止まっても回す安全保障—物流・サイバー・国家設計

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 補給が詰まると前線が止まる。この現実は、いまやゲームの題材にまで降りてきた。車両を動かし、物資を届け、拠点を維持する。華やかさはないが、戦闘力を決めるのは往々にして「補給」である、という理解が広がりつつあるようだ1

 物流が止まる怖さは戦場の話に限らない。ビジネスの世界でも物流は単なる「便利」ではなく「生命線」だ。止まるのは顧客に「届くはずのもの」であり、その瞬間に経営課題へと変わる。近年、この生命線は「国家安全保障」の射程に入った。日本の国家安全保障戦略は、従来は安全保障の対象と見なされにくかった供給網(サプライチェーン)の脆弱性や重要インフラへの脅威が主要な安全保障課題になっている、という問題意識を明確にしている2。要するに、物流を止めることは、企業活動を止めるだけでなく、国家の持久力を削る行為になり得るということだ。

目次

サイバー攻撃が止めるのは「倉庫」より先に「受注」

 2025年9月、アサヒグループホールディングスやアスクルがランサムウェアによる攻撃の影響により受注・出荷業務等を停止したことは記憶に新しい34。近年、物流・運輸分野へのサイバー攻撃は、ここ数年で明確に「増加傾向」であることを示す統計・レポートが複数報告されており、単なる偶然では片付けられない56。 

 ここで重要なのは、被害が受注・出荷・配車・在庫といった「意思決定の材料」を奪った点だ。材料が奪われれば、現場は動かない。動かない以上、顧客対応・生産計画・売上認識・資金繰りにまで波及する。ここで誤解が生じやすいのは、「止まったら手書きで回せばよい」という発想である。しかし物流の多くは、単なる帳票処理ではない。受発注(EDI等)、庫内ロケーション管理、ピッキング指示、出荷照合、配車最適化、追跡・到着予測、例外処理の判断など、システムが前提となっている工程が多い。紙に戻せても処理能力が急落し、遅延は累積する。しかも復旧した瞬間に問い合わせ・再手配・再配達が雪崩のように増え、通常より忙しい「異常な繁忙」が始まる。復旧はゴールではなく、第二幕の始まりである。

「官民の後方支援」で回す危機時の物流

 緊急事態の物流は、軍や行政だけでは成立しない。平時の主役は民間であり、危機に直面したときも民間の能力が不可欠だ。倉庫網、輸配送網、車両・人員、既存のサプライチェーン、追跡・可視化の運用知見。これらは短期に代替できず、危機時は官民連携が重要となる。このことは、研究や事例から「重要」を超えて、戦略的に不可欠だと指摘されている78

 象徴的なのが災害対応の物資輸送である。内閣府(防災)は、能登半島地震での活用時の改善要望等を踏まえた新物資システム(B-PLo)を整備し、2025年4月から運用開始することを発表した。これには、二次元コード活用、配送状況の可視化、将来的なシステム連携等が盛り込まれている9。危機対応は「気合」ではなく「段取り(情報共有と調整)」で決まる。そして、この段取りそのものがサイバー攻撃で止まり得る。

 経済安全保障推進法の枠組みでは、特定社会基盤役務(基幹インフラ)の安定提供を確保する観点から、対象事業として「鉄道」「貨物自動車運送」「外航貨物」「港湾運送」「航空」等を指定している10。加えて、国土交通省は陸上貨物輸送分野の特定社会基盤事業者の指定を公示した旨を案内している11。つまり、物流へのサイバー攻撃は「企業のITトラブル」ではなく、制度上も国家の安定提供責任(重要インフラ)に接続されつつある重要領域だということだ。組織がこれを安全保障として捉えるべき理由はここにある。

「物流×サイバー」の相乗効果で脅威は増幅

 台湾有事を語る際、海上封鎖やシーレーンの議論は多い。しかし今日の封鎖は、船を止めるだけで完結しない。封鎖の効果を最大化するには、情報戦・サイバー・電子戦を組み合わせ、「動かない状況」を作り、相手の意思決定を縛る必要がある。

