AI地獄への全力疾走? a16zの「speedrun」プログラムとは

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テクノロジー系のジャーナリストたちによって運営されている米メディア「404 Media」は2025年10月28日、「a16z Is Funding a ‘speedrun’ to AI-Generated Hell on Earth」と題された記事を掲載した。この物騒なタイトルの記事は、アンドリーセン・ホロウィッツがスタートアップ企業のために提供しているプログラムを取り上げたものだ。執筆者のEmanuel Maibergは、それが「AI地獄への歩みを加速させる」と批判している。

たいへん興味深い内容なのだが、多くの方にとってはあまり馴染みのないキーワードが頻出する記事でもあるため、ここでは少し分かりやすくなるように説明したい。

目次

はじめに:a16zのプログラム「speedrun」とは

「a16z」の略称を持つアンドリーセン・ホロウィッツ(以下a16z)はシリコンバレーを拠点とするベンチャーキャピタルで、FacebookやOpenAI、Airbnbなどの世界的なテクノロジー企業に早期投資を行ったことでも知られている。2009年の設立から短期間で著しい成長を遂げたa16zは、いまや世界最大手のベンチャーキャピタルの一つで、その運用資産総額は約500〜750億ドル(およそ7〜11兆円ほど)と推定されている。

「急成長の見込みのあるテクノロジー企業」へのハイリスク・ハイリターンな投資を積極的に行ってきたa16zは、世界のテクノロジーの流れに影響を及ぼす存在にもなっている。つまり「a16zが投資しているジャンル」を見て、今後のIT業界の動向を予測する人々も多い。今回の404 Mediaが批判したのは、そのa16zが2023年から展開している「speedrun」だ。これは1社あたり最大100万ドル(約1億5,000万円)の資金が提供される12週間の集中アクセラレータプログラムで、初期のスタートアップでさえあれば様々なジャンルの企業が応募できる。

より分かりやすく単純に記すなら、speedrunとは「起業したばかりのスタートアップを3か月で急成長させるための、短期集中型の支援プログラム」の名前である。公式サイトの説明によれば、このプログラムに参加した企業は高額の資金を提供されるだけでなく、急成長に必要な援助──たとえば専門家による指導、起業家や経営者との接点の提供、マーケティングやブランディングの支援、国際的な運営のための支援など──を受けられる。さらに期間の終了時には「デモデイ」として、1,000人以上のトップ投資家や業界関係者に事業を発表する機会が与えられる。

speedrunの様々な支援を受けた側が、見返りとしてa16zに差し出すことになるのは「株式」だ。より正確に記すと、speedrunに参加したスタートアップは、「将来の自社が発行する株式を、a16zが有利な条件で入手できる内容の投資契約」を結ぶことになる。

このspeedrunは世界に開放されたアクセラレータプログラムであるため、これまで米国以外にもカナダ、イスラエル、トルコ、ロンドン、スウェーデンなどのスタートアップに利用されてきた。しかし、その支援を受けるための競争率は非常に高い。たとえば第5コホートでは、約1万4千件の応募に対して採択されたのは約60社のみ(0.5%未満)だったと伝えられている。

「AIファースト」のプログラム?

問題の404 Mediaの記事を読むと、まるでspeedrunが「AI関連の」スタートアップのみを対象としたプログラムであるかのように感じられるのだが、実際そのような条件はない。speedrunの過去の利用者たちが紹介されている記事を見れば、AIに特化したスタートアップだけではなく、ゲーム、次世代インタラクティブ体験、クリエイターエコノミーなど多彩なジャンルが見られる。

それもそのはずで、もともとspeedrunは「ゲーム業界のスタートアップ向けの」アクセラレータプログラムとして設計されており、初回で採用された32社のほとんどはゲーム関連の企業だった。そもそも「speedrun」という言葉自体が、英語圏のゲーム文化から生まれたもの(いかに早くゲームをクリアできるかを競いあうプレイスタイル、和製英語で言うところのタイムアタック)である。

そのような経緯で生まれたspeedrunが、途中から「ゲーム業界に囚われない、幅広いジャンルを対象としたプログラム」に変化したことについて、同社のページ「Meet the new a16z speedrun!」は次のように説明している。

「私たちはこれからも『ゲーム』というルーツを尊重していきます。そのDNAは遊びの精神と切り離せませんが、一方で私たちは視野を広げてきました。あなたが3D、クリエイティブツール、ゲーム、ストリーミング、XR、次世代エンターテイメントなど、いかなる分野で革新的な事業を切り開こうとしているのであろうとも──未来のAIやクリエイティブな世界を形成する体験、製品、プラットフォームを構築する創業者たちを支援できることを、私たちは誇りに思います」

