疑似科学「ドイツ新医学」の拡散

代替医療は昔からあるもので、日本でもよく知られている。今回取り上げるのはドイツの事例だが、注目すべきはAIチャットボットの活用だ。AIチャットボットは説得力があり、疲れをしらず聞き手を持ち上げながら自信を持って自説を主張する。しかも中毒性があり、聞き手を依存させることも多々ある。陰謀論などを広げる伝道師としてはもっとも恐るべき存在と言っていいだろう。
今回の例はこれからの陰謀論や代替医療のビジネスモデルを示している。これからAIチャットボットを使ってネットワークを広げる陰謀論や代替医療が増えるだろう。AIにはハルシネーションを始めとする問題や、データボイドやデータポイゾニングなどによって誤りを答えることがあることがわかっている。正しい答えの必要な用途なら大きな問題だが、陰謀論や代替医療では問題にならないだろう。
しかもこの用途は有償化することも可能で、AI企業に多額の利用料を支払うこともできる。すでにAI生成の偽情報、偽画像、偽動画がネットにあふれているように、これからのチャットボットを牽引する新しい市場を開拓する可能性がある。もちろん、そんなことになってほしくはないが、そうなる可能性は否定できない。
(この箇所のみ、一田和樹)
1.はじめに
今回はISD(Institute for Strategic Dialogue, 戦略的対話研究所)のレポート「Dangerous narratives: The ecosystem of Germanic New Medicine(https://www.isdglobal.org/digital-dispatch/dangerous-narratives-the-ecosystem-of-germanic-new-medicine/)」を紹介する。本レポートでは1980年代に提唱された疑似科学である「Germanic New Medicine (GNM,ドイツ新医学)」が、現代の陰謀論コミュニティにおいてどのように拡散され、講座やセミナーで収益を上げ、AI技術を活用してコンテンツを広めているかを検証している。
2.ドイツ新医学の伸長
COVID-19パンデミック以降、陰謀論の中でも特に勢いを増しているのが代替医療に関するものである。その顕著な一例が1980年代に元医師のライケ・ゲールト・ハマーによって提唱された代替医療理論「ドイツ新医学(GNM)」である。GNMは、病因論や病理学といった医療的実践、およびエビデンスに基づく治療を拒否し、病気は特定の感情的な「葛藤」から生じると主張している。GNMは、健康上の問題は従来の医療ではなく、これらの葛藤に対処することで解決できると提唱している。GNMにおいて、このような「葛藤の解決」とは、関係の終焉を受け入れたり、ストレスの多い仕事を辞めるなど、葛藤を引き起こしたとされる心理的または状況的な状態の変化を指しているとみられる。支持者たちは、こうした変化を「葛藤活動期」から、いわゆる「治癒期」への移行と見なしている。
ハマーが主張する理論はより広範な健康に関連する運動の思想的基盤を形成し、その支持者たちは従来の医学を拒否している。このようなGNMへの関心は現在高まっているようで、過去1年間でTelegramのグループチャットへの参加者が増加していると筆者は指摘する。
3.調査およびその手法
ISDは、GNMの宣伝を主な目的とする13のTelegramチャンネル(12のチャンネルと1つのグループ)を特定した。このうち、グループでは約5,400件の投稿をトピック分析し、ユーザー間の議論やナラティブを把握した一方、チャンネルでは約1,500件の投稿を対象に閲覧数や拡散構造を分析し、現在どのような形でGNMが拡散されているかを明らかにしている。
4.結果
4.1 拡大するGNMのコミュニティ
ISDが4つの代表的なチャンネルを調査したところ、2025年には明確な上昇傾向が見られ、個々のグループでは年間で約900人から1,650人の新規メンバーを獲得していた。これらの数値はGNM関連コンテンツへの関与が高まっていることを示唆しているとレポートは指摘する。
4.2 ナラティブ
トピック分析の結果、GNMコミュニティでは主に三つのテーマが確認された。第一に、「葛藤」を中心とした疑似科学的ナラティブと「5つの生物学的法則」に基づく説明、第二に特定の影響力ある人物の存在、第三にセミナーや教材販売などの収益化である。グループ内では、ユーザーが症状を共有し、他者がそれを内的葛藤による「治癒過程」と解釈するやり取りが主流であった。「葛藤」という概念は頻繁に用いられ、病気の原因かつ身体変化を説明する中心原理とされる。この枠組みへの強い信念により、医療を拒否する事例も見られ、結果として回避可能な死亡が生じるなど深刻なリスクが指摘されている。
4.3 他の陰謀論と接続してビジネスの対象となるGNM
分析の結果、GNM関連チャンネルは他のTelegramの陰謀論ネットワークと広く接続しており、69の外部チャンネルが情報源として確認された。その中には反ユダヤ主義、反移民、親ロシア、極右的内容を含むものや、ワクチン陰謀論・地球平面説など反科学的運動と結びつくものも含まれていた。これらの情報は複数チャンネルで共有され、陰謀論のエコシステム内で流通していることが示唆される。また、影響力のある人物が中心となって自身のウェブサイトへ誘導することでGNM関連講座を販売するなど、疑似科学の収益化もさまざまなところで行われている様子が確認されている。ウェブサイトでは有料セミナーやワークショップ、GNMの信念を広める児童書など多岐にわたる商品が販売され、こうしたビジネス構造が疑似科学的ナラティブの拡散を後押ししているとレポートは指摘する。
5.拡散に用いられるAI
今回の分析では、ある関係者のTelegramチャンネル内で宣伝されていた「GNMを拡散するAIチャットボット」の存在が重要な発見として浮かび上がった。このボットは50以上の言語に対応し、無料版を入口として有料サービスへ誘導する設計となっている。健康不安に関する相談に対しても医療機関の受診を勧めず、GNMが科学的根拠を欠く理論であることへの注意喚起も行わない点が特徴である。さらに、症状の原因を「内的葛藤」に求める分析機能や、画像診断のようなサービスを提供し、がんなどの深刻な疾患も心理的要因の表れとして説明するように設定されているとみられる。これは現在一般に広く認知されているAIが専門的医療へのアクセスを促す安全策を備えていることとは対照的であり、誤った安心感を与える危険性が高いとレポートは指摘する。また、ワクチン忌避やウイルス否定といった誤情報の拡散とも結びついているため、利用規模は限定的ではあるものの公衆衛生上のリスクが非常に高いと筆者は指摘する。
6.結論
今回の調査では、GNMに関連する戦術やコミュニケーション手法、および同運動の公式チャネルを通じて提供される助言がもたらす潜在的な危険性が浮き彫りになった。特にGNMの拡散に関わっている人々は、深刻な病気を感情的な葛藤に起因する自己治癒プロセスであると誤って表現し、積極的に誤情報を拡散する役割を担っている。また彼らは講座、セミナー、AIチャットボットを収益化することで金銭的利益を得ると同時に、有害な健康に関する誤情報の継続的な拡散を助長している。このようなイデオロギーは公衆衛生に対する危険である上に、信頼できる医療機関への信頼を損なう可能性を秘めている。これは、COVID-19パンデミックのような危機的状況において、特に深刻なリスクだとレポートは警鐘を鳴らしている。
