オンライン上での「有害な」発言が果たす役割

1. はじめに
今回は、William Hollingsheadによる論文「Online toxic speech as positioning acts: Hate as discursive mechanisms for othering and belonging」( https://socialmedialab.ca/2025/11/03/new-paper-alert-online-toxic-speech-as-positioning-acts-hate-as-discursive-mechanisms-for-othering-and-belonging/ )を紹介する。デジタルプラットフォームは参加者の間で共同体意識やアイデンティティを育む一方で、有害な言説や過激な発言を用いた排除的行為を助長することはよく知られている。しかし、有害な言説や憎悪表現は他者を傷つけるだけでなく、他者の排除と自身の帰属意識を表明する主要な手段とされている。本論文ではコロンビアの公開Telegramグループを事例に、毒性が高い投稿を分析することで有害な言説や憎悪表現が内集団・外集団の形成と維持を構造化する役割を検証している。
2. 反社会的言説の別の側面
侮辱や脅迫などの反社会的行為はデジタル空間で拡大しているが、その影響は単に社会へ害を与えるだけではない。筆者が「有害な発言(Toxic Speech)」として紹介する概念は、通常は身体的危害の脅迫、侮辱、見下した言説といった形態を伴う一方で、がん治療で使われる「毒素」のように社会的・文化的・コミュニケーション的実践という正の役割も伴っているとされる。有害な発言は他者化や非人間化を通じて紛争の激化を招くが、同時に内集団の境界を強化することで、時に抵抗や報復的正義、文化的ナラティブの構築・維持に寄与することもある。また、挑発的言説やトロール行為が権力への批判や市民的対話の契機になりうる点も指摘されているように、有害性の社会的・反社会的側面は分離が難しく、何が有害かはコミュニティ規範やアイデンティティによって決まると筆者は指摘する。つまり、有害発言を理解・緩和するには、文化的・文脈的実践として捉え、その社会的機能を代替可能にするアプローチが必要だと論文は指摘している。
3. 研究方法
本論文では、上記のような反社会的行為と集団の形成を説明するために、「ポジショニング理論」を引用し、人々が特定の社会的文脈における言説を用いて「自己と他者を位置づける」方法を検証している。
検証では、コロンビア・メデジンの公開Telegramグループ「Chismes Frescos Medellin」を対象に、有害な発言がオンライン上でどのように社会的境界を構築するかを明らかにするため、質的アプローチを用いた分析が行われている。2023年4月から9月の期間に投稿された約10万件のメッセージを収集し、Google Perspective APIを用いることで「毒性」スコア0.7以上の投稿3221件を抽出したとしている。分析手法としては、テーマ別分析(Thematic Analysis)を採用し、特に投稿が誰をどのように位置づけ、どのような集団境界を構築するのかという点に比重を置いた分析を行っている。研究では、犯罪・政治・移民・ジェンダーなど、議論が頻発する領域における有害発言の役割を精査し、発話が内集団・外集団の区別をどのように強化し、コミュニティ規範の監視・交渉・再生産にどのように寄与するかを分析している。
4.結果
調査の結果、今回研究対象とされているグループでは「地域の不安」「政治的帰属」「移民」「ジェンダー」の4つが主要なトピックとして現れた。
- 4.1 地域の不安
治安をめぐる投稿では、犯罪者とみなされた人物が「害虫」「ネズミ」など強い非人間化表現で語られ、自警行為や暴力的制裁を求める声が頻繁に見られた。この領域では、内集団=「市民」、外集団=「犯罪者」という明確な序列が構築され、異論を唱える者も外集団として排除されやすい。毒性的な発話は、コミュニティを脅かす存在を象徴的に「駆逐」することで、治安への不安を共有し、集団の正義観・規範を再確認する機能を果たしていた。
- 4.2 政治的帰属
政治では、左派・右派双方が互いを「無能」「愚か」「腐敗」などと侮辱し合う「毒性」の高い言説が多く見られた。しかし前項の治安問題ほどコミュニティの境界が固定されておらず、ユーザーは議題に応じて柔軟に立場を変えたり、特定の論点で一時的に同調したりするなど、位置付けが流動的であると指摘されている。
- 4.3 移民
移民(コロンビア国内のコミュニティのため主としてベネズエラ人のことを指す)に対する有害言説は最も排他的で暴力性が高い。移民は犯罪・不道徳・経済混乱の象徴として扱われ、「寄生虫」「疫病」といった深刻な非人間化表現が乱用された。擁護的意見が現れると、より強烈な攻撃的反応が返され、外集団としての位置付けが強固に維持された。移民はコミュニティの安全・文化・経済的安定を脅かす存在として語られ、敵意の対象が特定の国籍に集中的に向けられていた。
- 4.4 ジェンダー
ジェンダーやセクシュアリティをめぐる投稿では、女性、フェミニスト、LGBTQ+への侮辱が多く、性役割に対する保守的イデオロギーが強く表出している。一方で、こうした攻撃的言説に対抗する批判的な毒性発言も存在し、複雑な敵対関係がさまざまな場所で見られると指摘されている。
5. 有害な言説が果たす役割
本研究では、有害な発言が言葉通りの意味を持つ一方で、プラットフォーム上で集団境界を構築・再交渉する手段として機能している点が示された。例えば治安や移住に関する言説では、犯罪者や移民が強く非人間化され、「善対悪」の二項対立が固定化されるため、異論が出ることがほとんどない。特にベネズエラ人移民は「害虫」として描かれ、社会不安の象徴として標的化される。一方で、政治やジェンダー・セクシュアリティの領域では境界が流動的で、多様な立場が衝突しながらも議論が続くという特徴がある。筆者は、有害な言説は抑圧への抵抗や連帯形成にも利用され、単なる反社会的行動ではなく、自己や集団を高揚させる行為として理解されるべきと指摘している。
6.結論
本研究は、有害な発言が単なる敵対者への攻撃手段ではなく、社会性を維持する重要なツールでもあるということを指摘している。有害な発言は、コミュニティ規範に違反する者を制裁し、内集団を脅かす外集団メンバーを攻撃することで、オンラインコミュニティ内での所属権を交渉する手段となっているためである。つまり、オンラインコミュニティにおける有害な発言を理解するには、それぞれの文脈を明確に区別する微妙な配慮が必要であると筆者は述べる。オンライン上の会話というものは、常に混乱し感情的になり得ることを認めつつ、その運用者は許容範囲を公平かつ倫理的に設定することが重要であると論文は指摘する。
