リスク認識では一致、責任の帰属では分裂――AI偽情報をめぐる専門家調査

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目次

1.はじめに

専門家の90%がAI偽情報のリスクに同意した。しかし、対策の責任の所在を問うと意見は割れた――。今回は、Harvard Kennedy SchoolのMisinformation Reviewに掲載されたWeikmannらによる論文「On the same page? Experts are mostly, but not always aligned about disinformation in times of generative AI」https://misinforeview.hks.harvard.edu/article/on-the-same-page-experts-are-mostly-but-not-always-aligned-about-disinformation-in-times-of-generative-ai/ )を紹介する。

アムステルダム大学とKUルーヴェンの研究者7名による本研究は、偽情報対策に関わる学者・ファクトチェッカー・ジャーナリストの3グループが、生成AIがもたらす偽情報のリスクについてどこで一致し、どこで意見が分かれるのかを直接比較した数少ない調査である。

EUの偽情報政策はこうした専門家の知見を基に設計されているが、「専門家」は一枚岩ではない。誰に意見を聞くかによって、提案される対策の方向性が変わりうる――この問いに答えるため、EU圏の専門家92名を対象とした調査が行われた。

2. 背景

生成AIの発展により、ディープフェイクや合成画像を用いた偽情報の脅威が拡大している。EUではデジタルサービス法(DSA)等の規制整備が進む一方、2025年1月にはMetaがファクトチェックを廃止しコミュニティノートへ切り替えるなど、偽情報をめぐる環境は揺れ動いている。

先行研究によれば、偽情報対策に関わる専門家にはそれぞれ異なる傾向がある。学者はメディアリテラシーの向上を重視し、ファクトチェッカーは検出ツールに習熟した現場の実践者であり、ジャーナリストはAI生成コンテンツに対する警戒感が特に強いとされている。しかし、これら3グループを同じ尺度で直接比較した研究はほとんどなかった。

3. 調査方法

調査はEDMO(欧州デジタルメディア観測所)を通じて募集された92名の専門家(学者47名、ファクトチェッカー29名、ジャーナリスト16名)を対象に、2025年1~5月にオンラインで実施された。なお、本論文では意図性を含意する「偽情報(disinformation)」の語が意図的に選ばれている。

7段階のリッカート尺度を用いて、以下の3つの軸が測定された。

  1. 対処能力の自己評価 ― ①偽情報の検出能力、②業務に関する知識・スキル、③真偽の区別能力の3項目
  2. リスク認識 ― AI生成偽情報がもたらすリスクについて6項目で評価
  3. 責任の帰属 ― 大型オンラインプラットフォーム、ジャーナリスト、ファクトチェッカー、政府・政治的アクター、学者、ニュースユーザーの6つのアクターへの責任配分

グループサイズの不均等に対応するため、Welch’s ANOVAとGames-Howell事後検定が採用されている。

4. 結果

この調査から、3つの主要な発見が得られた。

4.1 リスク認識ではおおむね一致

AI生成偽情報のリスクについて、3グループの認識はほぼ一致していた。「AI偽情報は何が本物で何が偽物かについて混乱を引き起こす」という項目には90%が同意し、「民主的議論を損なう」にも69%が同意している。

興味深いのは、「新技術に対するモラルパニック(実態以上の過剰な恐怖)の一部である」という見方にもある程度の同意が得られている点である。専門家たちは、この2つの認識を矛盾するものとは捉えていない。「歴史的に新技術は常に過剰に恐れられてきたと理解しつつ、今回は実際に深刻な面もある」という重層的な認識を持っていると解釈できる。

6つのリスク項目のうち、グループ間で唯一の有意差が出たのは「人々は目にしたものを何も信じなくなる」という項目であった。ジャーナリストの同意度(平均5.81)は、学者(4.85)やファクトチェッカー(4.62)を大きく上回っている。論文の著者はこの結果を、ディープフェイクに関する報道の警戒的なトーンや、ジャーナリズムが全般的に取りがちな悲観的な姿勢と結びつけている。