 ここで参照すべきは、「平時からの事前潜入」という作戦様式である。2024年の米国の複数機関による注意喚起では、中国の国家アクターであるVolt Typhoonが、地政学的緊張や軍事衝突の局面で重要サービスを混乱・破壊する目的で、重要インフラ組織のネットワークに「事前配置(永続的なネットワーク内アクセス経路などの作戦基盤一式の意味合い)」している、という評価が示されている12。さらに、米DoDの年次報告では、台湾に対する選択肢としてサイバー攻撃や封鎖などを組み合わせる可能性が指摘されている。同報告によれば、中国共産党の資料には、台湾の重要な輸入を断つなどして海上・航空交通を封鎖し、台湾に降伏を迫る共同封鎖キャンペーン(Joint Blockade Campaign)において封鎖を電子戦(EW)、サイバー攻撃、情報戦(IO)で補完し得ることが記述されているという13

港湾ロジスティクス情報の掌握・戦時準備

 中国人民解放軍や国家安全部は、敵の作戦システム全体を破壊し機能不全に陥らせる概念「体系破击(体系破壊)」の観点から、エネルギーや港湾、物流インフラの情報(どこのコンテナがどこへ、どの船社・軍民貨物がどの港を利用するか)を把握することを重視しており、港湾システムへの侵入は将来の軍事行動のターゲッティングマッピングと見なされている14

 これらの活動は既に実行中と見られる。例えば、近年、中国がベトナムを標的としたサイバー攻撃を活発化している点は興味深い15。ベトナムは対米貿易の比重が大きいとされ、米越の貿易は2024年に推計1551億米ドル16と報告されており、供給途絶は米国のサプライチェーンに直撃する。

 一般に、国家アクターが物流や運輸事業者へサイバー攻撃を行う場合、情報窃取のみではない。中国の国家アクターは下図のように関連システムのアプリケーション一式を奪取していることが明らかとなっている。このことは、標的のシステムへアクセスし、不正操作を行うことが目的であるものと推察されるものだ。

攻撃者のサーバー上から確認された侵害ホストからのダウンロード痕跡例(サイント社提供)

 なお、ベトナムは日本や台湾にとっても重要拠点である17。台湾・日本向けの貨物も一定規模があり、そのフロー情報を掌握することは台湾有事や広域経済線を想定した事前偵察として合理的な目的を持つと考えられる。また、認知面においても、企業や保険、海運のリスク評価が悪化し、南シナ海近傍ルートや寄港計画が保守的になることが懸念される。

止められるのは「ゲートと台帳」

 物流には「許可」と「台帳」という急所がある。港湾でいえばゲート入退、搬入予約、ヤード管理、保税・通関連携、ターミナル統合システム(TOS)等が該当する。ここが止まると、物理的に船が着いても、コンテナが積まれていても、動かせない。

 2023年7月、名古屋港の統一ターミナルシステム(NUTS)は、サイバー攻撃を受けた。統一ターミナルシステムは、複数ターミナルと集中管理ゲートを統一システムで運用しており、サイバー攻撃でこれらは稼働不可となり復旧に3日を要した。その影響として、船舶の遅延やコンテナ搬入出への影響、さらには工場稼働停止などが挙げられている18。この事例でも明らかなように、物流を妨害するのであれば、船や倉庫を止めるより、ゲートと台帳(統一システム)を止める方が手っ取り早い。

「止まっても回す」を安全保障水準で設計する重要性

 ここで重要なのは、脅威を防ぐことそのものではない。サイバー攻撃や地政学的緊張を前提とするなら、物流や情報基盤の一部が止められる事態は不可避であり、「完全防御」を前提とした議論は現実的ではないと考える。問うべきは、防げなかった場合の対処法を、あらかじめ社会システムとして設計しているかどうかである。これは個別企業の事業継続計画(BCP)やセキュリティ対策の問題ではなく、国家としての設計思想の問題では無いだろうか。

