ開発における国家主導の資金調達と運営上の課題

中国のパッケージ展開を強力に後押ししているのが、国家主導の金融支援である。中国輸出入銀行や中国国家開発銀行といった政策銀行が大規模な融資を行い、企業と政府が一体となってパッケージを提案することで、資金力に乏しい途上国政府にとって実行可能な選択肢となっている。関連データとして、中国輸出入銀行のBRI関連の融資残高は2022年末時点で3416億ドルに達し、130カ国以上を対象としていることが世界貿易機関(WTO)の報告書を引用する形で紹介されている。また、調査機関AidDataの推定によれば、2000年から2021年の間に中国は約1万8000件の海外開発プロジェクトに1兆5000億ドル以上を提供しているが、その約85%が負債として供与されているという。
しかし、報告書はこうした資金援助の条件やプロジェクトの運営に関し、いくつかの重大なリスクが存在すると指摘している。第一の課題は、債務の持続可能性と不透明な担保の仕組みである。中国からの融資契約の中には、借金の返済が完了するまで、途上国の資源輸出による収益を中国側が管理するオフショア銀行口座に直接振り込ませるという条件が設定されている事例がある。低所得の資源輸出国では、この口座の残高が対外債務返済額の20%以上を占めることもあり、途上国側が自国の資金を管理できなくなり、財政の透明性が著しく損なわれる要因になっていると報告されている。
第二の課題は、インフラが整備されても現地への技術移転が十分に進まないという点である。具体的な事例として、中国の資金援助でタンザニアに構築された国営ブロードバンド網のプロジェクトが挙げられている。このプロジェクトでは、インターネットの接続性は向上したものの、地元のタンザニア企業には付加価値の低い下請け業務しか割り当てられず、機材調達も中国の規則に従うよう求められた。結果として、現地の人材育成や自律的な運営能力が十分に育たず、長期的な技術的依存が継続したと報告書は分析している。
第三の課題として、データガバナンスとプライバシーへの懸念がある。監視技術の輸出に伴い、中国製のシステムには透明性や効果的な監督メカニズムが欠如しているとされ、導入国におけるプライバシーの侵害や人権問題に発展するリスクが指摘されている。

多国間枠組みにおける影響力の拡大とデータが示す外交的同調

中国は個別のインフラ投資だけでなく、多国間枠組みを利用してAIガバナンスのルール形成を自国に有利な方向へ誘導している。国連をはじめ、134の開発途上国で構成される「G77」、新興国連合「BRICS」といったプラットフォームにおいて、中国は独自のガバナンスモデルを推進している。
欧米諸国が権利の保護や安全性の観点からAIの規制を論じる傾向があるのに対し、中国は「経済発展」や「国家主権の尊重」を前面に押し出している。この「発展優先」のアプローチは、インフラの近代化を急ぐ途上国にとって受け入れやすく、国連総会などにおいて中国が途上国ブロックと歩調を合わせ、広範な支持を獲得する要因になっていると報告書は指摘している。実際に、2024年7月には、中国が主導した「AIの能力構築における国際協力」に関する決議案が国連総会で全会一致で採択されている。
この外交的な同調を裏付ける定量的なデータも提示されている。報告書が引用した研究によれば、中国からの「その他の公的資金フロー(OOF)(政府開発援助(ODA)に該当しない公的資金で、開発途上国支援を主目的としない輸出信用、直接投資金融、開発金融機関の証券取得などが含まれる資金の流れ)」をより多く受け取っている国ほど、国連総会において中国と歩調を合わせた投票行動をとる傾向があるというデータがあり、これは経済的結びつきが多国間枠組みにおける外交的な同調へと変換されている構造が原因だと報告書は指摘している。また、別の調査では、中国の開発金融プロジェクトが受入国における中国政府への支持率を平均して年間2.2%ポイント上昇させるという結果が示されており、特に大規模で目立つプロジェクトほどその効果が高いと報告されている。