しかし現実的に考えるなら、おそらく彼らは「視野を広げてきた」というよりも「ゲームからAIへ焦点を移した」のだろう。ゲーム業界のニュースサイトやRedditのスレッドでは、「もはやspeedrunに応募してもゲーム関連のスタートアップは採用されにくい/圧倒的に不利だ」という話題が語られている。そして実際、speedrunの公式サイトのポートフォリオで「過去に参加してきた企業の一覧」を見てみると、AIを主軸としたスタートアップが増加してきたことが分かる。ここに掲載されている最新のコホート(第5コホート)にいたっては、もはや圧倒的多数の企業に「AI」のタグがついている様子も確認できる

つまりspeedrunは、元来AIを対象としたものではなかった。そして現在のa16zの公式サイトも「幅広いジャンルの初期スタートアップ」を援助すると説明している。しかし現状を見るかぎりで言うなら、speedrunは「ゲーム業界に見切りをつけたあと、AIスタートアップを優先的に採択するプログラムになった」と見なしてよさそうだ。

(余談にはなるが、a16zのジェネラルパートナーでもあるAnjney Midhaは、つい先日「AI推論モデルの発展によって『スタートアップの新しい黄金時代』が到来する」とFortune誌に語ったばかりである)

滅多に見られないほどの「悪しきアイディア」

404 Mediaは、このspeedrunプログラムを「AIが生み出す地獄へのspeedrun(最短距離)」と表現し、a16zの取り組みを徹底的に批判した。同誌は次のように説明している。

・このプログラムでは、ブランディング、顧客獲得、ローンチ、資金調達、チーム構築などが網羅されている。選抜されたスタートアップの創業者同士で交流しながら、彼らはZynga創業者のMark Pincusや、Figma共同創業者のDylan Field、そしてa16zの共同創業者マーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツなどの「著名な講演者(註:身内ばかりであることを暗に示した皮肉的な表現だろう)」によるワークショップや基調講演を通じて、そのカリキュラムを受講する。

・シリコンバレーのインキュベーターやアクセラレータは数多く存在している。しかしspeedrunの「AI中心の2025年のコホート」ほど食指の動かない、悪しきアイディアの寄せ集めは滅多に見られるものではない。

そして具体的に、どのような「悪しきアイディア」を持ったスタートアップが、2025年のspeedrunの支援を受けてきたのかを列挙している。その一部を紹介しよう。

・Doublespeed
 表面上は「AIを活用したプロモーション活動のツール」のように見えるが、本質的には数千のAIのインフルエンサーを販売するビジネスモデル。要するに、顧客が「まるで人間のように活動できるAIのアカウント」を大量に操作することで、自社のブランドを宣伝できるサービスの提供。主要なプラットフォームのポリシーに違反する不正行為でステマを行おうとする、AI版のクリックファームと言っても良いだろう。

・Creed
 「聖書に基づいたAIの相棒;Lenny」を開発。それは「いつでも必要なときに、叡智の言葉、聖書にインスパイアされた助言、傾聴の耳であなたを支えます」という触れ込みになっている。

・Zingroll
 「世界最大の、Netflix品質のAIストリーミングプラットフォーム」と謳われている。すなわちAI生成の粗悪な動画コンテンツだけで構成されたNetflixのようなものだ。

・Jooba
 「世界初の自律型リクルーティング企業」。つまり「組織の人事採用担当者の業務」のすべてをAIが担うサービスの提供

・Margin
 「世界初のAI搭載クレジットカード」のサービスを謳っている。利用者が溜めたポイントを、利用者の嗜好にリアルタイムで適応した報酬を得られるように選択するという「動的リワードシステム」を売りにしている。

AI地獄に向かう「スピードラン」

ここで取り上げられた各種スタートアップの「悪しきアイディア」に共通しているのは、「社会的/倫理的に危ういものである」という点、あるいは「人間による仕事、判断、文化的な活動などを不要にAIへ置き換えるものである」という点だろう。それでもspeedrunは、これらのスタートアップに資金や支援を提供することを選んだ。その理由について、404 Mediaは次のように説明している。

・こうしたアクセラレータ、およびシリコンバレーのベンチャーキャピタル企業における全般的な戦略の一つは「より多くのスタートアップに多額の投資をすること」だ。彼らは、それらのほとんどが成功しないことを承知のうえで投資している。a16zにとって、100万ドルは大した金額ではない。「これらの企業のうち、たとえ1社からでも投資額の100倍のリターンが得られたなら、全体の投資に対して利益が出る」ということを考慮すればなおさらだ。

・いまの生成AIが直面している状況と、このspeedrunとが決定的に違うのは、「それらのAIの長所と短所を投資家が理解できるようになるよりも前に、多くの『AIを搭載したもの』が私たちに押し付けられることになるだろう」という点である。