 物流は、もはや効率性やコスト最適化だけで評価されるインフラではない。危機下において、どこまで縮退運転が可能か、どの情報を最低限維持すれば意思決定が継続できるのか、代替ルートや代替主体へどの速度で切り替えられるのか。こうした要素を平時から織り込むこと自体が、安全保障能力の一部となる。

 攻撃者が狙うのは、倉庫や輸送手段そのものではなく、判断と連携を失わせることで全体を麻痺させる点にある。そのため、重要なのは「止められない仕組み」を追い求めることではなく、「止められても機能を維持する構造」を意図的に設計することである。「止まっても回す」という発想は、危機管理のスローガンではない。それは、現代のサイバー時代における国家持久力をどう組み立てるかという、根本的な設計思想に他ならない。

  1. 「軍事物流に焦点を当てた「Military Logistics Simulator」配信開始。補給担当官として,車両管理や物資輸送,基地拡張など後方支援任務に挑む」(4Gamer.net) ↩︎
  2. 「国家安全保障戦略 令和4年12月」(国家安全保障会議) ↩︎
  3. 「サイバー攻撃による情報漏えいに関する調査結果と今後の対応について」2025年11月27日(アサヒグループHD) ↩︎
  4. 「【重要】アスクルWebサイトでの一部商品のご注文受付再開について(12月24日更新)」2025年12月18日(アスクル株式会社) ↩︎
  5. 「Transportation and shipping reported as second most targeted sector」2025年5月8日(Angel Coker Jones) ↩︎
  6. 「GLOBAL LOGISTICS & TRANSPORTATION INDUSTRY Threat Landscape Report」2025年5月8日(Angel Coker Jones) ↩︎
  7. 「Synchronized Humanitarian, Military and Commercial Logistics: An Evolving Synergistic Partnership」(PDFダウンロードリンク)  ↩︎
  8. 「Civil-Military Cooperation: Integrated Logistics in Response to the COVID-19 Crisis」 ↩︎
  9. 「新物資システム(B-PLo) 本年4月から運用開始します」令和7年2月 28日(内閣府政策統括官(防災担当)) ↩︎
  10. 「1・6 経済安全保障推進法」 ↩︎
  11. 「陸上貨物輸送分野における経済安全保障推進法の 特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度の解説」令和7年8月1日 ↩︎
  12. 「PRC STATE-SPONSORED CYBER ACTIVITY: ACTIONS FOR CRITICAL INFRASTRUCTURE LEADERS」 ↩︎
  13. 「Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2024」 ↩︎
  14. 「Responding to China’s Growing Influence in Ports of the Global South」「Responding to China’s Growing Influence in Ports of the Global South」 ↩︎
  15. 「Ransomware attacks cost Vietnam over $10 mln in early 2025」 ↩︎
  16. 「Vietnam」 ↩︎
  17. 「Trade Logistics in Vietnam: Top Megaports and Their Impact from Saigon to Hai Phong」2023年12月25日 ↩︎
  18. 「名古屋港コンテナターミナルを襲ったサイバー攻撃」(国土交通省) ↩︎

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この記事を書いた人

岩井 博樹のアバター 岩井 博樹 株式会社 サイント リサーチフェロー

2000年より株式会社ラック、2013年よりデロイトトーマツにおいてセキュリティ分野の業務に携わり、これまでセキュアサイト構築、セキュリティ監視、フォレンジック、コンサルティング、脅威分析などを担当する。現在は、脅威分析や安全保障分野を中心とした戦略系インテリジェンス生成を専門とするサイントを設立し、主にアジア諸国を中心に日夜分析に勤しんでいる。
経済産業省情報セキュリティ対策専門官、千葉県警察サイバーセキュリティ対策テクニカルアドバイザー、情報セキュリティ大学院大学客員研究員などを拝命する。
著書に動かして学ぶセキュリティ入門講座、標的型攻撃セキュリティガイド、ネット世論操作とデジタル影響工作(共著)などがある。

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