民主主義陣営に向けられた差別化された代替モデル構築の提言

報告書は、こうした中国の動向に対し、民主主義陣営が単に対抗姿勢を示したり、途上国に二者択一を迫ったりするアプローチは効果的ではないと論じている。途上国が求めているのは実用的なインフラと経済成長であり、相手国の主体性やシステムの相互運用性を重視した「差別化された代替モデル」を提供することが不可欠であると提言している。具体的には、以下の戦略的対応が推奨されている。
第一に、AIに関するナラティブ(語り口)の転換が必要であると指摘する。AIを単なる民主主義の価値観として語るのではなく、持続可能な開発や包括的な経済変革、データ正義といった文脈で語り直すことが求められる。農業のレジリエンス向上や医療アクセス改善など、途上国の現実的な開発課題に結びつけるアプローチをとらなければ、相手国の参加意欲を引き出すことは難しいという。
第二に、インフラとガバナンスの一体的な提供である。理想を説くだけでなく、G7の「グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)(発展途上国にインフラ開発資金を提供するために2022年に設立されたプロジェクト。「一帯一路」構想に対抗するために設立された)」や各国の開発金融機関を活用し、具体的な資金調達とセットで支援を行うべきであると報告書は提言している。また、特定のハードウェアへの依存を避けるため、エストニアの例に見られるようなオープンソースのデジタル公共インフラ(DPI)を中国システムの代替案として提供することが推奨されている。
第三に、人材と能力の構築が挙げられている。現地の政策立案者やエンジニアに対する中長期的なトレーニングを提供し、責任あるAIに関する実質的な技術移転を伴う長期的な関係を構築することが不可欠であるとしている。具体的なメカニズムとして、西側諸国の機関におけるグローバルサウスの官僚や研究者向けのフェローシップ創設などが提案されている。
第四に、包摂的な現地規範の重視である。アフリカ連合(AU)やASEANなどの地域機関と連携し、公平性や言語アクセス、データ権利などに配慮した倫理的枠組みを共同で作成することで、西側からのルールの押し付けという認識を払拭すべきだと指摘している。ユネスコのAI倫理ガイドラインを現地の規範や言語に翻訳・適応させる支援も有効であるという。
第五に、信頼できる多国間主義(一つの課題に対し、多数の国家で取り組むこと)の優先である。OECD(経済協力開発機構)やGPAI(AIに関するグローバル・パートナーシップ)といった多国間フォーラムに積極的に関与し、新興国を巻き込んだ共同決議の提案などを主導することが求められる。一方で、国際電気通信連合(ITU)など、中国の影響力が強い組織における「戦略的捕捉」のリスクには警戒を強め、次期国連やOECDの標準化フォーラムの議長にグローバルサウスの代表を含めるなどの対応が必要であると警告している。
最後に、途上国向けデジタル支援の包括的イニシアチブ創設を提案している。法整備から技術監査、オープンソースツールまでを総合的に支援するブランド化されたイニシアチブを創設し、中国の国家主導モデルに対抗する具体的な選択肢を明示するよう求めている。例えば「デジタル・コモンズ基金」のような形で市民社会や技術革新を支援する枠組みが有用であると指摘している。

おわりに

同報告書は結論として、民主主義陣営がグローバルサウスと効果的に連携するためには、単なる地政学的な対立の枠組みを超え、包括的な経済成長と倫理的なAIガバナンスを両立させる「持続可能なパートナーシップ」を構築することが急務であるとする。報告書は中国が資金提供から技術の最適化、借金の回収、国際ルールの形成に至るまで統合的なアプローチでインフラ展開を進める中、民主主義国家が理念だけでなく、いかに具体的かつ実効性のあるインフラ支援の代替案を示せるかが、今後の国際的なAI秩序の形成において重要になると結ぶ。

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この記事を書いた人

2003年生まれ。茨城県の大学で情報科学を専攻している。情報安全保障・認知戦について興味がある。

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