・Doublespeedが提供する「AI生成のインフルエンサーのアカウント群」は本当に、自分が宣伝する製品を使わせるべく人々を説得できるだろうか? 私が目にしたアカウントに限って言うなら、答えはノーだと思う。しかし使い物になるかどうかが判断されるまでの間にも、それはソーシャルメディアをゴミのようなコンテンツで埋めつくそうとするだろう。Joobaは人事担当者や採用担当者を完全にAIに置き換えてしまうだろうか? その答えは分からない。しかし答えが出るまでの間にも、切実な状況で仕事を求めている人々の多くが、非人間的な雇用のプロセスに巻き込まれてしまうだろう。
(註:直訳だと分かりにくいので、少々意訳している)

つまりa16zは「優れたAI活用のアイディアを持った素晴らしいスタートアップを素早く成長させて一緒に利益を得るために」プログラムを提供しているわけではなさそうだ。毎回選出する数十のスタートアップの中から、爆発的な利益を生みだせる企業をひとつでも世に送り出すことができれば御の字だ、という指摘である。

その指摘は、おそらく正しいだろう。そうでなければ、わずか0.5%未満の厳しい採択率を勝ち残ったはずのアイディアが「AI版のクリックファーム」やら「聖書に基づいたAIの相棒」やらになるのは不可解に感じられる。プログラムに殺到した1万4千件もの応募の中には、それらよりはるかにマシなものがあったはずだ。しかしa16zが「AIを利用したビジネスモデル」のアイディアを採択する際、それが実用的か、倫理的か、合法的か、社会に貢献するかを少しも考慮せず、「万が一にも当たったときに大化けするものかどうか」ばかりを重視していたと仮定するなら、この結果には大いに納得できる。

もともとベンチャーキャピタルは、スタートアップの急成長に期待して、短期間のうちに結果の出るハイリスクハイリターンの投資を行うものだ。それは、ちょいちょい当たる超高額配当のスピードくじを大急ぎでめくり続けるような行為に似ている。ひょっとすると彼らが語った「遊びの精神と切り離せないDNA」というのは、文字通り「延々とガチャを引くような遊び感覚の投資」のことなのかもしれない……というのは少々考えすぎだろうか?

ともあれ、この記事が指摘しているように、speedrunを利用したスタートアップのほとんどが失敗することなどa16zにとっては想定内であり、そのビジネスがどれほど悲惨な結果に終わろうとa16zにとっては痛くも痒くもないのだろう。そしておそらく、その短期集中プログラムによって「猛スピードで磨かれては、次々と現実化されていく(デストピアじみた)AIビジネスのアイディア群」の影響を直に受けるのは、残念ながらa16zの資産ではなく私たち全員の生活だ。404 Mediaの記事は、次のような一文で締めくくられている。

・この先、あなたが「どこへ行ってもAIで溢れかえっているのはなぜだ」と疑問に思ったときは思い出してほしい。その答えはこうだ。
「これは何百万ドルもの資金を持った誰かが、わずかな可能性でも莫大な見返りが得られることに期待して投資した結果である」

参考資料、引用元

a16z Is Funding a ‘speedrun’ to AI-Generated Hell on Earth
https://www.404media.co/a16z-is-funding-a-speedrun-to-ai-generated-hell-on-earth/

a16z-Backed Startup Sells Thousands of ‘Synthetic Influencers’ to Manipulate Social Media as a Service
https://www.404media.co/a16z-backed-startup-sells-thousands-of-synthetic-influencers-to-manipulate-social-media-as-a-service/

a16z speedrun(speedrun公式サイト)
https://speedrun.a16z.com/

Meet the new a16z speedrun! _ Andreessen Horowitz(a16zがspeedrunの方向転換について説明しているページ)
https://a16z.com/meet-the-new-a16z-speedrun/

Speedrun – Companies(これまでにspeedrunを利用した企業一覧。フィルタを利用すれば、特定のコホートに参加した企業のみを選択できる。ただし最新の第6コホートはまだ反映されていない)
https://speedrun.a16z.com/companies/

a16z Games offering $750k investments and mentorship through Speedrun accelerator
https://www.gamedeveloper.com/business/a16z-games-offering-750k-investments-and-mentorship-through-speedrun-accelerator

Andreessen Horowitz’s Quiet Accelerator Woos New Founders – Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-09-02/andreessen-horowitz-s-quiet-accelerator-woos-new-founders

WHY A16Z’S ‘SPEEDRUN’ ACCELERATOR IS PLAYING A NEW GAME
https://developers401k.com/news/technology/why-a16z-s-speedrun-accelerator-is-playing-a-new-game/ar-AA1C96nU

The next ‘golden age’ of AI investment _ Fortune
https://fortune.com/2025/10/30/ai-investment-andreessen-horowitz-reasoning-models/

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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