4.2 能力の自己評価ではファクトチェッカーが突出

AI生成偽情報への対処能力について、ファクトチェッカーの自己評価(平均6.05、7段階中)は学者(5.27)やジャーナリスト(5.10)を有意に上回っていた。一方、学者とジャーナリストの間には統計的な差はなかった。

3グループとも尺度の中間点を大きく超えており、専門家全体として自信は高い水準にある。その中でもファクトチェッカーが突出しているのは、偽情報の検出が日常業務の中心であり、検出ツールへの習熟度が高いためと考えられる。

4.3 対策の責任の所在で意見が分かれる

本研究で最も注目すべき発見は、対策の責任の所在をめぐる意見の相違である。

大型オンラインプラットフォームが偽情報に対処する責任を負うべきという点では、全体の62%が「強く同意」しており、最大の合意事項であった。しかし、その先で意見が分かれる。

ファクトチェッカーは、プラットフォーム企業の責任をより強く求めると同時に、自分たち自身の責任も高く評価している。「最前線の対応者」としての自己認識が表れているといえる。一方、学者はニュースユーザーにも責任があると考える傾向が強く、これはメディアリテラシー研究を重視する学術的伝統を反映している。

5. 示唆と限界

これらの結果は、偽情報政策の設計に重要な示唆を与える。政策立案者がどの専門家に意見を求めるかによって、提案される解決策の方向性が異なりうるということである。学者に聞けばユーザーのリテラシー向上を軸とした消費者主導の対策が、ファクトチェッカーに聞けばプラットフォーム規制を軸とした技術主導の対策が提案される可能性がある。

ただし、論文の著者はこの相違を「対立」ではなく「相補的(complementary)」なものと位置づけている。複数のアクターがそれぞれの役割を担う共有責任の枠組みの中で、異なる視点が組み合わさることに意義があるという考え方である。

本研究にはいくつかの限界もある。

  • 調査対象がEU圏のEDMOネットワークに限定されており、グローバルサウスや権威主義的な文脈には当てはまらない可能性がある
  • 能力の評価は自己認識にとどまっており、実際にAI生成偽情報を見抜けるかどうかは測定されていない
  • サンプルサイズ、特にジャーナリスト群の16名という少なさから、結果の一般化には慎重を要する
  • 専門家の意見の違いが実際の政策にどう反映されるかは本研究の範囲外であり、今後の検証が必要である

偽情報対策を効果的に設計するためには、特定の専門家グループの意見に偏ることなく、多様な視点を組み合わせることが不可欠である。本研究は、そのための出発点を提供している。

6. 感想

本調査の結果を読んで、3つの点が気になった。

第一に、プラットフォームの責任が最も高く評価されている一方で、プラットフォームを規制する立場にある政治的アクターへの責任帰属は相対的に低い。プラットフォームに問題があると認識しながら、その規制主体の責任が低く見積もられている点は、専門家の認識における興味深いギャップといえる。

第二に、本調査ではファクトチェッカーとジャーナリストが別のグループとして扱われているが、ファクトチェックの国際ネットワークIFCNはサラエボ宣言において「ファクトチェックは自由な報道と質の高いジャーナリズムの一部である」と定義している。この定義に従えば、両者を明確に区別することへの疑問も生じうる。調査結果が示すグループ間の差異を解釈する際には、こうしたグループ分けの前提自体にも注意を払う必要があるだろう。

第三に3つの専門性と専門コミュニティのもたらす影響である。専門性は文字通り専門的な知見や能力であり、この問題に特化しているファクトチェッカーが能力についての自己評価が高いことにつながっていると考えられる。一方、専門コミュニティは専門的知見や能力とは異なるが、その職業を持つ者が共有している意識である。たとえば学者がメディアリテラシーを重視したり、ジャーナリストが悲観的にこの問題をとらえていること(「人々は目にしたものを何も信じなくなる」の支持の高さ)を指す。ファクトチェックがジャーナリズムのひとつであるにもかかわらず、こうした調査で差異が現れるのは専門性においては同じでも、所属する専門コミュニティが異なるためかもしれない。

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この記事を書いた人

大学で哲学を専攻。偽情報や陰謀論がなぜ広まり信じられるのかに関心を持っている。サイバーセキュリティや認知戦にも興味がある。

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